【03】虜囚
廃屋の地下室をあとにした五人の冒険者は町の中心へと向かう事にしたようだ。
意気揚々と歩く五人の先頭に立つ斥候の腰には、七匹のゴブリンの耳と赤子の小さな生首が吊るされていた。
「しかし、ゴブリンだけで八ポイントか。ちょろいな」
斥候の言葉に僧侶が頷く。
「この廃墟、けっこう良い稼ぎ場かもしれない」
ランクは冒険者の強さや名声を表す指標である。ランクが高くなると金持ちのパトロンがついたり、仕官の道が開けたりする。
更に年間の総獲得経験値ランキングというものがあり、上位入賞者にはギルドから奨金が与えられる。
だから冒険者たちは経験値稼ぎに血眼になっているのだ。
金持ちや貴族たちも、ランクの高い冒険者を囲う事が、それだけで一種のステータスとなっている。
「でも、ちまちまゴブリン一匹ずつ狩ってくのもめんどくせーな。もっと、稼ぎのデカイやつと戦いてーぜ」
と、魔術師は気だるげにぼやいた。すると狩人が肩をすくめる。
「私はゴブリンで良いわよ。十ポイントのモンスター相手にするより、ゴブリン十匹の方が簡単だもの」
「ゴブリンの雌を一匹見かけたら縁の下にゴブリンが百匹はいると思え……俺の故郷の諺だ」
戦士がぼそりと言った。
「じゃあ今日は全部で八……いや七匹だったから七百匹はこの町にいるの?」
狩人の発言に斥候が突っ込む。
「流石にそんなにいねえよ!」
「でも、しばらく、ここでゴブリン狩りして稼ぐのは悪くないと思うよ? どうせ、しばらくは探索してみるんでしょ?」
と、僧侶。
「んじゃ、ゴブリン駆除専門の冒険者にでもなっちまうか? いっその事」
その魔術師の冗談に狩人が笑う。
「何それ……あはははは……そんな奴いんの?」
残りの面々も声を立てて笑った。
「そうだな。じゃあ、しばらくはここで宝探しとゴブリン狩りだな?」
斥候が全員の顔を見渡し同意を求めた。
「構わん」
「僕も別に良いよ」
戦士と僧侶は乗り気だった。
対して狩人は不満げな顔だ。
「でも、ゴブリンばっか相手だと腕が鈍っちゃいそう。私って弱いものいじめ大嫌いなのよねー」
「俺は好きだぜ? 緑とか黒とか茶色のクッセェやつらが、ぴーぴー泣き叫ぶところを見るとスカッとする」
と、魔術師が言い放った瞬間だった。
彼らが進む通りの向こうの右手の廃屋から、何か白い影が飛び出して来る。
五人は立ち止まり身構えた。
「たっ、助けてぇ……お願い……助けて!!」
それは金髪の少女だった。
砂と泥で汚れた白いワンピースを着ており、裸足だった。
金属の枷で両手を繋がれている。
「何だぁ?」
魔術師が怪訝そうに首を傾げる。
少女は五人の元まで駆け寄るとへたり込み、荒い息を吐いて大きく肩を揺らした。
「おい、どうした?!」
斥候が少女の顔を覗き込む。
大きな蒼玉のような瞳。長いまつげ。形の良い口元。
汚れてはいたが、そこいらの町娘にはない気品を感じさせる顔立ちをしていた。
まごう事なき人間の美少女である。
「馬車に乗っていたらゴブリンに襲われて……それで、パパとママも殺されて……うっ、う……」
少女はうつむいて嗚咽を漏らし始める。
「……それで、こんなところに連れてこられて……わたし、ずっと汚らわしい事を……うっ、ううう……」
五人は顔を見合わせた。
「大丈夫かい? 怪我があったら僕が癒してあげよう」
僧侶の申し出に少女は怯えた表情で首を振る。
「だ……大丈夫です」
少女の衣服や身体は汚れていたが、目に見える範囲には、特に怪我はないように見えた。
斥候が優しく語りかける。
「それで、君は隙をついて逃げて来たんだね?」
「そ……そうです……うっうううう」
少女は両手で顔を覆い、再び泣き出す。
「こんないたいけな女の子をさらって嬲るなんざ、ゴブリンにしてもイカれてやがる……」
魔術師が嫌悪感をあらわにして吐き捨てる。斥候は立ちあがり通りの先を指差す。
「君が飛び出して来た廃屋の中に、まだ君をさらった連中がいるのか?」
「はい。はい……そうです……そうです……」
少女は何度も頷く。斥候が更に質問を重ねた。
「何匹いた? どんな奴らだった?」
「今は……小さいの一匹だけです。他の強そうなのは、仲間たちと連れ立ってどこかへ行きました」
その少女の言葉を聞いた五人は再び、顔を見合わせる。
「おい」
斥候が狩人に向かって言った。
「この娘を頼む。後ろを警戒しながらついてこい」
少女の事は同じ女である狩人に任せた方が良いと判断したのだ。
「わかった」
その意図を悟って狩人が頷く。次に斥候は戦士の顔を見た。
「あとはいつも通り。まずは前列の俺らで突っ込む。術師のふたりは俺たちの後ろについて来てくれ」
僧侶と魔術師が神妙な表情で頷いた。
「あの廃墟の中を制圧したあと、出払っている他のゴブリンが帰って来るのを待ち伏せする」
全員が頷いた。
「よし。いくぞ」
斥候と戦士は武器を抜き、慎重な足取りで通りの先にある廃屋を目指して歩き始める。
そのうしろに僧侶と魔術師が続く。
「ほら。大丈夫? 立てる?」
狩人が地面にへたり込んだままだった少女の両脇を抱えて立ちあがらせた。
そして、腰のベルトポーチから鍵開け道具を取り出す。
「今、手枷、外してあげるね」
右手の枷の鍵穴に鍵開け道具を差し込み、あっという間に開錠する。
じゃらりと右手の枷が外れて、左手の枷と繋がった鎖にぶらさがる。
「あ、ありがとう、ございます……」
少女が、か細い声で礼を述べた。
そこで狩人は、おかしな事に気がついた。
少女はさらわれてから“ずっと、汚らわしい事をされてきた”と言っていた。
その割には手首に枷で擦れた痕がない。まるで、ついさっき手枷をはめたかのようだ。
更に少女は小柄で細身であったが、肩や腕の筋肉は可憐な貴族令嬢のような容姿には似合わず、しっかりとしていた。
足元を見る。爪は良く手入れをされており、あまり汚れていない。
そもそも考えてみれば、まったく怪我をしていないのはおかしい……。
狩人は少女の顔を見た。
「ひっ」
思わず息を飲む。
凍りついたような無表情。
その目付きは、まるで獲物に飛びつく寸前の毒蛇を思い起こさせた。
「あ、あなた……」
狩人が腰に差していた剣鉈へと、少女の左手が伸びる。
狩人は慌てて飛び退いた。しかし、遅い。剣鉈を奪われる。
次の瞬間、狩人の首筋に剣鉈の切っ先がめり込む。
稲妻のような、鋭い踏み込みからの突きだった。
ぐもった悲鳴が血反吐と共にあふれる。
先を行く四人が足をとめて同時に振り向いた。