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神に愛された宮廷魔導士  作者: 桜花シキ
第2章 学園編(一年生)
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16 サフィーア帝国からの留学生

 二度目の学園生活も、夏休みにさしかかろうとしていた。

 入学式から三ヶ月ほど経つが、概ね以前と変わらぬ出来事が起こっている。だが、比較的大きな騒動というのはグレース様の魔術暴走事件くらいのものだ。

 今の私は以前の平民という立場でないためか、アミリア様とも親しくさせてもらっている。彼女とのトラブルが避けられているので、以前の学園生活よりもむしろ平穏かもしれない。


 とはいえ、元から一年生の頃はそれほど大きな事件は起こらない。慌ただしくなるのは来年からだ。

 来年の今頃の時期に、エルメラド王国は近隣の国と衝突することになる。

 三角形を描くように配置された三大大国。エルメラド王国、サフィーア帝国、紅玉国。

 エルメラド王国は、サフィーア帝国とは友好関係にあるものの、紅玉国とは大規模な抗争こそないが緊迫した空気が流れている。来年起こるであろう衝突は、紅玉国との争いである。


 紅玉国は、私が記憶を取り戻した頃から獣人が治めるようになった国だ。

 元々は人間の王がいたが、国に攻め込んできた獣人の集団がその座を勝ち取ったのだという。

 歴史的な背景から、人間には並々ならぬ思いを抱いている獣人たち。紅玉国に攻め込んだのは始まりに過ぎず、そこを拠点として周辺国にも勢力を拡大するのが目的だった。

 サフィーア帝国には、とある理由から紅玉国も簡単には手を出せないため、エルメラド王国が次の標的になっているというわけである。


 だが、結果はエルメラド王国の勝利に終わる。長く存続してきた国の強さは、たとえ獣人を相手にしても簡単に覆るものではない。

 この一件で、認識が改められつつあった獣人への印象が再び悪化することになってしまう。エルが花形の役職である騎士団の隊長を任され印象の改善に取り組むまで、エルメラド王国の獣人たちは肩身の狭い思いをすることになってしまった。エルも心を痛めていたのを知っているので、できることなら今回は争いに発展する前に止めたいと考えている。

 といっても、国同士の問題なのでそう簡単にいくとは思えないが。


「ルナシアさん、そろそろ休憩しませんか? だいぶお疲れの顔をされていますよ」


 心配したエルが、視界の隅にひょいと顔を覗かせる。


「そうだね。そろそろお昼だし、食堂に行こうか」


 ヴァイゼ先生の研究室で資料を机に広げたまま、ぼーっとしてしまっていたようだ。気づけば12時を回っている。授業が休みだから、少しの間だけ資料に目を通すつもりでいたのだが。

 集中力が切れてしまっては頭に何も入ってこない。そろそろお腹の虫も騒ぎ出しそうだ。


「では、資料の片付けを手伝いますね」

「ありがとう」


 ヴァイゼ先生のところに通う私に、エルもついてくるようになった。私がヴァイゼ先生に呼ばれた次の日には彼女も入室の許可をもらっていたので、その行動の早さには舌を巻くしかない。



 二人で食事をしながら、私はエルをまじまじと見る。

 今の彼女は幼い頃から騎士団に出入りし、獣人だということも含めて認められている。

 学園ではその限りでないこともあるが、アミリア様と親しくしている私と親しいということで、間接的に守られている。アミリア様とエルは犬猿の仲みたいだけど、知らないうちに実はというやつだ。


「どうかしましたか?」

「ううん、えっと……エルのお母さん元気にしてるかなぁって」

「学園に入ってからはそう頻繁に会えはしませんが、手紙のやり取りはしていますよ。闘技大会の時の褒賞として安全な居住区に住まわせてもらっていますし、元気にやってるみたいです」


 彼女が闘技大会の時に望んだものは、騎士団への出入りの許可と、安心して暮らせる場所だった。

 父兄と離れ、村も魔獣に襲われ、心休まる場所というのが彼女たちにとって必要なものだった。

 やっと手に入れた穏やかな生活。エルのことを近くで見てきたからこそ、来年起こるであろう紅玉国との争いは何とかしたいと思う。


「あら、入口のあたりが騒がしいですね」


 エルの言葉に振り返れば、確かに出入り口のあたりに不自然な人だかりができていた。


「すみまセン、通してくだサイ。人を探しているんデス」


 独特な話し方をする男性の声。どこかで聞き覚えがあった。

 ええと、確か……そうそう! サフィーア帝国からの留学生だ。夏から約半年の間、この学園で共に学ぶことになる第三皇子。本当はひとつ学年が上なんだけど、サフィーア帝国との学習段階の違いや慣れない国での生活ということで、私と同じ一学年で学ぶことになっている。


 人混みをかき分けながら、容姿端麗な青年が奥へと向かってくる。

 銀糸のような髪を後ろで三つ編みにし、頭から白い布のような物を被りなびかせている。全身を覆う白い衣装には銀と青の糸で竜の刺繍が施されている。銀竜信仰をしているサフィーア帝国伝統の模様だね。


 人を探していると言っていた通り、きょろきょろ食堂の中を見回している。王族ってどこの国もそうなのか、存在感があるなぁ。食堂がここまで騒がしくなることなんて普段は考えられない。ただでさえ貴族が多いから、皆マナーを守って食事をしているからね。


「誰かと思えば、サフィーア帝国の皇子ですね。でも、ここまで騒ぐことでしょうか?」


 ふう、とエルが冷めた目で人だかりを眺めている。私たちはこの国の王女であるグレース様の友人だから、感覚が麻痺しているのかもしれない。あれが普通の反応なのかな。


 気を取り直して食事を再開した私たちだったが、どうにもざわめきが大きくなってきている気がする。

 なんだなんだと再び手を止めた私の前で、エルが目を見開く。どうしたの、と問いかける前に誰かが私の手をそっと取った。

 驚いて相手を確認すれば、渦中の皇子。そのまま跪くと、指先に口付ける。キャー、と人混みがさらに騒がしくなった。


「あなたを探していまシタ!! どうか、僕の国に一緒に来てくだサイ」


 晴れやかな表情でそう告げた皇子に、私は首を傾げるしかなかった。

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