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月光を射る。【獣と人の狭間で揺れる恋物語】  作者: 譚月遊生季
第三章 不幸を治す薬は希望
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第39話 魔女と少女

「……それで、気は済んだのかい」


 デイヴィッドが「魔女」パトリシアの屋敷に運び込まれてから、数日後。

 落ち着かない様子のセレナに向け、パトリシアは呆れたように声をかける。


「『復讐するんだ』って、聞かなかっただろう」

「……なんかね、わかんなくなっちゃった」


 セレナは俯きつつ、目深(まぶか)に被ったフードをぎゅっと握り締めた。


「お兄ちゃんと、お姉ちゃんにボクのこと思い出してもらえて……それがすっごく嬉しくって、他のことぜーんぶ、どうでもよくなっちゃった」


 セレナはただ、家族と、家族と過ごす時間を愛していた。

 奪われたから怒り、嘆き、憎んだのだ。

 けれど、本来の願いは違う。彼女は、本当は「取り戻したかった」……。


「やっぱり、お子ちゃまだねぇ」


 パトリシアはセレナの頭をぽんぽんと叩きつつ、どこか満足げに口元を緩める。


「……子どもはそれぐらいがちょうど良いのさ。難しいことなんか忘れて、笑ってた方が良い」

「……むぅ。子ども扱いばっかりしてぇ」

「子どもだろう。見た目も、中身もね」


 上機嫌にケラケラ笑うパトリシア。

 からかうような言葉に反し、蒼い瞳には、穏やかな光が宿っていた。


「……で」


 ……が、すぐに苛立(いらだ)たしげな声になり、背後の「よそ者」に向けてトゲのある言葉を放つ。


「あんた達、いつ帰るんだい」


 声をかけられたランドルフとディアナはサッと背筋を伸ばし、口々に主張し始めた。サイラスは仕事があるため、その場には既にいない。


「兄さんが心配だ」

「右に同じく。あいつ昔から意地っ張りでさ、高熱出してもぶっ倒れるまで何も言わねぇし……」


 デイヴィッドが眠る部屋に一瞬だけ視線を向け、ランドルフは再びパトリシアの方に向き直る。


「『魔獣』が増えた原因はそこの嬢ちゃんなんだろ? なら、俺たちの『仕事』にも関係してるわけだ」


 ランドルフの言葉に、ディアナは顔を曇らせつつも頷いた。


「……そうなるな。セレナにも、事情があってのことだが……」


 セレナは押し黙り、無言のままディアナの胸に飛びつく。

 ディアナはそれを受け、特に何も訊かずにフードで覆われた頭を撫でた。


「……まあ、そう言われちゃこっちも無碍(むげ)にはできないねぇ……。その子が暴走しちまったのには、あたしにも原因があるんだ」


 ディアナと(たわむ)れるセレナを見つめ、パトリシアはばつの悪そうな表情で頬杖をつく。


「……と、いうと?」


 じゃれつくセレナの頭を撫でながら、ディアナは続きを促した。


「まずは、その子を世の(ことわり)(かえ)してやらなかったこと」


 自らの人差し指を折り、パトリシアはぼやくように語る。


「もうひとつは……その子に憎しみを教えちまったことさ」


 続いて中指を折り、パトリシアは、どこか遠くを見るように言葉を紡いだ。


「憎しみを……? どういうことだ」


 ディアナの問いに目を伏せ、パトリシアは静かに続ける。


「その子は(からだ)を得て、自我も取り戻して……真っ先に『お兄ちゃんとお姉ちゃんはどこ!?』と聞いてきた」


 (かくま)ってくれた祖母は既に亡く、パトリシアは独り「魔女」として暮らしていた。

 孤独と同情は判断を誤らせ、「魔女」は世の(ことわり)を踏み外した少女に、与えてはいけないものを次々に与えてしまった。


「あたしなりに調べて……教えちまったんだ」


 パトリシアは棚の上から水晶玉を取りだし、ごとり、と机に置く。


「何度も何度も殺された『兄』と、何度も何度も死のうとした『姉』のことをね……」

「……!」


 ディアナはさっと青ざめ、ランドルフも息を飲む。


「……見て分かると思うけど、あたし達は兄弟仲が大して良くない。だから、本気で分からなかったんだ」


 パトリシアとサイラスとて、兄妹としてある程度の情は持っていた。

 けれどサイラスは独りで夜の森へと逃げ込み、その後もパトリシアを(かえり)みることはなかった。

 パトリシアとて同じだ。サイラスが「逃げて獣のエサになった」と聞かされた時、サイラスを(いた)むよりも先に、自らの将来を悲観した。


「セレナが怒り狂って、復讐に精を出すってことも、予測できなかったんだ……」


 パトリシアには激情の根源を理解できず、したがって、説得も厳しかった。

「行かないでおくれ」と(すが)りつけば結果もまた違ったのだろうが、意地っ張りな彼女にはそれも難しかった。


 ──どうしようもない子だね。あたしゃ、どうなっても知らないよ


 怒鳴って掴み合いの喧嘩をして、それでも意志を曲げなかったセレナの背を、涙を飲んで見送るしかできなかった。


「ずっと気が気じゃなかったさ。森を探しても見当たらないし、不穏な噂も流れてくるし……」

「……セレナ。心配してくれていたみたいだぞ」

「う。……ごめんね、魔女さん……」


 ディアナに促され、セレナはしゅんとした様子で謝罪する。

 嬉々として復讐を語った「魔獣」とは似ても似つかない姿が、そこにはあった。


「『ルーナ』って名乗ってたのは、スチュアート家の者にバレないためだろうねぇ。……それくらいには頭も回るし、魔術の腕も天才的だった。末恐ろしい子だよ」

「……デイヴが正気に戻ってくれなきゃ、マジで危なかったな」


 ランドルフは冷や汗をかきつつ、拳を握り締める。

「デイヴィッドが何度も殺された」「ディアナが何度も死のうとした」。……どちらも、自分が知らなかった情報だ。


 二人の心に深い傷があるとは以前から察していたが、ここ数日、ランドルフが耳にしたのは想像を上回るほどの凄惨な過去だった。


「……ディアナ」


 どう、声をかけるべきか悩みはした。

 それでも……悩んだ上で、ランドルフは「いつも通りの接し方」を選択する。


「ブラックベリーでも摘みにいかねぇかい。デイヴが目を覚ました時に、食ってもらおうぜ」

「……良いな。賛成だ」


 ランドルフの提案に、ディアナは穏やかに微笑んだ。


「セレナもどうだ」


 続いて、ディアナは膝の上に乗ったセレナにも微笑みかける。


「……えー……そこのオジサン、ボクを放ってイチャイチャしない?」

「そんなことしねぇよ!?」

「ほんとにぃ? ……あ、でも、ボクが見張らなかったら見張らなかったで、そこら辺の鹿さんとかに目移りしてそう」

「そんなこと……ちょっとなくもねぇかもだけど……ディアナ以上の美女は滅多にいねぇし……大丈夫だろ、うん!」

「待ちな。今、鹿って言ったかい? 比喩だろう。比喩だよねぇ??」


 ランドルフはパトリシアの追求からそっと目を逸らし、ディアナは何事か真剣に考え始める。


「どうしたの、お姉ちゃん」


 セレナに問われ、ディアナは「……ふむ」と一言呟いてから答えた。


「ランドルフ。趣味嗜好は自由だが、浮気は良くない」

「ごめんなさい。……って、しねぇってば!?」

「仕方ないなぁ。ボクが見張っといてあげるよ」

「助かる」

「あれっ? 俺ってもしかして信用ゼロ!?」


 戯れるランドルフ達を呆れた様子で見守りつつ、パトリシアは小さく呟く。


「それで良いんだよ。セレナ」


 優しく、穏やかな声音は、誰かに届かせるようなものではない。


「あたしがあんたに(からだ)をあげたのは、獣にするためじゃない」


 自らの心を改めて確認するように、パトリシアは目の前の光景を噛み締める。


()()()()()()()()()()()()()、子どもらしく過ごして欲しかったんだ……」


 その呟きは、出発の準備で賑わうランドルフやディアナ、セレナには届かない。


「……子どもらしく、か」


 別室で床に伏していたデイヴィッドだけが、その声を聞いていた。

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