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第五十八話 芋虫

空飛ぶ芋虫を見た事があるだろうか?

僕はある。

小さかった頃、小学校の帰り道。

横断歩道を渡るために信号待ちをしていると目の前に緑色の芋虫が現れた。


僕は思わずわっと声をあげ後ろに倒れ込んだ。

幸いランドセルがクッションになって怪我はしなかったけど本当にビックリした。

どうして芋虫が空を飛んでいるのか、からくりはすぐに分かった。

高い位置にある葉っぱに糸をくっつけてぶら下がっているだけなのだ。


でも僕は何だかその芋虫が飛ぼうと必死に頑張っているように見えた。

蛹になって、羽化して、ようやく飛べるようになる芋虫。

それを待ちきれずに挑戦しているように思えたんだ。

あの頃の僕にはそれがとても綺麗だと感じられた。




あれから12年、僕は森の中をさまよっていた。

比喩でも何でもなく誰もやってこないような深い森の中を1人静かに歩き続けていた。

子供の頃は漠然とした希望を持って毎日楽しく生きていた。

でもいつからか自分は特別じゃない、希望なんてないと気づいてしまった。

その頃から人間関係も上手く作れなくなったように思う。


高校生の時も、大学生の時も、就職浪人の今もいじめのターゲットにされていた。

僕の能力が低く、イラつかせる事が原因だと僕をいじめる人達は言っていた。

最初の頃は抵抗もしていたが、気づけばそれすらも出来ないくらい落ちこぼれていた。

だからと言って死ぬ勇気も無かった僕はバイトをさぼって森の中に入ったのだ。

いじめられるくらいならこのままどこかに消えてしまいたいと、そう思った。


1時間くらい森の中を歩いていると、段々と死んでもいいような気分になってきた。

衝動的に自殺する人もいるというが、こういう風にふっと死んでしまいたくなるのかもしれない。

だがあいにくこの森には飛び降りるような場所は無い。

ならと思って僕は首を吊れるような大きな木を探した。

良い感じの木が見つかったらそこで死のうと決めた。


またしばらく歩いていると森には似つかわしくない物が落ちていた。

靴下だ。

可愛らしいリボンが付いている。

何でこんな所にこんな物が?

僕はゆっくりと靴下の方へと向かった。


そこで僕は彼女と出会った。

太い枝に吊るされたロープで首をくくった彼女に。

子供の頃に見た芋虫と彼女の姿が重なった。

とても、とても綺麗だと感じた。




それから僕は毎日彼女の死体を見に来た。

自殺しようなんて考えは完全に消えて、彼女を見に来るのが楽しみになっていた。

その場に落ちていた荷物から分かったのだが、彼女は近くの高校に通う生徒のようだ。

教科書が破られていたり、落書きをされていたりと、おそらく彼女もいじめにあっていたのだろう。

耐えられなくなって死んだのか・・・。

綺麗だと感じたのは僕が出来なかった事を成し遂げたからかもしれないな。


1週間経っても彼女の死体はそのままだった。

異臭が漂い始めているがそれもあまり気にならない。

僕はどうやら彼女に恋をしているようだ。

まだ真冬には程遠い季節、もうしばらくしたら彼女にも会えなくなるだろう。

それでも消えて無くなるまでは彼女と一緒にいたい、そう思った。


苦悶の表情を浮かべていた彼女が、いつからか笑っているように見える。

目がトロンとして、口元も緩くなってきた。

ああ、そうか、もうお別れが近いのか。

後1週間もしないうちに空を飛ぶ彼女はいなくなるだろう。



5日が経った。

僕はこの5日間職場や両親の追及で家から出る事が出来なくなっていた。

無断欠勤が続くのはおかしいと思った店長が動いて、ようやくいじめが発覚したのだ。

問題は大きくなり、様々な人を巻き込んだ騒動になった。


結果として僕をいじめていた人は退職。

店長から謝罪を受け、両親にまで謝られた。

何だか逆に申し訳ないよう気持ちになったが、悪い気分ではなかった。


そして同時にとてつもない罪悪感に襲われた。

僕の状況は改善されたけど、彼女はどうなるのだろう?

このまま誰にも知られないで骨になってしまうのだろうか?

それはあまりにもむごいような気がしてきた。

自分勝手な考えだがこのまま放置する事は出来ない。


そう考え僕は彼女の元に向かった。

もしかするともう吊られた状態ではないかもしれないし、誰かに見つけてもらったかもしれない。

それならばそれで良い。

しかしそうじゃないなら僕が彼女の死を誰かに伝えないといけない。

そんな使命感に駆られて彼女の元へと急いだ。



・・・おかしい。

ロープはある。

なのに彼女がいない。

どういう事だろうと思い僕がロープの方に1歩踏み出した瞬間、辺りを無数の蝶が舞った。


初めて見る蝶だ。

でもとても綺麗だ。

そして唐突に理解した、彼女は羽化したのだと。

蛹だった彼女はようやく自分だけの羽を見つけて飛び立ったのだと。

ああ、だからこんなにも綺麗なのか・・・。


忘れよう。

ここであった事を話しても誰も信じてくれないだろうし、警察にあらぬ疑いをかけられるだけだ。

無数に乱れ舞う蝶の中を僕は歩いた。

すれ違う時どこかがチクッと痛んだが気にせず家路に着いた。

僕は強く生きてやる、そう心に決めて。




上手くいった!

本当に死んでくれた!!

テレビで言っていた事は本当だったんだ!!!

私をいじめた罰だ、これでもう苦しまなくて済む・・・。

見つかった時のために教科書とかに細工したけどどうやらまだ見つかってないらしい。

このまま見つからずにずっとずっとこのままでいてくれればいいんだ。

あ、そうだここから離れないと。

私まで寄生されちゃう。



~とある日のテレビ番組~


寄生虫を知っているだろうか?

宿主に寄生し生きていく虫の事だ。

実はその中には捕食寄生という極めて稀な性質を持つ生物がいる。

捕食寄生とは寄生者が宿主を必ず殺してしまう寄生の事だ。


新たに捕食寄生を行う昆虫が発見されたのだ。

その昆虫はとても身近な昆虫で、恐ろしい事に行動まで操る。

具体的には死にたくなるような物質を脳内に届かせるのだ。


多くの場合は小型の哺乳類に寄生するが、直近の研究では人間に寄生する例も見られた。

卵を体内に産み付け、孵化すると宿主が静かな場所で死ぬように誘導するらしい。

まあここら辺は眉唾物だが本当だったら大変だ。


もし死体のあるような場所で見た事の無い蝶を見かけたら気を付けなさい。

鱗粉には幻覚作用があり、思考力を鈍らせる効果がある。

チクッと痛んだら卵を産み付けられた証拠だ。

そうしたらすぐに病院に行くんだよ。

そのまま放置すると、君の意志とは関係無く殺されてしまうのだから。





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