七章 主人公の二つ目の能力は実はずっと使っていると言う設定がある(重要)
彼がゆっくりと組織の拠点から出て行こうとすると、一人の男が声を掛けていた。
この組織における武力の頂点として君臨している協会認定A級医療系能力者であった将軍であり、彼女との二度目の出会いの時に暴れていた怪人である。
何故お前が武力の頂点として呼ばれているかと言う突っ込みもあるだろうが、そもそも戦わない組織に力は必要ではなく、癒す力の方が当然価値としては上になるのは必然だ。しかも死んでいなければ、助ける事が出来る程の力を持つ医療系能力を持つ彼が、必然的に組織の中では地位が上がってしまった。
将軍と呼ばれながら、戦うのではなく癒す力を持つ彼は、普通の組織ではありえないほど重要視され、一つの能力の象徴としての価値を与えられた。
だがその価値がなぜか武の頂点になるのか、医療系能力がメインで実は戦闘能力はC級である事を考えてもらえれば、確かに普通の組織ではないが、彼らにとってはそれが何よりも価値があることであったのも間違いではない。
彼が将軍に会うたびに羨ましそうに「それをくれ」と言うぐらいには、本当に羨ましい能力であったのだ。
たしかに彼からすれば、傷付ける力は欲しくないのだから羨ましがるのは当然だ。癒す力が欲しかったに決まっている。
少なくともこの組織に未だにいる人間は、それほどには酔狂な人間である。だが将軍はそう言われるたびに顔をしかめてしうまう。
医療系能力に関してだが、正確には将軍の力は事象「限定認識改変」能力と言う代物で、自分が理解した病気や怪我などを元の状態に戻す力であり、きっちりとした蘇生や復活などと言う都合のいい物ではない。
病気を診察し、病気を理解して、始めて体を元の状態に戻す能力。だがそれは思っているよりも使い勝手がいいものではない。
彼はこの力を十全に振るう為に、怪人としてどれほど人体実験を行ったことか、片手や両手じゃ足りない。少なくとも百以上と言うだけで、怪人時代の彼がどれほどの犠牲を重ねたか、毒を投与してその経過をじっと見続けた記憶が、頭を裂いて頭蓋に針をさすだけの行為が、それとも脳の一部を切除してみたことか、子供に二つほど手足を付けて上げた事実が、地面に引き摺られて体を削られた男の体が、寸刻みに刻まれる体を死なないままに見せられた女子高校生の残響が、生涯がある人間を捕まえて解剖しながらどうにもならない事実をつき付けられた後悔か、近親相姦を重ねさせて人間に起きる経過により種族の破綻を綴った事が、精神を直す為に一人の人間の精神を壊した努力が、そして何も出来ずにそのまま処分した結果が、今の彼の能力を支えている。
最もそれすら彼にとっては一部であったのも間違いではない。
それを羨ましがられたって、将軍である彼が喜ぶはずもないのだが、それでも彼は人を救う為に人を台無しにしていた過去があるのは事実だ。
そんな彼だが、普段なら実権がないから暇つぶしに外をうろついているお飾り首領に小言の一つも言うものなのだが、珍しく神妙な空気で彼は話しかけてきた。
「なあ、あんたまた無茶やろうとしてしてないか」
「いつでもそうだろ。無茶しないときなんてなかったと思うが」
彼に言えることだが、護衛対象がいる時と態度が色々と違い過ぎる。
仕事だから使い分けているわけではないだろうが、無意識でこう言う対応を行うことが癖づいているだけだが、そんな彼と歩幅を合わせながら隣を歩いている。
若干の身長差から、ずれる二人の歩幅がずれる事もなく、その中で牽制の様に刺される視線と言葉に彼は戸惑っていた。
将軍は本来だが、そんなに小細工を掛ける男じゃない。
そもそも彼を助けようといってメンバーを集めて、仲間になると直球で話しかけるような男だ。そんな男が彼に問い掛けるのを躊躇うのは、どう考えたって自分の行動が読まれているという事なのだから、彼としてはそれでついてこられる選択こそが最も困るのだ。
それでも彼がその事を言葉にしないのは、それで彼に拒絶される可能性を忌避しているからなのだろう。上としての能力は駄目でも、彼が語りかけた言葉の力は、彼らの指針となるほどであったのだ。
自分をここに連れてきた男に拒否されたくない。そんな十代の恋愛のような青臭い衝動にも似た歪さを持つ。だから本来の彼であるなら、真っ直ぐに聞けた言葉が口に出来ない。
それは自分にとっての致命的な言葉から逃げる為に行われた行為であったが、それでも彼にとっては重要な事であった。
「そうだな。あんたが無茶しないなんて事は無いか、ならそれは俺達がついていっちゃ行けないもんなのかい」
「俺はお飾りだけど、あんたらはいないと困るだろう。自由に出来るのはその差だ」
「そりゃこっちは、ある意味じゃああんたを無理矢理上に押し上げたが、あんたの様になりたいだけだったんだがな」
彼は罪悪感を抱えている。自分が憧れたヒーローに、味合わせるべきでは無かった行為を行わせた負い目が、それを聞きだせずにいる理由なのだろう。
自分をこちら側に引きずり出した男に、彼がした行為は結局正しを引き連れるだけの暴挙だ。
だが一度もヒーローは、その事で彼を罵倒した事はない。それどころか自分でその罪を抱え込んでしまった。
彼のように成りたかった。自分が成れなかった場所にいる彼に、だが自分がまるで生まれ持っての殺人鬼であると言えるほどに、彼の行為の顛末は余りに持ちに彩られ過ぎていた。
それは成れないなら、彼を手助けしたいと言うものであった。その結末はもう語り尽くしたが、彼が自分の責任だと考えている程度には、自分を追い詰めて居るのである。
「なりたかった。あんたの見たいな奴が増えればきっと、世界に救いがあるように思えたんだよ」
だがそうならなかったのを誰もが知っている。
怪人達にとって、生まれてきた事自体を悩む世界である。ヒーローに成るか、悪の組織に囲われ怪人となるか、それ以外の選択肢は自分で悪の組織になるかだけだった。
能力者と言うだけで、人間とは別の規格だ。ヒーローと言う別の種族として扱われるならともかく、明確な敵を持って干渉してくるもの達に、それ程人が肝要であるべき理由はない。そして前例が立ったなら、それは一つの社会現象として問題になる。
B級以下の悪の組織とはつまり、どこまで行ってもこちら側の騒動であり、社会問題の枠の筆頭に過ぎないのである。
自分の腹から生まれた異形を良心が常に温かく迎えてくれる事はない。例外は存在し、そもそも生まれた事さえ拒否される存在も当然存在している。現代の世界ですらそれは変わらないのに、それがいっそう悪化した世界で、同じ事がないはずがないのは、誰でもなんとなく理解出来る事ではないだろうか。
人の倫理に期待したところで、自分の倫理が他人の倫理である理由はない。
何よりその事実は、目の前にいるヒーローですら該当する理由だ。
異形として生まれた怪物は、母の腹を食い破って、父親に殺されそうになり、逆に父親を殺そうとしたような存在だ。
彼らの憧れた、彼ですらそうだったのである。
その程度にはまともな生まれを彼らはしていない。人の形をした別の存在に対して、人がどのような態度を取ってきたかなんていうのは、歴史自体が証明している事でもある。
『違う』事が、どれだけ周囲との誤差を吐き出すのか、一桁の足し算と同程度には、はじき出しやすい内容だ。
けど彼は笑うように、将軍の言葉を否定した。
「馬鹿だな、世界には救いはある。そうだろう、誰かが信じて、誰かがそうしようとしている間は、救われない理由がない」
「そう言うたらればは俺は嫌いだ。大嫌いだ。そんな事考えている奴らがいるなんて俺は知らない」
「だから馬鹿だって言ったんだ。あんたがそうで、俺もそうなんだ。じゃなかったらヒーローなんて言葉はこの世に必要ない」
自分以外にもそう言う人間がいる。それだけで世界は救われていると彼は言うが、救われているならなんでこんな風になると、将軍は納得が行かない。
「それは、あんたが人を救った事があるからだ。人を救えた事があるから言える幻想だろう」
「違うさ、これは誰もがそんな綺麗事すら言わなくなったから使う言葉だ」
救いを認めなくなった世界だからこそ、誰かが言わなくては行けない言葉だと言う。
彼は知っているのだ。救えなかった事があるから、救えないままでここにいるから、誰もが笑顔でいられる世界を知らないから言えるのだ。
理不尽に晒される現実を認めないから言い張れる彼の言葉だ。
「無理なのは知ってるさ、不可能なのは理解している。誰からだってそんな事は言われ続けたよ。だからそこで諦めるのは違うだろう。諦めていいのは絶対に違う」
「そんな事を言えるのは、あんただけだよ。あんたじゃなきゃ言えない」
「違うだろう。誰も言わないから、言うしかないんだよ。言わなくちゃいかない事なんだよ」
出来ないから無理なんじゃない。やりもしないで無理と言う名と彼は言う。
だが今までの結果が全て不可能の結論を出したのも事実である。だがその言葉が本当に口にされなくなったなら、確かにそれこそ世界は救われない。
何よりそんな事になれば、それこそあらゆる意味で救えない世界に変わる。
「火だってそうだろう。燃料を与え続ければ燃え続ける」
「自分から永遠に続けられないと言うなよ。いつか燃え尽きるから火なんだろう」
「だからだろう燃やし続けなくちゃ行けないから火なんだ」
救いのない世界に変わる中で、ヒーローとして彼が唯一出来る事が、誰もが言わなく成った絵空事を実現させようと足掻くことだけだ。
理想を続ける事で、綺麗事を続ける事で、救いがなく成る世界を認めなかった。
だがその理想をある意味では、目の前の男達が台無しにしたのも事実だ。彼の言葉の強さに、ゆっくりとだが視線を背けたくなる。
分かっていても変えられない理由は、もっと言うのなら分かっているからこそ変えられない理由だった。
妥協しないと言った彼の言葉の意味は、狂っていると言われても、続ける事で誰もが否定する事を肯定しようとした。
誰もが殺すことでしか世界を救えないと言う中で、そうじゃないだろうと声を出し続け笑われ続け、とうとう恐怖すら抱かれるようになったヒーローの言葉の意味はそんな事でしかない。
「小さな言葉だろう。吹けば消えるような言葉だろう。そんな言葉だって、言い続ける価値はあるさ、消す意味は絶対にない。だからこの言葉を言い張る存在になるなら、俺は妥協を許さない。諦めを絶対に許さない」
一瞬だが言葉を失う。
眼に見えた言葉の意味は、自分がみていたヒーローを錯覚していた事実をつきつけられた。
確かに正論の前で、理想論はきっと潰される価値しかない。だが間違っていないのも事実なら、それを否定する意味にはならない。
ただ救いたいんじゃない。ただ殺したくないんじゃないのだ。
例え正しくたって、間違っていなくたって、もっと良い場所があるのに妥協するな。
その場所に辿り着こうとする努力を忘れるな。
無理だって勝手に否定して、勝手に正しい場所で、これしかないなんて言うんじゃない。
その場所が言葉に出来る場所にあるのに、何で目指す努力を諦める。
彼の言いたい事なんて結局これしかない。
だがそんな場所が難しくて、どうしようもなくて、届くと思えるほどの言葉にしやすいのに、その現状はきっと変わっていない。
絶滅寸前の死語と成り果てている。
「だからさ、俺は嬉しかったよ。まだ綺麗事を諦めない奴らがいるって事がさ、その言葉を諦めないと言ってくれる奴らがいるって事が、本当に、本当に嬉しかった」
彼が本当に口にしたかった言葉である組織自体の否定を彼は否定しながら、自己嫌悪の表情に顔を歪める。
「けれどそんな奴らにしてやれる事が、見捨ているに近い暴挙だった。それ分かっていた、分かっていたけれど、どうしようもないんだ。詫びても、体を刻んだって、殺されたって、俺はその場所に妥協を認められない。
どうなると分かってたって、どうにもならない方向にしか、自分は進めないんだ」
諦めたらなくなるような言葉だから、その言葉を目指してくれる人間に妥協が出来ない。
だからこうなってしまったのだと、自分の頑固さじゃない。分かっていても理由にならない妥協の産物のような仲間の死を出しながら、矛盾していても彼が変えては行けない場所は、全てを台無しにする信条であったのだろう。
「言っただろう。それは救いじゃないって、拷問だって、ここを目指すならそうなる。理想論は何時だって正論には勝てないんだよ」
「確かに辛いな。涙が出るより辛いのは間違いない」
「だろ、それでこっちは諦めるなって言うんだ。だから怨んで欲しい、後悔して欲しい、呪って欲しい、こっちに殺意を抱いたって、罵声を浴びせても構わない。だからさ何度でも言うけれど諦めないで欲しい」
それは組織を作る時に彼か語った言葉だ。
皮肉だが、今になってその言葉の意味を彼は突きつけられる。
その言葉の意味がようやく理解させられる。
「それが父親にも名前を与えられなかった。名無しが見せられる誠意であり、唯一の偽りない本音だ」




