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第二十九話 坂道

私の家は長い坂道の頂上にある。

しかもかなり急で傾斜が20度もあるような所だ。

距離にして100mちょっと。

家に帰り着くころには息切れしている。

だからビックリした、その道を走って上るお婆さんを見た時は。


私がいつものように坂道を上がっていると後ろから凄い速度で駆けて来る人がいた。

こんな坂道を何て物好きな人なんだろうと思ったが、あまり気にしなかった。

たまにだがトレーニングに使う人もいるからだ。

だがその人が横を通った時、私は自分の目を疑った。


明らかに腰の曲がったお婆さんが着物を着て走っているのだ。

10代でもきついこの坂を走れるお婆さんなんていない。

いるとしたらご近所でも有名になっているし、そういう大会でも活躍しているはずだ。

ましてや着物を着た状態で走るなんて若い人でも無理だろう。

その人は一度も後ろを振り返る事無く駆け抜けていき、曲がり角を過ぎたあたりで見えなくなった。



とんでもない人がいるんだな、どんな人なんだろうと気になった。

しかしその人が誰かを調べる手段も無い。

また会えた時にでも話しかけてみようと結論付けた。

もしかしたらもう会えないかもしれないけど。


次の日、この話を同僚にしたら嘘だと断言された。

車で上るのも怖いあの坂を老人が走れるわけない。

しかも着物って、ちょっと盛り過ぎじゃない?と。

うん、確かに。

私も人から聞いたら嘘だと思う。

だから同僚に次に会ったら動画を撮って来るよと宣言。

同僚はちゃんと相手の人に許可貰いなよと至極真っ当な事を述べた。



2度目に会えたのは初めて会った日から40日程過ぎてからだった。

私も忘れかけていた頃、後ろから凄い速度で迫る人影があった。

お婆さんだ!

早速声をかけようと振り向くとお婆さんは私の斜め後ろに迫っていた。

このままだと置いていかれる。


すみません、そう声をかけるがお婆さんは見向きもせず行ってしまった。

相変わらず横顔しか見えず、汗もかいていないように感じた。

凄い人だと思ったが、この機会を逃したら次はいつ会えるか分からない。

私は必死でお婆さんの後を追った。


この40日の間、仲の良いご近所さんに調査をしてみたのだがそんな人は知らないと言っていた。

つまりあの人は近くに住んでいない。

なら必ず坂道を下りるはず、その前に頂上で声をかければ話を聞いてもらえる。

そう考え坂道を上りきった私は困惑した。

お婆さんが見当たらない。


上りきった後には変電所か民家しかない場所だ。

近くに住んでいないのならお婆さんはどこに消えたんだろう?

息を整えつつ辺りを見渡すがどこにもいない。

もしかして私が知らないルートから帰っていった?

10分ほど探したが見つからなかったので諦めて坂道を下りようとした。



ガードレールに手を着きながら1歩目を踏み出した時だった。

下から何かが坂道を上って来る。

もしかするとお婆さんかもしれないと私はあわてて動画を撮り始めた。

怒られたらその時消せばいいやと安易な考えで携帯で撮影を続ける。

罪悪感よりもようやく話せるというワクワクの方が勝っていた。

坂道の頂上で待ち構えていると音が近づいてくる、来た、お婆さんだ!


カーブから何かが飛び出した。

私はお婆さんと声をかけようとする。

だがそれが見えた瞬間私は全力で見えないふりをした。


確かにお婆さんだった。

私が見たお婆さんに間違いは無かったのだがそれはお婆さんではなかった。

正面から見たそれは、お婆さんの顔をした怪物。

一見するとお婆さんだが、着物の中から見える体には黒い毛がびっしりと生えていた。

それも量と長さが尋常ではなく熊のような毛。

腕は4本あり、2本は人間の腕、残り2本は鎌のようになっている。

そして脚は蜘蛛のように沢山あったが、その全てが小さく酷くバランスが悪い。

腰が曲がっていたように感じたのは脚が多いからだったとこの時気づいた。


本能的な直感だった、気づいたらいけない。

無視し続ければどうにかなる。

そう判断し、私は撮影を続けながら化け物の方を一切見ずに坂道を下る。


消えろ、消えろ、消えろ、心で念じるも確認は出来ない。

幸い私の家は変電所からすぐの場所だ、どうにかなるはず。

そう信じ足を動かす。


後り10m、5m、3m、1m、着いた!!

私は急いで玄関を締め鍵をかける。

息を着く暇も惜しく、私は携帯を握りしめたまま寝室に向かう

アイマスクとイヤープラグをはめ布団をかぶる。

そして私は気が付くと朝まで眠っていた。



助かった、そう思いながらベッドの脇に置いた携帯を手に取る。

電池切れ、充電をするのを忘れていた。

他にも何もしないまま眠ってしまったので朝から大忙しだ。

充電器を忘れないよう握りしめ会社に向かった。


私は同僚に昨日の事を話し一緒に動画を確認してもらった。

だが動画は手の震えからか、上手く撮れておらず音もノイズだらけ。

家に着くまで大した映像は無かった。


映ってなかったかと落胆した反面どこか安心した。

昨日の事は夢だったのかもしれないと思えたからだ。

ごめんね撮れてなかったと言いながら私が動画を消そうとした時だった。

あれ、これまだ続き撮れてるよと同僚が言う。


続き?ああそうか、そのまま眠ったから動画の撮影が続いていたのか。

一応確認してみると同僚が言うので携帯を渡す。

嫌な予感がした。

夢だったのなら何で私は化粧を落としてなかったんだろう。

どうしてお風呂もご飯も着替えもしてなかったんだろう。

それは昨日の事が本当だったから・・・


私の考えは同僚の悲鳴でかき消された。

同僚の方を見ると青ざめて椅子から転げ落ちている。

どうしたのと私が駆け寄ると同僚が震える手で動画を再生した。

そこにはベッドに眠る私が映っている。

最初は私が眠っているだけの映像だったが、しばらくすると何か音が聞こえてきた。


・・・て・・・・・・み・・・え・・・・・・る・・・


声のようにも聞こえるけど、何を言っているのかよく分からない。

私が音を大きくしようと瞬間。



『見えてる!!見えてる!!見えてる!!』



あの化け物が私の寝顔を見ながらそう叫んでいた。

私は悲鳴を上げる事すら出来ず、その映像を見つめる。

その化け物は私の顔を覗きながらずっと見えてる!!と叫んでいる。

化け物は5分ほどそうしていたのだが、私が何の反応も示さないからか黙って消えてしまった。


何これと同僚が呟くが私に分かるわけがない。

1つ言えるのはこの時何か反応をしていたら私は生きていなかっただろうという事だ。

ああ今日もこの坂道を上らなければいけない。

あの家に帰らなければならない。

私はもう二度と化け物に出会わないよう、ただ祈るしかなかった。

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