26話 ヒーローじゃないけど遅れてやってくる
「ヒート、やりなさい」
「…ハイ、主様」
ラグニアに命令を受け、ヒートは詠唱を開始、の杖の先に巨大な魔法陣が浮かぶ。先程までの、「ゴミ処理」用の大雑把な攻撃とは違う、本気も本気の魔法だ。
抑えきれなくなった魔力が魔法陣から炎となって溢れ出る。詠唱中ですらこれほどの魔力、放たれればいったいどれほどの威力となるか、考えるだけで恐ろしい。
対して狼となったルゥフは特に対策をするでもなく、乱暴に冒険者達を跳ね除け、真正面から突っ込んだ。
「──っ」
音を置き去りにするほどのスピードで動くルゥフに、ヒートは反応することができない。
一撃目で杖を蹴り上げ、二撃目でヒートを殴り飛ばす。少し遅れて杖に籠められた魔法が上空で暴発し、太陽がもう一つできたかと思うほどの光と熱が周囲を照らした。
「…‥ヴウウゥゥゥ…」
悪魔となり、超強化されていたヒートを一瞬で気絶させ、ルゥフは再びラグニアを睨みつけて唸る。
「‥‥ル、ルゥフ…?」
その様子を眺めていたシッフが、躊躇いがちに声をかける。ルゥフの身体が、びくりと震えた。
「あ、あれ、ほんとに嬢ちゃんなのか?」
「もしかして、獣人…!?」
「今まで人間に紛れ込んでたのか…!」
冒険者達は彼女の姿を見て、恐怖と嫌悪の表情を浮かべる。彼女の変異はにわかには信じ難いが、ルゥフがいなくなり、代わりに狼の化け物が現れたことや、その化け物がルゥフの服を身に纏っていることなど、状況から判断するには十分だった。
「‥‥ガァッ!!」
一瞬動きを止めたもののルゥフは振り返らずに、まるで冒険者達から逃げるかのようにラグニアへと飛びかかる。
火竜との戦いでの動きもかなりのものだったが、今の彼女の動きはそれを遥かに凌駕していた。
踏み込むたびに反動で地面が爆発し、その動きをまるで捉えられない冒険者達には、地面がひとりでに弾けているようにしか見えない。
ルゥフは刹那のうちにラグニアの背後へと回り込み、鋭い爪の一撃を喰らわせようとする。
が、ラグニアの反撃の方が一歩速く、ルゥフは裏拳を顔面にもろに受け、衝撃とともに吹き飛ばされた。
「獣人はきらいよ。どういうわけか、加護の力が読み取りにくいのよねぇ。おまけに粗悪で、不衛生で、獣臭い」
「……」
吹き飛ばされたルゥフは、何でもなさそうに即座に立ち上がる。大したダメージではなかったらしい。
それを見て、ラグニアは小さく舌打ちをした。
「勝てなくはないけれど…メンドクサイわね。そ~だ、じゃ、こうしましょう」
彼女は満面の笑みを浮かべ、冒険者達に向けて手をかざす。そしてその先に魔法陣浮かび──
「ぎゃうっ!?」
「──うわぁっ!?」
冒険者の一人に向けて高速で放たれた魔弾を、ルゥフが身を挺して守る。魔弾を弾いた腕には、かすかに血が滲んでいた。
「ふふ、お上手。ほぉら、どんどんイクわよぉ」
止まることなく、ラグニアは連続で魔弾を放ち続ける。右へ、左へ、飛んでくる魔弾を、ルゥフは腕で弾き、体で受け、爪でかき消す。
「ほらぁ、今度はこっち」
飛んできた魔弾を、両腕でなんとかガードする。が、勢いを殺しきれずにふらついた。
ラグニアの放つ攻撃は一発ごとの威力は低いが、少しずつ、そして着実にルゥフの体力を削っていた。
「ふらふらねぇ。じゃあこれで…」
ラグニアは両手を前にかざす。巨大な魔法陣が現れ、集まる魔力により周囲にプラズマが発生する。
「終わりよ!」
衝撃と共に、極大の魔弾が発射される。それまでとは一線を画すその魔法はルゥフに向かって一直線に飛んでいく。
ルゥフは足を地面にめり込ませ、衝撃に備える。
「──!! ……?」
思わず目をギュッと閉じるルゥフだが、いつまでたっても魔弾が来ない。薄らと目を開くと、彼女の前に魔法の壁が展開されていた。
「…ヒール!」
魔法使いの一人が呪文唱え、ルゥフの身体が光に包まれる。ルゥフは驚きに目を見開き、後ろを振り返る。
冒険者達は、武器を手に悪魔を睨みつけていた。
「獣人だろうがなんだろうが、庇われてばっかじゃ冒険者の名が廃らぁ!」
「女の子に守られて、何もしないんじゃァ勇者様に申し訳が立たねぇ!」
自分を奮い立たせ、ルゥフを庇うように立つ冒険者達。だが、ルゥフはそんな彼らを掴み、後ろに放り投げた。
「な…!? なにすんだよ!」
「確かに、俺たちじゃ足手纏いかもしれねえが…!」
「なぁに? 結局ヤるの?ヤらないの? まぁ、どっちでもいいんだけど。どうせみんな──」
どうせ皆殺すんだから──と、そう言いかけたラグニアの動きが止まる。彼女の目は冒険者達を通り越し、ある一点を凝視していた。
そこには──
「…え? なにこれ、どういう状況?」
急いで戻ってきたものの状況が全く呑み込めないサイが立っていた。




