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神に愛された宮廷魔導士  作者: 桜花シキ
第4章 学園編(三年生)
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29 旅の商人(アドラ視点)

 証人として宮廷を訪れると、思いがけずそのお礼としてもてなしを受けることになった。

 王族との関わりはこれが初めてではないけど、ここまで好待遇なのは久しぶりなのでファルコはどこか落ち着きがない様子だ。

 二部屋用意するかと言われたが、同じ部屋で大丈夫だとファルコが目で訴えてきたため広めの一室を使わせてもらっている。


「……?」

「何で無料で情報を渡したのかって?」


 情報も商品になる、そういつも言っているのは僕だ。

 それなのに、相手に乞われたわけでもなく、料金を取るわけでもなく、なぜ「レイ王国のホロウ」について話したのか腑に落ちないらしい。

 西区で興味を持つようにきっかけを与えたことも、宮廷であの子に詳細を話したことも、全部僕が勝手にやったことだ。


「……?」

「そういうんじゃないって」


 惚れたのか? と、ファルコが首を傾げるものだから、慌てて否定する。

 訝しげな視線を向けられるが、これは本当だ。彼女にそんな勘違いをさせてしまったことは、僕としても不本意なんだけどね……。


 僕があの子を気にかけるのは、以前ファルコの命を助けてもらったことがあるからだ。その以前というのが、魔王に滅ぼされた世界での話。今は二度目の人生を繰り返している。

 どういうわけか、僕はその時のことを覚えていた。


「……?」

「何でエルメラド王国に滞在する日を一日延ばしてまで、西区に行ったのかって? 新たな顧客を得られるかもしれないなーって」

「……」

「あの辺りは人がいなかったって? えー、実際に行ってみないと分からなかったでしょ?」


 滞在日数を延ばさず一日早くエルメラド王国を出ていたら、()()の襲撃に巻き込まれてファルコが大怪我を負うところだった。

 かつての記憶が戻った僕は、滞在日数を一日延ばした。また同じことを繰り返す確証はなかったが、結果はご覧の通り。

 もし記憶が戻るのが遅かったらと思うと、ゾッとした。

 城から出てきたホロウのあの子を見たのがきっかけだった気がするから、また命を救われたようなものだね。


 以前の世界でファルコが魔物に襲われて大怪我を負ったのは、僕を庇ってのことだった。

 混乱して、ただ名前を呼ぶことしかできなかった僕の前に、あの子は現れた。若干五歳にしてホロウの称号を戴いた少女。その存在は知っていたが、実際に目にすると本当にまだ子どもだった。

 しかし、ファルコの容態を一瞬で把握すると、怪我をあっという間に治して避難するように言い、自分は残った魔物たちを討伐しに行ってしまった。

 お礼を言う暇もなく、目の前で起こった奇跡のような出来事だけが脳裏に焼き付いていた。


 結局、いずれしようと思っていたお礼はできないまま世界は滅んだ。

 ファルコと最期まで一緒にいたい。そんな僕の我儘に付き合って、彼女は僕の傍から離れなかった。

 最期くらい、ファルコの好きにしてよかったのに。どこへでも行ってよかったのに。それをしなかったのはーーできなかったのは、僕という鎖に繋がれていたからだろう。



 まだ商人として駆け出しの頃、ふらっと怪しげなオークションに参加したことがあった。今思えば危険なことをしていたんだけど、当時はまだ若かったこともあり怖いもの見たさだったのかもしれない。

 そのオークションにかけられていた商品というのが、獣人だった。表立っては許されていないことだが、裏ではこうした取引が珍しくない。


 そこにいたのが、ファルコだった。

 鷹の獣人ーーそう紹介されたのに、出てきたのは翼と声を失った少女。

 服は真新しかったが、よく見れば身体はボロボロだった。


(気性は多少荒いですが、翼はないので安心してください。声は出せませんが、元々歌い鳥のように美しい声でもありません)


 何でもないように、その場にいる誰もがその言葉を受け入れている。

 少女が翼と声を失ったのは、これまでに酷い扱いを受けてきたためだろう。


(それでも獣人ですから人間よりも力はありますし、荷物運びや護衛にどうです?)


 ちらほらと声を上げる者がいた。

 異様な空気の中で一人取り残されたような気持ちでいると、身体はボロボロのはずなのに強い光を宿した瞳と目が合った。

 ほんの一瞬だったと思う。でも、僕の心を動かすには十分な時間だった。

 

 貯金をほとんど使い果たして護衛として迎えたファルコとの旅は、順調とは言い難かったかもしれない。最も時間をかけなくてはならなかったのは、コミュニケーションの問題だ。

 こちらの声は聞こえているものの、声が出せず、文字を習ったこともない。最初は文字の読み書きを教えて、ファルコの考えていることを知ろうとした。


 まぁ、何年も一緒にいるうちに、そんなことしなくてもファルコの目や様子で何を言いたいのか大体分かるようになったけどね。

 いつだったか。自分を買ったのは、境遇を哀れんだからなのかーーと寂しげな視線を向けられたことがあった。

 そんな理由ではない、とその時は否定したが、ファルコを護衛に選んだ本当の理由は告げられずにいる。

 僕が君をあそこから連れ出したのは、哀れみでも何でもなくて、ただ君にーー


「わわっ、近いよファルコ!!」


 俯き加減で考えていたところに、ファルコが覗き込んでくるものだから驚いてしまう。

 

「な、何でもない! 何でもないから!!」

「……?」


 訝しげな視線を向けられ、さっと反射的に顔を逸らしてしまう。うう、情けない。

 ーーただ君に一目惚れしてしまったんだ、なんて。この気持ちを伝えられる日はくるのやら。

 ファルコと一緒に旅をする。例え何度時間が繰り返そうと、僕は同じ人生を辿るだろう。


 この世界が本当に二度目の時を繰り返しているなら、もうじき魔王によって滅ぼされる。

 誰よりも前に立って戦っていたあの子も、魔王には勝てなかった。ホロウでも敵わない相手に僕らができることなんて限られていた。

 今だって、かつての記憶があっても僕にできることは多くない。でも、その限られた中で考えたんだ。

 かつてファルコの命を救ってくれた恩人に何ができるのか。


 その時に頭を過ったのが、レイ王国のホロウーーかつては魔王が現れる前に力尽きてしまった彼のことを。

 誰にも話せはしないが、十年近く魔界の門の被害を食い止めていた彼の身体は限界に近い。魔王が現れるまでは、とても保たなかったのだ。


 もう一人のホロウの話をしたのは、もし彼が助かれば将来的にはあの子の助けになるだろうと思ったから。でも、危険な道へ誘導してしまったのも確かだ。

 結局、僕にできることなんて限られている。僕自身が運命を変えられるとは思っていない。

 でも、僕にできることなら何でもしたい。あの子が無事に帰ってこれるように、サポートは全力でするつもりだ。


「ちょっと予定とは違うけど、手伝ってくれるかな?」

「……」

「ありがとう。たまには寄り道も必要だと思うんだよね」


 何を考えているのかと言いたげな視線を向けられるが、曖昧に微笑んで返した。


 あの子の助けになればなんて都合のいいことを言っているけど、本当は。人任せだけど、世界を救ってもらってさ。

 ファルコともっと先の未来を生きてみたいだけなのだ。

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