後編
初等科を卒業し、中等部へと入った。
妖精と縁が深いこの国では、初等科で勉学だけでなく妖精の基礎知識を学ぶ。そして中等部では一生を共にする妖精と契約するのだ。
ちなみに、人と契約していない妖精は、上級でもない限りは人の目に映ることはない。だから、私も実際に目にするのは初めてになるけれど。
ゲームで出てきた妖精は凄く可愛かったのよね。小さくて、属性ごとの色のお洋服を着ててお人形さんみたいだった。
私は自分だけの小さなお友達と会えるのを、ずっと楽しみにしていたのだ。胸を高鳴らせながら、私は妖精の洞窟と言われる場所で妖精と契約するため一人ずつ召喚陣に入り祈りをささげている姿を見守っていた。
「おめでとう、君の妖精は火属性だ」
人と契約した妖精は人にその属性に関する加護を与えてくれる。
エレオノーラが契約していた妖精は、水の妖精。だから彼女は妖精が噴射する水鉄砲の他にも水を操ったり溺れないという加護が与えられていた。それを悪用してヒロインを虐めていたんだけど。
私はお友達を嫌がらせのために利用なんて絶対にしない。海に行って一緒に泳いだり遊んだりするんだ。
「さあ、君で最後だ。陣に入って妖精へ語りかけてごらん」
「はい」
やっと私の番が来た。ドキドキしすぎて足がもつれそうになるが、何とか堪える。
そして今までの子たちと同じように両膝をつき、胸の前に両手を組んだ。可愛がりたい、一緒に遊びたいといった邪念が入らぬように注意しながら心の中で語り掛ける。
私の名前はエレオノーラ。争いを好まず平穏を望むもの。どうか、私とお友達になってください。
祈りが呼び声となって、異界にいる妖精たちに届く。そして私の声に応えを返してくれたものがいる証として強い光が溢れた。
「やぁ!僕はシルフだよ。どうぞ末永くよろしくね!」
「よぉ、俺はウンディーネ。女じゃねぇのか、なんて突っ込みはすんなよ?」
光が収まった所で現れたのは、見覚えのある二人だった。
……いやいやいや、なんでそうなったの。エレオノーラは小さくて可愛い水の妖精でしょう?
声が合わさってしまっていたが、確かに二人は風と水の上級妖精である名を名乗っていた。
シルフとウンディーネは顔を見合わせている。完全に意表を突かれた私は呆然と二人を見上げ、先生は思考停止して固まった。周りの同級生たちは、上級が出るなんてヤバくね?しかも妖精が二人とか前代未聞だよとどよめいている。
「なーんでテメーがいんだよ。この女は俺のだ」
「君こそグータラ寝てたんじゃないの。てゆうかさ、エレオノーラを勝手に自分のものにしないでくれる?」
険悪なムードになった二人は睨みあう。合図もなくシルフは風に乗って空に浮かび、ウンディーネは水球を幾つも体の周りへ展開させる。
あ、これヤバイんじゃない?と思った時には、すでに開戦の火ぶたが切って落とされた。
「彼女はボクと契約するんだよ!」
「いいや、俺とだね!ガキはさっさと帰っておねんねしてな!」
切り裂く風の刃と弾丸のような水球が飛び交う。
風圧で服が切り裂かれ、弾けた水で全身濡れ鼠となった生徒たちが悲鳴を上げながら逃げ惑う。
その中で何故か私だけは被害を免れていたが、その代わり何かに全身をぎゅうぎゅうと圧迫されて身動き一つとれない。うう、私も逃げたいんだけど!
それにしてもあの森で会った二人って妖精さんだったんだ。
上級妖精との契約に必要なのは、妖精から名前を名乗ってもらい人間がその名前を呼ぶことで完了すると本には書いていた。
書いていたけど、先生も上級なんて一生に一度お目にかかれるかどうかくらいの超レアって言ってたじゃない。ゲームのガチャじゃないんだからポンって出てくるのはやめてほしい。
というか、私の可愛い妖精さんは?この二人が来たからもう来ないの?…沸々と怒りが湧いてきた。
「二人とも、やめなさいっ!」
人生で一番大きな声なんじゃないかっていうくらいの怒鳴り声が出た。それぐらい今の私は怒っている。
「エレオノーラ!こんなヤツじゃなくて僕を選ぶよね!」
「俺のような男らしい妖精がいいだろ?うるせぇだけのガキなんざキッパリ切り捨ててやれ!」
どちらも願い下げだ。
「私は、貴方たちとは契約しません。どうぞお帰り下さい」
ハッキリキッパリ言い捨てると、二人は狼狽えだした。
私の声に応えてくれたことは嬉しかった。なのに断るだなんて罰当たりなことでもあるのだろう。だからこれはただの八つ当たりだとはわかっているけど。この二人と海に行くのは嫌だ!
重かった体も今は軽い。謝りだし、お互いお前のせいだと責任を押し付け合う二人を置いて私は背を向けた。
そして後から私は後悔することになる。この騒動のせいで洞窟の安全が確保できないからと、私は妖精と契約を果たせなかった出来損ないとなってしまったのだ。
────────────
「まさか妖精と契約しねぇ人間がいるとはな……」
「うう……エレオノーラぁ」
誰もいなくなった洞窟で、二人の上級妖精は喧嘩する理由がなくなり地面へと座り込んでいた。あまりにショックすぎて、すぐには帰る気が起きない。
妖精と共に生きてきたこの国で、妖精と契約を果たさないという意味は大きい。
単純に妖精の恩恵が与えられず普通の人間よりも弱くなる。人間社会での意味合いでいえば忌み子となり、人間関係は破綻してまともな職につけず結婚も出来なくなるのだ。滅多にいないが、そうなった者の末路は国から逃げるか奴隷となるかの二択ぐらいであることは妖精でも知っている。
とはいえ、エレオノーラは妖精から愛されているため契約者に傷つけられるようなことにはならないだろうが。
「やっぱ変だぜ。上級を捕まえて、あの毅然とした態度」
「……そうだね。普通は泣いて喜ぶ所だよ」
「だろ!あの女だって馬鹿じゃねぇ。何か理由があるんだろうな」
「理由ってなにさ」
「んなこたぁ、俺にわかるかよ」
シルフが胡乱気な視線を向けてくるのに対し、ウンディーネはひらひらと片手を振った。
ウンディーネが彼女について知っていることは少ない。一目見てわかったのは、高潔で清浄な魂を持っていること。チビたちによればマナの樹を浄化するために力を尽くし、そして木陰で本を読むことが好きな勤勉家なことぐらいだ。
何かある、と思った理由はそれらを踏まえて生まれた勘ではあるのだが自信はあった。
「だが、俺は諦めるつもりはないぜ」
「僕だって諦めない。絶対に添い遂げるんだ!」
まずはエレオノーラの問題を解決することが先決。同じ人間を狙うライバル同士だが、二人の意見は一致した。お互いにコクリと頷く。
そして二人の姿は洞窟から消え去ったのだった。
────────────
王はため息を零した。妖精教会の教皇に関する黒い噂はいくらでもある。
妖精を生贄にして黒魔術を使うだとか、妖精たちを教会の奥に閉じ込めているだとか。それらの密告は後を絶たない。
だが、証拠がなかった。さらに強制捜査をしてそれがフェイクであった場合がまずい。そのため教皇は今でも野放しになったままであった。
王の憂いに一人の忠臣が進言する。妖精と共に暮らしてきた王国として、それらのことが事実であった時妖精に見放され国は滅びます。ですから教皇に本当にお力があるのか試しましょう。
忠臣は、教皇の力が衰えているとして新たな者を任命するための試練を命じればいいという。国王が無視できぬほどの力を有しているが、世界の危機とあらば断わることはできないはず。
忠臣の言葉を受け、国王は教皇を呼び出してマナの樹が弱っているこの事態を何とかするようにと告げた。
そして王の思惑を超えて教皇は聖女召喚の儀式を行い、見事一人の少女を呼び出すことに成功したのだが。
「ちょっと、給仕ぐらいちゃんとしなさいよ。本当グズなんだから」
「申し訳ございません、聖女さま」
震えながら頭を下げる侍女に対し、聖女と呼ばれた少女は飲み物を投げつけフンッと鼻を鳴らした。
召喚され、この世界が私の好きな乙女ゲームそのものだと気づいた時には小躍りしたくなるほど嬉しかったけど。
食事は精進料理みたいな肉っ気のないものを出してくるし、ドレスだって質素でダサいもの。装飾品もなしだなんて馬鹿にしてるとしか思えない。
ちゃんと要望を出さないと叶えられないなんて、馬鹿ばっかり。それに。飲み物で濡れた女が平伏したままであるのを見下ろし、この侍女もそこそこ綺麗な顔をしてるから首ねと心の中で決める。私より美しい存在など目障りでしかないんだから。
ふふ、でも何をしたって許されることは快感だ。なんたって私はこの世界のヒロインで、権力者である攻略対象たちに愛されながら世界を救済する存在なのだから。
「失礼するよ、カナエ殿」
「ギルバードさま!会いに来てくれたんですね、嬉しいわ」
コンコンとノックの音の後に、攻略対象である第一王子が姿を現した。
金髪碧眼の典型的な王子様だが、ギルバードは見た目だけなら眉目秀麗で大人しそうに見えるけど。悪戯っ子のような性格が可愛いので私の中では攻略候補の中でも優先順位は高めだ。
それに知っているのよ。ギルバードは私と会って話をするたびに恋心を募らせているんだってね。ふふ、イベントが起きるのが待ち遠しいわ。
「少し時間を頂いてもいいかな?」
「ええ、貴方のためならいくらでも時間を作るわ。せっかくだし、一緒にお茶をしましょう」
「ありがとう。まあ、その前に。そこの侍女はどうしたんだい?」
「紅茶を飲んでいたのだけど、零されてしまったの」
「そうだったんだね。なら、また違う子を君につけるよ」
「ありがとうございます。……で、アンタはいつまでそうしてるつもり?気を利かせてさっさとお茶の用意をしなさいよ」
グズな侍女が出ていくと、二人っきりになれた。恋愛イベントを期待し、ギルバードを熱く潤んだ目で見つめる。
全員落とすけど、本命はやっぱり王子様ルートで未来の王妃がいいかしらね。そんなことを考えながら私はギルバードとの逢瀬を堪能したのだった。
────────────
「それで、聖女殿のご様子はどうなのだ」
「駄目ですね。あの女には聖女の資質というものが備わっているようには思えませんよ」
ギルバードは聖女との会談を終え、王と謁見の間で顔を合わせていた。先ほどまでの時間を思い出し、顔を顰めながら私感を述べる。
確かに聖女と呼ばれたあの女が契約していない妖精の力を使えることは、召喚された際に証明されているのだが。
自分の欲望に忠実で他者を貶めることに罪悪感を抱く様子がない。自身を含め権力のある男に対して媚びる姿も醜悪にしか映らなかった。
すぐに侍女を首にすると言い出すが、そんな権限があるはずないというのに愚かしい。世話をしている侍女たちは、持ち回りでしているそうだ。
あのような者を聖女とするなど、やはり教皇は黒だ。わざとつまづき、しな垂れかかった時には突き飛ばしそうになるのを堪えるのが大変だった。
「そのようにハッキリと言って、聖女殿の耳に入れば問題になるぞ?」
「さしたる問題にも感じませんが。まあ、妖精たちは告げ口したりなどしないでしょう」
力を蓄えた下級妖精は成長して、人と変わらないくらいの大きさになる。
ギルバードの契約する妖精は十歳くらいの少女の姿をしていた。彼女へ視線を向けるが、目が合うと彼女は困ったように微笑むだけだ。喋れない訳ではない。ただ、聖女の案件に関することに対しては妖精は口を噤んでしまうのだ。話せない何かが、あの聖女にはある。それは分かるのだが、肝心の内容がわからない。
「世界救済の旅へはどうだ?」
「まだ時期じゃないと断られました」
「なんじゃ、それは。いつならいいのだ?」
「わかりません。ただ、イベントは全部こなさないと気が済まないとは言っていましたが」
マナの樹を救うには、マナの樹の子供たちを浄化していかなければならない。古い文献によると、妖精に愛された者が祈りを捧げることで穢れを取り除くことが出来るらしい。
まあ、穢れた性質を持ったあの女が祈りを捧げたところでマナの樹が救えるとは思えないが。
「教会に潜り込ませておる間諜からの報告は逐一聞いておるが、芳しいものはないのが現状」
「私も引き続き、あの女から情報を引き出すため通います」
「苦労をかけて悪いが、頼んだぞ」
「かしこまりました。国のため、世界のため粉骨砕身して参ります」
王へ臣下の礼を取り、退室する。
それにしても頭が痛くなるような件が続く。今、こうしている間にも世界を支える柱たるマナの樹は弱るばかり。文献に書いてある通りに、本当に聖女たる清らかな存在がいるのだろうか。
もし目の前に現れたなら、惚れてしまいそうだな。心の中で冗談を呟き、ギルバードは小さく笑った。
────────────
日本のように、この世界では高等教育はない。
中等部を卒業すれば働きに出るか、貴族ならば行儀見習いとして王宮に勤めるのが普通である。
だが私は妖精と契約が出来なかったことで大貴族との婚約が破棄に。これにはさすがに放任主義の両親も怒り心頭で勘当されました。
着の身着のままで放り出され、どうするか悩んだものの行き先は一つしかない。
妖精を祀る教会。教会ではどんな人間にもその門を開き、受け入れてくれる。
世間では世界がヤバイらしいと騒がしいけど。ヒロインももう召喚されたようだし任せといたら勝手に世界は救われるから大丈夫。
リアルでヒロインたちの恋愛事情をデバガメしたい気持ちもあるけど、王宮なんて悪役令嬢にとっては鬼門だ。
「そこのキミ、西棟も汚れが溜まってきている。掃除しておいてくれ」
「はい。かしこまりました」
司教さまはそう言って私に鍵を手渡し、両手で丁寧に受け取った私はメイドのような物腰で対応した。
シスターになった私の仕事は、掃除がメインの雑用仕事。掃除は好きな方だし、王都の教会だけあって荘厳で美しい建物にいられるだけでも何となく幸福な気分になれる。
日々の生活は早朝から夕刻まで働いて、野菜中心のご飯を食べ水浴びをしてから自分へのご褒美として甘味を食べること。
これが前世だったなら、仕事終わりにコンビニに寄ってテレビを見ながら夕食を取って。そしてお風呂に入りビールを飲んで寝る、なんて生活を送っていたけど。
コンビニもお風呂もない世界だが、健康的な生活を送る日々には結構満足している。
まあ、残念なことといえばまだ友達が出来ていないことだ。学生の頃はそこそこ友人がいたのだが、教会に来てからは遠巻きにされている気がする。
苛められている訳ではない。確かに始めは妖精と契約していないというだけで苛められたりするんじゃないかと不安にもなったが、そういう人はいなかった。
「これで終わりっと」
モップで床を丁寧に拭き、ピカピカになった姿に満足げに頷く。
「さてと、ついに西棟に行く日が来たわね」
西棟には鍵がついていて、今まで一度も入れたことはなかった。先輩シスターによると、西棟は教皇と極一部の人間しか立ち入りを許可されていないらしい。
あれ、じゃあ何であの司教さまは私に鍵を?疑問に思ったが、深く考えない前向き思考が取り柄。汚れているというなら磨き上げて教皇様を喜ばせよう。
モップとバケツと雑巾の三種の神器をたずさえ、西棟へと向かった。
────────────
今の時間は使われていない教会堂は静まり返っている。
美しいステンドグラスに心を奪われそうになりながらも、西棟へ続く扉の前へとやってきた私は掌の鍵を見下ろした。幼い頃に好きだったアニメを思い出すような、可愛らしい形をしている。
「レリーズ(封印解除)」
なんちゃって。誰もいないからと、つい魔法少女の言葉を口に出してしまった。もちろん鍵が光ったり大きくなったりすることはない。鍵穴に差し込み、捻って扉を開ける。中に入って、私は思わず呼吸を止めた。
何これ、くっさっ!今は腕で鼻と口を覆っているが、西棟の中は薄暗くカビやほこりで空気が澱んでいた。窓をバンバンバンッと勢いよく開ける。
換気されたことで少しはマシになったが、教皇様たちはよく耐えられるものだ。壁も変色が酷すぎて、シミュラクラ現象で何かの模様が書かれているように見えるし。
これは気合いを入れて取り組まなければならない。ふっ、ベテラン掃除婦を舐めんじゃないわよ!
壁も床も窓も水拭きが終わり、上の階へ行こうとしたところで「はっ?!」という声がした。振り返ってみると、見たことのあるお偉いさんがポカンと口を開け目を見開いた状態で固まっている。
「な…貴様、どうやってここに入った!」
「掃除を言いつけられましたので、鍵を開けて入りました」
正直に答えたのにお偉いさん…確か枢機卿だったかな?枢機卿は怒りの形相で近づいてくる。
「よくも結界を破ったな。スパイめ、ただで済むと思うなよ!」
憎々し気に言い放った枢機卿は懐からナイフを取り出す。聖職者が持つものじゃないですよ!だが弁明を聞いてくれる雰囲気ではなく、私は三種の神器を枢機卿に向けて放り出した。
コンッとバケツが頭に当たり、ベシャッと雑巾が顔面へ覆いかぶさって、カンッとモップの柄につまずいた枢機卿が転ぶ。今の内!と私は階段を駆け上った。どこかで籠城し、枢機卿が落ち着くのを待つしかない。だが行き止まりが怖くて、結局は一番上まで上ってきてしまった。一番上の階層には牢屋のような檻があるだけだ。
「はぁ、はぁ。追い詰めっ、たぞ!」
大量の汗をかき、苦しそうに膝へ手を当てて肩で息をする枢機卿がすぐ後ろにいた。もう檻の中に逃げ込むしかない!
だが戸を開けた瞬間、突然湧き出た水が部屋を満たして割れた窓から私は宙へと放り出されていた。意味が分からない。
西棟は十階ほどの高さがある。重力に従って落ちていき、風の音がうるさい。あ、これ死んだな。近づく地上など見ていられなくて目をぎゅっとつむる。
だが急にふわりと体が浮いて、誰かに抱きかかえられている感触になった。恐る恐る目を開けてみると、シルフが安堵したように微笑む。
「間に合ってよかった。怖い思いをさせちゃってごめんね」
声を出そうとして、けれど恐怖で竦んだ体は震えるばかりで。そんな私の様子に、シルフは無理しなくていいよと優しく言うとゆっくりと地上へと下ろしてくれた。
「おい、シルフ!俺の役目を奪ってんじゃねぇよ、その女をこっちに渡せ!」
「誰が渡すもんか!エレオノーラを危険な目に合わせて、酷い奴!」
「危ない目になんか合わせるか!ちゃんと俺特製のウォーターベッドを用意して待機してたんだぜ!口説き文句を決めてやる俺の計画が…!」
「ばっかじゃないの!ウンディーネ、君って奴は世界一残念な頭だったんだね」
「んだと、このクソガキが!」
シルフに抱っこされたまま、二人の喧嘩がまた始まってしまった。話の内容から、どうやら溢れた水はウンディーネの力のせいだったらしい。間に挟まれたまま騒ぐ二人の声を聞いていると、だんだんと落ち着いてきた。
シルフの胸元の服を軽く引っ張り、やっと私の方を向いてくれたシルフに下ろしてほしいと頼む。もうちょっと抱っこしていたいと言うシルフに、もう一度下ろしてほしいと一音ずつ強調して言うとしぶしぶ下ろしてくれた。
地面に足がつくって幸せなことだったんだ。びしょ濡れだった体は、ウンディーネが水気を全部取ってくれたし。
余裕が出てくると、当然ながら疑問が湧き上がってくる。西棟に入ってからの騒動は、一体なんだったのだろう。
その疑問を解消するための最後のピースが到着したことに私は気づいていなかった。
騎士団に護られながら現れたのは、遠くからしか拝見したことのない王様とヒロインと攻略対象たち。
地面に縫い付けられた教皇様の元へ足を向ける。国王はこちらを向き、シルフへご協力感謝いたしますと頭を下げるとシルフが軽く腕を振るう。
国王を睨み付けながら立ち上がろうとした教皇様を、騎士団の人が押さえつけて跪かせた。
「教皇よ、貴様の悪事は全て暴かれた。よって裁判を執り行う故そなたを捕らえる」
「どこに、そのような証拠があるというのだ…!」
「証拠はまだないが、証言者がいるのだ」
「証言者、だと?そんな者の言い分を信じて、この私を捕らえるというのか!」
国王の目がこちらを向いて、私は思わず後ずさりしようとしたがシルフにぶつかる。
「あちらにおわすのは、上級妖精のシルフさまとウンディーネさまだ」
「はっ?!」
教皇様は首を勢いよくこちらへ向け、信じられないと驚愕の眼差しで二人を見つめる。
誰にも気づかれはしなかったが、ギルバードはエレオノーラを見て一拍後顔を赤らめた。
「そしてあの少女こそ、妖精たちに愛された特別な存在。貴様の罪を暴き捕らえられた妖精たちを解放した英雄だ」
妖精たちを救った英雄だなんて、凄い人がいるんだ。そう他人事のように片づけたいところだが、王様とバッチリ目が合ってしまっている。
私は何もしていないんだけど…。さらに王様は上級妖精から聞いたという話を語りだした。
「幼い頃から妖精と親しくしていた彼女は、マナの樹が弱っていることに心を痛めていた。七つの時、彼女は穢れて汚染されたマナの樹の子供の元へと向かう。そして妖精石を清め、力を込めた鳥の造形物を空に放って穢れの大部分を祓ったという。残りの瘴気は妖精たちが力を尽くし、彼女は日参して妖精たちを支えた」
誰の話だろうと内心で首を傾げる。王様が言っているようなことを思ったことも、やった覚えもない。
「妖精との契約の儀式の時、彼女は上級妖精をお二人も召喚した。だが契約はされなかった。何故かわかるかね?教会に潜り込むために弱者を装って貴様らを侮らせるためだ。そして西棟にかけられた封印を解き中の結界を破壊して、彼女は見事に妖精たちを解放したという訳だ」
教皇様は悔し気に唇を噛みしめた。
いや、どういう訳なの?ただ分かることは王様がとんでもない思い違いをしているということだけだ。
私は英雄だなんて言われるような人物ではありません、何もしていませんと必死で訴えるが王様は謙虚な方だと目尻を緩めて微笑む。
えええ、一体どう言えばこの勘違いはどうしたら解けるのか。困って周囲を見渡すと、シルフとウンディーネはうんうんと相槌を打つように頷いて満足そうにしている姿が目に映った。
そういえば王様は上級妖精から話を聞いた、と言っていた。ということは、この事態は貴方たちのせいか!
「ちょっと、どういうこと!こんなヒロインを無視したイベントなんてありえない!」
ギルバードの隣で黙っていたヒロインが地団駄を踏みながら叫んだ。
この子、ヒロインとかイベントって言った?ということは前世の私と同じ世界から来た異世界召喚者か。ちょっと羨ましい。
「そこの悪役令嬢って転生者でしょ!ちゃんと役を演じなさいよ、アンタのせいで台無しじゃない!」
少し痛い目に合わせてあげる!そう言って、ヒロインが左腕を前へと突き出す。
何が起こるのかと一瞬ビクついてしまったが、なにも起こらない。ヒロインが何でいうことを聞かないのかと怒鳴るが、もしや妖精に何かさせようとしていたのだろうか。でも。
「貴女にそんな力はありません。知っているでしょう?」
「それは!そうだけど…でも私が特別だから出来たのよ!」
「妖精と契約していないのに?」
聖女の力は、浄化の力。それに人と契約していない下級妖精はこの世界で力を行使することはできない。
いやでも、よく考えてみたら例外としてゲーム終盤、人間の持つ光か闇の力を食べ物に込めて妖精に食べさせることで一時的に妖精の力を使用することが出来るって情報が明かされたような気がする。
「その疑問には僕が答えるよ」
シルフが芝居がかった動きで前へと進み出て、ちょうど王様たちと私の間に立った。
「僕は聖女が召喚されたという魔法陣を調べてみたんだ。よーく見てみると、余計な一文が書かれているじゃないか。書かれていた内容は、召喚した者とされた者にパスを繋ぎ力の共有をするというもの。教皇さん妖精をエネルギーに変えて力を行使する能力を持っていたようだね。だからそこの聖女様とやらは、妖精たちを生贄に捧げて脅しに使ったり便利な道具扱いしていたという訳さ」
予想だにしなかった恐ろしい内容に絶句する。ヒロインも私と同じような表情をしている所を見ると、そのことを知らなかったようだけど。
「でも教皇さんの能力も、禁書によって得たもの。西棟に魔術を仕掛けていたみたいだけど僕の!エレオノーラが消し去ってくれたから聖女さまは力を使えなくなったのさ」
力が使えないとわかったからか、王様が騎士に指示を出す。騎士がヒロインであったはずのカナエを拘束するが、彼女は俯いたまま大人しく従った。
後で話をしよう。で、問題はシルフだ。僕のってやけに強調したけど私はシルフのものじゃないし、またウンディーネが騒ぎ出している。
でもそんなことをしている場合じゃない。禁書があるというなら早く処分してしまわないと。
「大丈夫だよ。ノームが教会から全員いなくなったってテレパスしてきたから、すぐにイフリートが燃やしてくれる」
シルフがそういうや否や、教会から火柱が上がった。さらに街中の一角からも同様の火の手が上がる。ウンディーネの目が金色に光り、燃え上がる建物の周りに水のヴェールが作られた。
「聖女騒動はこれにて完結!ってね」
「そうは言っても、かなり乱暴ね…」
「エレオノーラにアピールしたかったからね。張り切っちゃった」
「あの時と変わらず、契約する気はありませんよ」
え、なんで?!信じられないと驚愕するシルフから目を逸らすと、また王様と目があった。
「四大妖精が揃って人の力になるなど前代未聞。信じられないこの奇跡を起こして下さった貴女と妖精たちのおかげでこの国は救われた。国を代表するものとして深く感謝いたします」
「いいえ、私は何もしておりません。全ては妖精たちが尽力して下さった結果です」
「ご謙遜を。だが、それが貴女らしい魅力なのでしょうな」
この勘違い、何を言っても逆効果な気がしてきた。思わず溜め息をつきたくなる。不敬罪に問われそうだから堪えたけど。
「エレオノーラ嬢。貴女はこれから世界救済の旅に出るのですか?」
「…え?出ませ…」
「ここでの仕事は終わったから、そうなるよね」
私の言葉を遮ってシルフが勝手なこと言う。いや、聖女じゃない私が何で世界救済の旅に出ないといけないの。
慌てて訂正しようとするが、ギルバードが突然私の手を握った。
「ならば私も共に行かせてください。国の問題を貴女が解決して下さった今、今度は私が貴女の力となります」
「いえ、私は行かな…」
「陛下、私は王位継承権を放棄します。そして彼女と共に世界救済への旅へ出ます」
「決意は固いようであるな。であるなら、必ずや彼女を護り通せ。そして其方もまた生きて帰ってくるのだぞ」
「父上…はい、拝命いたします」
他人事なら親子の愛に感動する場面なのだろうが、ギルバードの手は私の手と繋がれたままだ。冗談じゃない、ヒロインのような特殊能力のない人間を過酷な旅へ連れて行こうだなんて絶対おかしいよ!
あまりの展開に言葉を失い、青ざめて首を振る私の手を引いてギルバードは準備をしなければと城へと帰ろうとする。一人で帰って下さい!というか、シルフとウンディーネは?!
「じゃ、僕も一緒に旅に出る準備をしてくるよ!」
「俺は忙しいんだが、仕方ねぇな。すぐ戻ってきてやるから、大人しく待ってろよ」
こういう時に騒いでよっ!私の心の絶叫に気づかず、二人の姿は一瞬でかき消えてしまった。
結局は逃げきれず王宮へと連れて行かれ。逃げようとしてもすぐに捕まえられ。結果として、国を挙げての華々しい出立で見送られてしまった。
そして世界救済の旅を経て、一方的に恋心を育てたギルバード。全てを終えた時、エレオノーラに跪いて求婚した。
だが、エレオノーラは平穏とは無縁になりそうな予感に結婚する気はないと断る。苦肉の策で妖精教会の新たな教皇になることでそれを回避。
上級妖精は喜んだが、それはギルバードとのいたちごっこの始まりでしかなかった。
☆補足☆
『王国』
第一王子が王位継承権を放棄したため、第二王子が継承権第一位となった。
国王となった第二王子は賢王として国を導いていく。尊敬する人物は、兄上とお義姉さま。
『ギルバード』
エレオノーラに一目ぼれ。剣の達人で旅のさなか前線に立ち、彼女を護る。マナの樹が救われた後、エレオノーラに猛烈アタックするが逃げられてしまった。諦める気は全くない。ちなみに初恋は、絵本の聖女さま。
『シルフ』
四人しかいない上級妖精の一人で、風を操る。エレオノーラが大好きで、一生一緒にいたいと思っている。だから人間をやめてくれると嬉しいな。
『ウンディーネ』
四人しかいない上級妖精の一人で、水を操る。エレオノーラの属性と一緒なため、実は一番相性がいい。
水の妖精は女しかいないのだが、突然変異で男として生まれた。女系家族の中の末っ子的なポジションのため、いじられキャラ。でも力は歴代最強クラス。
『ヒロインのカナエ』
大好きな乙女ゲームの世界のヒロインとして召喚され、調子に乗ったあげく傲慢になってしまった。
エレオノーラに一緒に贖罪の旅に出ようと誘われ、世界救済の旅に同行する。エレオノーラをお姉さまと呼び、男に興味がなくなった。