第八話 花見
春になると思い出す光景がある。
あれは現実だったのか、それとも見間違いだったのか、今でもわからない。
でも私にとっては不思議で、とても大切な思い出の1つだ。
その日私は家族で花見に出かけていた。
普段仕事で忙しい父が花見に行こうと母と私を連れ出してくれたのだ。
私は喜び、お弁当を準備する母の手伝いをした。
母も上機嫌でおにぎりを握っている。
普段あまり家に居られない父は、何だか少し緊張しているようだ。
そう言えば、父と遊んだのはいつぶりだろうか?
去年の夏休みに花火を見に行って以来まともに遊んだ記憶が無い。
会話をしたのも1週間ぶりなのだから当然かもしれない。
そう考えると余計に嬉しさがこみ上げてきた。
早くいこうよと私が言うと母がもう少しで準備できるからねと笑いかけた。
準備も終わり、私達は父の運転で花見に出かけた。
この日行く場所は知る人ぞ知る桜の名所らしく、とても綺麗なんだよと父が教えてくれた。
ただね、と続いた言葉に幼い私は少し身を縮こませる。
「人があまり来ない場所で桜がとても綺麗なんだ。 ただね、近くに墓地、お墓があるらしい」
幼い私にとって墓地は恐怖の対象でしかなかったが、それ以上に父と母と一緒に遊びたい気持ちが上回る。
平気だよ、そんなの全然怖くないしと私は精一杯虚勢を張った。
父も母も笑いながら強いね、いい子だねと言ってくれたので無理をして良かったと子供ながらに思ったものだ。
しばらく車で走っていると右手に墓地が見えてきた。
墓地にも桜が咲いており、墓石と相まって桜がより綺麗に映える。
父が満開だと喜ぶと、母も綺麗ねと相槌を打つ。
墓地でこれほど綺麗なのだから花見をする場所はもっと綺麗なんだろうと容易に想像がついた。
着いてみると想像以上に桜が咲き誇っており、とても感動的な光景を味わえた。
ただ1つ気になるのは、桜が一番綺麗に見える場所からは墓地も目に入ってしまう事だ。
sかしそのおかげで最高の場所が空いていたのだから文句は言うまい。
花見は楽しかった。
桜の下で食べるお弁当は美味しく、父と母がそろっている事がより美味しさを際立たせた。
お弁当を食べ終えると、鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり、自然の中で父と思いっきり遊んだ。
弁当箱を片付けた母も混ざり、家族水入らずで楽しい時間を思いっきり満喫した。
そうこうしているうちに少し肌寒くなり、心なしか空も暗くなってきたようだ。
母が寒くなってきたしそろそろ帰ろうかと言い、父も暗くなる前に帰ろうと言った。
正直言うと私はまだ遊びたかったのだが、普段遊べない父と遊べた事でかなり満足したし、何より暗くなってきた墓地はちょっと怖かったので帰る事にした。
ここに来た時は怖くなかったのに、やはり暗くなると印象が変わる。
少しずつ暗くなる景色に比例するように段々と恐怖が増していく。
さっきまで明るかった空はオレンジ色へと姿を変えた。
こうなると真っ暗になるまでは早い。
せめて真っ暗になる前に墓地からは離れたかった。
父と母が後片付けを終え、ようやく出発する事になった。
車が動き出し、どうにか暗くなる前に墓地を離れられそうだと分かった私は小さく喜ぶ。
これで怖がっている事も知られないし、怖い思いもしないですむと。
空がオレンジ色から紫色へと変わったくらいだろうか、ちょうど墓地に差し掛かった。
来る時は離れた位置にあった墓地が帰りはとても近い位置にある。
なるべく墓地の方を見ないように気を付けていた私だが、何気なく墓地の方を見上げてしまう。
そして私は言葉を失った。
紫色に照らされた墓地に、骸骨・幽霊・鬼・天狗・河童・狸・狐、他にも数えきれないほどの化け物達がいた。
私は恐怖した、恐怖のあまりその光景から目が離せなかった。
気づかないでくれと願いながら車が通り過ぎようとした時、彼らが何をしていたのかハッキリと見えた。
酒を片手に楽しそうに花見をしている。
え?と恐怖心が薄れ、何だか不思議な気持ちになる。
骸骨も花見をするのだと妙な感慨にふけっているうちに車は墓地を通り過ぎた。
家に帰ってからも自分の目で見たものが信じられなかった。
1人で悩むのも嫌なので父や母に意を決して話してみるも、暗かったから何か見間違えたんじゃないかと言われた。
そうなのかな、そうかもしれないと私も思い始め、そのままお風呂に入って寝ると恐怖していた事もすっかり忘れてしまった。
それからしばらくして父があの墓地の桜を教えてくれた人に聞いた事を話してくれた。
帰った後の私の様子がただの見間違いにしてはやけに真剣だったから調べてくれたそうだ。
父の話では、昔からあの場所では不思議なモノの目撃例がたくさんあったらしい。
ただどの話も骸骨が酒を飲んでいた、天狗が歌を歌っていた、狐と狸が社交ダンスをしていた等、平和なものばかりだったため気にする人が少なかったらしい。
一通り話し終えた父は、もしかするとあそこは妖怪達の花見スポットなのかもしれないねと笑っていた。
大人になった今でもあの光景は忘れられない。
彼らは今でもあそこで花見を楽しんでいるのだろうか?
確認する勇気は無いが、楽しんでくれていればいいなと、そう思う。




