【13】四つ星襲来
すぐに闘技場の主であるドナルド・シュバイン伯によるキング捕縛の依頼がギルドの掲示板に張り出された。
達成報酬は一万。ボーナス経験値は五百。
なおキングを殺してしまった場合はこの半分となる。
シュバイン伯としては闘技場の目玉であるキングを生け捕りにしたいという思いがあった。
しかし一方で、キングによる何らかの被害が出て責任を問われたくないという思惑もあり、報酬の差異はあるものの、生死は問わないという事で落ち着いた。
ハーフェンの冒険者たちは、この破格の報酬の依頼に色めきたった。
腕に自信のあるランクの高い冒険者たちはもちろん、ランクの低い冒険者たちも幾つかのパーティで集まって結成されたレイドパーティを組み、キングの行方を追った。
様々な情報が錯綜する中、依頼開始から数日が経った――。
そこはハーフェンの一角にある場末の酒場“金目のかじき亭”であった。
その隅のテーブルでくだを巻くのは、冒険者パーティ“青い鳥”の面々だった。
「何としてでもキングを生け捕りにするわよ!」
そう息巻くのはリーダーの女戦士ミレーゼ・ピジョンだった。
彼女たちのパーティは四つ星と高ランクであったが、まだパトロンがいなかった。
それは彼女がお高く止まって選り好みしている事が原因だった。
男爵クラスの貴族や金持ちの商人からの誘いはこれまでも沢山あった。
しかし、彼女は、自分にはそんな田舎貴族や成金など相応しくない……最低でも伯爵クラス。望むべきは王族と縁のある貴族……などと大層な野望を掲げていた。
元々、ミレーゼは戦争で滅亡したある国の貴族令嬢であった。
その高貴な生まれと冒険者に身をやつしている現状が、彼女の気位を遥か天上まで届かせるほどにしていた。
そんなミレーゼに振り回される仲間たちはたまったものではない。
エルフの狩人ユルグ・クロウは、飽きれ顔で溜め息吐いて「そうだな」と言った。一気に器の中の火酒を飲み干し喉を焼く。
彼はこの依頼には乗り気ではなかった。
なぜなら前に一度だけ闘技場でキングの試合を見た事があったからだ。
そのとき、キングは鈑金鎧を、まるで粘土のように素手で引きちぎっていた……。
そんな光景を見たら誰だって臆するのは当然である。
しかし、彼はちっぽけなプライドと生来からの遠慮がちな性格から、何も言えずにいた。
彼がひと言「この依頼はやめよう」と口にしていたら、その後の“青い鳥”の運命はもう少しマシなものになっていたかもしれない。
しかし、そんな事は知るよしもなく、ミレーゼはエールの酒杯の底をテーブルに叩きつけながらほくそ笑む。
「……絶対にキングを生け捕りにするわよ?」
すると、戦士のパウロ・イーグルが肩をすくめて問うた。
「ポッサムとギザムは?」
ポッサム・ダックは魔術師でギザム・アルバトロスはドワーフの僧侶だった。
その質問にミレーゼが答える。
「ポッサムは私用で魔術師学院。ギザムは情報収集よ」
そこでタイミング良く、ギザムが店内に姿を現す。彼は仲間たちのテーブルへと駆け寄る。
そして、席に着くと用心深く周囲の様子を窺ってから声をひそめる。
「……“赤犀騎士団”の連中が動き出した。有力な情報を掴んだらしい」
“赤犀騎士団”とは彼らと同じ四つ星パーティで、モンスター討伐を専門にしている。逃げたモンスターの追跡は上手い。
今回のキング捕縛の依頼でもっとも成果を期待されているパーティのひとつだ。
「本当なの?」
ミレーゼが眉を釣りあげて囁く。
「ああ。あいつらと親しい行きつけの酒場の女をボコって聞き出した情報だから間違いはない」
ギザムは非常に暴力的な男で、こうした物理的な情報収集を得意とする。
「そういや、あそこのリーダー“真夜中の蝶亭”の女にずいぶんと入れあげてたけど、そいつか?」
パウロの質問にギザムは神妙な顔で頷く。
「なら、間違いないわね……」
と、ミレーゼ。
「“何もない町”だ。“何もない町”に向かったみたいだ。あいつらは……」
ギザムの言葉にミレーゼは仲間たちの顔を見渡す。
「ポッサムが来たら私たちもすぐに向かうわよ!」
“青い鳥”の面々は椅子から腰を浮かせる。
そのときギザムの足元に一匹の鼠がいることを、彼らは誰も気がついていなかった……。
“金目のかじき亭”の裏手にある路地だった。
水晶玉を両手に乗せて、ほくそ笑むフードを目深に被った怪しい人影があった。
「“何もない町”ね。確かに身を隠すにはうってつけだし赤犀の連中が動いたのなら、信憑性は高そう」
“渦巻く紫煙”のユミナ・ラークである。
その水晶球には、“青い鳥”のギザムの足元が映り込んでいた。
鼠は彼女の使い魔だったのだ。
例のロジェ辺境王の秘宝騒動からしばらくの間は、“何もない町”は平和そのものだった。
ゴモリーの思惑通り、狂暴な冒険者たちの襲来はなくなり、ゴブリンたちは平和を謳歌していた。
ゴモリーも他の兵隊ゴブリンたちと共に武術の鍛練をしたり、狼に乗って近くの荒野で大蠍や砂蟲などを狩って、のんびりと暮らしていた。
そんなある日、北のコボルトたちがやって来た。
あの例の盗賊団から奪い取った妖精銀の鉱石から作った装備品を持って来てくれたらしい。
その品定めをするためにゴモリーたちは、居住区の中央広場に集まっていた。
「……どうでしょう?」
そう言って、揉み手をするのはコボルト使者のフントだった。
「うむ」
ゴモリーはそう言って、手渡された戦斧の柄を握り締める。
二、三回振るう。
「軽い。まるで木の枝を振るっているみたい」
その斧の刃はミスリルで出来ており、禍々しい魔法文字がびっしりと刻まれている。
「地霊の力を施してあります。使い手は重さを感じる事なく、敵にその分の重さが伝わるようになっています」
「へえ」
ゴモリーは藁と襤褸布で作った案山子の前へと移動する。
そして案山子の頭上から一気に振りあげた刃を落とした。
野次馬たちがどよめく。
ゴモリーは呆気に取られた様子で、その妖精銀の戦斧を眺め感想を漏らす。
「凄い切れ味……」
ゴモリーは戦闘の天才と言ってよい資質を持ってはいる。しかし、やはりどう足掻いても十代の人間の女子である事には代わりなく、それゆえに力の強い者や守りを固めた相手には不利となる事が多かった。
しかし、この魔斧はその非力さをしっかりとカバーしてくれる。
「ますます姫さまが強大な力を……これで“竜殺しの英雄”を相手にしても負けませんね!」
ココが嬉しそうに言う。
それからフントは硬貨程度の革紐に吊るされた妖精銀の魔除けをゴモリーや、ココ、キキとボルゾに配る。
「これは、いったい……」
ゴモリーの問いにフントは答える。
「この魔除けには魔法防御を高める働きがあります」
「なかなか、オシャレじゃない」
キキがさっそく魔除けを首にかける。
「まだ沢山ありますので、兵隊ゴブリンたちにも行き渡ると思いますよ」
フントがそう言い終わったときだった。
広場の南側から狼に乗った茶色のゴブリンがやって来る。
蟇の部族の伝令ゴブリンであるバレボだ。
「大変です! 姫さまーっ!」
「どうしたの?!」
バレボは巧みに狼を操りゴモリーの前で急停止する。
「冒険者です! 久し振りに冒険者が出ました!」
「何ですって?!」
広場に集まったゴブリンたちがどよめく。
「しかも二パーティも。外周区の南と南東です」
「二パーティも。どうして……?」
ココが眉間にしわを寄せた。バレボは更に報告を続ける。
「かなりの強さです。対処に当たった警備隊一班と二班が敗走しました」
ゴブリンたちのどよめきが大きくなる。
「被害は?」
「一班は三名重症……二班が五名重症……ともに軽症者多数。死亡者はいません」
死亡者はいない……その言葉を聞いたゴモリーは、ほっと安堵の溜め息を吐く。
「現在、両班ともガマトー戦士長の指揮の元、外周区六番屯所まで退却中です」
「敵は恐らく四つ星以上の冒険者ね」
キキが神妙な表情で言った。
四つ星パーティともなるとかなり危険な存在である。
その戦闘力以上に星の高い冒険者ほど経験値稼ぎに貧欲で手段を選ばなくなる。何をしてくるか解らない怖さがあった。
「討って出るわ。試し斬りには、ちょうど良い」
ゴモリーは獰猛な笑みを浮かべた。
しかし、そんな闘志溢れる彼女に待ったをかける者がいた。それは……。
「待たれよ蟇のぉ。たまにはワシらにも戦わせろ」
そう言って、広場に集まっていたゴブリンたちの間を割って現れたのはギンマナである。
彼のうしろにはネログロとドグロもいる。
「じゃあ僕とギンマナさんで、南東のやつらをやるから、司祭はボルゾくんと一緒にガマトーくんと合流して南の冒険者に当たるというのは?」
ネログロが、ぷあーっ、とゴブ葉巻をふかしながら勝手に仕切り始める。
「……承知しました。族長。よろしいですな? ボルゾ殿」
ドグロの言葉にボルゾが答える。
「うむ。構いません」
どうやら相当に退屈していたらしい。
「では、姫さまたち女の子は、後詰めをお願い」
ネログロが呑気な口調で言う。
「え……でも、わたしも戦いたい……」
と、唇を尖らせるゴモリー。
すると、ネログロは、また煙を噴き出し右手を出した。
「それじゃあ、ゴブじゃんけんで決めよう……ゴブリンじゃあーん、けーん……」
「ああ、ちょっと、待って……」
……結局、ゴモリーはゴブじゃんけんに負けて後詰めとなった。




