↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

プロローグ

最近公開された某魔法少女アニメに敬意を表して

「ぁん……はぁ……」


 目の前の女性の甘い吐息や艶めかしい表情をなるべく意識しないように、僕こと絢女(あやめ)伊吹(いぶき)は努めて淡々と荒縄を結わえていった。


 女性の年齢は二十歳前後だろうか。色っぽい、しかしまだどことなく幼さの残る美女だ。着衣、それも豪奢な純白のウェディングドレスの上からだけど、特に何の問題もない。僕は巧みに縄を操って、豊満な身体のラインが引き立つように、女性を縛っていく。


 SMもののAV(アブナイビデオ)の緊縛師、それが最近始めた僕のバイトだ。ピンクを基調とした煽情的な部屋に、ウェディングドレス姿の女性。それを縛る僕は学生服だ。あまりに非現実的なシチュエーションに、頭がくらくらする。周りに他の人たち、つまり監督や男優、撮影スタッフがいなければ、理性を保つのは難しかったかも知れない。


「よし、完成っと」


 縛り上げられた女性の恍惚とした表情を見れば、僕の縛りが上手くいったことがわかる。


「相変わらず、見事な手並みね。ドレス姿の女性をたった十分でここまで見事に縛り上げるなんて、つくづく高校生にしておくのが惜しいわ」


 縛られた女性を惚れ惚れと見ながら、監督の七海(ななみ) 奈々美(ななみ)さんが労ってくれた。


楓子(ふうこ)に伊吹君を紹介してもらって正解だったわ。まさにカリスマ高校生緊縛師ね」


 そんな怪しげな異名はちょっと遠慮したいけれど、奈々美さんみたいな美女に褒められるのは、まぁ、悪い気はしない。


 奈々美さんは女性ながらにしてAV監督だ。年齢は不詳だけど二十代半ばに見える。作品を観たことはないけれど、少し前までは自分も女優として活躍していたそうだ。女優としても監督としても、得意なジャンルは本格的なSMもので、ニッチな分野ながら熱狂的な固定ファンも多いらしい。ちなみに、縛られるのは得意だけれど、縛るのは苦手とのことだ。


 奈々美さんは、僕の武術の師匠、水原(みずはら) 楓子ふうこの学生時代からの友人らしい。緊縛師を探していた奈々美さんに、武術の一環として捕縛術を学んでいるから素養はあるだろうと、師匠が僕を紹介したのだ。奈々美さんは、本当は師匠にお願いしたかったのだが、師匠は丁重にお断りしたそうな。


「昔一度縛ってもらったのが忘れられなくて……」


 奈々美さんはそう言って頬を染めたが、詳しい話は教えてくれなかった。師匠にも聞いてみたけど、問答無用で殺されかけただけだった。本人にとっては、黒歴史のようだ。


 武術修行の一環で学んだ捕縛術には自信があったけれど、僕は亀甲縛り等のSM縛りについてはそれまでほとんど知識がなかった。それでも、奈々美さんに手ほどきを受けて、僕は自分でも驚くほどの早さでそれをマスターした。今では目隠ししていても縛ることができるほどだ。あまり品のいい例ではないけれど、一芸に通ずる者は諸芸に通ずる、ということなのだろう。おかげで最近では奈々美さんやその知り合いの監督から、月に2、3度はこうした仕事が回ってくる。


「今日もありがと。約束のギャラよ」



 受け取った封筒を確かめる。確かに、約束通り五千円が入っていた。男子高校生の身で、実働十分程度でここまで稼げるバイトはそう多くはないだろう。しかも、AV女優の艶めかしい表情を生で見られるというオマケは、健康な男子高校生である僕にとってはとても魅力的だ。天職ではないかとすら思う。まぁ、実際には、小遣い稼ぎ程度のバイトなら兎も角、本職とするのは、厳しいと思うけど。


「さて、凄腕緊縛師様のおかげで女優も十分盛り上がってきたようだし、早速撮影を始めるわ。わかっているとは思うけど……」


「はいはい、ガキは大人しく退散するよ」


「悪いわね。高校を卒業したら、立ち合わせてあげるから」


 奈々美さんの艶めかしい微笑みに思わず頬が熱くなった。まだ高校1年生の僕にとって、卒業は遙かに遠い。これからこの場で繰り広げられるであろう光景を思い、後ろ髪を引かれながらも、僕はその場を後にした。


 奈々美さんの事務所を出て、歓楽街の裏通りから駅へと歩く。平日と言うこともあって、それほど人通りは多くない。僕はいつものように、すれ違ったサラリーマンらしい男二人を亀甲縛りに縛り上げた。勿論、イメージの中で、である。


 自分で言うのもなんだけど、僕は日々の鍛錬を怠らないストイックな性格の持ち主なのだ。決して変態なわけではない、と思う。奈々美さんの手ほどきを受けて以来、僕は縛りの腕が衰えないように、また、武術の鍛錬も兼ねて、すれ違うものを気の向くまま、手当たり次第に、頭の中で縛ってみることにしているのだ。


 相手は妙齢の女性に限らない。少女も、幼女も、老女も、男も、犬も、猫も、時にはポストのような無生物でも縛ってしまう。ほとんどの場合、ものの数秒もあれば、亀甲縛りにされた相手をイメージできる。実際にやるとすれば、仮に相手が抵抗したとしても、一、二分で妄想を実現できる自信がある。奈々美さんに会うまでは、縛るのではなく打ち殺すことを妄想していたのだけれど……。


 だから、僕はいつものように、特に何も考えずに縛ったんだ。サラリーマンの後にすれ違った、その不思議な生物を。かっちりした黒い背広姿に、真っ黒な羊か何かの頭を乗せた、その不気味な生物を……。


「……羊?」


 自分の目を信じられず、僕は思わず声を出してしまった。羊人間がニヤっと笑った。


「失礼な、ボクは羊じゃなくて山羊だよ? つまり、黒羊ならぬ黒山羊なのだ。後、執事でもないから悪しからず」


 山羊人間の口から出たのは、流暢な日本語だった。羊と執事をかけたジョークのつもりなのか、山羊人間は一人でうぷぷと笑っている。でも僕には、そのジョークのレベルの低さを指摘するような余裕は全くなかった。その、背広姿の人間の胴体に乗った山羊だか何だかの頭は、かぶりものとは決して思えないほどリアルで、グロテスクだったから。


「黒ヤギさんって、お手紙食べちゃうあれ? とてもそんなファンシーには見えないんだけど」


 控え目に、僕は不快さをアピールしたんだけど、理解しては貰えなかったらしい。山羊は無視して続けた。


「それにしても、キミ、ひょっとして変態さん? さっきボクのこと、縛ったでしょ? あれ、SM縛りって奴だよね? あんなに簡単に縛られちゃうなんて思ってもみなかったよ」


 僕の中で、気味悪さが恐怖に変わった。この不気味な生き物は、頭の中を覗けるのだろうか……。


「別に心を読めるわけではないんだけどね」


 言葉とは裏腹に、山羊頭はニヤニヤ笑いながら僕の心を言い当てて来る。僕は恐怖で自分の身体が震えるのを感じていた。


「怖がる必要はないよ。キミがその気になれば、さっきのイメージ通りにボクを縛り上げて逃げることもできるんでしょ? ただ、キミにはきっと、素質があると思うんだ。イメージを紡ぐ力、つまり、想像力っていうのはとても重要だからね。年齢もぎりぎり大丈夫そうだし、その想像力と、相手を問わずにSM縛りにしちゃうような狂気とを併せて、キミには十分素質があると思うよ」


 簡単に読まれる、と思いながらも、僕の心に浮かんだ言葉は「何の素質だよ?」だった。山羊は、満足そうに頷くと、僕には全く予想もできなかったことを言ったんだ。


「ねぇ、キミ、ボクと契約して『魔女っ子』にならない?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。