第二十話 枕返し
枕返しという妖怪がいる。
その名の通り枕をひっくり返す妖怪だ。
枕返しにはただ枕を返すだけの者や中には命を奪う者もいる。
だが基本的には枕を返す以外には何もしない。
なぜ急に私が枕返しの話を始めたのかと言えば、TVのニュースを見ながら枕返しに会った事を思い出したからだ。
枕返しに会ったのは1ヶ月前の話だ。
その日私はなかなか寝付けずにいた。
それでも眠ろうと目をつむりながらゴロゴロと転がっていた。
ようやく落ちそうだと思った瞬間、枕元に違和感を覚えた。
何だろうと思って目を開けると、そこには小さな鬼がいた。
やたら可愛らしいその鬼は私の枕に手をかけ必死にひっくり返そうとしている。
最初は夢かと思いもう一度目をつぶるのだが、はっきり頭を触られている感じがする。
仕方がないので今度は起き上がって確認してみた。
首だけ動かし枕の方を見ると、腰を抜かしている子鬼がいた。
・・・夢じゃなかった。
怖がるべきだったのだろうが相手の方が私より怖がっていたので何だか可哀想になってしまった。
「君は誰?」
私がそう話しかけるとビクッと震えた後で逃げようとした。
しかしこのまま消えられても困るので、とっさに大丈夫、何もしないからと言うと子鬼の動きが止まった。
子鬼が小さな声で本当?と聞いてくるので本当だよと優しく答える。
そうすると安心したのかしばらく呆けた後で、子鬼が自分は枕返しだと名乗った。
枕返しとしては3代目で江戸時代から続く枕返しの家系らしい。
数年前に生まれたばかりの新米枕返しらしく今も修行中との事だった。
ここから話は少しおかしな方向に転がっていく。
枕返しは何故か私に悩み相談を始めたのだ。
どうやら最近は枕を返す事が難しいらしく人間である私に良い方法はないか聞きたいらしい。
彼の話では祖父の時代は枕も小ぶりで返しやすく、枕返しも仕事がしやすかった。
その中で強い力を持つ枕返しも生まれたらしい。
彼が言うには枕を返す事で相手の生命力や魂を奪って自分の力にするんだそうだ。
しかしそれが出来るのは一部の枕返しだけでだけ、自分のように弱い枕返しはせいぜい夢見を悪くするのが限界らしい。
経験値とでもいうのか、数をこなす事で強く大きく育ち、固有の能力に目覚めるという話だった。
だが段々と時代が進むうちに人と枕の関係が変わってきて困っていると言った。
まず枕が大きくなって、小さい枕返しではひっくり返せないそうだ。
昔は小ぶりの枕だったからどんなに小さな枕返しでもひっくり返せていたのに現代の枕は大きい。
小さいサイズの枕を使っている人を探す方が難しく、ホームレスと一緒に暮らす枕返しもいるらしい。
そして抱き枕の台頭でいよいよひっくり返せなくなった。
抱き枕はそもそもどっちが表でどっちが裏かも分からない。
思い切ってひっくり返そうとすると目が合う時もあって怖いと。
形も大きさも千差万別で抱き枕で寝ている人間を見るとため息をついて次を探しに行くらしい。
何より某通販番組で有名な布団の幅と同じ大きさの枕の出現で心が折れた枕返しは多いという話だった。
彼の父親もそのうちの1人で、自暴自棄になったあげく自分の枕をひっくり返して自殺したらしい。
悲しい話なのだがどこかユーモラスに感じてしまう。
枕返しの世界も大変なんだなと思うと同時に親近感がわいてくる。
そしてこの日、私の枕を返せなければ自分も同じように消えるつもりだったと言っていた。
世知辛い話だが枕を返されると自分が酷い目に会うので気軽に助けてあげるとも言えない。
それでも悩みを打ち明けられた身分だし、眠たい頭で必死に考えてみると1つ良い場所を思いついた。
その場所なら私の心も痛まないし枕返しの悩みも解決出来るはずだ。
そう思い私がある場所を提案すると枕返しは行ってみますと元気よく返事をした。
ありがとうございました、もし上手くいったらお礼に伺いますねと。
気にしないでいいよと言ったのだが妖怪は受けた恩は返さないといけない決まりがあるらしい。
「なら急がなくていいからまずは自分の事からね」
「優しい人に出会えて良かった! 必ずお礼に伺わせていただきます!」
枕返しは丁寧に頭を下げると闇の中へと消えていった。
TVのニュースを見て、私はあの日の事が現実だったのだとようやく理解した。
TV画面には連続する不審死という見出しと、リポーターが中継する様子が映っている。
ああ彼は、枕返しは上手くやっているんだなと安心した。
このまま彼が現代で無事に生きられるようなら嬉しい。
人が死んでいるのに喜ぶのはおかしいって?
おかしくないさ、死刑囚が何人死のうが私にはどうでもいい事だから。




