23話 紅蓮に染まる
「ア゛ア゛アァアアァッ」
頭蓋に巨大な牙を突き刺され、さしもの火竜も苦痛に悶える。その暴れぶりは凄まじく、手足を抑えていた冒険者達は成すすべもなく飛ばされた。
「ぐ、…無事か、皆!」
「あ、ああ、何とか…。 へへ、それより──」
「まだだ、気を抜くな!」
火竜は首を、足を、尻尾をでたらめに振り回し、周囲と共に自身の身体をも破壊していく。巻き込まれてはたまらないと、冒険者達は距離を取り、遠くからその様を眺める。
「あれ、そういや嬢ちゃんは…? まさか、まだ火竜の頭の上か!?」
見ると、火竜の頭の上で、角にしがみついているルゥフの姿が目に入った。
「あのクソドラゴンめ、闇雲に暴れるもんだから降りるに降りられねえんだ!」
「くそ…! 彼女を助けるぞ! 動ける者は…!」
俺に続け、と、シッフが指示を出そうとしたその時。
「──あ」
火竜が首を木にぶつけ、衝撃でルゥフの手が角から離れた。
彼女は空中で回りながら地面を見た。かなりの高さだ。とはいえ、常人ならともかく、彼女ならば大丈夫だろう。なんなら頭から落ちても問題ないくらいだ。
しかし。
「──え」
理性を失い暴れ回っていた火竜がピタリと動きを止める。先程までは狂気に染まり何も映していなかった瞳には、落下するルゥフの姿が鮮明に映っていた。
「──まずい! 今すぐ──」
「っ」
火竜はルゥフを睨みつけ、振り上げた前足を渾身の力を込めて叩きつける。最後の悪足掻きとも言うようなそれは、凄まじい威力をしてルゥフを巻き込んだまま地面をかち割った。
「──ルゥ…フ…ぐ…?」
「な、んだ…? 力が…」
冒険者達が一人、また一人と崩れ落ちていく。ルゥフを助けられなかったショック‥‥ではなく。
「体が…動かない…」
──支援魔法で、無理に身体を動かした反動だ。
「グ、ルルル…」
正気に戻った火竜は、怒りを灯した目で冒険者達を睨みつける。
満身創痍とはいえ、動けない人間十数人を全滅させる程度の力はあるだろう。
「くそ…!」
なんとか立ち上がろうともがく冒険者達に、火竜はゆっくりと近づいてくる。
そして前足を振り上げ。
隙ができた横腹に、紅の剣が突き刺さった。
「ゴ、ガァアァァァアッ」
「──!? 何が──」
「──雑魚共にしてはやるじゃないか。俺様の活躍の踏み台としては上出来だ」
現れたのは、やたら豪華な格好をした三人組。
冒険者ならば知らないものはいない、嫌われ者のS級パーティー。
「紅蓮の刃、参上だ」
望まれない強者達が、終局も終局で参戦したのだった。
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「な、なぜここに──!」
突如として現れた紅蓮の刃、そしてそのリーダーであるソードレットに、驚きの顔と共にシッフは疑問をぶつける。
彼らには、今回の討伐戦のことは伝えていないはずだ。
「『依頼』を受けてな。冒険者達に貸しができるってよ。俺様の勧誘を断った馬鹿だと思ってたが、なかなかわかってる奴だ」
シッフとしては答えてもらえるとは思っていな方が、気分がいいのか、律義に質問に答えるソードレット。彼は火竜を一瞥し、鞘から剣を抜き放つ。
「バイオレッド、支援」
「ふふ、任せて頂戴」
戦場だというのに紫のドレスを着ている女性が、ソードレットの言葉に答え呪文を唱える。すると、彼の身体が赤い光に包まれた。
「ヒート、魔法で援護しろ」
「はい」
赤い豪華なマントに身を包んだ背の小さな女性が、身長よりも長い杖を構える。
「いくぜ、火竜!」
「グウゥゥゥ…!」
すでに傷だらけの火竜はソードレットを睨みつける。再び体に火をつけようとするが、傷のせいで上手くいかず、抜けた牙の隙間からわずかに液体が垂れるだけだ。
「はぁっ!」
赤いオーラを纏うソードレットは、剣を片手に火竜に飛びかかった。
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「う、ぐ…」
火竜と一進一退の激戦を繰り広げる二人を見ながら、シッフは体力の回復を図っていた。悔しいが、今できることは彼らの勝利を願うことだけだ。
「あらあら、地面に這いつくばって、無様ですわね。そのまま靴を舐めながら頼むのなら、回復してあげてもよろしくてよ?」
バイオレッドがシッフの目の前に立ちそんなことを言ってくる。
「…靴でも足でも舐めるから、彼女を頼むよ…。まだ、生きているかもしれない…」
シッフは、陥没した地面の中央に、血塗れで倒れているルゥフの方を向いて答えた。
「あら、あのボロ布、もう死んでるんじゃありません? ま、いいでしょう」
バイオレッドはルゥフの方へ歩いていき、回復魔法を発動する。緑色の魔力が彼女を包み込むのが見えた。回復魔法が発動したということは生きているということ、ひとまず安心だ。
「ぐあっ!?」
シッフがその光景を眺めていると、そこにソードレットが吹き飛ばされてきた。ちょっと見ない間に、随分と傷が増えているようだ。
「やあ、最強の冒険者君。苦戦しているようだね」
「だまれ、ゴミ屑。もう終わるところだ」
見ると、確かに火竜は瀕死の状態だった。元々満身創痍だったが、それでもそこらの冒険者二人では殺されていただろうから、流石はS級パーティーといったところか。
「はぁ…! ヒート!終わらせるぞ!」
ソードレットはそう叫ぶと同時に、剣を構え、火竜に向かって走り出す。
対して火竜は右前足を振り上げ、そのまま迎撃──と見せかけ、体を回転させ尻尾をしならせる。
ソードレットは身をよじり何とか躱すが、バランスを崩し地面に倒れ込んだ。
「くそっ」
その隙に、火竜は回転の勢いを利用し、左前足でソードレットを潰そうとする。が、ヒートが地面を隆起させ、すんでのところで回避させる。
「あっぶねえな…!」
左前足に着地したソードレットは弾かれたように立ち上がり、大きく跳躍し首に斬りかかる。
「こっれで…!」
終わり──と、風を切りながら迫るソードレット。踏みつけの反動で鱗がひび割れ、火竜は大袈裟に身体を揺さぶる。
「なにぃっ!?」
そして再び、振り上げた火竜の右前足が──
「…せぃ」
ヒートが高速の火球を放ち、火竜の攻撃を遮る。着弾点から高威力の爆風が生じ、火竜の上体が大きくのけぞった。
そして。
──首が、まるで刺してくれと言わんばかりに晒され──
「これで…! 終わりだあぁぁぁっ!!」
ソードレットの手の中で、紅蓮の刃が翻り。
火竜の首を、刺し貫いた。
「─────────────────」
喉を斬られた竜は断末魔を上げることもできずにのたうち回り、地面に倒れ伏す。首の傷から、大量の血が流れ落ち、焦げ付いた地面を赤で染めていく。
ヒュ──と、かすれるような音が傷口から漏れ──
それきり、火竜は動かなくなったのだった。




