26 職業体験(グレース視点)
「職業体験は、宮廷魔導士にする? 以前は別なところを選んでいただろう。どうして急に?」
宮廷魔導士の体験をしたいのだと兄に相談すると、思った通り驚いた顔をされた。
時間が巻き戻る前の世界ではお菓子屋さんで働かせてもらったし、なぜ変更したのかと思われているだろう。
「話ではたくさん聞かせてもらってるけど、実際に魔獣と戦ってる様子はなかなか見る機会がないから」
「お前はこの国の王女だからな。危険な場所に近づけるわけにはいかない」
「自分が守ってもらわないといけない立場なのは分かってる。でも、魔王が出てきたらそんなことも言っていられなくなるでしょ? あの時、私は怯えるばかりで何もできなかった」
ルナのような強い人になりたいと憧れていたのに、憧れていただけで終わってしまった。
王族として国を守ることも、友人の力になることもできなかった。
「ルナが助けてくれたから、私はこの力で誰も傷つけずに済んだ。今度は、ルナを、皆を守るためにこの力を使いたいの」
魔術暴走した時、ルナがいなければ先生や学生を傷つけてしまっていたはずだ。そうなれば、今頃こうして普通の学生生活は送れていなかっただろう。本当に、彼女には感謝してもしきれない。
今度は、ちゃんと誰かを守るためにこの力を使いたい。
魔王に滅ぼされた時、何もできなかったことを後悔した。今でも怖いけど、一歩踏み出さなくては。
「もし魔獣の討伐に同行させてもらうとすれば、お前を守るために、宮廷魔導士たちに負荷をかけることになりかねないぞ?」
「それは……それでも、経験しておきたいの」
兄の指摘も尤もだ。王女が魔獣討伐に同行するとなれば、必ず護衛がつく。余計な仕事を増やしてしまうだろう。
でも、そう言っていては、いつまで経っても状況は変わらない。
この国の王族として生まれて、ずっと守られながら育ってきた。この先も、それは変わらないのだろう。
でも、本来私たちは国を、民を守るためにある。兄もそれが分かっていて、魔王が現れた時には進んで戦場に立っていた。
守られるだけの存在であることが、私は嫌だ。このままではいけないと思う。
私だってエルメラド王国を守る、王の血が流れているのだから。
熱意が伝わったのか、兄が折れた。
「本気のようだな。分かった、私の方でも話を通しておこう」
「ありがとう!」
「だが、お前までルナシアのように無茶をするんじゃないぞ? 魔王がまた現れたからといって、自ら前線に出る必要はない」
しかし、私が実際に戦いの場に出ることには賛同しかねる様子だ。
「お兄ちゃんだって、魔王が現れたら危険な場所に行くつもりでしょ?」
「私は戦闘訓練も受けているし、グレースやハインよりも年上な分、少しばかり経験も豊富だ。国民を安心させるために、誰かが出て行かなければな」
混乱した人々をまとめるために、兄は前線に立った。
魔王相手に勝てる算段がなくとも、国民が絶望に沈まないように声を張り上げ続けた。
「以前は魔王に滅ぼされてしまったが、今度は必ず阻止する。だが、私にもしものことがあった時に、グレースやハインがいなければ、エルメラド王国をまとめていく者がいなくなってしまうだろう?」
その言葉に、はっとする。
魔王と戦っていたのはルナだけではない。兄も、エルも、私の大切な人たちが魔王に立ち向かっていき、そして敗れたのだ。
「だめだよ……この国の次の王様は、お兄ちゃんなんだから。それに、ルナと姉妹になるの、すごく楽しみにしてるんだからね」
「そうだな。それは、確かに楽しそうだ」
その笑顔は寂しそうで、魔王を倒した先にある未来に、必ずしも自分がいる保証がないことを覚悟しているようだった。
兄の立場や性格からして、また前線に向かっていくのだろう。
不安に駆られる国民を安心させるために。騎士や魔導士を奮い立たせるために。そして、愛する人を守るために。
私が思い描いていた未来は、もっと楽観的なものだった。まだまだ自分が未熟であることを実感させられる。
大事なものを何も失わないでいられる保証はどこにもないのに、今度こそやり直せると頭のどこかで信じて疑わなかった。
もっと力をつけないと。
次期国王は兄グランディールだ。その未来は揺るがせない。
私やハインにその役目を引き継いでもよいと考えているのかもしれないけど、この国に兄は必要な存在だ。
より相応しい者が王に、と母はよく言っている。だからこそ、兄を失うわけにはいかないのだ。




