29 旅の商人
捕縛した男たちは宮廷騎士たちに身柄を引き渡し、然るべき処罰を受けてもらうことになった。
鑑定士というのは真っ赤な嘘で、資格証明書は偽装されたものだった。宝石売りの男もやはり仲間で、偽物の宝石を持ち込み、鑑定士を騙る男が本物だと嘘をつき金を騙しとっていたらしい。
その事実が明るみになり、あの宝石店の店主からは謝罪と感謝の言葉をもらった。最初に偽物だと気がついたアミリア様への態度も、ガラッと変わったそうだ。トラブルはあったものの、職業体験終了まであの宝石店で働くことに変更はないそうである。
後になって分かったことだが、黒幕は元トリル男爵だったらしい。その名前を聞いたのは、リーネ嬢の魅了事件以来だ。
偽物の宝石を売り捌いて得たお金の一部を報酬として、男たちを雇っていたらしい。金銭を集め、元の贅沢な暮らしに戻そうと考えたのだろうとのことだった。まったく凝りないものである。
怪しい動きがあるからと現トリル男爵からも宮廷へ報告が上がっており、調査中だったとのこと。「つくづくあの女とは縁がありますわね」と、苦々しくアミリア様は呟いていた。
元トリル男爵に雇われた男の一味は、今回の件で芋づる式に検挙されることとなった。元トリル男爵には一層厳しい処分が下るそうだ。
「国民の暮らしを見てくるという課題を出していましたが、とんだ事件に巻き込まれてしまいましたね。しかし、これで我々の仕事が一つ片付いたというものです。助かりました」
ようやく魔物に関する報告書を作成し終わったディーン様からは、労いの言葉をいただいた。
国民の暮らしを見てくるという課題を十分にクリアすることはできなかったが、そこは事情を汲んでもらえた。
旅の商人だというアドラさんと、護衛のファルコさんは証人として宮廷を訪れていた。この国で商売することを認められた商人なので、その存在は陛下もご存知だったらしく、スムーズに城に入ることを許されていた。
元トリル男爵の捕縛に協力してくれたということで、アドラさんたちは宮廷でもてなしを受けることになり、数日滞在することになっている。
その期間を利用して、私はアドラさんと会う機会を設けてもらうことができた。
「お待たせしました」
「やあ、待ってたよ」
宮廷で働く人たちも休み時間に使っているテラス席に、アドラさんとファルコさんは並んで座っていた。落ち着かないのか、時折ファルコさんはきょろきょろと辺りを見回している。
私が向かいの席に腰を下ろすと、近くに控えていたお城の使用人さんが手際良くお茶を淹れてくれた。
「まさか宮廷からもてなしを受けることになるとは思ってなかったよ」
「アドラさんたちの証言があったお陰で、あの男たちをスムーズに捕らえることができました。別な問題も裏で絡んでいたようなので、陛下も大いに感謝されていたのだと思います」
「何はともあれ、力になれたのならよかったよ」
にっこり、とアドラさんは笑う。相変わらずファルコさんは無口だけど、こちらの話にはしっかりと耳を傾けてくれているようだ。
「さて、それじゃあ本題に入ろうか」
テーブルに身を乗り出すようにして、アドラさんは話し始める。
私以外にもいるというホロウのこと。ごくり、と唾を飲み込んだ。
「レイ王国って知ってるかな?」
「はい。四大大国のうちの一つで、最古の国とも言われていると。魔法文明が栄えていると聞いたことがあります」
「この辺りだとあまり有名な国じゃないのに、よく知ってるね。そうそう、その認識で合ってるよ」
満足そうに、うんうんと頷かれる。
少し前にハイン様たちと一緒に勉強会を開いた時、レイ王国についても話題に挙がっていた。
魔導士として興味はあったものの、謎に包まれた国である。エルメラド王国とも関わりがないので、その名を聞くことはもうないだろうと思っていた。
「実は、僕たちはレイ王国にもご贔屓にしてもらっててね」
選ばれた商人であれば、レイ王国とも取引しているーーそういえば、ハイン様がそんなことを教えてくれたな。こんなところで、本当に噂に聞いていた商人と会うことになるなんて、運命的なものを感じてしまう。
「その国に、もう一人のホロウが?」
「察しがいいね。あの国の王様は双子なんだけど、お兄さんがホロウの称号を戴いた優秀な魔導士なんだよ」
レイ王国の王族ーー本当にホロウが、私の他にもいるのか。どこか現実ではないような心地で、その話を聞いていた。
魔王に滅ぼされる以前の世界にも、その人はいたんだろうか。
「興味あります、って顔してるね」
「私以外にホロウがいるなんて、知らなかったので……」
「まぁ、知らなくても無理はないと思うんだ。こことは交流がない国っていうのもあるけど、事情があって会うことは困難だからさ。弟の現国王陛下から聞いただけで、僕も直接会ったことはないんだ」
アドラさんは、そう言って眉を下げる。
「事情、というのは聞いても構いませんか?」
「うん、別に陛下にも止められてないから。魔獣に関しては、君もよく知ってるよね?」
それには大きく頷く。先日は魔物の発生現場にも立ち会ったばかりだ。
「魔獣の発生は世界中どこでもって感じなんだけど、レイ王国の端の方にできた魔界の門はちょっと特殊でさ。もう十年近く巨大な門が開いたまま閉じる気配がない。しかも、そこから出てくる魔獣っていうのが、全然獣じゃなくてさ。こう、ぶよぶよした気持ち悪い感じの黒い塊で」
十年!? その期間の長さに絶句してしまう。
放っておいてもすぐに門が閉じないことはあるが、流石に長すぎる。しかも、ぶよぶよした黒い塊って、まさしく魔物のことではないだろうか。
「門が閉じないだけでも厄介なのに、その黒い塊がどうも人間に寄生するみたいなんだ。その門の近くにあった街の住民たちは、皆やられたらしい」
「そんな……」
確かに、魔物は人にも寄生できる。だが、それがエルメラド王国で明らかになるのはもう少し後のことだ。
私たちの知らない遠い土地で、すでに同じ問題が起こっていたなんて。
「今は、陛下のお兄さんが中心になってレイ王国全土に被害が広がらないように食いとめているらしい」
「えっ、王族なんですよね?」
「そうだよ。でも、国唯一のホロウだからね。あの大規模な被害を食い止められるのは、彼しかいなかったんだと思う」
「十年、ずっと?」
「聞いた話ではね」
途方もない時間だ。そんなに長い間、多少の休憩は挟んだとしても戦い続けるなんて、普通はできないだろう。
会うのが困難というのは、そんな暇がレイ王国のホロウにはないという意味か。
「魔界の門は、ホロウの力でも閉じられなかったんですか?」
「黒い塊に住民が寄生されたって言ったよね? どんな姿であれ、元はレイ王国の国民だからさ。その人たちが敵になっても、攻撃できないみたいなんだよね、お兄さん。迷ってる間にどんどん寄生された人数も増えていって、その相手をするだけで手一杯なんだってさ」
十年近く閉じない魔界の門。簡単には閉じられないことが想像できる。それでも、集中して光魔法を注ぎ込めば門を閉じることは可能かもしれない。
だが、魔獣と変わらない存在になってしまった何百、何千という国民を相手にしながらでは……厳しい、だろうな。
倒してしまえれば簡単なのかもしれないけど、私が同じ状況に置かれたら、どうにかして元に戻したいと考える。しかし、一人から魔物を引き剥がすだけでも大変なのだ。魔界の門も開いたままで、どんどん被害者は増える。穴の開いた舟から、バケツで水をかき出すようなものだ。
「魔界の門を閉じる人と、寄生されてしまった国民の相手をする人……その二人がいれば何とかなるかもしれないですが」
そこまで言って、はっとする。
私が行けば、力になれるかもしれない。もしレイ王国の問題を解決できれば、もう一人のホロウの力を借りれる?
そうなれば、魔王を倒せる確率もーー
「アドラさん、レイ王国に私を連れて行ってもらうことは可能ですか?」




