02:出会い
「もしかして……見えてる?」
視線を受けてたじろぐ光希に女子高生は声をかけた。
「こんにちは。えーっと……死神、さん?」
「え……?」
「あ、ちょっと待って下さい」
そう言って女子高生は宙を見ながら考えるような仕草をとった。
所々小さな声が聞こえるものから察するに、どうやら女子高生と中にいる伊藤は頭の中で会話をしているようだった。
伊藤は一体何を考えているのか。
しばらくそのままで待っていると話の区切りがついたのか女子高生が再び光希へと向き直った。
「ええと、伊藤さんっていう人から伝言があるのですが」
魂だけの存在になっている伊藤にはその気になれば女子高生の身体を借りて、表に出て来て光希と直接話すことができるはずだ。
だがそれをせず、わざわざ伝言という形で女子高生に言わせる辺りが改めて伊藤が厄介な相手だと如実に伝えていた。
悪い言い方をすれば伊藤はこの時点で女子高生の身体だけでなく思考も人質に取っているのと同義だった。
「……伊藤ちゃんはなんて言ってるの?」
「一日でいい。好きにさせてくれ。だそうです」
「今の段階で好きにしている奴が言っていいセリフじゃないでしょ。自分が何をしてるかわかってる? 早くこの子から出てきなよ」
口で言って出てくるとは思っていない。
だが伊藤には自分が何をしているのかを自覚してもらわなくてはならない。
そしてあくまでも主導権は光希が持っているのだと認識させる必要があった。
そのために光希はきつめの口調で言い放つ。
最初の一日でいいというのは、どうあっても断られるとわかっていて大きく盛ったのだろう。
きっとここからが伊藤の本当の望みになる。
「なら半日でいい。気になる奴を見させて欲しい。ただ元気な姿を見るだけでいい、そうです」
(本当は半日でも長いと言いたい所だけど……この子から伊藤を引き取る為にはそれが一番確実で安全かな)
もしも、半日好きにさせて、それでもぐずったら。
その時はどんな特権を使ってでも、有無を言わさず容赦なく女子高生から伊藤の魂を引っぺがしてやろうと決めて光希は確認した。
「それでいいの?」
溜息をつきながら返って来た光希の言葉に希望が見えたのか、女子高生がパッと顔を上げた。
「それが伊藤ちゃん……君の中にいる奴の最後の頼みでいいんだね?」
『ただし、この人間の中から見たい』
今度は男の、伊藤の声が聞こえた。
確かに、ここで伊藤が離れた時に光希に捕まるかもしれないと考えれば、女子高生の中にいたほうがいいと考えるだろう。
面倒な事になったと思いながらも光希は目の前の人間に問いかけた。
「こんなワケでね。巻き込まれた君には何が起きてるのかわからないだろうけど……時間もらえる?」
「私は構いませんよ」
「だってさ。良かったね、伊藤ちゃん」
「……いいんですか?」
こんなにもあっさりと光希が了承するとは思っていなかったのか、女子高生が意外そうに光希を見た。
その視線を受けて、一体伊藤はどんな話をしたのかと思いながら苦笑する。
俺が死神なのは聞いているんだよね、と前置くと女子高生はコクンと頷く。
「魂を狩るだけじゃなくて、死者の最後の願いを叶えるのも死神の仕事の一つなんだよ。なるべく未練を残さずに連れて行けるようにってね」
魂が彷徨うには理由がある。
多くがやり残したことがあったり、最後に見たいことやしたいことがあった時。
それが未練となって強く残った時に行き場を失う。
光希の仕事は息を引き取る者の魂を狩り取るだけでなく、彷徨う魂を見つけて導いてやることも含まれていた。
主に見廻りなどをしている時に、そんな行き場を失った魂に手を差し伸べている。
「そうなんだ」
「君こそいいの? 突然こんなわけわかんないことに巻き込まれて、よく頷いたね?」
光希はこんなにも非常識すぎることを慌てることなく、騒ぐことなく対応して、すんなりと伊藤と死神である光希のことを受け入れようとしている女子高生に内心で驚いていた。
普通、突然頭の中に知らない男の声が響くだけでも日常から大きくかけ離れているのに、目の前で空中に浮かぶ光希を見ても彼女は予想していたものよりも冷静だった。
確かに驚いてはいた。だが、取り乱してはいなかった。
あまりにも自然すぎる対応が却って不自然で何か、女子高生にも裏があるのではないかと勘繰ってしまう程に。
「んー……確かにビックリしましたけど、伊藤って人の声が突然聞こえて、何が起きてるのかを説明されてる時に、目の前に凄い勢いで飛ぶ人間を見たら納得するしかなかったと言いますか」
確かに今の状態が常識では考えられない事だと説明するくらいなら、飛び回っている光希を見せる方がよほどわかりやすいだろう。
驚きも連続で起きるとかえって冷静になるものかもしれませんね、と続ける女子高生の言葉は妙に説得力のあるものだった。
「それと、一体伊藤ちゃんは君にどんな説明をしたの」
「悪いヤツに追いかけられてて、もうこれ以上は逃げることができないから、身体を貸してほしい。身体を乗っ取ったり意識を奪うようなことはしないからってくらいですね。あなたが死神だってことは目の前に来た時に言われて知りました。他は何も」
環の話に光希はやっぱり、と思いながら環を、正確には環の中にいる伊藤を睨みつけた。
「何都合よく捻じ曲げてくれてるのさ、伊藤ちゃんってば」
『俺が追われてるってことは嘘じゃないだろ』
「俺のどこが悪い奴なわけ? むしろこんな可愛い子の身体に入りこんで言葉巧みに隠れ蓑にしちゃう伊藤ちゃんの方がよっぽど悪人じゃない?」
「そうなんですか?」
光希の話を聞いて、驚いたように光希を見る女子高生にやはり伊藤の良いように説明をされていたかと光希は項垂れた。
ここはきちんと話すべきだろう。
「そうだよ。俺はただ伊藤ちゃんの魂が迷わないようにやってきただけ。それなのに突然逃げ出したのは伊藤ちゃんだよ。そして君の身体に入り込んで、好きにしているのも、迷惑をかけているのも伊藤ちゃん。対して俺は君には何もしていない。俺はどこも悪くない。それで伊藤ちゃんは他には何て?」
環は光希の話に苦笑しながら、そこまで迷惑だとは思っていないけど、と言い置いてから続けた。
「もう一つ教えて貰いました。今みたいにちょっと透けて見えるってことは、他の人には見えていない時、なんですよね?」
言われて姿を現そうとして、そのままでいたことに気付いた光希は、周囲を見回して人がいないことを確認すると、青年にも見えるように姿を現した。
「そうだよ。……今なら普通の人間と同じように見えるでしょ?」
「うん。透けなくなった。ということは今は他の人にも見えてるんですね」
「普通の人間と変わらないよ。見えるし話もできるし、触ることもできる」
「ああ、だから」
そこで何か腑に落ちたような呟きをする環を光希は見つめた。
「何か納得した?」
「うん。こうして人間にも見えるようにしたりするから、スーツなのかなって。変に思われないように人間と同じ服装なんでしょう?」
「意外だった?」
「うーん、服装よりも鎌を持っていないことが意外ですね」
一般的に人間の中で死神と言ったら真っ黒なフード付きのマントを羽織って、その手に握るのは鎌。
その鎌でヒトの魂を狩る。そんなイメージが強かった。
環も死神に似たようなイメージを持っていたのだろう、だからこそ光希がスーツを着ていたことに気付き、理由を知って納得した。
「鎌は自分の意思で具現化するから、いつも手にして歩いてるわけじゃないんだよ」
「そうなんだ。ちょっと残念かも」
「普段からもこうして魂と追いかけっこなんてよくあるんだよ。そんな時に鎌なんて持ってたら、全力で走れないでしょ?」
今だって伊藤を追いかけるだけでも必死だったのだ。
それなのに死神の鎌を持った状態でなんて、とても走れたものではない。
「そうですね。でも死神と鎌ってのはファンタジーの世界だけじゃないってわかって嬉しいです」
誰も知ることのない真実を知る事ができて嬉しいと環が笑うと、光希は少しだけ居心地悪そうに視線を環から逸らした。
「あー……それね。実は鎌ってのは何でもいいんだよね。切れれば」
「……ハサミも?」
「可」
何でもいいとの言葉に、まさかと思いながら口にした言葉に光希は一音で答えた。
そんな光希に環は呆気に取られたような表情になった。
「でもハサミでチョキッなんて最後、嫌でしょ? それと死神のイメージを定着させようってことで鎌になったらしいよ」
「らしい?」
どこか他人事な言い方に女子高生は小首を傾げる。
「俺が死神になった時には決まってたことだから」
「そっか。でも子供向けにはハサミの死神はいいかもしれないですよ? ちょっとしたマスコットがやったらシュールで可愛くなりそう」
言いながらファンシーなキャラクターを想像したのか環は楽しそうに笑った。
(あ、可愛い)
そんな笑顔を見て、光希は可愛いのは君の方でしょ、と言いそうになった言葉を飲みこんだ。
「そろそろ俺が死神だってことは信じてもらえた?」
「十分に」
「それじゃ改めて。俺は光希。月城光希。君は?」
「私は望月環。よろしくね、月城さん」
「環ちゃんかー。うん。よろしくね、タマちゃん。ああ、ついでにタマちゃんの中にいる伊藤って奴とタマちゃんは同じ高校生だから。遠慮する必要はないと思うよ。俺も見た目から判断しても同じくらいだから丁寧な言葉を使わなくていいよ」
「っ!」
光希の言葉に驚いたような表情を浮かべた環は直後にクスクスと笑い始めた。
「うん?」
「ついでにじゃねーだろ、俺が主役だろ。だって」
「なーにが主役だよ、主役なら厄介事を増やさないで欲しいよ。それでこんだけ逃げ回った伊藤ちゃんが最後に見たい人ってのは誰なのかな」
『タ……環と同じ学校の人間だな。一年』
今度は伊藤の声が聞こえた。
環を通してだと手間と時間がかかるだけだと思ったらしい。
「伊藤ちゃんってここからは少し離れた学校だったよね? 家も通学圏内ってわけでもなさそうだし。どこで知り合ったの? 他に最後に会いたい人はいないの? 家族とかさ」
『そう、なんだよな。自分でも最後に会いたいと思ったのが家族じゃないことに驚いてる。でも多分、母親は泣くだろうから。そんな姿は……見たくない。だからアイツだけだ』
少しだけ躊躇っているような、なんとなく引っ掛かるような伊藤の話し方に、深く突っ込んでいいものかと考える光希とは対照的に環がサラッと聞いた。
「もしかして恋人?」
思わぬ言葉に伊藤は吹き出すようにして笑い出した。姿は見えないが、腹を抱えているのではないかと思えるほどのスカッとした笑い声だった。
『そんなんじゃねーよ。あいつは俺のライバルなんだ。男だよ』
「なーんだ」
伊藤の言い方だと、恋人でなくても好きな人のように見えたが、相手が同性のライバルだと知った光希は残念そうな言葉とは裏腹にホッと息をついた。
恋愛ごとになると、また難しい問題が浮上することもあるが、ライバルならその可能性は低い。
すでに環を巻き込んでいるのだ。これ以上問題を広げることだけは阻止しなくてはならない。
「それならこれから私は学校に戻ればいいのかな?」
『ああ、陸上部だから、この時間ならまだ練習してるだろう』
「わかった」
そして三人は環が通う高校へと向かった。




