第四十三話 異世界転生
気づくと俺は知らない男になっていた。
見た事も無い服を着て、見た事も無い部屋にいる。
見回すと知らない道具がそこかしこに置かれていた。
ここはどこだ、俺は確かにさっきまで畑にいたはずだ。
自問をするも答えは返ってこない。
俺は仕方なく部屋の中を手当たり次第に漁ってみた。
しかしそれは自分が違う場所に来ただけだと再確認する行為にしかならなかった。
どのくらいそうしていただろうか、外が暗くなっている。
こんな状況でも腹は減るものなのか、体が食べ物を欲していた。
俺は立ち上がり食料を探す。
だが見慣れぬ物しかないこの場所で、どれが食べられる物なのか皆目見当がつかなかった。
目についた扉を開けるも見つかるのは服ばかり。
あきらめかけたその時、子供がすっぽり入りそうな箱を見つけた。
最後の望みを託し扉を開けると、冷気と共に液体が見つかった。
もしかするとこれは食料の保存庫なのかもしれない。
そう考えたがまだ決めつけるのは早い。
得体の知れない液体をとりだし、蓋を開け少しだけなめてみた。
甘い、一見濁った水だが中身は甘く味付けされている。
俺が元いた世界ではこうやって毒見をする。
初めての物は少しなめて、しばらく待って体が無事なら食べられると判断していた。
体が痺れる感じやその他の不調も無い。
これは飲めそうだと判断し、一気に濁った水を呷る。
最初は違和感があったが、飲み慣れると中々に美味かった。
飲み物が見つかった事で安堵した俺は次に固形物を取り出した。
触ると固いが、噛み切れないほどではない。
食べてみるとこれまた甘く、みずみずしかった。
この箱の中身は全て食べられそうだと分かり少し安心した。
とりあえず餓死する事は無さそうだ。
でもこのままだといずれ死んでしまう。
俺はどこにいるのかも分かってないのだから。
情報を集めようかと考えたが暗くなった土地は危険だと判断し、眠る事にした。
俺は目を覚ました場所に戻り、明るくなるまで眠った。
起きた時には戻っていますようにと祈りながら。
その日俺は夢を見た。
夢の中で誰かが取り違えたと言っている。
1年後元に戻すからそれまで生き抜けと、そのための知識は全て与えようと。
目を覚ました俺は唐突にこの世界の事を理解した。
俺は異世界人と魂が入れ替わってしまったようだ。
元の世界の俺の体にはこの体の魂が入っている。
1年後元に戻れるらしい。
もしかすると夢の中の人物は神様だったのかもしれない。
だとすると1年後に戻れる可能性は高いだろう。
少なくとも一晩でこれだけの知識を与える力を持っているのだ、無視は出来ない。
ならば俺は出来る限りこの男の生活を守り、1年後に備えよう。
そう決意した俺はまず職場に行く事から始めた。
初めて見る物や触れる物ばかりの世界で、俺はどうにか生きていった。
知らないのに知っている不思議な感覚に慣れたのは2週間ほど経ってからだ。
最初は仕事もおぼつかず、体調不良で通した。
どうにかこなせるようになってからも周囲の人のサポートが無ければ無理だったろう。
同僚は俺の雰囲気がおかしい事を察したのか、距離があった。
だが少しずつ打ち解けて、1ヶ月経つ頃には軽口を叩けるようになっていた。
男には家族がおらず1人で暮らしていたので秘密を守るのは容易だった。
両親とも疎遠で深い付き合いの友人もおらず、休日は自宅で過ごすのが男の日常だったようで、これまでの人生とはかけ離れた暮らしは俺の精神を多少なりとも蝕んだ。
この世界には数多くの娯楽が存在し、中にはあまり良く無い物もあった。
俺は誘惑に抗いながらどうにか男の行動を真似し、生きた。
元の世界に戻れると分かっていなかったら1年は持たなかっただろう。
こんな生活の中でも友と呼べる者も出来た。
だが深い付き合いは避けた、元に戻った時にお互いが辛いと感じたから。
そうやって俺は元の世界に帰る日を目標に必死で生きた。
そして1年後、夢を見た。
元の世界に戻す準備が出来た。
だが1つ問題が起きたのでそのままの姿で戻ってほしい。
俺は良く分からなかったが了承した。
やっと家族に会えるのだ、多少の問題は気にしない。
それにあちらの男とも一度会ってみたかった。
こんな苦労を分かち合えるのは1人しかいないのだから。
気づくと俺は元の世界に戻っていた。
見慣れた風景、懐かしい空気、家族の待つ家に向かう足も軽い。
ところで問題と言うのは何だったのだろうか?
少なくとも無事に元の世界には移動できたわけだし、異世界への移動が出来ないというわけでは無いらしい。
もしかして魂の移動が出来なくなったとか?
何らかの理由で体は移動出来たけど、魂はまだ時間がかかるのかもしれない。
元に戻れるのか気にはなったが、家族に会いたい気持ちが勝った。
戻れないなら戻れないで神様からお告げがあるはず。
まずは一目家族を見よう。
1年ぶりに自分の家に帰ってきた。
コンコン、俺は恐る恐る自宅の扉を叩く。
は~いという声がして、扉が開く。
出てきたのは妻だった。
ようやく会えた、心配だったけどあの頃と変わらない笑みに涙が出そうになる。
抱きしめたい気持ちをこらえ、すみません旦那様はいらっしゃいますかと尋ねる。
今の俺はあくまで他人、ここで抱きしめたら恐怖を与えるだけだ。
それに俺と入れ替わった男と会えば問題と言うのも解決するかもしれない。
少なくとも何かしら前進するはず、期待を込めて男を待った。
妻が俺の名前を呼ぶと、俺の姿をした異世界人が笑顔で出てきた。
俺が異世界人の名前を名乗ると全てを察したようにうなずいた。
今日でしたか、ではあちらで話しましょうと男は森の方を指さした。
確かに近場で会話をして聞かれるわけにはいかない。
こんな状況をどう説明すれば信じてもらえるか分からないしな・・・。
俺はそうですねと答え、男と一緒に森に向かった。
これでようやく幸せになれる。
俺は嬉しくなり目の前にいる男との会話を楽しんだ。
1年は長かった。
最初は自分が誰で、どこに来たのかも謎だった。
だが人間と言うのは強いもので、次第に異世界の生活にも慣れていった。
初めて見る物や触れる物も多く、新鮮な気持ちで逆に楽しむ余裕すら出来た。
このままここで暮らすのもいいかと思うほどに。
だがそれには問題があるし、家族を悲しませるのは本意じゃない。
俺は何より妻と娘が大事なのだから。
自分の気持ちに蓋をし、元に戻る日を待っていた。
そして今日俺は俺の姿をした男と2人で森に向かっている。
俺は男の少し後ろを歩きながらタイミングを待った。
男が止まり、もう十分ですかねと俺に微笑みかける。
その瞬間俺は隠し持っていたナイフで男を突き刺した。
突然の事に目の前の男は何が何だか分かっていなかった。
俺は男を何度も刺した。
男は絶望を湛えた瞳でこちらを見、何でと呟いた。
刺す、刺す、刺す。
目の前の肉塊が何の反応も示さなくなるまで何度も刺した。
やがて目の前の男、俺の姿をした異世界人は死んだ。
深いため息が出る。
これで俺はようやく幸せになれるんだと思うと感慨深いものがある。
確かに最初は元に戻ろうと思っていた。
男の生活を守ってやろうと。
だがいつからか、俺は異世界での生活を手放した無いと思うようになった。
元の世界に未練なんて無かった。
何をしても満ち足りず、つまらない毎日。
そんな世界を変えてくれたのが妻だ。
記憶を失いおかしな行動をとっている夫を献身的に支えてくれた。
可愛い盛りの娘のおかげで俺の人生はより一層輝かしいものになった。
今さらこの生活を失えだと?
ふざけるな!
俺はこの世界で、妻と娘と一緒に暮らしていくのだ。
神と名乗る爺は魂の同意が得られなければ移動は出来ないと言った。
つまり相手が死ねば永久にこの体は俺の物。
さあ、これから俺にはバラ色の人生が待っている。
ありがとう、俺は感謝を込めながら丹念に穴を掘った。




