2メーター あ、ここでおります
『タクシーに乗れた! おれは異世界に行くぞぉぉぉぉぉ!』
■□■
黒間光良は、非科学的なものを信じていなかった。
超能力も魔法も。
幽霊も妖怪も。
UFOもUMAも。
全てが人間の想像の産物でしかなく、この世には存在しないものだと考えてきた。
だからといって別に、超常現象を捉えたバラエティやSF映画など、それらを扱った作品を否定しているのかと問われれば、それは否だ。
何なら、そういった作品を見るのは好きだし、読むマンガのほとんどは、大なり小なりファンタジー要素が入っている。
だから、嫌いというわけではない。
フィクションならフィクションとして楽しめる。
ただ、ノンフィクションとして認めることが出来なかったのだ。
そんな彼には、幼なじみがいた。
左村徹。
年齢は光良と同じく一四歳。
同年代に比べれば背が低く、幼い顔と言動も相まって、実年齢よりも若く見える少年だ。
その幼なじみは、光良と反対に非科学的なものを信じていた。
超能力も魔法も。
幽霊も妖怪も。
UFOもUMAも。
全てが人間の想像の産物というわけではなく、この世に存在するのだと考えていた。
「おれ、異世界行くわ!」
ある日突然、徹が胸を張ってそう宣言した。
意味が判らず光良が聞き返すと、幼なじみは満面の笑みを見せた。
「だから、異世界に行くんだよ。タクシーの噂知らない?」
そう言って、彼はこの街だけに伝わる都市伝説を語った。
何でも、『お』ナンバーのタクシーに乗ると、魔法やモンスターが存在するファンタジーの世界に行けるというのだ。
んなあほな。と、思った。
ありえねぇだろう、と呆れた。
しかし、幼なじみがあまりにも目を輝かせて語るものだから、強く反対して言い合いになるのも面倒くさく、光良は「頑張れ、お前なら見つけられる」とだけ返した。
一緒に行くか、と誘われたが、ペプシがないことを理由に断った。
去年の6月のことだった。
□
昨夜の午後九時二一分。
徹から一通のメールがあった。
内容は、件のタクシーに乗った。今から異世界に行ってくる、というものだった。
今まで、タクシーの目撃情報を得た、だとか、タクシーはこの時間帯に走るらしい、など、噂の域を出ない報告はあったが、実際にタクシーに接触したというものは初めてだった。
しかも、見たとかではなく、乗ったときた。
強烈に興味を惹かれた。
しかし、それが相手にバレるのが少し恥ずかしくて、光良はとりあえず『じゃあ、明日どうなったか教えて』とだけ返した。
これならば、ムキになった徹が詳細を返すだろうと期待しての返信だった。
しかし、いくら待てども返信はなく。
一二時まで待ったところで、明日聞けばいいかと思って眠った。
本日。
朝起きてメールが来ていないことを確認した光良は、いつもよりも若干早めに学校に行った。
さて、幼なじみは一体どんな報告をしてくるだろうか。
何となく予想はつく。
というのも、徹から異世界タクシーについて聞かされた時から、光良も気まぐれにネットでその情報を探していた。
そしてその見つけた情報の中の一つ。
とある高校生が書いたミニブログに『あ』ナンバーのタクシーに乗った、という話があったのだ。
その高校生は友人二人と計三人で、タクシーに乗った。
彼らはそれが噂になっているタクシーだと知っていたので、行き先を訊ねる運転手に「異世界まで」と応えた。
しかし、それに対して運転手は首を傾げ、
「すみません。どこですか、それ」
そう、訊ね返したという。
その後、なんか変な空気になった彼らは適当な場所でおり、無駄にお金を使ったとグチったらしい。
しょせん噂は噂だということだ。
おそらく、徹も同じ目に遭うのだろう。
友人の残念そうな顔が目に浮かぶ。
――この話、教えておけばよかったかな?
――いや、でもまぁ、それくらいの目に遭った方が諦めつくし、いいか。
苦笑しながら学校についた光良は、自分や幼なじみが所属する教室に入り――
「……は?」
混乱した。
「あれ?」
声に出して向かったのは、真ん中の列の一番後ろにある自分の席――ではない。
廊下から一番遠い列の、前から二番目の左村徹の席だ。
いや、正確に言うならば、左村徹の席があるはずの場所だ。
どういうわけかそこには、あるはずの机や椅子が無く、不自然にぽっかりと空間ができていた。
意味が判らなかった。
イジメだろうか。
変な奴ではあるが、こんなイジメにあうような者ではなかった気がする。
何故こんなことになっているのか。眉を潜める光良。そんな彼に対して、先に教室に来ていた女子の一人が声をかける。
「バカみたいに立っているけど、黒間どうしたの?」
「えっと……左村の席、どうなったん?」
あまりの混乱で、バカみたいに立っている、の枕詞を聞き逃した光良の質問に、女子は彼以上に眉を潜め、
「は? サムラって誰?」
さらに彼を混乱の渦に叩き込んだ。
「いや、左村だよ。左村徹。この席に座っていた」
「いや、知らないし。大体そこ席ないじゃん」
「だから、それがおかしいだろ! どこいったんだよ左村の席はよ!」
「は? マジ意味不明。そこは元から席ないし」
「うそつけよ! こんな中途半端な席の空き方あるわけねぇだろ!」
徹の席があったはずの空間で地団駄を踏んで指摘する光良だったのだが――
「本当だよ。カナちゃんの言うとおり、そこ、元々空いていたよ」
他の女子の言葉が、その動きを止める。
「……うそだろ?」
目を見開く光良。
そこに他の女子だけではなく、教室にいる他の生徒達から口々に意見が飛ぶ。
「いや、こっちがうそだろだよ」「誰だよサムラトールって」「確かに最初見たときその空け方は変だと思ってたけど、今はもう見慣れたよねー」「慣れろよ」「四月から数えて六ヶ月経ってるもんね」「残念七ヶ月です」「実はおれもまだ慣れていない」「おっくれてるー!」
言葉を失う光良に、カナちゃんと呼ばれた女子が腕を組んで勝ち誇ったように言った。
「ほら、あたしの言ったとおりじゃん」
光良は、何も言い返せなかった。
放課後。
光良は走っていた。
結局今日、徹は学校に来なかった。
それどころか、今まで徹が学校に通っていたという事実そのものがなくなっていた。
席もなければ、出席簿に名前もなかった。
徹と仲の良かった者に訊ねても、返ってきたのは、そんな奴知らない、の一言。
そんなわけない、と、本人に確認をとるためにメールや電話をしたが、繋がらない。
こうなったら本人に直接逢って確認するしかない。
そう考えた光良は、帰りのショートホームルームが終わると同時に学校を飛び出した。
全速力で走って、徹の家の前まで辿り着いた彼は、表札に書かれた『左村』の文字を見て安心し、息を整えながらチャイムを押した。
扉は五秒ほどで開いた。
開けたのは、徹の母親だ。
徹とは昔から互いの家を行き来していたから、徹の母親とも親交がある。
いつものように「どうも」と頭を下げようとしたところで、
「どちら様ですか?」
徹の母の、穏やかながらも警戒心がにじみ出た声に、光良の表情が固まった。
「あの……徹君はいますか?」
恐る恐る訊ねる光良に、徹の母は首を傾げ、
「え? 徹君? えっと……うちに徹という人はいませんが、人違いじゃあ……」
困ったようにそう言った。
その姿を見て、ようやく光良は理解した。
――ああ。
――本当にあいつは異世界に行ってしまったんだ。
――そのために、あいつに関する情報はこの世界から消えてしまった。
幼なじみが異世界に行ったことを受け入れた光良は、徹の母親に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい。間違えました」
かしこまって頭を下げる光良に、徹の母は慌てて言葉を返す。
「大丈夫、そんな、顔上げて。人違いなんて誰にでもあるから」
「ごめんなさい。間違えました」
左村家を後にしてからというもの、その言葉が、光良の頭の中を巡る。
それは、徹の母が思ったような、人違いで家を訪ねたことに対する謝罪ではない。
それは、懺悔だ。
――徹が『お』ナンバーのタクシーを探すと言ったとき、無理矢理にでも止めておけば……。
――面倒だからといって適当に「頑張れ」なんて言わなければ……。
――タクシーに乗ったというメールが来たとき、必死になって降りろと返信すれば……。
あの時、ああしていれば、という悔恨だ。
そうして、彼は悔い続ける。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
間違えました。
ごめんなさい。




