第八節 選択⑪
「さて」
和やかな食事の後。
片づけられたテーブルに飲み物が並び、ロナがセラスの部屋に行かされたところでリョウの雰囲気ががらりと切り替わる。
いよいよかと緊張の高まる王女達が椅子に座り直したり背筋を伸ばすのを待って、手帳を開いた彼の説明が始まった。
◇
「―――王都、地方の様子はこんなところらしい」
時間をかけ要点をまとめただけあって、質疑応答を挟んでも時間は二十分ほどしかかからなかった説明のあと。
「……かろうじて、ダイアナ公と西方騎士団長は無事だったのか。システィーナ様、やはりここはダイアナ公を頼るべきでは」
「う、うん……」
他に手はないでしょうと言うギルガメシュに、本当にそれでいいのかとシスティーナは言葉を濁す。
食事中とは真逆の重苦しい沈黙が酒場に立ちこめ、うつむく彼女が膝の上でただ拳を握りしめていると、まだ全部の情報は出揃っていないとリョウは言った。
「まだ結論を出すのは早い。次はラピスから話を聞こう」
果たして、今夜現れた密使はどのような目的でテンペを訪れたのか。
きっと重要な情報が含まれているはずだとその場の注目が瑠璃髪の少女に集まり、胸に手を当てて頷いた少女は何でもお聞きくださいと表情を厳しくさせる。
「まず、誰の命令でテンペに来た?」
「キンディ様です。お城を出た第一騎士団とキンディ様、宮廷魔導師長のポタス様。そして親衛騎士の担当メイドのうちエクレットとロジーを除いた五名は、代々の第一騎士団長が機密として準備してきた隠れ家に逃れることができました」
「機密の隠れ家?」
「はい。副団長のゴライアス様は『花園』と呼んでおりました。王都地下水路の一部を改装したもので町の外、中のどちらからでも出入りが可能です」
知らなかったわと形のいい眉をひそめた王女であるが、これは王族の中でも国王しか知らないほどの秘匿事項であり、だからこそ大臣であるワール公にも存在を気づかれなかったのだろう。
撤退も、その後の陽動も可能なわけだと納得したリョウは、おそらく一度しか使えない手を惜しげもなく使ったブライアンの判断に敬意を表するとともに、歴代の団長の思いは決して無駄にしてはならないと気合いを入れ直す。
「桜花さんが葛葉侯爵への人質としてワール公に捕らわれているらしいから、エクレットも一緒の可能性が高いが……ロジーはどうしたんだ」
「ロジーは……ルース子爵の部屋で死体が発見されました。頭部を鈍器のような物で殴られ、衣装入れに押し込まれていたと……」
「……おそらく、最上階に現れたあいつらの犯行だ」
暗殺者との関連性に気がついたリョウは手帳をめくり、脱出後の休憩中に書き留めておいた連中の特徴を確認してもう一度頷いた。
「一人が持っていた鎚矛に血糊がついていた。おそらくロジーのものだろう」
「よくそんなところまで見ていたな」
潜入中に巡回と交戦したなら警笛が鳴らされていただろう。
血糊を見て、一人で城内を動き回れてかつ戦闘力のない者が襲われたのではと思っていたのだ。
驚くギルガメシュにまあな、と答えた彼がフォートの誘導によるものだろうと推測すると、即座にラピスが肯定する。
「暗殺者を上層に招き入れたのもフォートだろう。自分の部屋に待機させておいたところ、ロジーと接触されたんじゃないだろうか」
「ご明察です、リョウ様。ルース子爵は現在、ワール公の手駒としてバストゥークと行動をともにしていることが分かっています」
「うーん……やっぱり奥さんがワール公の姪と言うのが関係してるんだろうか?」
桜花も人質にされているし、場合によっては彼女に思いを寄せているアーレニウスが裏切ったり行動を制限されていた可能性もある。
搦め手も使いこなすワール公の手管にリョウが眉をしかめていると、裏切り者め、とギルガメシュが憎々しげな呟きを漏らした。
「そんなの、関係ない。関係してはならないんだ」
騎士ゆえに父を亡くしたことを息子はまだ受け止めることができていない。
だが口ではそう言いつつも迷うような表情なのは、きっと自分も家族が人質にとられたら迷うと分かっているからなのだろう。
(やはり手配書の発行にもフォートがからんでいるんだろうが……あの内容はむしろこちらの援護になっているような?)
これは後にしよう、と手配書の違和感をいったん取り置いたリョウは続けてくれとラピスを促した。
「それから?」
「……そして城を出た翌朝に、ワール公からトリオーン王毒殺犯とされたフォレスト様と、それに荷担したとブルーシップ様、シタデル様処刑の発表がありました」
父の処刑に触れられて、ギルガメシュは体を強ばらせる。
騎士として忠誠を捧げた結果が国王毒殺犯の汚名を着せられての処刑では、あまりにも報われないと握りしめる拳が震えていた。
「そこも詳しく知りたい。脱出時になにがあったかラピスは知っているんだな?」
撤退戦でなにかあったはずだとリョウが聞くと。
途中まではその場にいて、後のことも城に戻って諜報活動を続けているモニクから情報が流れてきていたラピスははっきりと頷く。
「はい。まず、中庭で学院が禁書としていた召喚術書が用いられ、氷の巨人と多肢多頭の巨人が出現しました」
「召喚術書!? ……でも、中庭だったんだな?」
遺物に驚くリョウはしかし、すぐに裏庭向けの本命は別にあると察してペンを持ち、彼に説明するのに必要だろうとポタスから専門知識を教え込まれていたラピスが続けた。
「はい。ポタス様は裏に魔法学院の副学長が絡んでいると申されておりました」
「ビカルド、だったな。アマレットさんの情報では、ポタス導師の代わりに学院長兼宮廷魔導師長に任命されたとあったからワール公派だとは思っていたが」
魔具の事や、怪物の名前を言われてもぴんとこないシスティーナやギルガメシュはただやりとりを見守っていたが、商売柄そう言うことに詳しいタッシュが決して甘くない相手ですと付け加える。
「氷の巨人はまだしも、多肢多頭の上位巨人は生半可な相手ではない。冒険者でも討伐任務を受けられるのは一流かそれ以上になるはずじゃ」
「第二騎士団に所属不明の司祭が加わった部隊に三方を包囲されながらも、親衛騎士のお二方とポタス様は賢明に戦い、そこへ壁盾を持ったフォレスト様も加わりました」
「! 父上が……?」
親衛騎士と怪物の戦いに父親が加わったと聞いて驚く息子に、ラピスは少しでもあの勇猛果敢な戦いぶりが伝わればと願わずにはいられない。
「お見事な戦いでした。ブルーシップ様と連携して氷の巨人を打ち倒し、その隙に第一騎士団と私たちは中庭を抜けたのです」
「そ、その……あとは?」
「城北側の偵察に向かったシタデル様と二班が全滅。さらなる敵の存在を確信したブルーシップ様はキンディ様とポタス様にも撤退を命じ、フォレスト様とともに残られたそうです」
ここからはモニクからの情報になる。
目を伏せたラピスは少し声を落とすと淡々と続け、父やギルモアが自ら残ったのだと知ったギルガメシュはなぜだ、と唇を噛んだ。
「父上……なぜ!」
「それから……どうなったの? 聞かせて」
今度は顔色の悪いシスティーナが続きを促した。
全て自分の立場を奪うために起きた戦いなのだ、全員自分のために傷つき、命を落としているのだと全身を震わせながら。
「……お二人は死力を尽くされ、見事多肢多頭の上位巨人を撃破。しかし―――」
ごくり、と誰かの喉が鳴った。
タッシュはただ、お見事と嘆息した。
魔法の援護のない剣士二人で上位巨人を討伐したのが事実ならば、その腕、連携力は超一流と呼ばれるに相応しいからだ。
「お二人の剣と盾は壊れ、ブルーシップ様はそのまま力つき。フォレスト様は、城から現れた新手によっ、て……」
泣いていたら報告にならないと全身に力を込めてこらえるラピス。
ぱたり、とペンを置いたリョウが天井を仰ぎ見たのは彼らの冥福を祈る為だったのか、ラピスと同じ理由だったのか。
「……その、新手については分かっているのか? 他に被害はなかったのか?」
それこそが危惧した本命に違いない。
前を向き、ペンを持ち直したリョウが強い声で訪ねると、一度深呼吸をした少女は浅葱色の瞳を恐怖に曇らせる。
「まず。その存在を目にした者のほとんどが意識を失い、窓から見ていた執事やメイド、侍女の他、その場にいた第二騎士団の者にも何人かずつ死者が出ております」
「えっ……見ただけで!?」
「とんでもない上位の存在が相手だと、気の弱い者などはそうなると言われておりますが……」
驚愕する王女に、タッシュはあり得ないことではありませんと可能性を認めた。
ただ、そういう存在が人の集まる場所に現れる例などほとんどなく、大抵は地下迷宮や遺跡の最深部で親玉として登場するものなのだが。
数百年、数千年に一度は起きている大事件。
詩人が詩にして後世に語り継ぐ伝説の英雄や勇者、聖女に賢者など星を背負う者達が現れて輝いた時代はその限りでない。
「そして。その後の集まった情報、特にシタデル様達が亡くなられた時の状況から、ポタス様は『魔眼種』、しかも上位のものが封じ込められた三冊目の召喚術書が存在すると断定されました」
「何じゃと……!? 魔族の中でも厄介を極める奴ではないか!」
セラスがどんな怪物なのですか、と口を開くより早くタッシュはカウンターに走っていた。
過去の依頼履歴、宿帳やら未帰還者名簿やらが積み重なった中から分厚い一冊を引っ張り出してくると、どこの宿にもおいてある怪物図鑑をテーブルに広げる。
「上位魔眼種と言ったら、超一流のパーティですら後込みするような相手じゃぞ!」
「み、見せてください!」
奪い取るように図鑑を引き寄せたシスティーナが見てみると、そこには上部に複数の触手を生やした巨大な眼球が描かれていた。
説明文によれば絶対魔法防御で身を守っている上に眼突起と呼ばれる触手の一つ一つにも眼があって、それぞれが即死、魅了、混乱、石化、麻痺、沈黙、睡眠、昏倒、恐慌、五感消失、身体弱体、精神弱体と、火傷などの外傷的なものと毒や病気、呪いを除いた多くの状態異常の視線効果を無作為に持っている。
空中を浮遊する速度は馬の駆歩並のため、素早いものなら逃げられないこともないが、視線に捕らわれてしまったらまともな行動自体が難しくなるだろう。
触手の数が多ければ多いほど同時に使える視線効果が増えて強力な個体となっていき、十二本をもつ最上位種は『邪神の魔眼』と名付けられている。
さらには本体が理力魔法と暗黒魔法を使うこともあり、不死化した魔眼種に至っては再生能力に魔法反射能力まで備えてしまうとあった。
戦う際は隊列を分散させても眼突起は前後左右を向くことができるので注意など、気休め程度の助言があるほかは、特殊能力の恐ろしさや上位者特有の威圧に耐えられない者は近づくことすらできない―――と、目を背けたくなることばかり羅列されている。
「……な、なによこれ……こんなの、こんなの勝てるわけないじゃない!」
「いえ、王女様。討伐例はあります。状態異常に対抗するために司祭を揃え、神聖系、精霊系の戦技や魔法で対抗するほかに手はないでしょうが」
素人でも分かるほど無茶苦茶な魔族に王女が悲鳴をあげたので、タッシュは無敵ではないのですと気休めを言うが。
討伐例があると言っても古代魔法文明滅亡後の一千二百年の間に一般に知られている分で三度、しかもどの場合も多くの犠牲を出してのことになる。
前述の『邪神の魔眼』は要請を受けた聖域が聖騎士や司祭を主体とした六パーティ、総勢四十余名の精鋭からなるアライアンスを結成させてなんとか退治したと言われており、もはや個人や数人で戦うような相手ではないのだ。
「そうか……絶対魔法防御を持つということは、理力魔法はおろか魔法戦技もほとんど通らないのか……!」
上位魔族の強さは上位竜の一歩手前、と言われるだけのことはあるようで、魔剣を持った戦技使いや理力魔法使いが戦力になれないと気づいたギルガメシュは腰の魔剣を触りながら絶望してしまう。
リョウがいくら強く、とてつもない両手剣を持っていようとも、魔剣である以上その戦闘力は大幅に削られてしまうはずなのだ。
「こんな戦略存在を隠し持っていたとはな」
使い方次第では国家間の戦争ですら圧倒的優位に進められるほどの遺物、そして中身である。
反乱を起こすだけのことはあると落ち着いているリョウとは対照的に、取り乱しかけているシスティーナの呼吸は荒く、額には汗が滲んでいた。
「おかしいじゃない! こんなのどこから手に入れたのよ!?」
単純な恐怖からくるものも確かにあった。
しかしそれよりも、この国に邪悪な魔具が持ち込まれていると思うだけで体の中を蟲が這いずり回っているような不快感が大きいのだ。
時間をかけて事情を飲み込んできたラピスとリョウを除いた面々の顔色は蒼白で、ギルガメシュなどは怒りと困惑と恐怖で吐き気すら覚えている。
「ポタス様によりますと……外敵対策で魔具を集める中、確かに魔眼種を封じ込めた召喚術書の売り込みがあったのだそうです。ただあまりに眉唾物で、邪悪な存在を使役するものであることから買い取りを拒否し、危険物として他国にも情報を流したそうですが……」
「ワール公が裏で買い取っていた、と言うわけか」
もしかしたらその資金も国庫からでているかもしれない。
騎士団の予算が減らされていたのは弱体化狙いの他にも、召喚術書を秘密裏に購入したため本当に余裕がなかった可能性もあると手帳に書き記したリョウは、機会があれば主計の帳簿を洗ってみようと覚えておくことにする。
「あの。そんな魔具をギュメレリーが持っていて、反乱に使われたとよその国に伝わるとまずいんじゃ……」
おそるおそる手を挙げたセラスの心配はもっともだろう。
近隣国を刺激するどころか、侵略を懸念される可能性だって高い。
国をあげて光の神々を信仰している北西のフィフトニス神聖王国とは即断交となるだろうし、最悪の場合は聖域から睨まれることも考えられた。
「注意を促しておいて自分達が使われました、じゃあ笑い話にもならないな。それでアル達はどうしようとしているんだ?」
情報によると彼らは町の近くで陽動を繰り返している。
ラピスを表に出すだけではない、別の目的があっての事だろうと尋ねると、図鑑を食い入るように見つめていた面々ははっと顔をあげた。
「城内で召喚術書を奪うなり、所持者であるバストゥークを暗殺できれば良かったのですが。……先ほども申し上げたようにルース子爵が行動をともにしているようでして」
「それではまるで姫と僕らじゃないか」
いかに隠密の訓練を受けたことがあるとは言え、本職ではないモニクが孤軍奮闘したところで限界はある。
ワール公はハーヴ高司教や担当メイド、身内以外を絶対に近づけないし、バストゥークにはフォートが護衛についているため近づくことすらできないのだ。
まるで国王や王族の警護だと悔しそうなギルガメシュも、敵対派閥とは言え武官の運用については認めていたのだと、様々な手を巡らすワール公の手腕に改めて舌を巻いてしまった。
「そのため町の外で陽動を繰り返し、業を煮やしたバストゥークが出てくるのを待つそうです。魔眼種を召喚する前に倒せれば良いのですが、それが無理でも召喚させて消耗を狙いたいと」
「……さすがに古代魔法文明の遺物でも、上位魔族となると召喚者の負担が半端ではないということか」
魔術師としての訓練を受けていない者が魔具を使う負担は決して軽くない。
しかも、召喚術の場合はさらに相手との力関係が影響するのだ。
もしかしたらビカルドなりハーヴ高司教なりに手ほどきを受けているかもしれないが、一朝一夕に問題なく扱えるようになるほど簡単ではないだろう。
「はい。これまでに二回呼び出しているはずですが、すでに父親であるワール公と見間違うぐらいに老化が進んでいるそうです」
ならば余計に出てこないだろうなと考えたリョウは、魔眼種との対決は最後の最後になるだろうと予想する。
「そして、キンディ様はリョウ様にこう伝えるため、私を送り出しました。『魔眼種を何とかしない限り城の奪還は不可能だ。俺らがうまくやれたら姫様を連れて合流してくれ。失敗したら、聖地に救援を願うか逃げてくれ』と」
「その伝言、確かに受け取った」
アーレニウスの話は至って常識的な判断といえるだろう。
しかし、バストゥークをおびき出すことはほとんど不可能に等しい。
なぜなら、ある程度の備蓄はあるにしてもまともな治癒や補給を受けられずにじり貧になっていく彼らに対して、第二騎士団側は神殿の協力を受けている上に、貧民や傭兵をどんどん雇い入れて頭数を増やし続けているからだ。
アーレニウスとポタス子爵が加わっているとは言え、疲労や消耗により部隊の力関係が逆転して陽動が破綻する日は決して遠くない。
やはり動き出さなければならないと確信したリョウはこれまでの検討に多少の修正を加えるべく手帳にあれこれと書き込み、ぱたんと閉じたところで顔面蒼白の王女に向き直った。
「システィーナ。現状は分かったと思う」
びくんと震えた彼女は、死刑宣告を待つ虜囚のようにぎゅっと眼を閉じる。
絶望的な状況なのはよく分かった。
ダイアナ公や近隣の神殿を頼ったところで上位魔族相手に勝てるわけがなく、聖地を頼っているうちにワール公の支配は盤石になってしまうだろう。
そうやって時間が過ぎた結果、大きな戦いの後に城を取り戻したところでロシュディの血を支持する者が残っているとは思えない。
こうやってあれこれと情報を集めてくれたのは、きっと自分を諦めさせる為なのだと。
亡命を促すためなのだと王女は思っていた。
しかし。
「―――君は、どうしたい?」
「……え?」
ギュメレリーを出ろと言われる覚悟をしていたシスティーナが戸惑いながらそっと目を開けてみると。
いつも通りの、年齢不相応に落ち着き払った少年はそれが唯一の正統継承者の責任なのだと続ける。
「選ぶのは、選ばなくてはならないのは継承者である君だ。そこから生まれる結果を、責任を全て受け止めなきゃならないのはロシュディの血を受け継ぐ君なんだ」
「―――!」
ダイアナ公や聖地を頼ったところでどうせ失う王座なら、素直に逃げた方が無駄な戦いが起きないではないか。
これ以上自分の為に誰かが傷ついたり命が失われたらと思うだけで恐ろしく、体の芯が冷たくなるような震えが止まらない。
だから、逃げようと言われることをどこかで期待していた。
リョウに言われたら仕方がないと自分を納得させようとしていた。
それを見透かされていたことに気づいて少女は唇を噛んだ。
(だって、しょうがないじゃない……!)
勝ち目がないんだもの、と言いかけたシスティーナはふと、その後のギュメレリーを想像して開きかけた口を閉じる。
(上位魔族の恐怖に支配される国。周囲の国からは警戒され、フィフトニスからは敵対され、聖地からは睨まれる国)
ハーヴ高司教がどうなるかは読めないが、他の派遣司祭が全員引き上げられて国内の保健事情が絶望的に悪化するかもしれない。
そしてワール公は、果たしてギュメレリーだけで満足するのだろうか。
魔眼種の力に酔いしれて今度は他国と戦争を始めたりしないだろうか。
自分が逃げたあとにそんな未来が垣間見えた彼女は、目の前の選択があまりにも重くて両目の端に涙をにじませてしまう。
「……お願い。少し、一人にして」
ふい、と立ち上がった王女は逃げるように階段を上がっていってしまい、残された者達は無理もないと黙って見送ったのだった。
魔眼種 → いわゆるビとかバとか(´・ω・`)




