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これもある種の異世界交流?  作者: 斉藤さん
二部 ワールドエネミー
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九章 正義とかそういうことじゃなく、この世界でもっとも彼はずれた人間だ。

 組織から逃げ出すように離れた。少なくとも彼はそう思いながら、少しだけほっとしてしまったことに自己嫌悪をしていた。

 結局のところだが、守る為に足掻く人間が守ろうとする存在と共に戦うなんて事に無理があるのだ。


 もっともと彼は戦えなかった人間であるが、仲間と別れたと言うのに体が軽くなる感覚は、自然と彼らを重いと感じていた証左であるのは間違いないだろう。

 根が真面目で、しかも意志だけは強い愚か者は、そういった自分の安息にすら、ある意味では嫌悪感を催してしまうが、そう感じるほどには彼は追い詰められていたのであろう。彼の心は限界であるのは間違いなかった。

 確かに変わらないだけの精神性を持ってはいるが、それが別に心が強いことと同一視されるわけではない。それにどれほど強くたって、耐え切れる容量を超えれば、必ず亀裂は入りいつかは崩れてしまう。

 形があるものが崩れるのは通りであり、彼の心であろうとも結局そこは、形があろうがなかろうが代わらない。存在としてある以上は、無想の形にもきっと限界はある。


 そうでなければ人の心に価値はない。

 そして人は自分から死を受け入れようとはしない。


 だから彼はほっとしてしまった。それがどれだけ重いものか知ってしまって、それを手に入れて持ち続けることをやめたとき、彼は確かにほっとはした。


 その事実が彼はどうしても許せない。難儀にもほどがある性格ではあるが、彼は自分に妥協を許せないでいる人間だ。というよりも、簡単過ぎる言葉には誤魔化しは効かない。だからこそ一度の結果が、やっぱり無理と言われかねない。

 言葉は一瞬で消えるが、心からは簡単には消えない。


 音の波はどこかに消えて、いつかもしかして竜巻にでも変わるのかもしれないが、あいにくと彼の言葉にはそこまでの力はまだない。彼はただ自裁する様に心を切り刻みながら、自分がそう思うこと自体が、ある意味では自分の言葉に希望を抱いたものたちに対する侮辱になる。

 だから彼は分かっている筈の限界の中で、諦めの言葉を忘れてしまっている。何度も言うようだが、彼の心は当に限界寸前なのだ。


 彼はただ当たり前のことを言うだけで、誰かに死んで欲しい等と望む事はない。だが彼は死を引き連れたのだ。自分という思想の所為で、彼は確かに彼らを殺したのだ。諦めるなといって、恨んでくれていいといって、苦しめといって、彼はその言葉を守るためだけに、曲げないからこそ人を殺させた。

 逃げてくれといっても彼らは逃げないだろう。そして彼は自分と同じ言葉を使おうとする彼らに妥協をしない。


 彼は妥協しなかった。その言葉の意味を一切曲げようとしなかった。

 だがその結果として自分の望まない結果を引きずり出した。だから彼の安堵はどちらかと言えば、自分の意思の被害者をこれ以上出さないことに安堵したというのが正しい。

 面倒臭いにもほどがある思考ではあるが、彼にとっては唯一弾き出せる正解なのだから、自分の理想に対する妥協点がここでしかなかったことには、ある意味では戦慄するしかないのだろ。


 彼は変えられない。

 彼は変われない。


 人殺しは残る。そういったのは彼自身だ。

 そのすべてがその場所に残り続ける。永遠にその場から動けない存在が人殺しであると彼は言ったのだ。己を人殺しと言い切った男は、ヒーローによって人殺しから父親を救われた時から何一つ変わっていない。

 人殺しはあの時、確かに彼女に憧れてしまった。

 よりにもよって、あの時存在した人殺しは、確かに救われたのだ一人のヒーローに、本来起きる惨劇を撥ね退けて、あの場にいたすべての人間を救って見せたヒーローを彼は確かに見てしまったのだ。

 それが彼にとっての原初のヒーローであり、生涯を賭けて憧れた形であった。だが彼にはそこに到達することが出来ないのだ。


 その場所に残り続けるというのはつまり、自分が人殺しであることを結局変えられない。

 彼の妥協しない姿勢はそこからの発展に過ぎない。彼は自分が動けないその場所から、憧れだけを見ている。そのための努力を欠かさず、だがその結果として、今の彼がいる。

 彼は人殺しのままそこにいるのだ。ヒーローを目指しているかもしれない。たしかに高潔な意思を持っているのだろう。

 でも彼の基点は結局は、ヒーローに救われた人殺しでしかない。

 

 そこから動けない。

 だから彼は憧れを憧れのままにして動けるのかもしれない。だが彼は憧れを、憧れにしかできないままそこにいるだけでもある。

 変性しない人は、自分が人殺しのままだからこそ、その場所から動けないまま、ひとつの形を作り続けることが出来ただけなのだ。だがこれを聞けば皮肉な話でもあるのだろう。


 結局はヒーローたちと彼との差は、殆ど無いと言うのに、何もかもが正反対になっている。

 それはきっと本当の意味で見てきた事と、見てこなかった事の差なのだろう。ある意味で、ヒーローの中で人殺しの心理が誰より分かるのは彼だ。

 自分がそうである事を誰よりも理解している。じゃなければ彼はこんな風にはならなかっただろう。名前がないのだってそうだ。


 確かに父親には名前を与えられなかったが、仮でつけられた名前がないわけでもない。だが彼はそれを拒絶して、本来ある名前を捨てている。たとえそれが彼の母親が彼につけようとしていた名前であったとしても、彼には名前はないと言い張るだろう。

 彼はある意味では、父親ではなく自分を殺している。滅私という言葉すら思い起こさせるほど彼の論理の中に彼はいない。


 自分をなくして、いやなくなった自分の代わりに、自分を救ってくれたヒーローの憧れを体にしまい込んだ。それが今の彼という形であるのだろう。

 それが正しいのか、それとも間違っているのか、結論を言ってしまえばどちらでもないのは間違いないだろうが、彼自身もその矛盾になんて気づいているし、そんな事は彼が今まで生きてきた時間で自覚され続けている。


 だがきっと彼を貶める物は、そこをきっと引っ掛かりにでもして罵倒するかもしれない。

 けれど、きっと彼は誰にでも同じ言葉をかけるだろう。


 じゃあ、自分の言葉が間違っているのかと。


 仲良くしようと言うことが間違っているか、ただ手を取り合おうと差し伸べる事が間違っているのか、その言葉を否定してどうやって人間として生きていけるのかを問うようなものだ。

 その言葉はきっと弱い言葉だ。だが間違っていないのであれば、それは正論と呼べるに足る代物だ。きっと誰もをそれを間違っているとは否定出来ない。


 なら、きっと間違っているのは、そうやって否定する側なのだ。

 斜に構えて、否定を繰り返したって、その言葉が間違っていないのなら、彼の行動がどれだけ矛盾していても間違っているとはいえない。

 その場所から動けないからこそ、彼はきっとあのときのヒーローに全ての希望を見てしまったのだろう。


 血塗れの父親の姿は、彼に脅えている訳でもなく視線はただ空を向き、彼の母親の名前を繰り返し呼びながら、完全に人としての何かを切り落とされていた。その父の姿を見ながら涙を流しながら、目の前の存在が怖くて、ただその場から逃げ出したくて、血の剣を振りかざした。

 怖かっただけだと思う。そしてなにより、振り下ろす事に彼は何の感情もなかった。あったのは解放感と安堵だった。


 ようやくこれで何もかもが終わったと、そう彼は思っていた。

 だが現実はそうならなかった。何もかもを捨てようとした彼に、ヒーローは手を差し伸べられた。

 今でも彼は父を殺そうとした事に特別な意味を持っていない。彼は救われた事にだけ意味をもち希望を見た。


 殺人の罪ではなく、彼が持ち続けるのは、全てを救った彼女の姿。

 彼女はどこに行ってしまったのか、自分とはまったく違う場所で、今でもヒーローをやめないままで、世界を救おうとしている事だけは分かる。

 たぶんこの世界においてもっとも確実な方法を使って、彼女はそう生きているのだろうけれど。


 彼女の生き方を彼は真似できない。

 あの時見せてくれた彼女の救いを、彼はきっと言葉にしている。あのときの言葉が彼の全てだ。そしてその言葉だけが、先に進めると彼が信仰する言葉。

 憧れさえもあきらめてしまった。そんな言葉に妥協できない男は、軽くなった筈の背中にまた関係ない錘を背負うだろう。


 自分に出来ることは一つしかない。

 あの言葉を使い、あの言葉が忘れられないように、いつでも同じようにまきをくべながら、火花のような消える可能性が、太陽のように当たり前の存在になるように願うのだ。


 だから彼は妥協しないために、協会に向かっている。

 だが話し合いもは駄目だった筈だ。降伏も許されなかった。それでも彼はこの場所に足を運ぶのだ。話を聞かない聞かん坊共に無理矢理にでも声を届けるしかない。

 戦い方には方法がある。権力を使うもの、暴力を使うもの、金を、食料を、戦い方法は幾らでもある。だが彼の戦い方は、残念ながら交渉とはいかない。ある意味では言葉の暴力に近い代物ではあるのだ。


 なぜなら言葉を届けなくてはいけない。どんな方法を使っても、彼は絶対に言葉だけは届けなくてはいけないのだ。

 利益で妥協するものではなくて、心に直接殴りつけるような言葉でなくては、一方的にこちらの用件を押し付ける恫喝の様に、相手の心情の一切を慮る必要なく、聞かないのなら塞ぐ手を引き剥がしてでも、たった一つの方法で彼は挑まなくてはならない。


 協会の前に立つ頃には、警報が鳴り響き、何もかもが台無しになるための最初の段階を迎えつつある。

 射的の景品の様に現れた世界の天敵と呼ばれた男は、ある意味では誰もが予想しない方法ばかりを使い。彼らのに自分の声を響かせようとする。

 ある意味では選挙カーの声、そしてある意味では雨の音や雷の音だ。もしかするとそれは揺らされる木の葉の声かもしれない。


 そしてもしかすると、異世界の住人の声だったのかもしれない。


 誰もが交流を否定する世界で、ただ殺されるためだけに現れた彼ら、少しは諦めてくれと言いたいところだが、彼の場所は今そこと指定されているのだ。

 世界の天敵と彼は現在そう呼ばれている。ヒーローに最もヒーローに近いといわれる男がこの場所だ。だがある意味ではそうかもしれない。


 ヒーロー達の世界を踏みにじるために彼はここにいる。

 彼が使うのはいつだって代わらない正論の暴力だ。誰もが否定する正論の暴力だ。


 肯定的な意見など、ここからの会話で一切必要ない。現れるヒーロー達を見ながら彼は大きく息を吸って宣言する。


「話し合いに来た」


 響く声はヒーロー達を脅えさせる。その男は敵になった途端に、彼らの世界を食い破った存在だ。

 同じことばかりを言い続けて、壊れたカセットテープと代わらないような機能しか持たないのに、その音はヒーローたちの心を壊した自殺因子と代わらないのである。

 だから彼らは、対話を求めた男の言葉にただ脅えてしまった。言葉しか持たない存在に、彼らは脅かされていたのだ。


 ふがいないと彼女は毒ずくが、そう言う事じゃないのだ。

 彼という意思が彼らの世界に亀裂を走らせる。何かにまた亀裂が走ったのだ。このまま一言もしゃべらせないままに殺すのが最上の策だと彼女は知っているが、絶対に有り得ないとは言え事象核である彼女に何かがあっては困る以上は、爆弾である男の近くに寄れるわけもない。

 何かをしでかす前にそうしなくてはならないと言うのに、ある意味ではヒーロー達に強烈なことをして見せたのだ。


 それはまだ二人がヒーローとしてやっていけた頃と同じ。

 彼が何か目的を持ってきた時には、彼は何かしらの手段を持っている。いや違うか、手段を選ばなくなってくる。

 まだ一月もまともに経っていないのに思い出す。自分の前で土下座という脅しをかけた彼の姿を、それが今となっては随分昔の話に思えるが、武力も持たずに話し合いを求める存在に、ヒーローたちが手を向けられるのかと言えば逆だろう。


 それはよりにもよって、ヒーローと名乗るからこその致命点だったのかもしれない。

 しかし状況がそれを許すかは別だ。


 東の能力が彼を飲み込む。事象「爆発」というシンプルながらに、最強を冠する能力だ。

 ただ爆発という現象だけで、能力「隕石落下」をもつ怪人の推定ではあるが月相当の大きさを誇る隕石を一撃で吹き飛ばすなど、宇宙規模クラスの災害を破壊しつくした。

 一人だけ世界観が違うとまでいわれた能力者こそが、東松五郎と呼ばれるヒーローだ。


「駄目よ。駄目駄目。あなたの声は毒だから、話し合いなんてお断り」


 彼女の躊躇いの無さは、彼一人に限定して銀河系破壊相当の力を彼に限定して叩き込んだ事からも分かるだろうが、最後の防波堤であるからこそ彼女に躊躇いは与えてはならない。

 理不尽すぎる力の体現こそが、最強のヒーローといわれる所以であり、あらゆる敵を打ち砕いてきた協会の切り札だ。

 そして人類最後の壁でもある。その姿を見せてしまえばもう、後は全てを灰燼に帰す以外の手段を持ち合わせていない。


「知ってる。次で終わりといっていたんだ。あんたが出ない訳がないだろう」


 しかしその男はまだ生きていた。体に傷なんて殆ど存在しない。

 手段を選ばないからこそ、手段を積み上げた。彼は自分の能力の片側をひどく嫌っている。それは殺傷能力が高いから、いや正確には少し違うのだが、ある意味ではもっとも正しい言葉だ。


 その能力は彼にとっては二度目の妥協とも言えるかもしれない。

 血袋から剣はようやく抜き放たれた。一瞬にしてあふれ出す血は、彼の体内の血を量を明らかに上回りいつの間にか、世界を血に染めるように協会の全てを覆った。

 どういう理屈かも分からないままに、協会を瓦解と遮断した男は、先ほどまでと変わらない表情のままに、手をヒーロー達に差し出した。


「さあ、話し合いをしよう。君たちが納得するまで何度でも、俺が死ぬまで何度でも、この世に絶望なんてないって事をただ話し合おう」


 最強のヒーローの力を遮断しておきながら、その男は何も代わらずに、自分の信条を押し通し続ける。

 自分の場所に杭を打ち、奈落に落ちるものたちを救い上げるようなその行為。

 ヒーローたちが彼に押し通した正しさ、だから次はこちらの番だとでも言うように、彼は血の匂いを撒き散らしながら、彼は彼の正しさをヒーローに突きつける。


 彼はこれでお相子だと笑いながら、誰も聞かない弁舌を続ける。それ以外に彼の戦い方はない。だが彼に問いたいこともある。

 監禁して話を聞かせるって、それは流石にヒーローとして絵面が悪いのではないのだろうか?

面倒臭いにもほどがある主人公。

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