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【06】部族会議


 ゴモリーの暮らす廃墟の町は、カルドヴァス王国西部に広がる“呪われた荒野”に所在し、およそ二百匹のゴブリンたちが定住している。

 そのゴブリンたちはひきがえるの部族、狼の部族、毒茸の部族のいずれかに属している。

 かつてはこの廃墟で激しい縄張り争いを繰り広げていた三つの部族だったが、荒野の西にある地下迷宮を根城にしていたヴァンパイアロードの進攻をきっかけに同盟を結んだ。

 これが二十年前の事である。

 一致団結した三部族は奮闘の末に、ヴァンパイアロードの軍勢を退ける事に成功する。

 それ以降も同盟は継続されており、関係は今もおおむね良好である。

 元来、能天気でシンプルな考え方をする者が多いゴブリンという種族は、共通の敵の出現により、過去の遺恨を綺麗さっぱりと忘れてしまったようだった。

 元々この町は廃墟になって以来、冒険者によって、たび重なる略奪にあっていた。そのためにゴブリンが住み着きだしたときには、光の種族にとって価値のあるものは何も残っていない状態だった。

 廃屋を丹念に漁れば、昔この地域で使われていた硬貨の一枚や二枚は見つかるかもしれないが、そんな程度である。

 ずばり“何もない町”と冒険者からは呼ばれており、立ち寄る者もほとんどいなかった。

 そのためにヴァンパイアロードを退けて以来、“何もない町”は、ゴブリンたちの楽園であった。

 しかし、ここ最近は何故か冒険者が頻繁に訪れるようになっており、その事はゴブリンたちの間で大きな問題となっていた。




 そこはゴモリーたちの暮らす館の一階にある大広間であった。

 大きな円卓には、様々なゴブ料理やゴブ酒が並んでいた。

 席に着いている顔ぶれは三部族の族長および各部族の重鎮たちである。

 この日は三部族首脳陣の定例会議の日であった。

「……にしても、今月で三件目ですか。多いなあ」

 と、口火を切ったのは黒い肌の樽のような巨体のゴブリンだった。

 名前をネログロと言い、毒茸の部族の族長である。

 巨体ではあるが、体を動かすより魔法を得意とする。この町に住むゴブリンたちの中では最高の術師シャーマンだ。

 その彼の言う三件目とは冒険者の出没回数である。

「大抵は一つ星か二つ星の雑魚冒険者ばかりじゃがな……」

 年老いた緑ゴブリン――狼の部族の族長であるギンマナが酒杯を呷る。

 彼はボルゾの父で、この町のゴブリンの中では最長老であった。息子と違って小柄だが、その武の腕前は英雄ゾルディアにつぐと言われている。

「それにしても、こうも立て続けだと、少しだけ厄介であるな」

 と、忌々しげな顔をするのは、聖職者らしい格好の賢そうな茶色のゴブリンである。名前をドグロと言う。

 毒茸の部族の出身でネログロの腹心だった。暗黒司祭でもあり、様々な学問に明るい知恵者でもある。

 そして、砂蟲サンドワームのステーキにナイフを挿し込みながら渋い顔をするのはボルゾだ。

「このままだと、オレたちがこの町で暮らしている事が冒険者たちに知れ渡ってしまうかもしれない」

 冒険者にとってのゴブリンは一ポイントの旨味のない雑魚モンスターである。

 しかし、この町にまとまった数がいると知られれば、経験値稼ぎの標的にされる可能性が高い。

 今までは、そういった事にならないように注意してきたのだが……。

 ネログロがゴブ葉巻の煙を吹かし、髑髏のような形の白煙を立ちのぼらせて言う。

「近頃は冒険者自体が増えているのかもしれないね……だから、新たな狩り場を探そうと、この町に訪れる冒険者が増えたのではないかな」

 実際、このカルドヴァス王国では冒険者の数が増加していた。

 原因のひとつとして、隣接地域で行われていたいくつかの紛争があげられる。

 その難民や傭兵崩れなどがカルドヴァス王国に流れて来て、冒険者ギルドにこぞって登録し始めたのだ。

 ではなぜカルドヴァス王国なのかといえば、治安が安定している事と王国の冒険者ギルドが、あの経験値によるランク査定制度を取っているからだ。

 ランクさえ高ければ、腕のない者でも・・・・・・・金持ちのパトロンを得たり、仕官の道が開けたりする。

 実際にこの制度の恩恵を受けた成功者も多い。

 そして、そういった成功譚を聞いた者たちが、このカルドヴァスに集まっているといった次第であった。

 しかし、実のところ、ここ最近の“何もない町”における冒険者出現率の増加はそれだけが原因ではなかった。

 ギンマナの空になった酒杯に、ゴブ酒をそそぎながらココが言った。

「それについてですが、姫さまからお話があります」

 話を振られ、ゴモリーはもぐもぐと咀嚼そしゃくしていたものを慌てて飲み込み、ゴブ茶で流し込んだ。

「ああ。えーっと……何だっけ? ココ」

「この前、捕らえた冒険者のやつです。ほら」

「あー、あれね……」

 全員の視線がゴモリーにそそがれる。

「この前、捕らえた僧侶を尋問したところ、冒険者たちの間で次のような噂が流れている事が判明したわ」

「噂だって……?」

 ボルゾの言葉にゴモリーは頷く。

「ええ。何でもこの町には、ロジェ辺境王の秘宝が隠されているらしいと……」

 ロジェ辺境王とは、二十年前にゴブリンたちと戦ったヴァンパイアロードの事である。彼は昔、この町を含む一帯を治める領主だった。

 その辺境王の秘宝が存在するという噂が、まことしやかに冒険者たちの間で囁かれているのだという。

 因みにこの情報をもたらした僧侶は畑のこやしにされた。

「その秘宝は、何でも“一国を滅ぼす武器”であり“巨万の富”であり“権力の象徴”なのだとか……」

「なんだいそれは……滅茶苦茶だね。まるで、謎かけだ」

 ネログロが苦笑をする。

「噂に尾ひれがつきすぎて訳がわからなくなってしまったのだろうな」

 ドグロが呆れ顔で言った。

 実際にその通りで、あまりにも突拍子が無さすぎるため、財宝の噂を信じていない冒険者も多いらしい。

 信じているのは、おもに経験の浅い一つ星や二つ星の冒険者なのだとか。

「くだらんデマじゃな。ワシは知らん」

 ギンマナが、ぷいとそっぽを向いて酒杯を呷った。

「ですが、冒険者は欲深いから秘宝の噂がデマであるなどという可能性は考えない」

 ドグロの言葉にボルゾが頷く。

「きっと連中は、ありもしない秘宝を求めて、入れ替わり立ち代わり、この町へとやって来る」

「……今はまだ良いかもしれませんが、このまま冒険者を撃退し続けていれば、この町に何かがあると感づく冒険者が現れるかもしれません」

 と、ココが意見を述べた。

「誰じゃ。くだらん噂を流したのは……まったくもう」

 ギンマナは憤慨しながらゴブ酒を呷る。その顔はすでに赤い。

「まずは、いずれにせよ兵隊ゴブリンの育成と流れの傭兵ゴブリンの受け入れを強化しないと……それから、この町から冒険者の目を逸らす抜本的な対策も考えなくてはならんな」

 と、ドグロが提案したところで大広間の扉が開き、手斧ハンドアックス小盾バックラーを携えた黒ゴブリンが息を切らして飛び込んで来る。

 ひきがえるの部族の戦士長のガマトーである。

「どうしたの? 騒々しい」

 ゴモリーの言葉に、ガマトーは慌てた様子で答える。

「北のコボルトからの使者です。火急に、族長方へお目通り願いたいと……」

 席に着いていた者たちは顔を見合わせる。

 するとゴモリーはテーブルの上に置いていた蟇の仮面を被り、ガマトーに向かって言う。

「ここに通しなさい」

 ガマトーは一礼してから大広間をあとにした。




 ガマトーと配下の兵隊ゴブリンに肩を支えられて大広間に現れたのは、麻の長衣ローブをまとった犬顔の獣人だった。コボルトである。

 “何もない町”が所在する“呪われた荒野”の北には、山岳地帯が広がっている。

 そこにはずいぶん昔に打ち捨てられた廃鉱があり、二百ばかりのコボルトがひっそりと暮らしていた。

 彼はそこからやって来た使者らしい。

「……我々の鉱山が、ドワーフどもの襲撃を受けました。何とぞ……何とぞ、ご助力を……」

 ドワーフは凶暴で危険な地の種族である。

 酒ばかり飲んで戦を好む荒くれで、同じく地の種族であるコボルトとは太古の昔から血で血を洗う闘争を繰り広げてきた。

 そんな輩どもが彼らの住む廃鉱へとやって来たのはひと月前なのだという。

「……やつらは全員が戦い慣れており、我々も抵抗したのですが、呆気なく制圧されてしまいました」

 現在、生き残ったコボルトたちは、過酷な条件下で強制労働に従事させられているらしい。

 廃鉱とはいえ、冶金やきんに秀でたドワーフやコボルトたちにとっては、まだまだ価値のある鉱石が取れるのだとか。

「数は?」

 ドグロの問いにコボルトの使者は答える。

「恐らく百はいるかと」

「ドワーフが百匹か……」

 戦い慣れたドワーフ百匹は、なかなかの数だ。

 続いてゴモリーが質問する。

「装備や紋章は?」

「武器や鎧はバラバラでした。黒い熊の紋章です」

 ゴモリーは思案顔を浮かべる。

「この辺りじゃ見ない紋章ね。装備がそろっていないという事は正規軍ではない……傭兵崩れかしら」

 その場にいたゴブリンたちは表情を曇らせた。

 助けてやりたいのは山々だった。

 北のコボルトたちとは、交易で良好な関係にある。

 ドワーフ百匹も倒せない事はないだろう。この町のゴブリンはヴァンパイアロードの軍勢を退けた猛者たちだからだ。

 しかし、冒険者がこの町に興味を抱いている今、北の廃鉱へ兵を送るのは危険きわまりない。

 当たり前だが、この町の定住ゴブリン二百名が全員戦える訳ではないからだ。兵力は七十程度が精々である。

 誰もが陰鬱いんうつな表情を浮かべる中で、コボルトは咽び泣きながら懇願する。

「お願いします……お願いします……お礼は必ずいたしますから」

「とは言ってものぉ……ドワーフ百匹か」

 と、ギンマナが眉間にしわを寄せ溜め息を吐く。

「あいつらは頭がおかしいですからねぇ……」

 ネログロが、ぷあっ、と白煙を吐き出す。

 その直後だった。

「援軍を出しましょう」

 と、ゴモリーが唐突に言い放つ。

 可哀想だから……それだけの理由だった。もちろん、彼女なりに勝算は充分にあるとの見立てなのだが……。

「しかし、蟇のぉ……こちらも兵力は苦しいのじゃぞ?」

 ギンマナの言葉に、ネログロが続く。

「確かに僕らが出張れば、ドワーフ百匹くらいは何とでもなるだろう……しかし」

 これは過信でも慢心でもなく事実である。

 ギンマナもネログロも、少なくとも雑魚モンスターという雑な括りで分類できるほど弱くはない。

「僕らがいない間に星の多い冒険者が現れたら厄介だよ。むしろ、そのドワーフどもが南下してこないとも限らない。やはり早急に守りを固めるべきだね」

「やっぱり駄目かしら……」

 ゴモリーがふたりの族長の顔を見渡した。

「犬顔には世話になっとるが、こればかりは……。蟇のぉ。時には指導者たるもの非情な判断をくださなければならない事もあるのじゃ」

 そこで、声をあげたのはボルゾだった。

「いいや。オレは姫さまに賛同する」

「ボルゾ……」

 ゴモリーが、ぱっと顔をあげる。

 ココは彼がゴモリーの肩を持った事を評価して、ぐっと無言で親指を立てた。

 それを見たボルゾは、心底嫌そうな顔をしながら意見を述べた。

「兵力が少ないからこそ、危険なドワーフたちを早急に排除して冒険者の襲来に備える。悪くない考えだと思うが?」

「しかし、息子よ。ドワーフを討ちに行っている間のこの町の守りはどうするんじゃ?」

「……それなら私に考えがある」

 と、声をあげたのはドグロであった。

「おお。司祭どの。何か策があるのじゃな?」

「策というほどではないが……」

 と、そこでドグロはコボルトの使者に問う。

「ドワーフどもは、我々がこの町に暮らしていることは知っているのか?」

「恐らくは知りません。我々の仲間が誰も喋っていなければ、ですが……」

「確かあの廃鉱の外壁の門は南と北西にひとつずつだったな?」

「はい……」

「ふむ」とドグロはひとつ頷いて言う。

「ならば、この戦……案外、簡単に勝てるやもしれない」

 この町で一番の知恵ゴブリンの言葉にゴモリーたちは顔を見合わせた。

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