第八節 選択⑬
足下では四人が無限の財布におののいていた頃。
使っていた部屋に逃げ込んだシスティーナはベッドに座ってぼんやり中空を見つめていた。
脳裏をよぎるのはほんの少し前まで当たり前だった、難しいことなど考えなくて良い頃のことばかり。
片親でも十二分に自分を愛してくれた父。
その父が目指したのは皆が笑顔で居られる国だった。
豊かで、平和で、未来に希望を持てるギュメレリーを目指していると語ってくれたことを娘はよく覚えている。
その言葉通りに復活祭や誕生祭ではたくさんの笑顔が城を訪れ、毎年新年を喜んだり父や自分の誕生日を祝ってくれた。
お忍びで町にでかければ市場や繁華街には活気があり、騎士団に憧れる子供が巡回に手を振っていたし、芸人や詩人が技を競い合う広場はいつも賑やかで。
貴族たちは派閥争いに夢中ではあれど、教育を受けた平民に足をすくわれないよう、『持てる者』としての誇りを失わないように切磋琢磨していた。
もちろんテンペの貧民街や湿原から出てくる怪物など、問題や危険が皆無なわけではなかったが、城は目を背けずになんとかしようと努めていたはず。
そして食事の際に心に浮かんだ小さな願いを思い出したとき、国民から笑顔を失わせてはならないと自然に思ったのだ。
「……お父様。それが失われつつある今だからこそ分かります。お父様の目指したギュメレリーがどんなに素晴らしかったのか」
暗殺未遂や反乱、父の毒殺に驚いて自分を見失っていたが、もともと共和制の提言をはねのけて王位を継承するつもりはあったのである。
あのとき、父の愛したギュメレリーを自分も大切にしたいと思ったのではなかったか。
選択をする前に、情勢をいったん横に置いて自分がどうしたかったのかを思い出そうと内なる声に耳を傾けた結果。
心の一番奥底で見つかった思いは、決してこの国を見捨てて自分だけ逃げると言う選択ではなかった。
それに気づいたのとほぼ同時。
扉がノックされて廊下からギルガメシュの声が伝わってくる。
「システィーナ様」
「ギル? どうしたの?」
皆しびれを切らしてしまったのだろうか、とベッドを立った王女が返事をすると。
「……恐れながらお伺いします。システィーナ様は、亡命をお考えでしょうか……?」
恐る恐るの問いに、ぎくりと体をこわばらせたシスティーナは胸を押さえて小さく深呼吸を二度、した。
「もし、そうだとしたら?」
質問に質問を返すと、立ち去ってしまったのかと不安になるほど長い間があった。
どうしよう、と王女が対応に迷ったところで先ほどよりも強く、大きな声が扉を越えてくる。
「……そうだとしたら! そうだとしたら、父は犬死にです! ……父だけではありません。王女様の血のために戦った皆が、です……!」
どんな状況でも王族には王族としての役割があるのでは、と。
国民の信頼を、騎士たちの忠誠を忘れないでほしいと。
不敬として罰せられるのを覚悟の上での発言だった。
貴族の息子として育ち、騎士を夢見たギルガメシュはリョウのように王族であっても自由に生き方を選んで良いと割り切ることはできず、父の死を無駄にしないでほしいと伝えにきたのだ。
「ぼ……私は、リョウのおまけの半人前にすぎません。ですが、騎士として、全身全霊でシスティーナ様を守り、支えますので……」
まだ王家を信じる国民の思いと、王家を信じて倒れた者の思いを忘れないでくださいと言われ、唯一の継承者は天井を仰ぎ見る。
「口先だけだったんだなぁ、私」
父が亡くなった夜、王位を継承するつもりはあるのかという問いになんと答えたのか。
王家の血を引く自分にはこの国を守る義務があると、血税で育てられた者の役割だと言ったのではなかったか。
「うん、大丈夫。思い出した」
厳しくもあるが、個人を尊重するリョウは選択権を与えることで自分の想いを思い出させてくれた。
ギルガメシュは国民の思いや期待を踏みにじるような真似をしてはならないのだと、公人としての義務と役割を思い出させてくれた。
その二つが心の中で溶け合い、一つになったときにシスティーナの覚悟は決まっていた。
「―――もう二度と忘れない。私の体にはロシュディの血が流れている。私は、お父様やお母様、ご先祖様が愛し、守ってきたギュメレリーの正統王位継承者なんだ」
逆に言えばそれだけしかないのである。
どこかの帝王のように武があるわけではない。
どこかの聖王のように敬虔な司祭であり、聖地との繋がりが太いわけでもない。
統治者としての知識や経験も不足している、だけど。
「国民が苦しむ未来だけは絶対に防がなきゃ」
その後に王位を失ったとしてもかまわない。
大切なのは国の未来を守り、よりよい未来を目指す者に引き継いでいくことであり、主権にしがみつくことではないからだ。
「私一人じゃどうすればいいか分からないけれど。知恵を出し合えばきっとなんとかなるはずよ」
まだ絶望的なだけでこの命は失われていない。
そもそも状況確認だけで対応方針は決まっていないし、全員が無理だという判断をくだしてもいないはず。
未熟な自己完結で今日までの時間を無駄にした自分が情けなかった。
もはや一刻の猶予もないと部屋を飛び出したら、ずっと廊下に立っていたギルガメシュが目を白黒させている。
「あ、あの……」
「魔族を使うようなマルコスにこの国は任せられない。それが私の気持ちよ!」
そう言って階段を駆け下りた王女は顔を上げた全員を見回すと、面食らっていたギルガメシュが追ってくるなり高らかに宣言した。
「リョウ、決めたわ! 魔族を使うようなマルコスにギュメレリーは渡せない!」
胸を張っての宣言をうけた彼は手帳を閉じるとゆっくり立ち上がり、その神秘的な瞳でシスティーナを見つめる。
「なら戦いが起こる。誰も彼も無事、と言うわけにはいかない」
「うん」
「本当にその覚悟はあるか? 何を失っても立ち止まらず、どんな誹りを受けても胸を張り、前を見て自分の足で歩き続ける覚悟があるのか?」
彼の気迫に圧されて目を閉じた王女は、もう一度自分の胸にある思いを確認してから言った。
「あるわ。私の選択により自分や誰かが傷つき、犠牲になっても。絶対に目を背けたりしない、私の責任として背負う」
「ここで逃げたほうが安全だぞ。もしかしたらワール公は君より良い国王になるかも知れない」
「反乱は鎮圧され、逆賊は罰せられなければならないし、魔族を扱う危険と不利益を見逃すわけにいかないわ。その後ならふさわしい者に継承権を譲ってもかまわない」
「これまで以上に君も危険だ」
「承知の上よ」
でもあなたたちが守ってくれるのよね、と前のリョウと後ろのギルガメシュを見た王女は、期待しているわと片目をつむって微笑んでさえ見せる。
地方領主を前にしたときに見せた威厳の片鱗をまとっている少女は、先ほど二階に逃げていったときとはまるで別人。
タッシュやセラスはこれが王家の血かと驚き、ギルガメシュとラピスは感動したように目を潤ませていた。
「どうやら本気のようだな」
「どうすれば実現できるのかは分からないけれど、どうしたいかは決まったわ。それから独りよがりに絶望することもやめにする。だから、みんなの知恵と力を貸してほしいの」
そういってテーブルに戻った王女が意見を求めると、精鋭によるアライアンスが必要になるほどの上位魔族相手では、とほとんどの者が俯く中。
「俺に作戦がある」
そう言って腰を下ろしたリョウに視線が集まった。
「どんな作戦なの? やっぱり聖域に救援を願うのかしら?」
「それも選択肢だが、大筋を話す前に一つ確認したい。ワール公を倒して城を取り戻した後、君はそのまま女王の座につく意志はあるのか? それとも退位して誰かに主権を譲りたいのか?」
想像もしなかった質問にあちこちからえっ、という声が漏れた。
リョウ以外の誰もが、多大な犠牲を覚悟すれば魔眼種を何とかしてワール公を討つことはできるかも知れないが、王家への支持が残るとは思っていなかったのだ。
「えっ? ……だって、今更私が女王になったところで誰も支持してくれないでしょう?」
「可能、不可能の話は置いといてくれ。君がどうしたいのかが知りたい」
さっきの選択と同じだ、と確認されて困惑するシスティーナは言いづらそうに答える。
「そ、それは……確かに、許されるならお父様のあとを継ぎたいって気持ちはあるわ。未熟者だけど、今回の事で傷ついた者たちへの補償とか、マルコス派の処分とか、聖地への弁明とかやらなきゃならないことは山積みだし、やっぱりこの国が好きだし」
後任に丸投げして退位するのは申し訳ない。
支配欲ではなく愛するこの国に尽くしたいから女王になりたいと継承者は言った。
他の者が国に尽くすならいくつもの手段があるだろう。
だが失権した継承者が国政に関わることは難しいだろうし、他の何ができるかも分からない以上、実質一択なのは本人も分かっていたのである。
そして、その思いになら力を貸してもいいと感じた少年は、復権への道が閉ざされていない事を告げた。
「俺の作戦はワール公から城を取り戻し、システィーナが復権……いや、前より足場を固めることもできそうな案だ」
絶望を希望に。
革命に革命を返すような話に今度こそあちこちから驚愕の声があがる。
「だ、だって魔眼種が居るのよ! 国外を、聖域を頼るような王女の足場が固まるっておかしくない!?」
「この状況からどうやって!?」
「リョウさんのお金で冒険者や傭兵を雇っても、王女様の支持には繋がらないんじゃ……」
システィーナ、ギルガメシュ、セラスは気休めか何かの冗談かと実現性を疑ったが、ラピスだけはさすがリョウ様と期待するような眼差しを向けていた。
どうやらギルガメシュとは別の方向でこれまでの常識や価値観がどこかへ行ってしまったようで、彼女の中にあるご主人様像はすでに神か英雄かという次元にさしかかっているらしい。
「道筋はすでにブライアン様がつけてくれていたんだ。俺たちはそれをなぞるだけで良い」
「父上が?」
「一度城を出て、相手をおびき出すって話?」
あれは城を取り戻せる戦力がある前提のはずだ。
親衛騎士団が半壊し、神殿や学院の協力も期待できない上に魔眼種のこともある。
なにを言っているんだと疑惑の視線を向けてくる王女たちにまあまあ、と手で答えたリョウはさらに続けた。
「つまり今の状況は反乱を予見した王女がしかけた、 反乱分子や不穏分子を一気に炙り出す罠だったことにしてしまおうと言うわけだ」
「ワール公らは王女様の手のひらで踊らされていた事に?」
不安になったタッシュがこの理解でいいのかとセラスを見れば、眉間にしわを寄せた彼女はうんうんとうなずき返してくる。
そんな圧倒的逆転劇が可能なら確かに国民はそう思うかもしれないが、果たして実現できることなのか。
「理屈は分かるけど、どうやって?」
「ダイアナ公の手も、西方騎士団の手も、当然聖域や冒険者、傭兵の手も借りない。ブライアン様達が逃した第一騎士団やアル達、そして俺達だけで速やかに逆賊を討ち、城を取り戻す」
「魔眼種はどうするの? 向こうの陽動が成功する前提?」
上位魔族なんてまともに戦えるはずがない、と繰り返し尋ねる王女の声が小さくなったのも無理はない。
怪物図鑑に赤文字で大きく危険と書かれるだけのことはあり、過去にはそれだけの被害もあったのだ。
リョウが戦略存在と言ったのも決して誇張ではない、この一体の有無は国家間戦争の結果を左右する。
しかし彼は、ワール公もそう考えたんだろうなと不敵に笑ったのだ。
「居なかったことにする」
「えっ?」
「はっ?」
「大事にしないでさっさと片づけてしまえば、みんなそんなものを封じ込めた召喚術書なんて実はなかったんだと思うだろう。それならフィフトニスや聖域から睨まれることもないさ」
「え……?」
戸惑いの声をあげた者、無言の者、それぞれが信じられないといった様子で顔を上げると、無理もないかなと苦笑した少年は、それだけでも十分大陸史に名が刻まれるほどのことをさらりと言った。
「信じられないだろうが、俺は単独での討伐経験があるんだ」
「そ……それは、さっき言っていた遺跡でかね?」
だいぶ感覚がおかしくなってきたタッシュが二つの非常識を結びつけると、彼はそうですと認める。
「何の話?」
「システィーナが居ないときに話題になった、俺が金やらなんやらを見つけた古代遺跡の番人が上位魔眼種だったんだよ。事前にでかい目玉の怪物だって情報があったおかけで対策が練れたんだ」
システィーナは必死に理解しようと、彼の話を自分の常識の範疇に落とし込もうとしているが、反応しても疲れるだけだと分かったギルガメシュとセラスは光を失った目でそうなんだぁと頷くだけだ。
「で、でも……次もうまく行くとは限らないでしょう?」
確かに討伐経験がゼロか一には天と地ほどの差がある。
しかし外敵の攻略法や対策と言うのは本来、数多くの討伐実績や大勢の戦闘経験から傾向らしきものや弱点属性などが導き出されてからようやく形になるものだ。
体のつくりから死角になりやすい場所、柔らかい場所や固い場所と言った身体的特徴や、ブレスを吐いたり魔法を使ったりと言った種族固有の能力ならともかく。
年令や育ち、生息地域に経験が異なれば行動や癖だって異なるわけで、同じ行動特性が期待できるとしたらせいぜいが同じ術者が同じ命令を与えたゴーレムぐらいなものである。
なのに。
最強種ならば四十人以上の精鋭と五分に渡り合う上位魔族を相手に。
そうでなくとも超一流の冒険者達ですら後込みし、二度は戦いたくないと言うであろう魔眼種を相手に彼は余裕だと言い切った。
「攻略法がはまれば余裕、外れても一対一なら何とかなるかな」
いたずらをする子供のような表情でテーブルに置かれた霊薬の瓶には、おどろおどろしい赤色の液体が詰まっている。
「この霊薬があれば簡単なんだ。人が触れたらかなり危険だが、魔眼種にもよーく効く」
先にも触れたように、人に危険といっても投擲された異物をくらうような三流以下の話であり、避けたりたたき落としたり受け止めて投げ返せるような一流以上の者たちに毒や酸をぶつけると言った攻撃はまず通用しない。
魔族を含めた怪物の場合も危険を察知されたら同様なのだが、そもそも毒など効かない上位存在は矮小な人の罠などに大きな反応をすること自体が恥だと考えているらしく、避けるそぶりすら見せなかったりするそうだ。
―――このあたりには、魔族が自分に向けられる恐怖をはじめとした負の感情を食らう存在であることも関わっていると思われるのだが。
人だって芋虫が威嚇のために触角を伸ばしたところで気にしなくとも、蝉のおしっこをかけられたら嫌なのだから避けても恥ではないと謳い手は思うのだ。
「そんな毒、ワシは聞いたことがない」
「俺が開発したものですし、依頼をしてきた人にも話を広めないようにお願いしてあるので」
彼は霊薬調合の技能も持っているのか、という驚きはあまりの効能の前に深く追求はされなかったのだが、その製法が公表されれば魔眼種の討伐難易度は、上位魔族にあるまじき低レベルへたたき落とされるだろう。
上位魔眼種も毒への高い耐性があるらしいのだが、この赤い汁は毒性と呼べるものを持っているわけではない。
ただ素材の持っている力を、霊薬の媒体となるペプコリの実の汁で何十倍にも強めているだけなのだ。
他の冒険者には内緒ですよと片目をつむったリョウは瓶を道具入れに戻し、目と口で三つの丸を作っているシスティーナに言った。
「正直な話、学院が中立を保っている今なら俺一人で城を落とし、魔眼種を処理してワール公を討つことができると思う」
「!?」
もし、彼の雰囲気ががらりと変わって低く重い声でなかったら、あまりの内容に王女もはしたない声を出していただろう。
ギルガメシュもリョウの雰囲気に潜む尋常ならざる何かを敏感に感じ取ったのか、背筋に冷たい感覚が現れていた。
しかし視線の圧力で彼女や周りの反応を禁じた少年は首を横に振る。
「けど、それじゃあ駄目だ。聖地の手を借りるのとなにも変わらない。システィーナが復権するためにはそれなりの演出が必要になる」
「国民を騙すというのは……」
「見せ方の問題さ。幸い今の俺は冒険者ではなく君の近衛騎士だ。即位するつもりがあるのなら、責任や犠牲を背負うだけじゃない。部下を使いこなし、自分の手足とするんだ」
「でも、それじゃリョウが……」
彼が、手柄をすべて王女のものとしてくれと言っているのは分かる。
しかしそれでは彼になにが残るのか、彼になにをもって報いればその働きに見合った褒美になるのだろうか。
システィーナが受け取るばかりで何も返せないと考え込んでいると、立場に寄らない自由な発言の場だというのにタッシュが許可を求めた。
「……よろしいでしょうか、王女様」
「発言を許します」
なので公式の場のように許可すると、椅子を立ち、恭しく一礼した主人は一つ咳払いをしてから語り出す。
「不敬ではありますが、私もリョウ君と同じ意見です。我々国民は王女様の復権を心待ちにしておりますが、それが彼頼みでなされたように見えては意味がありません。あなた様主体でなされたと感じてこそ、民衆は王家の血を指導者と認め、犠牲を受け入れ、新しい世代を共に歩もうとするでしょう」
「……座りなさい」
以上になります、と締めくくったタッシュは着席の声に礼をして椅子に戻ったのだが。
そんなに緊張したつもりはなかったのに、気がつけば握りしめていた手のひらと背中にじっとりと汗が滲んでいた。
王女はまだ若く、国政とは清濁併せ呑むことも必要だと頭では分かっていても気持ちの整理がつかないようだ。
僭越ながらリョウの援護をしたところ、少女から怒気ともつかぬ圧力を感じたのである。
「国民同士が傷つけあう戦いが起こる。これまでの犠牲も皆無じゃない。それでも―――」
仁徳を基として国を治める道も決して平坦ではない。
国王一人では分からない事、迷う事、できない事もあれば内外で争いが起こる事もある。
必要であれば戦い、傷つき、失う覚悟を持ち、それでもよりよい未来を目指し続ける王道を歩むことができるのかとリョウは問いかけた。
「復権した暁には国民の幸せを、笑顔を、未来を守るための統治をすると約束できるか?」
瞬間。
向かい合うテーブルの上の空気のみならず、酒場全体が緊張する。
(これは私の宣誓なんだ)
先ほどの、自分がどうしたいかの問いとは意味合いが違う。
彼という異なる存在を騎士として使うための契約であり、対価であり、人生を決める選択なのだと。
その約束を破ったら、敵に回られる覚悟もしなければならないほど重い問いなのだと王女は直感する。
それでも革命をひっくり返すような力を、上位魔族の脅威を排除できるほどの力を借りる以上は誠意と決意を見せることが必要なはずだ。
だから椅子を立った少女は同じく立ち上がった彼のそばに回り込むと、迷いのない表情で言ってのける。
「今ここですべての国民と、ロシュディの家名と、愛と美の女神に誓います。私、システィーナ=C=ロシュディ=ギュメレリーは城を取り戻し、女王に即位した暁には国民が笑って暮らせる未来を目指して尽くすことを約束します」
その決意に応えるように立てかけてあった両手剣を抜いたリョウは、跪いて柄を王女に差し出し、刃の先端を自分の胸に向けた。
この構えは相手に生殺与奪を委ねるという意味を持ち、多くの国で騎士の宣誓の儀に使われているものなのだ。
「ギュメレリーの王座を正統なる後継者の元へ戻すため、この手、この身が返り血にまみれようとも、私のすべてを以て貴女の剣となることを今ここに約束します」
誓うではなく約束と言ったのは、約束した時点で全力でそれを守ろうとする彼らしさであると王女も分かっていた。
なので剣の柄を握って彼の肩に刃を置くと、いろいろありすぎて省略されていた授爵の言葉を口にする。
「汝、リョウ=D=イグザートにギュメレリー騎士爵を授ける」
「謹んで頂戴いたします」
「あ……わ、私も誓います!」
やりとりに見入っていたギルガメシュは椅子から飛び上がり、遅れてなるものかと隣に並んだのはいいのだが。
跪いたあとになって、宣誓の言葉なんかなにも考えていない事に気付いて冷や汗をかいた。
どうする、どうすると焦りばかりが募る中、ふと家宝の盾が脳裏をよぎったと思ったら無意識に言葉が流れ出る。
「……私は騎士として、貴女様を守る盾になります! この命尽き果てようとも、あらゆる刃からシスティーナ様を守り通す事を今ここに誓います!」
「汝、ギルガメシュ=V=フォレストにギュメレリー騎士爵を授ける」
「謹んで頂戴いたします」
「二人の騎士の未来に勝利と栄光あれ! 二人の騎士に、剣の女神と盾の女神の祝福あれ!」
重い両手剣を返し、次いでギルガメシュにも同じように騎士爵を授けたシスティーナが、椅子を立っていたたった三人の観衆を見回して祝福を唱えると。
ラピスとセラスとタッシュの拍手の中、鞘に戻された両手剣の鍔に埋め込まれている宝石が応えるようにきらりと輝いた。
「まるでブルーシップ様とフォレスト様のようです。お二人は新たな剣の騎士と盾の騎士になられたのですね」
並ぶ二人にギルモア達の姿が重なったラピスと同じ感想を抱く者は多く、その二つ名は彼らへ受け継がれていくことになる。
「扱えるのは剣だけじゃないんだけど。……武器全般を面倒見てる女神様も剣の女神って呼ばれてるし別にいいのか」
そう言って微笑んだ英雄候補の力があれば、ギュメレリー救国は現実のものとなるだろう。
「まだまだ未熟な僕が父上と同じ二つ名なんて恐れ多いよ」
ギュメレリー独立以前から脈々と受け継がれてきた国守の遺伝子を宿す純血の騎士が共にある限り、辛いときも、苦しいときも、王女が公人としての自覚を忘れることはないだろう。
三人の拍手が止み、なんとなく照れ笑いの王女が椅子に戻ったところでリョウが言った。
「セラス、ロナを呼んできてくれ。ここからは彼女の手も借りたい」
「は、はいっ!」
いったい何をさせるんだろう、と立ち上がったセラスが眠りこけていたロナを呼んできたときにはタッシュが酒場から消えている。
「あれ、オヤジさんは?」
「町で一番高級な貸し馬車と、一番腕の立つ仕立屋の手配を頼んだ」
時刻は夜十時を回っており、仕立屋もこんな時間に何事だと困惑するだろうが、王女の名と金貨の詰まった革袋に飛び上がるに違いない。
さすがに一から仕立てる時間はないが、ほぼ合うはずの既製品を準備してあるので手直しをすれば格好がつくはずだ。
「いいか、基本方針はさっきも話したように『反逆者はワール公の方で、革命が成ったように見えるのも王女の計画通り』だ。まずはその認識を地方に植え付ける。ほかの町には王女直筆の書面を出して、テンペは明日の朝執務館に乗り込むぞ」
そのための馬車と仕立屋かと納得したセラスが見てみれば、四人掛けのテーブルに移動した王女が高級な便せんを相手にペンを走らせている。
「ラピス。セラスとロナに侍女として、タッシュさんには執事としての立ち振る舞いを仕込んでくれ。執務館についてくるのはラピスだけで良いが、三人には王女の出発を見送ってほしい」
「かしこまりました!」
「ぼ、僕はどうすればいい?」
寝ぼけ眼をこするロナとセラスはすぐに壁際に連れて行かれると夜通しで厳しい指導を受けることとなり、一人手持ちぶさたなギルガメシュが問いかけてみたら、眉を動かしたリョウは腰の魔剣を指さして言った。
「ずっと部屋に引きこもってて鈍ってるだろう? 素振りと柔軟で体を解しておくといい。補佐官との話を終えたらすぐ王都まで走っていくからな」
「う。分かったよ」
一階なら天井も高いので長剣ならぎりぎり振り回すこともできるだろう。
ラピス達とは逆側のテーブルを壁際によせて場所を取ったギルガメシュは柔軟を始めたのだが、思ったよりも体が強ばっていてこれはまずいと必死になってしまう。
「あとは……衣装を準備して、手紙を転移してもらって、町に噂を流せばいいな」
動き出した各自を見回した彼は、手直しをしてもらうドレスや使えそうな布、組み合わせる装飾品、踵の高い靴などをテーブルに並べてから防具やサーコートを装備すると、詰め所と盗賊ギルドに出向くべく二階の窓から夜の町へ飛び出していた。
復権を目指すなら王女の姿を目にする野次馬は多ければ多いほどいい。
時間はあまり残されていないが、盗賊ギルドから繁華街や酒場に噂をばらまいてもらうのと合わせて西方騎士団に通り道の警備をしてもらえば、事情を知らぬ者でも何事だと足を止めるはずだ。
情報集めがてら、大量の物資を買い歩いたために町の地図は頭に入っている。
その時間帯に人の多い朝市の近くを通る道にしよう、とだいたいの事を決め終えた彼はふと民家の屋根で立ち止まり蒼い月を見上げた。
「そう言えば、ギルモア様には気づかれたんだっけな」
思うのはギュメレリーに来てから一度も使っていない力の事。
強さを隠すという次元ではなく、その有無自体が切り札と成りうる力の事だ。
ただ、そちらの方は身体技能に比べてなかなか上達しない彼に、父は精神面が未熟だからだと、覚悟が足りないからだと繰り返し言った。
大きすぎる力は容易く他人を傷つけて大事なものを壊し、力に酔って心を犯された者は理を失ってしまうと教えられていたこともあって封印していたけれど。
「親父。守りたいものを守るため、約束を守るために持てる力のすべてを使います」
道を選んだ今ならば。
状況に流されてではない、自分で戦うことを決めた今ならば、きっと父も許してくれるだろう。
そう信じたリョウはまた屋根を蹴ると、サーコートを翻して夜の空を駆けたのだった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
次回より第九節に入ります(´・ω・`)




