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破戒の聖音  作者: 乙丑
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1・破戒神――4


「おうおう、にいちゃん、今日こそかたつけようやないかぁ?」

「この前はうちの友達が偉いお世話になったようで?」

 図書館の一件から二週間。謹慎が解けた真一が、登校途中のことであった。

 五人ほどガラの悪い不良が真一に絡んでいるのだが、真一本人は面倒なのでスルーしている。

「病院でいたいよーいたいよーって泣きわめいとったぞ? われぇ」

 ――はて、なんのことやら……。

 真一は、本当に覚えがなかった。

 彼らが言っているのは、先日ゲームセンターで真一が懲らしめたチンピラのことを云っているのだが、真一はまったく忘れているのである。

 ようするに、真一からしてみれば、この状況はタチの悪い不良が絡んでいるとしか考えていない。

 そもそも、自分に喧嘩を売ったチンピラが悪いんじゃないのかと、真一はふと思った。

「われぇ、ちょっと待てやぁ」

 不良の一人が真一の肩に手をかけた。

 真一はさほど気にせず先へと進んでいく。

「おっ? おっ……とっ?」

 不良が足を止めようとしたが、いっこうに止まらない。というより引き摺られているとしかいいようのない光景である。

「おわっ? とととと……」

 不良は真一の肩から手を外し、咄嗟にバランスを取ろうとしたが、取れずに転倒した。

「だ、大丈夫か?」

「やろうっ! ぶっ殺してやる」

 不良の一人が激情し、ポケットから折りたたみナイフを取り出した。

「死にさらせぇえええええええええっ!」

 不良が、真一目掛けてナイフを突き出し、突進する。

 真一は振り向くや、回し蹴りでナイフを払い落とし、その勢いのまま踵落としを不良の脳天に喰らわせた。

 そのあまりにも綺麗な動作に、事情がわからない周りの一般人は、アクション映画の撮影じゃないのかと興奮する始末である。

「く、くそっ! お、お前らあいつを抑えつけろ!」

 不良の号令を聞き、他の不良たちがうしろから真一の腕を掴んだ。

「よしっ! それじゃぁこいつをフルボッコにしてやるぜぇ」

 不良がメリケンザックを指にはめ、真一に殴りかかろうとしたが――。

「ごふっ?」

 真一が、目の前にいる不良の腹に思いっ切り蹴りを入れ、腕を掴んでいた不良二人を腕の力だけで前に倒す。

「すげぇええええっ! なんだこれ?」「映画じゃねぇの? カメラはどこだ? もしかして隠し撮りか?」「きゃぁああああああっ! すごい」

 と周りの人間には、もはやこれがただのケンカには見えていないようである。

「はぁ、わかったらさっさと帰れ。こっちは付き合ってる暇ねぇんだから」

 真一が睨むと、不良たちは背筋に悪寒を感じ、あたふたと逃げていった。

「さてと……って、げっ? くそっ! あいつらに構ってないで無視すればよかった」

 時計を見るや、真一は表情に焦りを見せた。時計の針は七時五十分を刺している。

 今から電車に乗っても間に合わない。遅刻確定であった。

「どうすっかなぁ……、突然おれの中に眠っていた邪神アシワムルガが暴れだして――いや駄目だろ、これは……」

 中二病的なことを考える暇があるならさっさと走れと、真一は自分に突っ込んだ。

 急いで走ったが、乗り込む電車が早くなるわけでもなく、学校に着いた時はすでに朝のHRが終わった頃で、担任にこっ酷く叱られたのはいうまでもなかろう。


「よし、しっかりと終えてきているな」

 生活指導室のテーブルに広げたノートやプリントを一通り見てから、草香江は真一に話しかけた。

「それじゃぁ、もうひとつ仕事だ。図書室に行ってちょっと資料を探してきてくれ」

 草香江はスーツのポケットから紙切れを取り出す。

「えーと、なになに……げっ?」

 内容を見るや、真一は固まった。

 メモには、【細胞分子生物学】、【物理実験における成功確率論】、【数学理論辞典】、【徳川十五代関係図】、【英和辞典】、【大辞林】

 と書かれている。

「これ全部ですか?」

「ああ全部だ」

「カゴもらえないっすかね?」

 そうお願いしたが、草香江は笑みを浮かべて、「ない」ときっぱり答えた。

 それを聞きながら、心の中で「ですよねぇ~っ」と呟きながら、真一は溜め息を吐いた。


「――ったく、人使いの荒い生活指導だ」

 真一は愚痴りながらも、図書室の奥でメモを見ながら資料を探していた。

「あーっ! もうっ! たかが本のクセに集まると重てぇな」

 頼まれていた本はすべて分厚く重い。一番小さい【英和辞典】でさえ、一キロはある。

 ましてや一番大きな【大辞林】は桁違いに重い。

 もし強盗犯がこれを凶器にしたとすれば、間違いなく鈍器となりうる品物であろう。

 見た目はバカバカしく見えるが。

「えっと、司書の子はっと……」

 重たい思いをしてカウンターまで来たのはいいが、図書委員の生徒が見あたらない。

「休みなんかなぁ……、勝手に持って行ったら怒られそうだし」

 真一がそう悩んでいると、「あ、あの……」

 声が聞こえ、真一はうしろを振り返った。

「その本はすべて貸し出しできませんが?」

 烏羽色の、綺麗な長髪の少女が、カウンターに乗せられた本を見ながら真一に話しかけてきた。

「あ、いや……、生活指導の草香江先生から持って来いって頼まれたんだよ」

 真一は紙切れを少女に見せながら説明する。

「草香江先生――? ですが資料を取りに来るという連絡は受けてません」

「え? そうなの?」

 意外な展開に、真一は素っ頓狂な声をあげてしまった。

「はい。なので委細いさいかまわず、図書室でしか読めない本の貸し出しはできません」

 少女はそう言うと、ゆっくりと本を抱えて歩き出した。

「あ、おれが元に戻すよ」

「いえ、あなたみたいな乱暴者に本を扱われては、本が可哀想ですので」

 少女は本の重みでフラフラになっていた。本の重みは合計して二十キロはある。

 しかも積み重なっているせいで、視界が上半分ほどしか見えていない。

「えっ? あっ!」

「ああもう、どこにおいてあったかくらい覚えてるし、そんなに重たいの持ってたら腰悪くするぞ?」

 バランスを崩し、少女が転倒しかけたのを、真一がうしろから支え、本を机の上に置くように促した。少女は訝しげな表情で真一を一瞥し、云われたとおり本を机の上に置く。

「――っと、すまないけど内線使わせてくれないか?」

 そうお願いされ、少女は首をかしげる。

「ちょっと草香江先生に連絡するんだよ。ほら図書委員に連絡が来てなかったんだろ?」

「あ、はい……、そうですね。ちょっと待ってください」

 少女はそう言うや、受け付けにおいてある内線電話の受話器を取った。

「えっと、職員室は内線*番……」

 電話のボタンを押し、応答を確認する。

「はい。こちら職員室」

「すみません、図書委員の堂本ですが、草香江先生はいらっしゃいますでしょうか?」

「草香江先生……? ちょっと待っててくださいね。草香江先生」

 電話越しの教師が草香江を呼び出す。

「あぁはいはい。電話変わりました、草香江です」

「今図書室に草香江先生から資料を頼まれたという生徒が来てるんですけど、その……、資料を取りに来るという連絡を受けていなかったものでして」

 堂本がそう尋ねると、草香江は少しばかり考えて、「ああ、言ってなかったな。いやいやすまないすまない。あっ! そこの馬鹿みたいな顔してる不良に言っといてくれ。資料は必要なくなったからなって」

 そう言うや、草香江は電話を切った。

「草香江先生なんて言ってた?」

 真一がそう尋ねると、堂本はジッと真一の顔を見つめた。

「な、なんか顔についてるのか?」

「バカヅラではないような気が……」

 堂本がそう言うと、真一は怪訝な表情を浮かべる。「ば、バカヅラ?」

 真一は怪訝な表情を浮かべながら、聞き返した。

「あ、いえ……。そうだ、草香江先生が資料は必要なくなったと」

 堂本がそう伝えると、「そうかそうか……、それじゃぁ本を元の場所に戻そう」

 真一は、本を元の場所へと戻しに向かった。「あ、私も手伝います」

 堂本もその後を追った。


 最後の一冊を戻そうとしていた時である。

「あのさぁ、堂本さんだっけ?」

 脚立に上って本を元に戻していた真一が、下で脚立を支えている堂本に声をかけた。

「もしさ、図書室管理の先生に会ったら言っといてくれないかな? どうして重たい本が上の段になるのかって」

 真一がそうお願いしたいのには理由があった。資料にと頼まれていた本の中で一番重い【大辞林】を、元の一番上の段に戻そうとしていたのである。

 堂本から戻すなら綺麗に、背表紙に貼られている番号通りと云われたのだが、【大辞林】がその一番上の段の列に並べられた辞書に当てはめらていた。

「皆さん、ちゃんと元に戻さないのがいけないんです。その本だって、いつも下の方にあって」

「いやね、堂本さん? 重たい本が下になるのは当たり前だと思うよ」

 堂本の苛立った表情を宥めるように、真一は突っ込んだ。

「っと、あれ? 隙間が狭いな……、くそ、届かない」

 真一は背伸びをして、【大辞林】を片手に持ちながら、もう片方の手で本をずらし隙間を作った。その間に【大辞林】を入れていく。

「よしっ! これで元に……って?」

 突然バランスを崩した真一は、そのまま脚立から落ちてしまった。

「ッ……、いたたた」

 真一は頭を振るった。

 右手に少し柔らかい感触を覚え、その手を見てみると、巻き添えを食らって押し倒された堂本の左胸を、わしづかみにしていた。

「あの……、いつまでも乗られていると重たいんですが」

「あ、ご、ごめん」

 真一は咄嗟に手を離し、土下座した。

 堂本は立ち上がり、スカートの埃を払い、メガネをなおすような仕草をしてから真一に一礼すると、その場を立ち去った。

「なんなんだ? あの子は――」

 真一は痛む頭を抑えながら、堂本の後姿を見ていると、ちょうど昼休みの終了を報せるチャイムが響いていた。



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