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写真

 次の日、少し寝坊してしまった私は凝ったものを作るのは諦め、ハンバーガーとフライドポテトを作った。それと零れないように魔法を掛けたお茶のポットを籠に入れ、昨日作っておいたアップルパイを納めると、簡素な出で立ちで出掛ける準備をする。それをあまりよく思っていないのか、クーンさんは最後の最後まで渋っていた。


 結局折れてくれたけど、仕事で一緒に行けない自分の代わりにと、朝っぱらからリュクスさんを呼び出した。最初は申し訳ない気持ちでいたのに、一目姿を見てその気が失せる。


 ひさびさに会ったリュクスさんはやっぱり忠犬で。見えない尻尾を振りたくって、久しぶりにクーンさんに会えた事を喜んでいる。クーンさんもクーンさんで嬉しそうだからいいんだけど、この後が怖いよね。


「乙女さま、お早う御座います。」



 ほら、キタ。


 キャラが完全に変わった。さっきまで尻尾を振っていた忠犬は、何時の間にやら礼儀正しい騎士の顔をしている。


 こう言う扱いされるのが嫌で、最初は乙女だって黙ってたかったんだよね。でも、そろそろそんな仰々しくされるのにも慣れてきたし、注意するのも面倒。だったら、少し遊んじゃおう。そう思う私は性格が歪み過ぎている。自覚してるなら直せって話だけど、自覚してるだけまだマシだって褒めて欲しいくらいだ。


『お早う。早くからごくろうさま。』


「有りがたき、お言葉に御座います。」


 何ですか、その言葉遣い。背中がぞっとしますよ。


 最初は自分が遊んでやろうとしたくせに、堪えられなくなった。背中を掻きたいくらい痒い態度に、私はもうお手上げ状態。


 ってことで、早々にらしく行かせていただきます。


『ごめんなさい、リュクスさん。お遊びが過ぎました。ふつーの態度でお願いします。』


「私なんぞに頭を下げるなど、どうぞおやめ下さい。私は以前の自分の態度を謝りたいくらいです。いくら乙女さまが自分の正体を言えない状況下に居たとはいえ、あれほどまでに気易くしてしまった事をとても悔いております。」


 ああ言えば、こう言うんだからぁ。てゆーか、私の言葉を真面目に受け取ってよーぅ。って、口調がジュノみたいになっちゃった。って、それはどうでもよくって、とりあえず態度を変えてもらいたい。


『リュクスさん、前の口調でお願いします。そして、ネイと呼んでください。前も今も私はネイですから。』


「リュクス、知り合いの態度が急変してまうことほど悲しい事はないだろう。ネイはネイだ。」


「…分かりました。」


 やはり忠犬は何処までもご主人さまに忠実らしい。私の言葉にはそうでなかったのに、クーンさんの言葉にはすぐに従っている。ちょっと拗ねたくなったけど、そんなこと離してたら、時間が無くなっちゃうからね。


「リュクス、くれぐれもネイを頼んだぞ。ネイ、城に着いたら俺を呼べ。ネイなら魔法で何とかなるだろう?門まで迎えに行く。」


『大丈夫ですよ。そんなに過保護にしなくても、何も起こりません。』


 にっこり笑ってそう言っても、いつもみたいな笑顔を浮かべてはくれなかった。城に居るときみたいな、難しい顔。久しぶりにクーンさんの眉間に深い皺がついてるのを見た気がする。


 初めて会った時はずっとこんな顔だったよね。それを思うと、今は随分と豊かな表情を見られてる気がする。それってちょっと、いや、かなり嬉しいよね。


 一人でほくそ笑む。それを見ていたクーンさんの手が、頭の上に降ってきた。そのまま頭を撫でられる。今日は髪を横で結んでるから、遠慮なしに撫でられた。なかなか離してくれない手を不思議に思いながら、私はされるがままにしている。そんな状況を、変な顔をしたリュクスさんが見つめていた。


「お二人の関係を聞いても?」


 さっきの態度と一変して、まったく遠慮がない聞き方。あの言葉を覆す気はないけど、空気は読んで欲しい。私、明らかに嫌な顔してますよね。


 って、落ち着いてる場合じゃない!


 私がいきなり焦り出したのは、自分の置かれた状況が理解できたからだ。クーンさんに抱きしめられてる。見上げてみたら、嬉しそうな顔してるじゃないですか。注意したくてもできなくなるほどいい笑顔。


 …世の中、諦めって肝心だよね。


 少しずつ慣れてきた私もどうかと思うけど、こんなことでクーンさんのいろんな顔が見れるんだったら安いもんだよ。


 リュクスさんは見て居た光景で察したのか、今度は何も問わなかった。


 ちゃんと城に着いたら知らせると言う約束をして、私はリュクスさんと一緒に出発した…のはいいんだけど。


『なんで後ろを歩くんですか?』


 リュクスさんは隣を歩くことなく、付き従うようにして私の少し後ろに居る。お喋りでもしようと思ったのに。


「ネイさま、私は騎士です。貴女を守るのが仕事ですから。」


『口調、直してください。普通が良いんです。』


 さっきは、普通の態度にするって言ってたのに、固い空気がリュクスさんを纏ってる。乙女って呼ばないだけいいのかもしれないけど、前みたいなふざけた感じのリュクスさんが見られないのは悲しい。軽い会話が出来ないのが悲しい。自分で乙女として頑張るって決めたのに、こんなことで心が折れそうだった。



「<最後の乙女>は伝説、そう思っていたんです。」


 急に語り口調になったリュクスさん。私はそれにただ耳を傾けた。


「この国には、乙女さまがやって来て、国を変えてくれるという言い伝えがあります。でも、それは言い伝えでしかなくて、望んだ時にはいつでもそんな変化は起こってくれませんでした。私の祖母は、戦乱で亡くなりました。まだ私が小さい頃の話ですが、隣国との争いで祖父を亡くし、魔力の強かった祖母は女性であったのにも関わらず、戦へと駆り出されたのです。」


 いつも笑顔のリュクスさんに、そんな過去があったなんて、思いもしなかった。今浮かべている苦笑いは、悲痛そうだ。悲しみが含まれている。


「そんな顔をなさらないで下さい。貴女が生まれる前のお話です。」


『リュクスさん、私はそんなに子供ではないですよ。リュクスさんと私はそんなに年離れてないと思います。』


 そう言うと、驚いた顔をしている。年齢を問われて答えると、今度はもっと驚いた顔をした。


「俺と、三つしか違わない…」


 そんなに驚かないでよ。絶句って顔に書いてある。三つってことは、21。思ってたよりも若い。やっぱり外人さんだから、大人っぽいみたい。


『その…クーンさんとのこと、気付いたんですよね?』


「え、ええ。でも、あの方が恋人にするくらいですから、犯罪にはならないはずです。なので、ちょうど成人しているくらいかと思っていました。」


 …サラッと失礼な事言ったよねぇ。じとーっと見ていると、せき込んでから失礼しました、と言った。こっちに来てからと言うものの言われ慣れてるからいいけど。


 そんなことより、今は約束。ライトと昨日と同じ時間に、同じ場所で待ち合わせ中。正確な時間は分かんないけど、遅れちゃったら約束を取り付けた側としては情けないよね。


 私はさっきよりもスピードを上げて進んだ。



「それより、どちらに向かわれているのですか?あまり遠くまで行くと、あの方が心配しますし、治安も悪いですから。」


 知ってますよー。昨日も来たしね。


 さらに寂れた場所へと進んで行き、目的の場所へと着いた。辺りをくるくる見回す。と、すぐそこにお目当ての人物を発見した。



『ライトー!』


 今日もライトは格好良い。辺りの人の目を引いている。ここではどうも落ち着かない。と言う事で、山の方に入って、少し開けて光が差し込んでいる綺麗な場所へと連れてきてもらった。


 そこは本当に綺麗で、思わず見惚れちゃうほど。はっと我に返った私は、敷物を引いて、籠から中身を広げ始めた。


 初めて見るものだからか、ライトは興味深そうにしている。私が一つ一つ説明してあげると、真剣に聞いてくれてかなり可愛かった。



『リュクスさんもどうぞ。』


 沢山あるから勧めてみたんだけど、やっぱり答えは否。同じ席に着くのは恐れ多いんだとさ。私、どんだけ重要人物なんだよって話。


『折角作ったのにいらないのかぁ~。沢山あるのになぁ。私の手作りなのになぁ。』


 すかさず攻撃を仕掛ける私。一言発するたび、リュクスさんの表情は曇っていく。それは気まずさを表していた。


 あと一息で落ちる。そう確信した私は、大きくため息を吐いた。


 すると、リュクスさんは渋い表情で近づいてくる。そして、そのまま近くに腰を下ろした。私はそれを満足して見つめる。そのやり取りを、ライトは呆れた顔をしてみていた。どうやら私の性格を把握したらしい。


 結局リュクスさんも加わって、二人は美味しいを連呼しながら気持ちいい食べっぷりで平らげてくれた。本当に満足だ。


 お茶を淹れ、一息つく。そこで私は今日の目的を果たすべく、ポケットから手帳を出して、そこから写真を引きぬいた。


『はい、これ。』


 手渡そうとしても、ライトは不思議がってそれを掴んではくれない。私は半ば押し付ける形で手に握らせると、ゆっくりとお茶を啜った。


「これは?」


『昨日言ったでしょ。おばあちゃんと撮った写真。』


「だから、シャシンとは何だ。」


 ああ、そっか。昨日は長くなるし面倒だから、説明するのを止めたんだっけ。


 納得した私は説明に入ろうとする。でも、その前に手渡したものを見てもらった。のはよかったんだけど、鏡のように映し出されたそれにかなり驚いている。こっちには写真が無いから仕方ないと思うけど、鏡だってあるんだからはっきりと人の姿が映ってる事に驚かないで欲しいよね。


『そこに映ってるのは小さい頃の私とおばあちゃん。おじいちゃんはぎりぎり映ってる転びそうになってる人。』


 まじまじと見ているライトの目に、次第に優しさが含まれていく。その際立った美しさは、どこか儚さを連想させる。


『その人たちが唯一私の家族になってくれた人だよ。』


「…優しい空気が漂っているな。」


 微笑んでくれた事が嬉しかった。おじいちゃんとおばあちゃんは確かに私を大切にしてくれたけど、思い出は色あせていくものだから。確実性の無い私の思い出の中の関係性を、私が思っていた通りの言葉にしてくれたのがすごく嬉しかった。


『それが約束の証。とにかく、私頑張って国を変えるから。』


「お前が、どれだけの人間かは、今日理解できた。おい、こいつは俺が話しかけられるような奴じゃないんだろう?」


 目配せをして、ライトはリュクスさんに問いかけた。リュクスさんは私を見て、迷った挙げ句に小さく頷いて肯定を示す。ライトは薄く笑い、視線を私に戻した。


「なのにお前は俺と友達になりたがってる。そうなんだな?」


 分かってるんなら聞かないでよね。そう言う意味を込めて、私はただにっこり笑うだけに留まった。


「だったら、俺が此処に在る理由をくれ。」


 急に何を言うのかと訝しく思う。だけど、ライトを見ると、泣きそうな顔をしていた。だからか、追求するのが戸惑われる。私は思わず黙ってしまった。


『…うし!じゃあ、ライトに大切な任務を与えます。』


 考えた末の言葉だった。意気込んで言った所為で、二人とも驚いているけどお構い無し。私は胸を張って言った。


『ライトには情報収集してもらいます!』


 目をぱちくりさせていたライトは、内容を理解した後に嬉しそうな顔をした。私はそれがすごく嬉しくて。満面の笑みで応えた。


 一人訳が分かっていないリュクスさんは置いといて、とりあえず話を進める。欲しい情報の類と、気付かれないようにって言う注意点だけ伝えた。


『なんか、密偵って感じがして格好良いよねぇ。』


「おまえ、こいつが居る前で堂々と話しておいてよく言うよ…」


 あ、そっか!私直属の密偵に任命したところ、リュクスさんに堂々と曝し過ぎた。流石にリュクスさんは大丈夫だと思うけど、どこに敵が居るか分かんないもんね。ほら、敵を欺くにはまずは味方からっていうのが決まりでしょ?


『リュクスさん、もしも他の人にこのこと喋ったら…』


 ニヤッと笑って、手を構える。風を使って小枝を集め、ひと束に纏めたそれをイメージして半分に握りつぶすように切断した。


『…と、こんな具合に首が飛ぶと思ってください。』


 リュクスさんはすぐに了解してくれたけど、何故だかその声が震えているのが気になった。横から聞こえた、怖いぞお前という忠告を聞いて初めて、私はやり過ぎだった事に気づく。だけど、それが牽制になってくれればいいと思って、あえて冗談だと言うのは止めておいた。


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