表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/68

第九話 挨拶さん

「おはようございます」


「おはようございます」


私は2週間前このアパートに引っ越してきた。

さっき挨拶をしていたのは同じアパートに住む男性だ。


男性は朝私が出勤する時に帰ってきて、夜私が帰宅すると仕事に出ていく。

なのでどんな人なのかも良く分からない。

余計なおしゃべりもせず笑顔で挨拶をしてくれる感じの良い人なのは間違いない。


顔はごく普通、優しそうな雰囲気の40歳代といったところか。

休みの日は私が家を空けがちなのもあって見た事は無い。

今の所平日に会って挨拶をするだけのおじさんだ。



越してきて6ヶ月が経った。

あれからも変わらずおじさんとは挨拶を交わしていた。

おじさんの事を私は勝手に挨拶さんと呼ぶようにした。


挨拶さんとは変わらず挨拶をするがそれ以外のお話は一切しない。

半年経ってここまで会わないとさすがに気になる。

挨拶さんってどんな人なんだろう?


このアパートは3階建てで、各3部屋あり、アパート全体で9部屋ある。

私が住んでいるのは3階の真ん中、左は空き部屋だから、右に挨拶さんが住んでいるはず。

2階は可愛らしい娘さんがいる3人家族仮にA家族、独身のバンドマン仮にB男、とても派手なお姉さん仮にC子と呼ぼう。

1階は大家さん、大家さんの息子さん、空き部屋となっている。


私はA家族とは仲良くさせてもらっていて、たまに娘さんと遊んでいる。

とても人懐っこい子で若干人見知りの私とでも問題な過ごせる子だ。

B男とC子はほとんど話をした事は無いが、会うと挨拶をしてくれるので悪い人達ではないっぽい。

大家さんとはたまに話をする。

でも時間帯が合わないのであまり長話は出来ない。


私は挨拶さんの事が気になったので、一番仲の良いA家族に話を聞いてみた。


「いつも挨拶をしてくれる40代のおじさんなんですけど、どんな人か知ってますか?」


A家族の奥さんが不思議そうな表情をしながら挨拶さん?、見た事ないなと言った。

続けて、そもそも3階に私さん以外住んでいるって初めて知ったよ。時間が合わないから気づかなかったのかな?と言っていたが、それは少し妙だ。


だって、私と会うという事は娘さんと1回くらいは会っていないとおかしい。

私とA家族が仲良くなったのも朝から娘さんと挨拶をした事がきっかけだ。

A家族は2年住んでいるとの事だったので私と会うのなら1回は会ってっているはず。


おかしいな~と私が呟くと、そんなに気になるなら大家さんに聞いてみたら?とA家族の旦那さんが言った。

でもさすがに個人情報を大家さんに聞きに行くのはどうかと思ったのでまずはB男とC子に話を聞いてみる事にしてA家族と別れた。


B男とC子にそれぞれ会った時、なけなしの勇気を出して聞いてみた。

挨拶さんって知ってますか?、そうしたら2人ともそんな人見た事が無いと言った。

A家族と全く同じ反応で、ちょっと怖くなってきた。

B男は3階は私が来るまで無人だと思っていたし、C子も私しか住んでいないと言いきった。

なぜなら挨拶さんが住んでいるのなら生活音が聞こえるからだと。


詳しく聞くと、C子は夕方にならないと外に出ない生活を送っているらしい。

だからその人が朝帰ってきて夜どこかに出かけるのなら必ず生活音が聞こえていると。

それを聞いて余計に怖くなった。

挨拶さんは本当に隣に住んでいる人なの?


居ても立っても居られない気持ちだったが、もしこれを挨拶さん本人に聞いて襲われたらたまらない。

大家さんにきちんと話を聞くまではいつも通りにしておかないと・・・。

どうにか冷静になった私は、それからも挨拶さんとは挨拶を交わす日々を続けた。


大家さん話が出来たのはC子に話を聞いてから1週間後の事だった。

嫌な予想が当たった、大家さんの話では3階は私しか住んでいない。

私が入居するまでは1年間空き部屋状態だったらしい。


じゃああの人は誰?

大家さんに聞いてもそんな人は見た事が無いという。

わたしは話を聞けば聞くほど怖くなって、大家さん親子に助けほしいとお願いした。

大家さんは嫌な顔一つせず当たり前よと言ってくれた。


具体的にどうするか大家さんと話し合い、おおよその方針が決まった。

警察と協力して挨拶さんに話を聞く。

そしてこれがストーカー行為ならその時は警察に任せる。

これで一先ずどうにかなるはずだと。



翌週の月曜日、計画を実行した。

となりの部屋には大家さんと警察官が2人、1階では大家さんの息子さんと警察官1人が待機している。

廊下には監視カメラも仕掛けた、これで万が一逃げられても顔を確認できる。

私を入れて6人もいれば危ない事は無いはず、それでも何かあったら大声を上げて助けを呼ぶ事になっていた。


私が家を出る時間が近づき、SNSアプリで今から出ますと5人にメッセージを送った。

意を決して家を出る、そこにはいつものように挨拶さんがいた。

計画では私がおはようございますと声をかけて通り過ぎ、その後で挨拶さんがどこかに行く瞬間を挟み撃ちする。


挨拶しなくちゃ。

私は震える声で「おはようございます」と挨拶をした。

いつものようにおはようと返事があるはずだった。

だが、おはようという返事は聞こえ無かった。


私は不安になり挨拶さんを見る。

ヒッと悲鳴を漏らすのをギリギリ堪えた。

私が見上げた先、そこにあったのは狂ったような笑顔を浮かべる挨拶さんの姿だった。


挨拶さんは一言も発さない。

笑顔を張り付けたままずっとこちらを見ている。


怖かった、怖くて、怖くてしょうがなかった。


何をされるのかも、何が目的なのかも分からず、ただただ狂った笑顔を浮かべる男から距離をとった。


もう無理!!

大家さん!と叫ぼうとした瞬間だった、挨拶さんは大きな声で「おはようございます!!!」と言うと躊躇なく3階から飛び降りた!!


次の瞬間私は声も出せず、ただただ座り込む。

横を見ると隣の部屋の扉が開き、大家さんが飛び出て来た。

私の様子を見て心配そうに駆け寄ってくる。


大家さんは何があったの?と震える私を落ちつけるように聞いてくれた。

私が何とか状況を説明すると、3人は下を覗きこむ。

私も何とか立ち上がって、3人と同じように挨拶さんが飛び降りた先を見た。


だがそこには何も無かった。


人の姿も、血も、飛び降りた跡も何も無い。

1階にいる2人にも確認してもらうようお願いした。


しかし妙な事に1階にいた2人は音すら聞いていないという。

人が落ちたのだ、大きな音がしないとおかしい。


続けて大家さん達に確認すると、3人は変な声が聞こえたと言った。

扉を開ける少し前に、鳥の鳴き声のような、金切り声のような、良く分からない高音が鳴り響いたらしい。

これはやばいと思って外に出るとそこには腰を抜かし震える私がいたというわけだ。



その後仕掛けていた監視カメラを確認すると私が挨拶をする様子が映っていた。

私達は息を飲む。

私が挨拶をした先、そこには黒く蠢く影のような何かが映っていた。


あれから5年経った。

大家さんはすぐに神主さんを呼びお祓いをしてもらった。

警察の人もしばらくの間見回りを続けてくれた。

私は結婚を機に仕事を辞め、別の場所に引っ越した。


この5年一度も挨拶さんは見てはいない。

今でも挨拶さんの正体は分からない。

目的も、どうなったのかも全てが謎だ。


もしかすると今もどこかで挨拶さんは挨拶をしているのかもしれない。

確かめる事はできないけど。

あなたも知らない人に挨拶をする時は気をつけて。

何が起きるか分からないのだから・・・





「おはようございます」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ