第五十九話 蛹
この世はクソだ。
その事実に気づくのにそう時間はかからなかった。
父親は外面は良いが家に帰れば酒乱で暴力ばかり。
母親はそんな父からのストレスを晴らすためにギャンブル狂い。
私が小学生の頃には家の中は荒れ果てていた。
その結果、段々と私の日常は崩れていく。
洋服もボロボロなり、お風呂も入らなくなった。
そうなるとどうなるか分かる?
答えは「いじめられる」だ。
ただ救いだったのは積極的ないじめじゃなく消極的ないじめだった事。
教科書に落書きされたり、体操服を破られたりは一回も無く、ただただ無視された。
でもこれはしょうがないと思う。
私が同じ立場でもそうしただろうという確信がある。
だからこそ私は小学校を卒業する頃には家事の一切を出来るようになっていた。
いじめられないようにするにはまず身なりを整える事からだと分かったからだ。
お金がかかる事は1人では難しかったけど、それ以外は積極的にやった。
そのおかげで中学では比較的まともな生活を送れていたと思う。
問題が起きたのは高校生になってからだった。
まず父と母が離婚した。
理由は単純で、父の浮気で何かがぷつんと切れた母が、父を刺したためだ。
元々破綻していた両親だったし、別れたのは何とも思わなかった。
問題は刺した事とそれがニュースになった事だ。
程なく学校でも騒がれるようになった。
それに加えてもう1つ問題が起きた。
私の小学校の頃を知っている人間がいた事だ。
小学生の頃荒れた生活をしていた事とこの事件のせいで私も何かトラブルを起こすんじゃないかと疑われた。
ここまでならまだいい。
時間が経てば解決してくれる問題だ。
だがこの2つの事をきっかけに私に絡んで来る奴が現れた。
同じクラスの女子生徒・A子だ。
最初はただ嫌味を言う程度だったのだが、次第に行為はエスカレートし、暴力に発展するまでそう時間はかからなかった。
1対1ならまだどうにかしようという気も起きたが、毎回4人以上で絡んで来る相手にどうにかしようという気は失せていた。
1ヶ月もすれば収まるだろうと楽観視していた部分もある。
しかしこれが良くなかったのだろう。
いじめは収まらず日に日に酷さを増していった。
やがて私は死ぬ事ばかり考えるようになった。
ある日学校をさぼった。
ふらっと目的も無く街中を歩く。
人目を避けるように歩き続けると、やがて森の入り口に辿り着いた。
この森は子供の頃からたまにやってくる私の秘密の隠れ家だ。
緩い丘に鬱蒼と木々が生い茂っている。
猛獣はいないが虫が多いためあまり人がやって来ず、1人になるには最適の場所だった。
普段は迷ったらいけないので近場で過ごしているのだが、この日は違った。
誰にも見つからない場所に行きたいと思った。
別にその日死ぬつもりは無かったが、この森を見た瞬間に死ぬならここで静かに死にたいと思ったのだ。
あてどなく森の中を歩いていると目を引く1本の木を見つけた。
何でだろう、直感的にこれは近づいてはいけない物だと分かった。
普段なら絶対に近づかない物。
だけどこの時の私は、今思えば自暴自棄になっていたのだろう、少し迷った後その木めがけて一歩を踏み出していた。
ザッザッザッ、落ち葉の中を歩いて木に近づいていく。
私の直感は正しかったようだ。
近くで見ると想像を絶する光景が目の前に広がった。
緑の葉っぱに覆われていると思った木は、何かの蛹がびっしりと、吐き気がするほどぶら下がっていた。
そして幹にも大量の蛹。
辺りには動物の白骨化した死骸が散らばっていた。
私は一目散に逃げだした。
あまりにも気持ち悪くて逃げ出す事しか出来なかった。
死にたいという気持ちは霧散し、ただただ家に帰りたい、それしか考えられなかった。
その夜、あまりに気持ち悪い光景を忘れようと普段あまり見ないバラエティ番組を見ていた。
その中に専門家が私の知っている怖い話という、いかにもバラエティ的な眉唾物の知識を披露するコーナーがあった。
いつもなら絶対に見ないような内容でもこの時ばかりは助かった。
荒唐無稽な話の方が昼間の光景を忘れられるからだ。
だがその中の1人、寄生虫専門家という人の話だけは食い入るように見入った。
だってその人の話に出てくる虫は、今日私が見たあの虫の特徴にそっくりだったから。
その虫は幼虫の頃は生物の体内で凄し、死ぬように仕向ける。
その死体の中で十分に成長し、羽化するために死体から出てくる。
そして雄が茶色、雌が緑の蛹になって1本の木を覆い尽くすそうだ。
現在人間に寄生した例は確認されていないらしいが、その危険は無いとも言い切れないと言っていた。
なら、試す価値はあるんじゃないか?
私の中に危険な考えが浮かんだ。
翌日、私はA子の下僕になった。
これまでは受動的にやられていただけだったが、積極的にA子のために働くようになった。
殴りたい時は殴らせたし、お金だって渡した。
そうすると段々A子も私に心を許してきた。
完全に支配下に置いたと思ったのだろう。
私の言う事ややる事に一切の疑いを持たなくなっていった。
同時に私はある計画を実行に移していた。
あの木から数匹の蛹を持ち帰り、羽化させる事にした。
もしあの蛹が件の蝶なら、上手くいけばA子を殺してくれるかもしれない、そう考えたのだ。
蛹を持ち帰った日たまたま早く帰った母親に見つかった。
母親には白い目で見られたが、元々私に興味なんてない女だ、すぐに目をそらし迷惑をかけるんじゃないよと言ったっきりこちらを見る事は無かった。
蛹を見つけてから1ヶ月が経った。
蛹の中から模様が見えるようになってきている。
奇跡的なタイミングだ。
蛹が無事に成長したのとA子が私を信頼した瞬間が重なるなんて!!
多少無茶でも実行に移すしかない、そう思った私は翌日の放課後、A子を呼びだした。
A子はお金になる話があると言ったら何の疑いも無くやってきた。
そして私は羽化寸前の蛹を1匹A子に渡した。
これは日本にしかいない絶滅寸前の虫で、外国なら数万円~数十万になると言って。
A子は喜んだ。
悪い外国人グループとも繋がりのある子だったから金になると踏んだのだろう。
もし私が嘘をついていて、それで失敗しても私をいじめればいい。
どう転んでも損は無い、そう考えたのだと思う
今となってはもう分からないけど。
それから1ヶ月もしないうちに彼女は死んだ。
何故かあの森のあの場所で自殺していた。
どこからか持ち出したロープで首を吊って死んでいるように見えた。
近づいて確認したかったが、連日知らない男がその場にやってきたので近づく事は不可能だった。
だが2日以上吊られて生きている人間なんていない。
A子は死んだのだ、それさえ確認出来ればそれ以外は些細な事だ。
あの蝶が本物だった、それさえ分れば。
さあ急いで帰らないと!
あの蝶の近くにいると私まで寄生されちゃう。
せっかくいじめが無くなるのに死んだら勿体無いもの。
それにまだまだやらないといけない事があるし。
それが終われば・・・。
ああ、ようやくだ、ようやくこれで自由になれる!!
私はもう蛹でいる必要は無いんだ!!
~とある日のテレビ番組~
先日発見された捕食寄生をする蝶、その幼虫が新たに民家から見つかりました。
発見者は近くに住む大学生で、隣家の男性が倒れて動かないため警察に通報したようです。
部屋の中には男性の遺体があり、幼虫はその中で成長していたようですが羽化には至っていません。
該当地区にお住まいの方は蝶や芋虫を見かけ次第お近くの警察、または行政にご連絡ください。
これで寄生虫による犠牲者は10人を超えました。
最初の犠牲者であると思われる男性が亡くなってからたった1ヶ月、まだまだ被害は治まりそうにありません。
栄教授、この事態をどう思われますか?
まずこの蝶が人間に寄生する事が分かった以上見つけ次第殺さないといけないね。
この蝶の恐ろしい所は捕食寄生以上にその繁殖スピード。
高温多湿の場所だと最速半年で羽化まで行くから一度住み着くと日本は非常に危険な土地と言える。
幸い行動範囲は狭いから寄生された人間が遠くに行かなければどうにか食い止められるだろう。
それよりも遺族の方が心配だよ。
特に最初の犠牲者の娘さんは母親も事故で亡くしてるらしいし、精神的に大分まいっちゃってるんじゃないかな。
子供の頃は夫婦間トラブルの末の傷害事件も目撃してるらしいし、想像も出来ないくらいのダメージを負っていると思うんだ。
もし私に出来る事があるなら何でもやらせてもらうよ。
虫以外は専門外だけど多少の力にならなれると思う。
一刻も早くこの窮地を脱するようにみんなで協力し合って頑張っていこう!
栄教授ありがとうございました。
被害が広まらないよう私達1人1人が気を付けていく事が大切ですね。
では続いてのニュースです。




