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【05】昔話


 それは十五年前の話だ。

 あるところに一匹の偉大なるゴブリンがいた。

 人間たちの勝手な分類ではゴブリンロードに分類される。

 名前をゾルディアと言った。

 屈強な恵まれた体躯をしており、翡翠(ひすい)のように艶やかな緑色の肌の持ち主だった。

 どちらかというと、能天気で怠け者が多いゴブリンという種の中では、真面目で向上心の強い性格をしていた。

 そのためにゾルディアは武を磨く事に余念がなかった。

 彼は蟇(ひきがえる)の部族の族長の息子であったが、部族を離れて武の研鑽(けんさん)に励んでいた。

 そんな、ある満月の夜だった。

 ゾルディアは峠の山林を歩いていた。

 すると木立の向こうの山道で横転した馬車と、それを取り囲む武装した集団を発見する。

 馬車の周囲には、馭者(ぎょしゃ)や護衛だったと思われる者たちの死体が散らばっていた。

 取り囲んだ武装集団の数は三十ほどだろうか。

 甲冑(フルプレート)に片手剣 (ブロードソード)。盾には双頭の飛竜の紋章が刻まれている。

 全員が同じ格好をしているので、どこかの騎士団であるとわかった。

 ゾルディアがしばらく様子を窺っていると、横転した馬車の扉が開き、中から金髪の女が這い出てきた。

 気品のある美しい顔立ちであったが、ゴブリンであるゾルディアからしてみれば、とても醜い容姿に思えた。

 そして、その女の腹は大きく膨らんでおり子供を孕んでいるようだった。

 女は武装集団に対して必死に何かを懇願(こんがん)している。

 少し考えて、ゾルディアは女を助ける事にした。

 当然ながら、その女に惚れた訳でもないし同情した訳でもない。正義感や義侠心(ぎきょうしん)などでもない。

 単なる気まぐれと、ある思い付きからだった。




「何だ、こいつ……ゴブリンか?」

 馬車を取り囲んでいた騎士のひとりが大きく目を見開いて言った。

 その山林から姿を現した異形は、彼よりも頭ふたつは大きかった。

 最早、小鬼と言うには烏滸(おこ)がましい巨体である。

 しかし、鮮やかな緑色の肌と、その顔つき……どうみてもゴブリンであった。

 赤いマントをまとい、動物の骨や毛皮でこしらえた鎧を身にまとっている。腰には曲刀(シミター)を提げていた。

 その異形は鋸(のこぎり)のような牙の並ぶ口を開き、少しイントネーションのおかしい西方語でこう言った。

「その女を此方に渡せ……」

 唐突な要求に騎士たちは困惑し、互いに顔を見合わせる。

 すると騎士団の隊長らしき波うった茶髪の男が腰の片手剣(ブロードソード)を抜いた。

「いきなり貴様は何だっ! 魔物風情が邪魔立てするなら容赦はせぬぞ。まずは貴様から……」

 その言葉の途中だった。

 一迅の旋風が吹いたかと思った瞬間、何人かの騎士の首が飛んだ。

 血飛沫が月下に弧を描いて跳ねあがり煌めく。

 気がつくと異形の姿がどこにも見当たらない。

 三十人もの騎士たちが注視していたにも関わらず、誰にもその動きを目で追う事が出来ていなかった。

 そして、どん、と、木板を打ち付ける音がする。

 騎士たちは一斉に、その音が聞こえた方を見た。

 すると、横転した馬車の上に、いつの間にか、血の滴る曲刀(シミター)を持った異形の姿があった。

 その傍らでは、金髪の女が異形の威風堂々たる立ち姿をぽかんとした顔で見あげている。

 異形は左腕で女を優しく持ちあげ、肩に座らせた。

 そして騎士たちを見渡すと言い放つ。

「この女の首を欲するならば、我に挑め。我はこの女の守護者。逃げも隠れもしない。ここから西の谷間の洞窟で待つ」

 そう言い残して、異形は高々と跳躍し、騎士たちの頭上を飛び越えていずこかへ消えた。


 ……ゾルディアが女を助けた理由は、彼女を取り返しに来た者たちとの闘争であった。

 恐らく騎士団は、何者かの命令で彼女を亡き者にしようとしていたのだろう。

 それならば、その何者かは、彼女の首級を欲しがるはずだ。

 この女を手中に納めていれば、戦う相手が向こうからやって来る。

 すべては己が武の研鑽のためであった。

 だから、その助けた女の事など、最初はどうでも良かった。

 単なる釣り針の先の毛虫と変わらぬ存在のはずだった……。




「……わたしのお父さんは、超かっこ良かったけど、お母さんはわたしに似て不細工だったじゃない?」

 廃墟の端にある城館の一室で長椅子に座ったゴモリーが無邪気に微笑みながら、湯気の立つカップを持ちあげた。

「……だからわたしにも、ワンチャンスあるんじゃないかなって」

「左様ですか」

 ココは応接卓を挟んで向かいに座る彼女の顔を見て苦笑し、心の中で嘆息する。

 ゴモリーは自分や母親が光の種族に属する人間であるとは思っていなかった。頑(かたく)なに自らをゴブリンであると信じ込んでいる。

 その価値観や常識もゴブリンそのものである。


 ……人間とゴブリン。娘がなりたい方を選ばせてやって欲しい。


 今は亡き英雄ゾルディアの言葉である。

 だから、この廃墟の町で暮らすゴブリンたちは誰も彼女を人間あつかいしようとはしない。

 しかし……と、ココは何時も思う。

 彼女がもしも自分自身が人間である事を自覚し、そちらを選んだら……。

 それを思うと怖かった。

「何でわたしは、お父さんに似ないで、お母さんに似たのかしら……。お母さんの事は不細工なところ以外、全部大好きだけど、そこはちょっとね……。ねえ、ココ! あなた、わたしの話を聞いているの?」

 その声で物思いに耽っていたココは現実に引き戻される。

 目の前には主(あるじ)であり敬愛する人間の少女が、眉を吊り上げて睨んでいた。

「すいません。少々、今日の夕食のメニューについて考えていました」

「まったくもう。あなたって、そういうところあるよね……」

「すいません」

「それじゃあ今日の晩餐は、角イグアナとタランチュラの串焼きにしなさい。スープは墓場茸(はかばたけ)と大蠍(おおさそり)の肉があったら入れて」

 どれもゴブリンにとってはご馳走で、光の種族たちは口にしない食材ばかり。

 そしてゴモリーの大好物ばかりだった。

「わかりました。それでは準備に取りかかります」

 ゴモリーは立ちあがる。

 そして部屋を出る直前で、

「ココ」

 と、呼び止められる。

 足を止めて振り向くと、ゴモリーは柔らかな微笑みを浮かべていた。

「……いつも、ありがとうね」

 どうやら、すっかり鬱から立ち直ったらしい。

 ココは、ほっと胸を撫でおろす。

「いえ。失礼します」

 そう言い残し、大好きなゴブリンのお姫さまに背を向けて部屋をあとにした。

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