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星に願いを

「……成功、したのか……?」


カイルの問いに、ネマは何も言わなかった。


その瞳が、何かを探るように、結晶を凝視していた。


やがて、結晶が──ふっと、砕けた。


音もなく、夢の泡がはじけるように、薄い破片となって空中に溶けていった。


沈黙。


ネマは、何も言わなかった。


ただ、台座に崩れ落ち、床についた手に力を込めたまま、ひとつ、息を吐いた。


「……足りなかった」


その言葉だけが、夜の空気を震わせた。


カイルは声をかけようとしたが、かける言葉が見つからなかった。


ネマは顔を上げず、手のひらで砕けた石の名残をそっとすくった。すくってもすくっても、指の隙間からそれはこぼれていった。


「ごめんなさい……お父さん……お母さん……」


その言葉に、カイルの胸がきゅっと締めつけられた。


「……また、試せばいいさ」


カイルは勇気づけるように言った。


「治療薬を作って、元気になったら、また次の機会に試せばいい。そうだろ?」


カイルの言葉に、ネマは空虚な微笑みで返した。


「……次は、ないの」


「……どういうことだ」


カイルは言葉を詰まらせながら問い返した。ネマは、ぽつりぽつりと語り始めた。


賢者の石と治療薬の素材が、重なっていたこと。


その素材をもう一度作るには、時間がかかること。


治療薬の作り方を調べるには、時間が足りなかったこと。


両親の研究を、どうしても完成させたかったこと。


カイルは全てを黙って聞いていた。


初めに感じたのは、絶望だった。そして次にふつふつと湧き上がってきたのは、強い怒り。ネマに対してではない。彼女に全てを背負わせ、選ばせた自分自身に。しかしそれが落ち着くと、後に残ったのは言いようもない寂しさと、諦めの感情だった。


「ねぇ、お兄ちゃん。一つだけ、お願い」


最後の力を使い果たしたのだろう。今にも倒れそうなネマをカイルは優しく支え、楽な姿勢にさせた。


「……あの子守唄、もう一回歌って」


カイルは一瞬戸惑ったが、無理に笑った。


「……あのとき、起きてたのかよ」


ネマが熱でうなされた夜、思わず口ずさんだ子守唄を、カイルは静かに歌い始めた。


ネマは目を閉じて聴いている。唇がかすかに動き、歌詞を口ずさんでいるようだった。


カイルが歌い終えたとき、ネマは、すでに目を閉じていた。


まるで穏やかな眠りについているかのように。



ネマが息を引き取ってからの数日、工房は静寂のなかにあった。


葬儀には、サラとリアンが手伝いに来てくれた。簡素ではあったが、街の外れの丘で、ささやかな式を執り行った。棺の中には、白い花とネマの好きだった薬草の束を添えた。サラはネマと別れるとき、随分と泣いた。カイルはといえば、心が石になってしまったかのように、何も感じなかった。


ネマがいなくなっても、当然のように、生活は続いた。カイルはいつも通りの時間に起き、いつも通りご飯を作り、いつも通り食べた。昼には森に狩に行き、夕方には帰った。夜ご飯を食べて、眠ると、次の朝がやってくる。その繰り返し。


それから、何回目の朝が来ただろう。ある日、カイルがネマの部屋を片付けていると、ベッドの脇に置いてある包みに気がついた。大事そうに、綺麗な布で包まれている。


カイルが慎重に開くと、それは夏祭りで買った、地味なブローチだった。


装飾品など無関心なネマが、珍しく欲しがったと思えば、素材目当て。ネマらしいといえば、らしかったな、とカイルはくすりと笑った。


──その瞬間、笑い声と一緒に、涙が目から溢れた。葬式では泣けなかったのに、とカイルは冷静な頭で思ったが、まるで心と体が引き裂かれているように、その涙は止められなかった。気づけばそれは嗚咽になり、落ち着いたのは、夕暮れになってからだった。


その日の夜、カイルはネマのブローチを握りしめて、風見台に向かった。思えば、全てが始まったのも、ここからだった。サラに会って販路が開け、雲を作る実験を成功させて、夏至祭りを晴らし、二人で灯籠を流した──。


冬の夜の風見台には、誰も人はいなかった。


カイルは枯れ草の上に寝そべって、空を見上げた。


冬の夜は澄んでいて、どこまでも深い闇を湛えている。


そんな虚空を、星々は我が世のように瞬く。


この空を、こんな気持ちで眺めることになるなんて、とカイルはひとりごちた。


瞬く星々も、今はうるさいだけだ。


カイルはそのとき一瞬、自分が空に落ちるような錯覚を覚えた。思わず身体が動き、目をしばたたかせる。これだけ深い空だから、落ちていくように感じたのだろうか。


しかし、カイルの目は違和感を捉えていた。夜空の中で一つ、また一つと、星が落ちてくる。


ふと温もりを感じて手を見ると、ネマのブローチに嵌められた黒い塊──星墜石が、淡く蒼く光っている。


カイルはブローチを強く握り、空を見上げた。すると夜空でひときわ輝く星が一つ、こちらへ向かって落ちてくる。手元に握った石は眩いばかりに輝き、カイルは思わず目をつむった。

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