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破戒の聖音  作者: 乙丑
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1・破戒神――2


 翌日。真一が通っている高校では、彼が傷害事件を起こしたことが話題となっていた。

「おい、苅谷……!」

 真一が教室に入るや、友人の一人が声をかける。「草香江くさがえが呼んでたぞ」

 ――はて、なにか問題でも起こしたか?

 と考えたが、すぐに昨日のことが学校にバレたんだなと気付き、億劫な表情でため息を吐いた。

「お前、また何かしてかしたのか?」

「いや、毎度のことながら、おれから仕掛けてはねぇよ」

 真一はそう答えながら、「草香江先生は、生活指導室か」

「多分な」

「んっ、ありがと」

 そう言うや、真一は鞄を自分の机の上に起き、生活指導室へと足を向けた。


「失礼します」

 真一が、生活指導室の扉を開くや、「また貴様か、苅谷真一っ!」

 と、生活指導の草香江が恐々しい大声を張り上げた。

「おれは別に悪いことをしたわけじゃないっすよ。草香江先生」

 真一は机に座り、頬杖を付きながら、ジッと草香江を見据えている。

「こっちだってやりたくもないケンカをふっかけられたんですから、むしろこっちが被害者でしょうよ?」

 そう答えながら、真一はふぅとためいきを吐く。

「だがなぁ苅谷、お前が怪我をさせた男性だが、肋骨あばらぼねを三本も折って、全治半年だとかなんとか」

 草香江は想像するのもいやになると云わんばかりの表情で言った。

 真一は昨日の件について、事細かに説明する。もちろん、真一だって好きでケンカをしているわけではない。

 喧嘩っ早いところが玉に瑕だが、あの場合、自分が間に入っていなかったら、あの母親は撲殺されていた。

「お前、たしか葬儀屋の息子だっただろ?」

「ええ、そうですけど?」

「仏教の人間といえば、相手を傷つけたりしたらいかんのではないのか? そうじゃなくても、こんなに問題を起こしてたんじゃぁ、おふくろさんが泣くだろうよ?」

「まぁ、こっちはしたくてしてるわけじゃないっすけどね」

 真一は諦めた表情で言う。「それじゃぁ、今回はついに退学っすか?」

 昨日の障害事件以外にも、何回か事件を起こしているのだ(不本意的に)。

 今回ついに終わりになるかと、真一は内心覚悟していた。

「いや、お前が庇ったという親御さんが今朝方学校に連絡が来てな、おそらくゲームセンターの店員にお前の事を聞いたんだろう。今回は偶然居合わせ、親子を庇った末のケンカということで、停学二週間になった」

 草香江は少しばかり残念な表情を浮かべる。

 真一がこれまで暴力沙汰の事件に巻き込まれ、相手を半殺し同然のことをしても、処罰が停学で済んでいたのは、真一が好意的に暴力を振ってはいないことを知っているからである。

 今までも、弱いものいじめや、万引きなどをした不良を止めようとして喧嘩になったことはあるし、学校から呼び出しを食らった時も、逃げもせずに素直に処罰を受けたり、警察の世話にもなったことがあったが、今の今まで退学になったことはなかった。

 これはひとえに、真一の学校態度や、人当たりが良いからとも言えよう。口は悪いが。

「まぁ、あの親子が無事ならこっちはいいけど」

 真一はそう言いながら、背伸びをする。自分の処罰よりも、あの親子の安否の方が大事なのだった。

「ああ一応断っておくが、停学だからといってのんびりできんぞ」

「――と、いいますと?」

 真一は、少々強張った表情で草香江を見た。

「停学中の間、お前には今までの復習も兼ねて特別な宿題をたっぷり出してやる」

 草香江は不敵な笑みを浮かべる。

 ――まぁ、別にいいか。

 と、真一は暢気のんきにそう考えた。

 放課後、職員室に呼ばれ、担任から出された停学中の宿題の数は、悲鳴をあげるほどに半端なく多かった。


「真さん。お勤めご苦労さまです」

 真一が教室に戻るや否や、早良さわらという男子生徒が声をかけてきた。

「聞きましたよ。襲われそうになった親子を庇ったんですってね」

「そんな大層な事じゃないだろ? それともなにか? 目の前で襲われそうになってる人を無視しろってのか?」

「いやはや、そういうわけじゃないッスけど、他人を傷つけてはいけないって小さい時から厳しく躾けられてたじゃないッスか」

「そりゃぁ、まぁな……。おれだって家が葬儀屋とは言えども、一応は仏教の人間だ。人を傷つけて楽しいとは思わねぇよ。でもどうも無視だけはしたくないんだよ」

「話し合いで済ませればいいのに」

 早良の言葉に、真一はぐうの音も出なかった。というより、そうできれば真一自身万々歳なのである。

 喧嘩っ早いのが玉に瑕。それは本人が一番自覚していた。

 だからといって、人を見過ごすことは死ぬほど嫌いであるし、二度と悪さをしないようにという意味での戒めを含んだケンカくらいしかしない。

 私利私欲のために、己の力を試したいがためのケンカをしているわけではなかった。

 ただひとつ問題があった。真一の容姿は中肉中世。どこにでもいる普通の高校生なのだが、人相が悪く、三白眼である。

 少しでも睨みをきかせればケンカ勃発。これでケンカをふっかけられないほうが可笑しい。

「まぁ、こんなことが日常茶飯事で、しかも不良たちの間じゃぁ、真さんの強さは噂になってますからね。ケンカを吹っ掛けてくる人間は、よほど力に自信があるか、よほどの馬鹿ですから」

 ――そうなると、昨日の不良は馬鹿のたぐいか……。

 真一は少しだけ思い出してやったが、ものの数秒で、チンピラの存在自体を忘れていた。


 ――いてぇ……、なんかズキズキする。

 放課後のHRホームルームを終えてから、昨日怪我をした額が痛み、真一は歯痒く思っていた。

 家に帰る途中、気を失ったところを不良に見つかってフルボッコ……なんてことにならないよう、一応保険の先生に見てもらおうと思い、保健室に向かっていた。

 保健室の前に行くと、部屋の電気が点いている。先生はいるだろうかと覗き窓を見た。

「あれ?」

 と、真一は首をかしげる。中を覗き込んでみると、保険の先生と一緒に下着姿の女子生徒がいた。

 身長は百六十あるかないか、高校生にしては小さく、烏羽色をした艶のある綺麗な髪が腰まで伸びている。陶器に白く、肌理のある美しく華奢な肢体からだだ。

 真一は保健室のドアに背を向けた。これ以上覗いていては、いつ気付かれるかわからない。

 真一は溜め息を吐いた。少女の身体に見惚れていた。それと同時に、どこかで見た事があるような……。

 そんなことを考えていると、突然保健室のドアが開いた。

 それから少しして、真一の背中になにかがぶつかった。「あいたっ!」

 小さな悲鳴が聞こえ、真一がそちらに振り返ってみると、先ほどの少女が鼻を擦りながら、キッと真一を睨むように見上げていた。

「あ、ごめん」

 真一が謝ると、少女は右手の人差し指で目と鼻の間をこすった。

 ちょうど、メガネのずれを直すような仕草といえばいいのだが、いかんせんこの少女、メガネをかけていない。

 少女は真一の脇を抜け、足早に廊下の奥へと消えていった。

「な、なんなんだ?」

 真一はわけがわからず、首をかしげた。

 保健室に入いり、怪我を診てもらうと、頭の包帯はもういらないと云われ、真一は首をかしげた。

 部屋の鏡で額を見てみると、昨日の怪我がすでに消えかかっていた。


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