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火葬  作者: 昼夜
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後編

 たった一年の月日では、人は何も変わらない。

 リラは相変わらず周囲から浮いたままで、カミは嘘つきのレッテルを張られたままだった。

 リラと仲良くなった。そんなことを言ってみても誰も信じてくれない。それどころか魔女の手先呼ばわりだ。酷い連中だ。

 心ではそう思いつつも、カミはずっと気になっていた。


 リラ達は一体どんな風に火葬を行っているのか。

 村で言われているように、本当に怪しげな儀式を開いているのだろうか。

 私は魔女みたいなもの。そう呟いていた寂し気な瞳が頭を離れない。

 もし本当にリラが魔女だったらどうしよう。馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、そんな気持ちが少なからず子供心を揺さぶっていることは事実だった。


 そんなある日の朝、久々に火葬が開かれることになった。


 どうせならこの機にこっそり火葬の様子を見てしまおう。どうせバレやしない。

 眠りから目覚めたカミは、機を見てこっそりとリラの後をつけることにした。

 リラの家の近くでじっと隠れていると、月が顔を覗かせはじめた夕刻に少女が姿を現した。


(一人?)


 カミは違和感を覚えた。たしか火葬はリラとその祖母の二人で行われるはずだ。何故ひとりぼっちなのだろうか。

 黒いローブで顔も身体も覆い隠し、鞄を担いだリラはゆっくりと歩いてゆく。

 死者が焼かれて煙になる「旅立ちの丘」へ向かって。

 火葬が行われる日は守衛が何人か丘への道を塞いでいる。誰かが勝手に立ち入るのを防ぐためだ。その守衛もリラが現れると会釈をして横へはけた。鎧が擦れる音が物々しく響いている。

 カミは念のために一際深い木陰に隠れ、さながらスパイのように闇をつたっていった。


 旅立ちの丘に続く道。

 神聖な場所へと続く道にしては花も像もなく、整備された道がただ退屈に蛇行しているだけの寂しい場所だ。

 十分ほど歩いたところで、ついに丘の頂上に到達した。

 リラは担いでいた鞄を地面に置き、ゆっくりとフードを取った。


 泣いていた。


 その目には、確かに一縷の悲しみが流れていた。夕焼けに照らされ、涙が半透明の赤色に見える。

 何を見ても無表情なはずのリラの涙を見て、カミは驚いた。

 きっと、今日の火葬は彼女にとって特別なのだ。

 神妙な顔をしてリラの横顔を見つめる。


「リラ」

 心より体が先に動いていた。

 カミは木陰から姿を現し、リラのほうへ歩み寄った。

 リラは流石に驚いたのか、目を何度も瞬かせた。しかし、すぐに状況を飲み込んだように真顔に戻った。


「カミ?」


 いないはずの自分を見ても、相変わらずの冷静さを保ったままでいるリラに、カミは言葉を失った。

 そして、リラの全てを悟った。

 でも、何も言えなかった。強がり屋のリラが強がることを知っているから、これ以上傷つけるようなことを言いたくなかった。それに、慰めの言葉をかける前にまずは言い訳をしないといけない。カミは咄嗟に何か嘘の言い訳を考えた。

 何も思いつかなかった。

 やっぱり、正直に話さないといけないみたいだ。


「ごめん。その、どうしても気になっちゃって。リラがここでどんなことをしているのか。どんな思いで火葬をしてるのかなって」

「……」

「そしたらリラが泣いてるから、ほっとけなくなっちゃって出てきちゃった」

「そう」


 リラはいつもの無表情のまま呟いた。そして、今気づいたかのように慌てて涙を袖で拭った。カミはそっとリラに近づき、ポケットに入っていた白いハンカチを貸してあげた。普段はハンカチなんて使わないのだけど、今日は何故かズボンに入っていた。


「これ使えよ」

「いいの?」

「あの時のお礼さ。狼を助けたときの」

 狼とリラを守るために、不本意ながら不良の餌食になったあの日のお礼だ。まさかこんな形で返すことになるとは思わなかった。

 そういえばあの狼はどうなったのだろう。こんな恰好の話題があったのにすっかり忘れていた。

 話しておけばよかった。


 リラは少し怒ったような顔でハンカチを受け取った。

「もしかして怒ってる?」

「怒ってない」

「じゃあなんでそんな顔してるんだよ」

 リラはなんともむず痒そうな顔をした。そして、お得意の何かを諦めたような表情でほっと一息ため息をついた。


「このハンカチ、土がついてる」

「うそ」

「ほんと」

 確認してみると確かに土がついていた。リラの白い頬にも少しだけ泥がついている。格好つけて慣れないことはするものじゃない。カミは苦笑した。


「悪い、知らなかったんだ」

 カミの言葉を受け流すように、リラは背を向けた。背中まで伸びた黒い髪が、冷たい風に吹かれて波のように揺れている。

「お詫びにさ、火葬手伝うよ。一人じゃ大変だろ」

「……別にいいよ」

 

 わずかに肩が震えている。

 こんな時、どんな言葉をかけたらいいのかわからない。悲しむ人に向けて慰めの言葉をかけてみても、それが何の意味もなさないことをカミは知っていた。

 下手に慰めるくらいなら、何もせずにただ傍にいてあげたほうがその人のためになるんじゃないか。

 無責任に手を差し伸べるよりも、相手が手を求めてくることを待った方がいい。


「カミ」

「ん?」

「話したいことがあるの」

「なんでも聞くよ。今はなんだか気持ちが晴れてるから」

 

そう答えるとカミは地面に寝転がった。雑草と土の匂いが鼻を撫でる。リラは少しの間その様子を逡巡したように眺めていたが、どうでもよくなったのかカミの隣に寝転がった。

 黒い夜の世界の片隅で、青白い夕日がわずかな姿を眩ませている。

 絨毯のような星空が見える夜空と、焼き尽くすような黄昏空。カミはその対比に見惚れた。

 空は世界で一番平等な芸術だ。どんな人でも、どんな生き物の瞳にも空の色だけは変わることがない。何かを疎外したりしない。


「あのね、カミ」

「ん?」

「火葬は夜になる前にしないといけないの。そうしないと、死者の魂が空に帰る道を見失ってしまうから」

 その言葉を聞いて、カミは思わず起き上がった。

「えっ! 早く言えよ。寝てる場合じゃないじゃん」

「そうなの」

 返事はしたものの、リラは全く動こうとしない。


「カミ」

「なんだよ」

 名前を呼んでから一呼吸おいて、リラは呟いた。


「気付いてるよね? 今日は、誰の火葬をするのか」

「いや、わからん」

 カミは嘘をついた。変な気を遣わせないためだ。

「そっか」


 意を決したのか、リラは今度こそ立ち上がった。

 そして、地面に置いてあった鞄の中身を取り出した。

 荘厳な紫紺の布に包まれた銀の松明と、着火用のマッチ。そして、美しくも儚い輝きを放つ水晶だった。


「うわ、すごい。その水晶は何に使うの?」

「これはただの魔除けよ」

 リラは鹿爪らしい顔で呟いた。

「はは、なんだ。本当に魔女みたい」

「うるさい、嘘つき」


リラは目でカミを叱った。実は魔女というあだ名のことを気にしていたのだろうか。怒ると本当に魔女みたいな気迫が感じられる。でも、怒られても嫌な感情は湧かない。

 リラは震える手で何度もマッチを擦り、ようやく松明に着火した。

 そして、火が灯された松明を空に掲げた。


 神よ、どうか沈むように安らかな眠りを――。


 最初にそう呟くと、リラは透き通った声で何やら呪文のようなものを唱えはじめた。

 その様子をカミはじっと見つめていた。

 宵闇の中で放たれる炎が神々しくて、リラが天女のように見える。

 カミは納得した。こんなに美しく死者を送ることができるのは、リラの他には誰にもいない。

 呪文が終わるとリラはカミに松明を渡した。


「え? 俺が火をつけるの?」

「違う。火葬の前に、最後のお別れを言わないといけないの」

 リラはゆっくりと目の前の安置されている棺に近づいた。

 そして棺を開け、呟いた。




「さようなら、カミ」




 リラの言葉に、カミは微笑んだ。


「何だよ。そこは嘘つけよ。何のために俺がさっき嘘ついたと思ってるんだよ」


「……でも」

 リラの声がわずかに震えた。

 次の瞬間、リラの瞳から大粒の涙が洪水のように溢れだした。

 涙は風に解け、霧となって流れていく。


「ちゃんとお別れしないとカミを向こうに送れない」

 リラの声は涙で掠れた。

 カミは微笑みながら、リラの手に触れた。


「ありがとう」

「……」


 カミはリラに松明を手渡した。


 死んだときの記憶はあんまりない。思い出せない。

 正直、もうどうでもよかった。死ぬのは怖かったはずなのに、いざこうなってみると清々しいほどあっさりと諦めがついてしまった。

 それよりも、今はリラが自分を送る姿を見たかった。


「リラが火葬を任される理由、なんとなくわかったよ。魔女だからとかそんなんじゃなくて、心から死者を見送ることができるからなんだね。こんなに綺麗に送ってもらえるなら、きっと皆気持ちよくいけるよ」

「違うの。私は、私の一族は死者の魂が見えるから――」

「もう夜になる」


 カミはリラの言葉を遮った。

 時間がない。全てが思い出になってしまう前に、言いたいことを言わなければ。


「あの時のリラの言葉、覚えてる?」

「え?」

「天国が本当にあるってわかったら、皆自殺しちゃうって言葉」

「覚えてる」


 リラは消え入りそうな声で呟いた。心なしか、申し訳なさそうな顔をしている。


「あれ、やっぱり間違いだよ。だって、天国に行って楽になったとしても意味がない。そんなところで楽になるより、頑張って生きて好きな人達を見つけて、その人達と一緒に苦楽を分け合ったほうが絶対に楽しいぜ……なんて。死んだ俺はそう思うよ」

 カミは気恥ずかしくなって照れ笑いをした。

 リラはその様子をみて少しだけ笑顔をみせた。


「……噓つきのカミが言うんだから、半分だけ信じてみるよ」

「それがいい。あ、もう本当に日が沈んじゃう」

「うん」



「それじゃ、またな」

「うん。また」

 リラは唇を噛みしめながら、カミから目線を逸らした。


「……」


 心に決めたのだ。初めてできた友達を、自分一人の手で見送ると。

 リラは逡巡している自分を押し殺し、松明を持った手を伸ばした。

 そして、棺に火をつける。

 白い棺は炎に包まれ、辺りを明るく照らした。それと同時にカミの姿は一瞬で消えてしまった。リラは目を瞑り、ひたすら祈りを捧げた。祈りの言葉で頭を満たしていないと、崩れ落ちてしまいそうな気がした。



 火と共に魂は輝く塵となり、空へと昇ってゆく。



 数十秒が経過し、リラは目を開けた。

 そしてやはり、いつものようにやるせない気持ちになった。

 こんなに儚い命なのに、何故人はみな必死に生きなければいけないのだろう。

 カミの言うように好きな人と一緒に過ごせれば、この儚さを忘れられるほど楽しい人生を送ることができるのだろうか。

 でもそれを見つけられない人はどうすればいいのだろう。

 現に、こんな私には好きな人なんて見つけられそうもない。

 リラは凍えた自分の身体を抱きしめた。

 その時だった。



「俺がいるよ」



 一人取り残されたはずの少女は目を開き、必死に辺りを見回した。

 しかし辺りには火の粉が飛んでいるだけで、他には何も見当たらない。

 リラはふと空を見上げ、青い月を眺めながら少年の悪戯な笑みを思い浮かべた。

 そして、涙で濡れた笑顔のまま呟いた。


「嘘つき」




ありがとうございました

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