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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
23/111

第三節 避けられなかった戦いは①

4/8 推敲

 ギルガメシュの長い長い一日が始まった。


 夜明け前に起き出した二人は綺麗に片付けた野営地を立ち、まだ静かな町を抜けてフォレスト家へと戻ってきている。


「なんだか緊張するな。自分の家だってのに」


 門の前で立ち止まったギルガメシュは照れくさそうに呟くと、意を決して我が家の敷地へ足を踏み入れた。


「まずは体を拭いて着替えないか? このままだと別の意味で驚かせる事になるぞ」

「ハハッ、違いない」


 一応水浴びをしたり体を拭いてはいたが、着替えを用意しなかった野営だったので全身が酸っぱいギルガメシュは、付き合って自分も着替えなかったリョウに苦笑する。


 早朝なのでまだ表の鍵は開いていないだろう。


 使用人やメイド達が使う勝手口に回り込んでドアを開けると、チリリリンと通行者を知らせるベルを聞きつけたメアリが飛んできて目を丸くした。


「まあ、ギルガメシュ様、お帰りなさいませ! リョウ様も昨日ぶりでございます」


「ただいまメアリ。朝から悪いがお湯を沸かしてくれないか。それから僕の着替えの用意を」


 凄い格好だからさと言うと、メアリは準備中ですと微笑んだ。


「もうしばらくお待ちいただければ、お風呂のご用意が整いますわ」

「こんな時間にか?」


「ええ、お嬢様のご指示で。お兄様が酸っぱかったからと」

「失敬な、リョウだって同じなのに」


 なぜ僕だけがと気分を害したギルガメシュは隣のリョウに顔を近づけ大げさにくんくんとやってやったのだが。


「……そうでもないな?」

「ん?」


 分からない彼が首を傾げているので、右腕をあげて自分の二の腕や脇の辺りを嗅いだギルガメシュはもう一度リョウを嗅いでなるほどと頷いた。


「そうか。君は僕との訓練程度じゃほとんど汗をかかないからか」

「ああ、そう言うのはあるかも知れないな」


(ああ、そんなに顔をお近づけになって! 男性同士なんていけませんわ、いけませんわ!!)


 そんな二人を見て、無意識に鼻息が荒くなるメアリである。


 もしかしたら彼女は、近い将来お耽美倶楽部の愛読者になるのかも知れない。


「まあいいか。そうだメアリ、僕たちが戻ってきた事は父上達に伏せておいてくれ」

「……はっ!? 内緒でございますね。畏まりました」


「じゃあ、風呂がわくまで一休みしよう。……どこかに座ると汚しそうだし、ここでいいか」

「ああ」


 二人の背景に薔薇を幻視していたメアリは飛び上がると風呂場にいってしまい、二人は厨房横の倉庫で床に座り込んでしまう。


 ギルガメシュも以前なら床に座るなんて考えもしなかっただろうが、ここしばらくの生活の影響からかまったく気にしていない様子だ。


 しばらく隣の厨房から伝わってくる誰かの話し声や物音に耳を傾けていると、すっと倉庫に戻ってきたメアリが準備が終わった事を告げる。


「ご準備が整いました。着替えは脱衣所に置いてあります」

「ああ、助かる」


 立ち上がった二人は身なりを整えるべく風呂に向かった。



         ◇   ◇   ◇



「意外に汚れてたんだな。それともセッケンが凄いのかな」


 毎日何度も水浴びをしてたのに、とセッケンの威力を実感したリョウが全身泡だらけにしていると、同じように身体を洗っていたギルガメシュが少し太くなった腕の力こぶを確かめていた。


「見てくれないか、少し腕が太くなったみたいだ」

「頑張った成果の一つさ」


 と言いつつ死角からセッケンを投げつけると、彼はひらりと避けてみせる。


「……おっと」

「よしよし、しっかり周囲が見えてるな」


 それで泡を洗い流した二人は、熱いお湯に浸かりながら顔を見合わせる。


「今日の正午が集合時間だ。登録証を持って城に行けば案内があるそうだ」

「父上から聞いたのか。あとは剣を買えば準備万端だな」


「……そういえば鎧はあるのか?」


 真剣を使っての試合である以上、防具の着用も自由に認められている。


 まさか服で出るわけにはいかないぞ、とリョウが言うとギルガメシュは少し考えて大丈夫だと言った。


「倉庫に先祖のお古があったはずだ。確か胸部鎧(ブレスト・プレート)だったかな」


 今回が初受験である二人は騎士募集試験がどのぐらいの集まりかを知らないが、鍛錬の間の騎士達の反応やダミアンの言動から奴を上位陣と考えるとして。


 試験で怪我をしたり死んだとしても、自己責任であり国に謝罪や賠償を求めない旨の誓約書は書かされるそうだが、治療のために宮廷司祭が控えるというし、ブライアンも何も言わないので彼の防具についてはそれで大丈夫だろう。


「ブライアン様から特に指示がなければそれで良いか。俺はそろそろ新しいのを買わないと駄目だな」

「えっ、どうしてだ? 詳しくは知らないがかなり良い板金鎧(プレート・メイル)だろうに」


 傷だらけではあるが、蒼銀色で錆びやくすみのないあれは、きっと魔法金属の流白(ミスリル)銀製のもののはず。


 一流の冒険者に相応しいと思っていたギルガメシュが驚いていると、眉をしかめたリョウは切実なんだよと言った。


「背が伸びたせいか、きついんだ。綿入れ無しでもそろそろ限界だな。半年ぐらい前から探しているんだが」


 人間の男性として平均的な身長体格のギルガメシュに比べ、リョウはかなり背が高く肩幅があり、胸板も厚い。


 戦士として恵まれた体格なのは確かだが、武器と違って体躯の影響をかなり受ける防具の場合、材質、品質、形状以前にまず自分にあった大きさのものを探すだけでも一苦労なのである。


 このあたりの苦悩が、胸部装甲に個人差の大きい女性も同様なのは言うまでもない。


「ええっ、君はまだ背が伸びているのか?」

「親父も大男の部類だったから、たぶん遺伝かな。鎧はこのあいだの武具屋で目星は付けてある、ギルが剣を買うときに一緒に買うことにするよ」


 自分が目移りしている間にそんなことをしていたのか、と納得したギルガメシュはそろそろのぼせてきたのでもう上がろうとリョウを促し、二人は脱衣場へと戻った。


「これからどうする? ブライアン様にご報告にいくか?」

「知らん顔して朝食に出てみないか」


 朝食まではまたしばしの時間がある。


 先に報告に行くかとリョウが尋ねると、悪戯を思いついたギルガメシュが提案してことは決まった。


「ははは、そいつは面白そうだ」

「だろう?」


 顔を見合わせてにやり、と笑い合った二人は朝食の時間までギルガメシュの部屋に身を隠す事にする。


 移動する途中にまたメアリに会ったので、今日の朝食は自分達の分も用意してくれるよう頼んでおくことも忘れない。


「隣はリイナの部屋だから静かに……」

「了解」


 そっと扉を閉めたリョウはギルガメシュに倣ってソファに身を沈めてみたが、やはり落ち着かず腰をもぞもぞさせてしまう。


「……僕は野営に慣れたのに、君はこっちには慣れないな」

「そりゃ、全然近づいてもいなかったしな」


 それを察してにやにやと笑うギルガメシュに性分じゃないんだよと肩をすくめたところで、メアリの気配が扉の前に立った。


 続いたノックにギルガメシュが空いてる、と応えると扉を開けた彼女がそっと囁く。


「もう皆様席につかれました」

「よし、行こう」


 頷き合った二人はおかしそうに手を口に当てているメアリに片目をつむって礼を言うと、部屋を出て食堂へ向かった。



         ◇   ◇   ◇



 いつもとすこし雰囲気の違う食堂では。


 そわそわしっぱなしエリアンヌに加え、もちろん自分も成長した我が子を見たくて仕方が無いブライアンが落ち着かない様子でいた。


「今日が約束の日ですね。二人は元気に帰ってくるかしら」

「リョウが一緒だ、大丈夫だ」


 修行と言っても十日に満たない話である。


 普通なら日に焼けましたとか、良い経験になりましたと感想を述べるのがせいぜいだろう。


 しかし、あのリョウと一緒となれば事情が異なる。

 彼の力の片鱗を感じ取っているならば、期待するなという方が無理だ。


 一方、リイナはずっと兄の成長する過程を見ていたので両親ほどには待ち構えていないつもりであったが、別の理由でそわそわしていたりする。


(リョウさん、リョウさん。お話ししたい事がありますのよ)


 縦巻きの髪が揺れているのは身体を小刻みに左右に振っているかららしく、それがかなり機嫌が良いときの仕草だと知っていたシーバスやマリーは微笑ましく少女の様子を見守っていた。


 やがて朝食が始まってスープが運ばれてきたのだが、並べられた器の数が多いとブライアンが言った。


「待ちたまえ。まだ二人は戻ってきていない、これでは数が多すぎる」


 我慢できなくなったメアリが壁際でくすくすと笑ったその瞬間、間を計っていたギルガメシュがバアン、と扉を開ける。


「それで良いのです、父上」

「おはようございます、皆さん」


 すまし顔の二人は驚く三人を尻目に平然と食卓について、ただいま戻りましたと頭を下げた。


「なぁんだ。お兄様達、帰ってきていましたの」


 そんなことだろうと思いましたわ、と一番先に我に返ったのはやはりリイナ。


「驚いたぞ。戻ったのなら挨拶ぐらいせんか」

「そうですよ? 今さっき、二人の事を話していたのですから」


「汗と土でドロドロだったので身なりを整えておりました。リイナ、お風呂の件ありがとう」

「どういたしまして」


 完全に予想外だったのだろう、咎めるような両親に眉を動かしたギルガメシュは凄かったのですと理由らしき事を告げる。


「それで、修行の成果はどうだったのだ?」

「リョウから太鼓判をもらいました。朝食の後、庭でご覧に入れましょう」


 ブライアンは修行の出来を尋ねながらも、息子が予想よりも二回り以上成長している事を見て取って驚愕していた。


 なにしろ、リョウはともかく息子の方の気配も感じられなかったのだ。


(何だ、これは。私は幻でも見ているのか)


 控えめな言葉の裏には確固たる自信が隠されている。


 目つきには自信があり、幼かった顔は形を潜め、精悍さが驚くほど増していた。


 鍛錬の間で別れた時はひ弱だった少年は、覇気を纏う男に成長して戻ってきたのだ。


「……なるほど、お前を預けたのは正解だったようだ。リョウ、ありがとう」


「いいえ。全てギルの努力の賜物で、俺はその手伝いをしただけです。とにかく修行の結果がきちんと形になりました、是非見てあげてください」


 自分の作った下地、本人の努力と才能、リョウの指導。


 どれが欠けても今の姿にならないと分かっているが、できれば自分の手でここまで開花させたかったと思うのは少し贅沢だろうか。


(いや、認めるのだ。私では適わなかった。私には見えない可能性をリョウは見ることができる―――)


 その慧眼は息子の可能性を何処まで見いだしているのか。

 ブライアンは、もう少し後にその一部を知らされる事になる。


 それで父が口を閉ざしたので、今度は私とエリアンヌが頭を下げた。


「良い体験になったみたいですね。リョウさん、ありがとうございます」

「いえいえ。本当に俺は大した事をしていません」


「リョウさん、あとでお時間をいただけませんか。昨日の二人が何を話していたのかお伝えしたいと思いますの」


 多少でも力になれればと、夕べから考えていた事をリイナが言うと、何か重要な情報が掴めるかも知れないとリョウは頷く。


「無理しなくていいんだよ? でも大丈夫そうならよろしく頼むよ」

「大丈夫ですの! お任せくださいな!」


「今日は私も早く出る。そろそろ食事を始めよう」


 二人のやり取りに目を輝かせる妻を見て、何を考えているかを察したブライアンがやれやれとため息を吐きだし、ようやくにして食事が始まったのであった。


         ◇   ◇   ◇



 自分がどんな野性的な生活をしてきたかを、身振り手振りを交えて話すギルガメシュに、エリアンヌが苦笑いしつづけた朝食のあと。


 リョウとギルガメシュ、ブライアンは剣を持って庭に出ていた。


「申し訳ないのですが、前に買った剣は修行の合間に駄目になってしまいました。影剣闘をするにあたり、父上の剣を貸していただきたいのですが」

「分かった、使うが良い」


 鞘から抜いた、刃が途中から切り落とされている広刃剣(ブロード・ソード)を見せたギルガメシュは、父から剣を借りると影剣闘を始めた。


「ハアッ!」


 イメージできるのはずっと相手にしてきたダミアンの影だけ。


 しかし見えない相手とやり取りする様子が、リョウ程でないにせよかなり様になっているので、想像もできなかった成長ぶりにブライアンは言葉が無い。


 お世辞にも二流とすら言えなかった基礎だけの息子が、一流の戦士として成長しているとなれば無理もなかった。


「相手は誰なのだ?」

「およそ五割増しのダミアンです。お互い戦技なしなら昨日の時点で三十八戦三十八勝。奴の程度ならオーラスマッシュも見切れるようになったはずです」


「なんと……!?」


 それでブライアンにもギルガメシュが想定している影が見えるようになった、確かにこの間の試合で見たダミアンを底上げするとあのような感じになるだろう。


「そろそろです」

「むっ」


 リョウの言葉通り、呼吸を整えたギルガメシュは影の動きを見計らい、必殺の一撃を放たんとしている。


 見逃すまいとブライアンが集中したところで、水月斬の衝撃波がザンッと芝生を抉った。


「……よし!」


 影との決着、そして手応えにギルガメシュはつい残心を忘れてにやりと微笑んでしまった。


 向こうで花壇にされているリョウの抉った跡には及ばないものの、確かにそれは自分がやったのだ。


「素晴らしい、まさかここまでとは。ギルガメシュ、よくぞそこまで成長したものだ」

「いえ、まだまだです」


 だが、父の手放しの称賛はあっさり否定する。


 それは謙遜ではなく、リョウを見ているから素直に出た言葉だった。


 上には上が居る、それを知った今だから。

 正しい方法で努力すれば成長できる、それを体験した後だから。


 ギルガメシュは素直に、心からそう言うことができた。


(身体だけでなく、技だけでなく、心までも鍛え上げてくれたか)


 技を磨き、身体を鍛えることを厭わない。

 強くなれど、謙遜を忘れない。

 だが、覇気のある眼は上を見つめている。


 もうこの息子をどこに出しても恥ずかしくはない、胸を張ってフォレスト子爵家の嫡男だと言える。


 父の仕事が一つ無くなってしまったな、と口角を上げたブライアンは整列している少年達に向き直って言った。


「良かろう。好きな剣を買ってきなさい」

「あ、ブライアン様。実はギルの剣を壊してしまったのは俺でして、弁償させていただきたいのですが」


 申し訳なさそうにぽりぽりと頭をかいたリョウの言葉は真実であるが、受けた恩に比べればとフォレスト親子は首を振る。


「君が気に病む必要はない」

「そうだよ、道場に通ったら高い教習料を取られるんだ。本当は僕がお金を払わなきゃいけないんじゃないのか」


「いえ、初めてのちゃんとした剣をほとんど使わせずに壊してしまったのはやっぱり気がかりですし。それほど高い物を買うつもりはありませんので、新しい剣を贈らせていただけませんか」


「……いいだろう」

「父上? よろしいのですか?」


 しょせん武具は消耗品であるし、しかも名無しの量販品である。


 本当に気にする必要はないのだが、この少年がいまの息子にどんな剣を選ぶのか興味があったブライアンは提案を受け入れることにした。


「それほど高くないと言うのであればな。良い剣を選んでもらいなさい」

「はい!」


 ―――リョウがこう提案することまで視野にいれて、ギルの剣を壊したとは知らないままに。

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