16 サフィーア帝国からの留学生2
「申し遅れまシタ。僕はサフィーア帝国第三皇子ヴァールハイト・スイ・サフィーア。あなたは、ホロウの称号を戴いたルナシアさんで間違いありまセンカ?」
「そうですが……えっと」
「よかった! やはり、あなたは僕が探し求めていた人で間違いありまセン! どうか、一緒に僕の国まで来てくだサイ」
興奮気味に皇子は言うけれど、こちらはいまいち状況が飲み込めていない。
ヴァールハイト皇子が留学生としてこの学園にやってきたのは、前回と同じである。だが、こうして直接関わりがあった人ではないのだ。
私が前回と違う何かしらの行動をとったことが原因で、未来が変わってしまった可能性もある。
「ちょ、ちょっと待って! それ、どういう意味!?」
「グレース様!」
「どういう状況なの? 騒ぎになってるから来てみたんだけど……ルナが皇子と??」
「それが、私もよく分かっていなくて」
急いで駆けつけてくれたのか、若干息が上がっている。私と皇子の間に立つようにして、グレース様が皇子に詰め寄る。
「そのままの意味デスガ? 僕と一緒にサフィーア帝国まで来ていただきたいのデス」
「それって、その……ルナを自国に連れて行きたいのは……ルナのことを?」
きょとんとした顔をしていたが、しばらくすると何かに気づいたようで皇子は笑った。
「ああ! そういう意味ではないデスヨ。魅力的な方なのは確かデスガ、今回は別のお願いデス」
「な、なんだぁ、驚いた~。私の早とちりか……よかった、セーフだよ、お兄ちゃん」
皇子は面白そうに笑っているし、グレース様はほっとした顔で何やらぶつぶつ呟いている。向かいに座るエルも、魂が抜けたようにばたりと机に伏している。よく耳をすませると、「驚かせないでください……心臓が止まるかと思いました」と、何やら不穏な言葉が聞こえてきた。はて、何か問題があったのだろうか?
「話の途中でしたね。私がサフィーア帝国に行くことに、何か意味があるのですか?」
「ええ。ですが、ここでは落ち着いて話せそうにありまセン。場所を移しまセンカ?」
他に人がいるところでは話しにくいことなのだろうか。
机に突っ伏していたエルが、がばりと顔を上げる。
「私も同行して構いませんか?」
「あなたは?」
エルの方を見て、皇子が首を傾げる。
「私の親友です。信頼はおけると思います」
私がそう答えれば、しばらくじっと私の瞳を覗き込んだあと、納得したように頷いた。
「分かりまシタ。あなたがそう言うのであれば、信じまショウ」
今の間はなんだったんだろう?
何を考えているのか、いまいち掴み所がない人だ。
「あっ、私もいいですか?」
「グレース王女、デスネ。それなら、グランディール王子にも同席してもらうことは可能デスカ? エルメラド王国のホロウを連れて行くとなれば、国の許可が必要になるでショウ。彼にも話しておかねばと思っていたところデス」
ホロウだからといって特別国から指示があったことはないから、気にしたこともなかった。そういうものなのだろうか。
「ホロウの称号を戴けるほどの才能の持ち主は、百年に一度いるかいないかの確率デス。ホロウ一人で国の命運を左右するほどの力を持つとも聞きマス。あなたはそれだけの価値を持った人間というわけデス。勝手に連れ出すわけには行きまセンヨ」
人から言われてもいまいちピンとこないけど、大魔導士ヴァン様のように魔獣研究の第一人者となった方もいる。彼ほどの有名人になれば、国の許可が必要というのも分かる気がする。
「少し時間をいただければ、兄と話をつけてきます。話し合いはそれからでも?」
「ええ、構いまセン」
「分かりました。決まり次第、こちらからご連絡させていただきますね」
「ありがとうございマス。夕方以降なら、自室にいると思いマスので。昼食の時間を邪魔してしまって、申し訳ありまセン。では、一旦失礼シマス」
約束を取り付けると、皇子は食堂から出て行った。何人かのご令嬢はそのあとを追いかけていったようだ。
皇子がいなくなったことで人だかりも消え、食堂内は落ち着きを取り戻した。
ふう、と肩の力を抜いたグレース様はエルの隣に腰を下ろした。
「びっくりした~……ルナをお嫁さんにするために連れて帰るのかと思っちゃった」
とんでもないことをグレース様が言う。
「ええ!? それはないですよ。相手はサフィーア帝国の皇子ですよ?」
「ルナはもう少し自分の魅力を見直した方がいいと思う」
「確かにホロウの称号は戴いていますけど、特に何かしてきたわけでもないですからね。ヴァン様くらいになれば分かりますけど」
「うう~ん、そういうところ心配になるよ」
グレース様とエルは顔を見合わせて頷いている。
そんなことを言われても、今まで私がしたことなんてエルの住んでいた村の魔獣を倒したくらいで、それだってホロウの称号を戴く前の話だ。国にとって有益な成果をあげているわけでもない。
「ヴァールハイト様は、どうして私をサフィーア帝国に連れて行こうとしたんでしょうか?」
「確かに夏休みには入るけど、留学してきて早々に国に戻るなんて。行動が読めないよ」
グレース様にも思い当たる節はないようで、首をひねっている。
「とりあえず、お兄ちゃんに聞いてみるよ。場所と時間が決まったら知らせるね」
そう言って、グレース様は席を立った。
この変化が、悪い方に進まなければいいのだが。記憶があてにならない出来事に、どう対処すべきものだろう。
魔王に滅ぼされる運命を変えるためにも以前と異なる行動をとることは必要になってくるが、それが未来に与える影響は未知数だ。
内容によっては、時間が巻き戻ってから初めての難題かもしれない。ヴァールハイト様と話すのが、何だか恐ろしいことのように感じられた。




