1メーター 異世界へGO!
「『お』ナンバーのタクシーに乗ると異世界に行ける」
左村徹がその噂を聞いたのは、今から一年四ヶ月前。
去年の六月のことだった。
当時から異世界に転移した主人公が活躍するアニメや小説にハマっていた彼は、すぐさまその噂に飛びついた。
飛びつき、追った。
足とパソコンと携帯をフル活用して追った。
リアルでもネットでも、その噂はガセだと断じられていたが、彼は諦めきれず、ひたすらに情報を集めた。
集めて追って、追って集めて。
血眼になって噂のタクシーを探した。
そして本日。
二〇一六年一〇月。
彼の努力は実を結ぶ。
現在彼は、『お』のナンバープレートを掲げたタクシーの後部座席にいた。
そう。彼は見つけたのだ。
異世界に行けるタクシーを。
「本当に異世界に行けるんですよね」
はやる気持ちを抑えきれず、運転手に尋ねかける。
「ええ。しかし本当によろしいんですか? 異世界に行くと簡単に言いますが、この世界に戻ってこられる保証はありませんよ」
「はい。もちろんです」
ずっと夢見ていた異世界。
行った後に戻るという選択肢は、そもそも彼の中に存在しない。
――おれはこの世界を完全に離れ、異世界で生きるんだ!
世界との離別を心の中で宣言した瞬間。彼の手の中で携帯が震えた。
携帯の画面に表示されたのは幼なじみの名前。
先ほど運転手の薦めで、異世界に行くことの報告メールを送った相手からの返信だった。
自分の報告に幼なじみはどう返したのか。
興奮か祝福か、はたまた非難か。
少しワクワクしながらメールを開くと『じゃあ、明日どうなったか教えて』とだけあった。
「だから明日とかないんだけどなぁ……。ていうかあいつ信じてねえな」
小さく呟き、返信を打ち込んだ。だが、肝心の送信ができない。
「あれ? ……ああ、そうか。一回メールしたらもう送れないんだったっけ」
徹の独り言を質問と受け取ったのか、運転手が律儀に応える。
「ええ。残念ながら異世界行きの最中は,電話もネットも繋がらず、メールも一人に一度だけしか送れません」
「そうか……残念」
小さくため息を吐く徹に、運転手は微笑し「今なら降りれますよ」と提案。
「ただし降りたら、もう今日はお客さんを乗せません。どうします?」
「連絡先とか教えてもらったり……?」
「ぼく連絡先とかないんですよ」
なんだそりゃと呆気にとられた徹だったが、すぐに、それでこそ都市伝説だ、と思い直す。
――そもそも連絡先を教えてもらったところで、答えは変わらない。
携帯を懐にしまい、彼は運転手とバックミラー越しに目をあわせて口を開く。
「降りません。当初の予定通り、異世界までよろしくお願いします」
そして、タクシーは次元を抜ける。
少年が夢見た場所に向かって真っ直ぐに。
ブロロロロ。
ブロロロロ。




