26 職業体験3
宮廷魔導士の職業体験をしていれば、同じくお城で働いている宮廷騎士たちとも顔を合わせる機会がある。
だが、訓練中の様子を見る機会はそうそうない。邪魔しては申し訳ないからね。せっかくなので、とディーン様が見学の許可を取ってくださり、今日は騎士団の訓練場へと足を運ぶことになった。
「騎士団の訓練を最後に見たのっていつだったろ」
「殿下がまだ幼い頃だったかもしれませんね。私も付き添いでお供させていただいたのですが、覚えていないでしょう?」
「えっ、そうだったっけ?」
驚いたようにグレース様が目を丸くする。
「殿下は場の空気に圧倒されたのか、大泣きされましてね。それ以来、殿下を訓練場に連れて行こうとする者がいなくなってしまって」
「そんなことが……あ、今は大丈夫だからね!」
自分の知らない過去の話をされて、グレース様はちょっぴり照れ臭そうだった。
ディーン様も若く見えるけど、魔導士の見た目は当てにならない。グレース様を幼い頃から知ってるって、おいくつなんだろう? お養父様も同い年のはずだけど……。
訓練場の近くまで来ると、威勢のいい声が響いていた。
「そこっ、手を抜かない!」
「はい、申し訳ありません!!」
鋭い指摘を飛ばしている声には、何だか聞き覚えのあるような。
訓練場に一歩足を踏み入れると、その理由はすぐに分かった。
「ルナシアさん!」
私が入ってくるなりすぐに反応してくれたのは、宮廷騎士団で職業体験中のエルだった。
だが、体験者側のはずのエルが、団員たちを逆に指導するような光景が目に入る。これにはディーン様共々、ちょっと情報を整理するのに時間がかかってしまう。
「エルさんは今回、指導者側ではありませんよね?」
「職業体験だというのは分かっているんですけど、我々が彼女に教えられることなど限られておりまして……」
冷静なディーン様の指摘に、団員の一人が申し訳なさそうに答える。
「騎士団の仕事は訓練ばかりでもないでしょうに。数年後には正式に騎士団入りするであろうエルさんに仕事を教えて差し上げればよいではありませんか、研修も兼ねて」
「いやぁ、そうですね……そうなんですけど……」
「俺たち訓練以外の仕事苦手なんで! ちゃんとできる人が限られちゃってるんですよね~……って、痛っ、痛たたた!!」
正直に口走った隊員が、他の隊員に頰を思いっきりつねられていた。
詳しく聞けば、隊長は仕事で出払っており、残った仕事は副隊長が必死に行い、他に指導できそうな者たちも手一杯のため、こちらに割ける人員がいないとのことだった。
「申し訳ありません、うちは最近できた隊で……指導が行き届いていないんです」
「それでも宮廷騎士ですか……戦場での戦果は認めますが、戦えればよいというわけでもないのですよ。陛下の顔に泥を塗るようなことのないように。改善が必要ですね。陛下に進言しておきます」
呆れたようにディーン様が肩を落とす。
「レイリオ君がいたころは、彼が指導者としての立ち位置を担っていてくれたんです。リトランデ君は側近として忙しいことを除いても、部下に厳しくできないのが玉に瑕ですね」
リトランデ様の兄で、次期ガザーク家当主のレイリオ様。リトランデ様が学園を卒業し、騎士団の総監督を任されてからは領地に戻り、領主となるための勉強をされている。
確かに、リトランデ様は人に厳しく言えないタイプだ。彼自身の実力は申し分ないけど、人を育てることに関してはまだまだ課題が残るのかもしれない。
「エルさんも申し訳ありません。きちんとした職業体験ができるよう、すぐに手配します」
「いえ、私もご報告すればよかったですね……この隊の現状は分かっていたのですが」
「いいえ、あなたが反省することはありませんよ。早い段階で気づけてよかった」
一悶着あったものの、問題は解決に向かいそうかな。
だが、そこに先程頰をつねられていた隊員の一言が投下され、場の空気が凍りつく。
「え~、今まで通りじゃ駄目なんですか? 騎士なんだから、強ければそれでいいじゃないですか」
それは火に油だよ。
解決に向かいそうだった場の空気が一転する。
流石のディーン様も言葉を失っているね。もしこれが陛下の耳に入ったら、この隊の存続の危機なんだけど。
「それは強くなってから言え」
「レ、レイリオ様!」
噂をすれば何とやら。その場にいた誰もが驚きの声をあげる。
ガザーク家にいたはずのレイリオ様が突然訓練場に入ってきたかと思うと、ずんずんと問題発言をした隊員の前まで進み出た。
「国民からの要望書の確認、備品の管理、周辺諸国の情勢、魔獣による被害状況……まだあるが、我々の仕事は訓練だけでは留まらない。だが、どれも欠かせない仕事だ」
「いや~、でも俺そういうの苦手ですし。適材適所じゃないですか?」
「この隊の隊長は飽き性で、机に座って一時間と保たなかった。副隊長は読み書きをすると酷い頭痛に見舞われる有様だった。だが、今はどうだ? お前たちの分まで、その苦手な分野の仕事を恨み言一つ言わずにやっているだろう。その仕事が必要で、誰かがやらねばならないと分かっているからだ」
ずいっ、と凍ったように表情の変わらないレイリオ様の顔が近づく。顔の整った人の無表情って怖いよね。
「今はできない仕事があっても仕方がない。だが、それを一生誰かに押し付けていれば済むと思うな。お前もやるんだ」
「は、はひぃっ!」
あまりの気迫に圧倒されたのか、代表で指導された隊員は涙目だった。他の隊員たちも姿勢を正しているね。
「お見苦しいところを見せて申し訳ない。ガザーク家当主代理として用事があって立ち寄ったのですが、とんだ体たらくを見せられたものです。愚弟にもよく言い聞かせておきますので」
そう言い残すと、何事もなかったように颯爽と去っていった。
この一瞬でまとめあげる手腕、流石です。こちらまで圧倒され、しばらく動くことができなかった。




