73話 決着
まるで世界がそのものが静止したかのように、その場にいた誰もが全く動かず、一切の音を立てず、魔王に突き刺された剣を見つめていた。
「…ぅ」
しかしその停滞も長くは続かず、魔王がうめき声を上げながら後ずさる。俺はそれと同時に魔王に刺さった剣を引き抜き、そのまま魔王の身体を右肩口から袈裟斬りにした。
「…が……」
一瞬の静寂の後、魔王の身体から血のような、黒い液体が溢れ出す。そして、魔王の身体が傷口に沿ってずれ、斜め真っ二つに割け落ちた。
「・・・・・・・・・・・」
何度か痙攣し、そのまま動かなくなる魔王を、皆が黙って見つめる。
「…え? し、死んだの…?」
「お、終わった…?」
念のため剣を鞘に収めずに様子を見るが、魔王が動く素振りはない。 …本当に、これで終わったのだろうか?
「やったぁ~! ついにやったんだねサイ! 魔王を倒したんだよ!」
ルゥフが爆速で飛びついてくる。が、そのあまりの力を受け止めきれず、勢いよくぶっ飛ばされた。
「あ、ご、ごめん、大丈夫!?」
「あぁ、俺は大丈夫だけど…、ルゥフこそ大丈夫なのか?」
「うん、私は回復が早いから」
「はぁ、獣人もそういう時は便利よねー。こっちはまだヘトヘトだってのに」
そんなことを言いながら、ジェシカがふらふらと歩いてくる。
「まだあまり無理するなよ。それと、そういう言い方はよくないぞ」
「あーはいはい…、それより、終わったんなら加護返してよ。多少はマシになるんだからさ」
「こっちもお願いしまーす…。もう死にそうですよ…」
遠くで床に寝っ転がったヒートが手を振っているのが見えた。彼女も取とりあえずは大丈夫そうだ。その近くではレイさん達が座って休んでいる。怪我はしているが、命に別条があるような傷を負っている人はいなそうだ。
「…そうだな。ありがとう、皆のおかげで助かったよ。ちょっと待って、今加護を返すから」
軽く深呼吸をして、借り受けていた力を皆に返す。力がそれぞれの身体に戻った瞬間、立っていられないような疲労感と喪失感に襲われ、思わずその場に倒れ込む。
「大丈夫? ふふ、お疲れ様。でもこれで‥‥、‥‥え?」
ルゥフが俺の後ろを見て固まる。
「ん、どうした?」
「魔王の死体が‥‥」
ルゥフの言葉に、皆が一斉に魔王が倒れていた場所を見るが、あるはずの魔王の死体がない。
「しまった! 一体どこに…うわっ!?」
その時だった。遺跡が大きく揺れ、天井からパラパラと土塊が落ちてくる。魔王と戦う前からすでに崩れかけていたが、遂に耐え切れなくなったのだろうか。それとも──
「まずい、崩れるぞ! すぐ脱出しないと──」
「脱出って言ったって、今からあの道を帰るの!? ただでさえ疲れてるっていうのに‥‥」
確かに、今から元来た道を辿って戻るのは現実的ではない。それに、どこかに行った魔王のこともある。できるだけ急ぎたいところだ。
「そのことなら問題はない。小型転送魔道具がある」
レイさんが荷物の中から魔道具を取り出す。それを地面に設置し転送の準備を始めると、装置は眩い光を放ち始めた。
「大人数を転送することはできないが、ここにいる人数くらいなら転送できる。できるだけこの装置の近くに寄るんだ」
「ちょっと待ちなさいよ…! 魔王のことはどうするの!?」
「ジェシカ、悔しいが今は脱出が先決だ。それに、魔王も逃げるなら遺跡の外に行くはずだ。いくら魔王といえど、あの怪我で遺跡の崩壊に巻き込まれればただじゃすまないだろうからな」
「っ…。わかったわよ…」
俺の説得に渋々といった様子で頷くジェシカ。たしかに魔王のことは不安だが、何にせよこのままでは俺たちも無事では済まない。
「それじゃ、いくよ、動かないで…、転移!」
装置から光が溢れ出し、視界が完全に白に染まる。そして、
──。
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「…う‥‥、ここは…」
「地上…、遺跡の前か。よかった、無事に戻れたようだ」
気が付くと、目の前に遺跡の入り口があった。見回してみると、あの場にいた全員が何とか無事に脱出できていた。遺跡の崩壊に巻き込まれずにすんだようだ。
周囲を見回してみるが、周りに人はいなくなっていた。おそらく、遺跡が崩れそうになったから避難したのだろう。
それだけに、あまりにも静かで、どことなく不気味だった。空には、不穏な運命を象徴するかのように、暗雲が垂れ込めていた。
「…皆! あれ…!」
ルゥフが目を見開いて遠くの一点を指さす。そこには──
「…! 魔王…!」
「ちっ…。遺跡と共に潰れておけばいいものを…。まあいい、遺跡から出た以上逃げる必要もない」
そう呟き、魔王は振り向いて翼を広げる。その体からは、俺がつけたはずの傷が全くなくなっていた。
「…まだ生きてたなんてね…。でも、流石にかなり弱ってるみたいね?」
「まあな。魔力の回復にはしばらく時間を要する。だが、もう貴様らは我に勝てん」
魔王は先程までとは打って変わり、余裕の表情を浮かべている。それを見て、先代の勇者の言葉が思い出された。
「…魔王は死なない──」
「ふん…! なけなしの魔力で回復魔法でも使ったの? なら今度は、回復できなくなるまで殺してあげる──!」
「待て、ジェシカ! ここは一旦様子を見たほうが…!」
俺の制止を振り切り、魔王に向かって一直線に駆け抜けるジェシカ。魔王は特に構えるわけでもなく、その様子をただ黙って眺めている。
「はあっ!」
ジェシカの剣が弧を描いて振り下ろされ、魔王の腕が切り落とされる。…が。
「…!?」
斬られた腕が一瞬で繋がる。その腕には、傷はもう全く残っていなかった。
「あの遺跡には、我の再生を阻害する封印が仕掛けてあったのだ。それがなくなった今、我は不死身よ」
「くっ、この…!」
ジェシカが連続で斬りつけるも、その傷は剣が体を通り抜ける前にはすでに治り、まるで身体をすり抜けているかのようだ。どうやら、本当に不死身になっているようだった。
「ジェシカ、下がってろ」
再び身体強化の加護を発動させ、魔王に向かって剣を構える。力もほぼ使い果たし、さっきよりもかなり弱体化はしているが…。
「くく、感じるぞ。加護が弱まってるな? どうする、もう一度他の奴から力を借りるか? 別に構わんぞ、あと数分もすれば魔力も回復するからな」
「いや、俺一人の後は俺一人の力で十分だ。どうせ俺は殺されるんだからな。せめて気晴らしに一回だけ斬らせてくれよ」
「サイ…!? アンタ、何言って…!」
俺があきらめ気味に言うと、魔王は上機嫌に笑う。
「ハハハハ、いいぞ、さあ、斬るがいい」
魔王は余裕ぶって腕を広げる。まさに隙だらけだ。それだけ、もう勝利を確信しているのだろう。
俺は無言のまま剣を振りかぶり、魔王に向かって──
「…ガハッ!?」
剣を振り下ろそうとしたその瞬間、魔王の腕が俺の胸を貫いた。
「う…ぐ…」
「馬鹿め、我が油断するとでも思ったか? 貴様が何かを企んでいたのは加護の流れを見ればわかるというもの。油断していたのは貴様のほうだったな」
魔王が腕を引き抜く。痛みと失血で視界が歪む。
「くく、これで憎き聖剣の勇者も死んだ。いよいよもって、我に勝てる者はいなくなった! ククク、ハハハハハ、ハァッハッハッハッハ!! ハハハ…ハ‥‥ハ…?」
高笑いをしていた魔王だったが、俺に翼と腕を斬られ、呆けた声を上げる。魔王が驚きのあまり動けなくなっているその隙に、俺は魔王の両足を横薙ぎに一閃した。
「なっ…、‥‥!? …‥お、お前、何故生きて、いや、それよりも、傷が…」
足を斬られ、立っていられなくなった魔王は、地面に崩れ落ち混乱したように何かを呟いていたが、すぐに顔を上げ俺を睨みつける。
「貴様…! 何故動ける!? 人間が生きていられるような傷ではないはず…!」
「身体が傷つくと、そこから血と共に魂が流れ出る。お前が死なないのは、魂を固定して、それを防いでいるからだ。なら、俺も同じことをすればいい」
塞がったばかりの胸の傷跡を見る。レイさんのように、加護を物理的に顕現させる力もある。だから、加護を上手く使えば物体、つまり欠損した身体も作りだせると思ったのだが──
「想像以上にきついな、これ…。体力も、加護も、滅茶苦茶消費するぞ…」
まぁ、そんなことはどうでもいいか。それより今は、
「‥‥!? どう、なってる…!? なぜ肉体が再生しない!? 貴様ァ、何をしたっ!?」
いつまでたっても再生が始まらないことに気が付いた魔王が、半狂乱になりながら叫び声を上げる。
「…魂が固定されてるから再生する。なら、魂ごと斬り落としてしまえばいい。だろ?」
俺は改めて、倒れ伏す魔王に向かって剣を構えた。
「魂を斬り裂く力、それが、聖剣からもらった力だ」
光を放つ聖剣を天高く突き上げる。その光に照らされ、まるで魔王が小さくなったように感じた。
「終わりだ、魔王」
「待て、クソ、やめろっ! やめろおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
──一閃、魔王の脳天に向かって、聖剣を振り下ろす。
「あ、ああああ、ああああああああああああああああっっ!!!!!!!」
魔王の身体が真っ二つに裂け、断面から黒い液体が溢れ出した。そしてその液体は、聖剣の光によって蒸発していく。
「ぁ、…‥ぁ──」
そして、空中に僅かに漂っていた黒い霧が風に流れて消え去り、それきり──魔王の声は、聞こえなくなった。
「‥‥は、ぁ──」
忘れていた疲労感が今頃になって全身を駆け巡り、その場に大の字になって倒れる。
「サイ!」
皆が駆け寄ってくる足音が聞こえ、しばらくすると、ルゥフ、ヒート、ジェシカが俺の顔を覗き込んだ。
「皆…終わった‥‥。これで本当に、終わりだ‥‥」
俺が呟くように言うと、3人は顔を輝かせる。が、ジェシカはすぐにそれを「フンッ」と鼻で笑い、手を差し伸べた。
「馬鹿ね、まだ終わりじゃないでしょ?」
「え…?」
「最強のパーティーは、まだできたばっかりじゃない。これから、私たちが最強ってことを、世界中に知らしめないといけないんだから」
「…そう、だな。よしっ!」
ジェシカの手を掴み、勢いよく立ち上がる。
穏やかな風が顔の横を通りぬけ、それに誘われるように空を見上げる。
先ほどまで暗雲に覆い隠されていた空からは、まるで剣で切り裂かれたかのように、一筋の光が降り注いでいた。




