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黄色いクロッカスの花を持って

《ヒラリオン視点》




 沼に手紙を置いてきた翌日。

 晴れ渡った青空の下、俺はユヴェーレンを連れて心なしスキップなんかしながら葡萄棚の小道を歩いていた。

 片手にユヴェーレンの綱を、もう一方の手には黄色いクロッカスの小さな花束を握り締めている。

 と、そんな上機嫌な俺に目を止めたのか、農作業をしていた農婦のおばちゃんが弾む声で俺に声を掛けてきた。


「おや、リオン坊。ユヴェーレンの散歩かい? 花なんか持っちゃってどこ行くんだろうねぇ?」

「ちょ・っ・と、森までぇ♪」


 俺も弾む声でそう返すと、おばちゃんは意表を突かれた様で妙な声を上げた。


「森? ジゼルちゃんのところじゃなくて?」

「うん。ていうか、なんでここでジゼルの名前が出るんだよ」

「またまたぁ、毎日獲物持っていってやってるくせに」

「あ、あれはオトンがやってるの! 俺はただおつかいを頼まれてるだけ!」

「はいはい。ま、頑張っといでよ」

「違うからなぁっ!」


 俺は頬を膨らませながら、全く俺の話しを聞こうとしてくれないおばちゃんと別れた。

 最近じゃこうして村ぐるみで俺とジゼルの関係をからかいにこられる。今のように“絶対に好きにならない”という鉄の意志がなければ、愚かにも勘違いくらいしてしまっていただろう。


 俺はふんと鼻を鳴らし花束を握り直すと先を急いだ。

 因みに当然だがこの花は本当にジゼルの為ではない。

 というか、そもそもジゼルには死んでも花はやらないと決めてる。……いや。意地悪とかそんなんじゃなく、墓地に花を供えに行ったことがヒラリオンの死因であるわけだからさ。

 ―――じゃあこの花束は誰の為か?

 そんなの決まってる。ウィリの女王、ミルタの為だ。


 というのも、昨日俺は第二部のストーリーを読み返してこう考えたのである。

 万が一ウィリに捕まっても、ウィリが消えるまでの時間を踊り切ることができれば死ぬことはないのではないか、と。

 だが先ず4時間もの間休まず踊り続けるには、自分の体力の限界を知り、安定したペースを保って踊らなければならないだろう。

 そしてその為には“他のウィリ達に邪魔されないこと”が必須条件だった。

 だがウィリとは基本制御不能な年頃の娘達が成った、放縦な精霊なのである。当たり前のように邪魔をしてくるだろう。

 だがそんな放縦な精霊を大人しくさせることができる者が一人だけいた。

 ―――そう。それこそ、俺がもっとも恐れるウィリの女王ミルタなのである。


 そこで俺が閃いた名案というのが“女王ミルタに敢えてワルツを申し込めばいい”ということだった。

 一生ウィリ達に会わないのであればそれでいい。だけどもし出会ってしまったなら、事前にダンスの相手をミルタに指名しておけば、他のウィリ達がダンスを邪魔してくることはない筈。

 それさえクリアできれば、後はミルタとのダンスで筋肉を頼みに四時間耐え続ければいいのである。

 まぁついでにいえば、申し込むダンスがワルツというのも味噌だけどな。

 ダンスの曲は数あれど、ワルツといえば三拍子のスローテンポのものを指す。

 因みに舞台『ジゼル』で死んだヒラリオンがウィリ達に強要されたのは、地獄テンポの遁走曲(フーガ)だった。

 あんなテンポで4時間休まずとか無理ゲーにも程がある。

 だから事前にワルツをと言っておけば、息も吐けないステップを要求されることもないと踏んだのだった。


 あぁ、我ながら完璧だ。完璧すぎる計画だ。

 そしてその計画を遂行するには、この日中の安全な時間帯を使ってミルタと事前交渉しておかなければならない。


 昨日の手紙をミルタは読んでくれただろうか?


 俺は何処かわくわくとした思いで、森の小道を進んだ。

 ……まぁ、結論を言えば手紙はちゃんと読んでくれたようだ。


 ……ただ。


 “殺す”


 俺の書いた手紙に血文字でそう上書きされた返信を見て、俺は唖然と立ち尽くした。


 ……こ、怖えぇ。

 俺は恐怖のあまりテンションだだ下がりで現実に引き戻される。

 つかまじでいるのかよウィリ。……いや。“居る”という前提でこれまで色々考えて動いてきた訳ではあるんだけどさ。


 それにしても、こうしてハッキリと心霊的な存在を目の当たりにさせられると、どうしても震えが湧き上がってくる。

 俺は自分を奮い立たせようと、乾いた笑い声を上げて強がってみた。


「は、……はは。も、もうやだなぁミルタってば、恥ずかしがり屋だなあ。だ、だけど俺は本気だからね!」


 そして俺はその場に蹲り、持ってきた便箋を平らな岩の上に拡げ、インク瓶の蓋を開ける。因みにこのインク瓶と手紙セットは、雑貨屋のおっちゃんにトリュフと物々交換してもらった品である。


 いや、そんな余談はさておき、今は先ずこの安全な時間帯を有効に使い、怒れる女王様の心を鎮めるのが最優先事項だ。

 俺は震え出す身体を必死に押し留め、便箋に丁寧な文字で手紙を書き綴っていった。



 “ミルタ様へ


 まずはお返事をありがとうございました。

 昨日、突然に不躾な手紙を送り、気分を害されてしまったでしょうか。もしそうであれば心よりお詫び申し上げます。……ですが昨日書いた私の願いもまた、私の心よりのもの。

 もしもミルタ様とお会いできたなら、どうしてもワルツを踊りたいと心から願っているのです。

 ですからそれについてはこれからも、ミルタ様が了承をしてくださるまで私はお願いし続けるつもりです。


 こんな私をミルタ様は鬱陶しいと思われるかも知れません。私を信じられないのもわかります。

 ですが私は本気なのです。


 なのでまずはお手紙でお互いを知るところから始めていただけないでしょうか?


 どうかよろしくお願いします。


 ヒラリオン


 追伸。今回、返信用の便箋とペンセットを一緒に置いていきます。お墓の中ともなれば色々物がなくて大変ですよね。よかったら使ってください。”



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