1話 堂々たる浮気宣言
「ミシェリー、僕は真実の愛に目覚めてしまったんだ」
わたしは雷が落ちたような衝撃を受けた。商人であるハルパ家の娘として、肝は据わっているほうだとは思う。
でも、なんか、わたしの婚約者であるグレッグ・ヒース男爵令息が寝言を言っているのだ。しかし、目を開けている上に、同じ年ごろのかわいい系令嬢の腰を抱いていた。
ここ、街で待ち合わせ場所として有名な広場ですよ? 今日はわたしとここで待ち合わせしていたはずですよね? 先週、咳が出ているっていうからと、のど飴届けたときもとても喜んでましたよね?? 純粋な方だなぁなんて微笑ましく思っていたのに、わたしの目が節穴だった???
ほら、遠巻きに見ている人がいる。
明日には噂が回りそう。
……って、令嬢がこちらに少し驚いた顔を向けてるんだけど、え、大丈夫そ?
「君には、理解して欲しい……」
どうしよう、グレッグ様は自分に酔っている顔をしている。腰抱かれ令嬢はグレッグ様とわたしの顔を必死に見比べている。なんだかかわいそうになってきた。
「えーと、確認しますが、そちらのご令嬢と浮気なさっていたんですか?」
「違う。真実の愛だ」
「…………ソウデスカ」
話が通じない系令息に進化(?)したようだ。つい先日までは政略結婚の相手として、普通の可もなく不可もない方だったのに。わたしはため息を一つついて、きっちり外向きの顔を作る。
「承知いたしました。では、グレッグ様との婚約は破棄させていただきます」
「え? 破棄?」
「正式な書類はのちほど。それでは、失礼いたします」
グレッグ様との結婚にあたり、貴族用に鍛えたカーテシーで挨拶をする。
なぜかグレッグ様は困惑した声を出していたけど、わたしは気にせず踵を返した。
「ま、待ってくれ。ミシェリー!」
「グレッグ様、これはどういうことなのですか?」
後ろで別の修羅場が始まっている気配がする。しかし、わたしにはもう関係ないのだ。
——ああ、おかしなのと結婚しなくてよかった!
わたしは父に報告するために足早に家に向かった。
※
「は? 意味がわからん」
「でしょ。わたしも意味わかんない」
「お前、また言葉が荒れてるぞ」
家に帰ったら、さっそく父に報告をした。父は自分の執務机に座って、手を止めずにわたしの話を聞いている。
「お外ではちゃんとしてますー!」
「で、婚約はどうするのだ」
「あー、おとー様が貴族位が欲しくての婚約だものねぇ」
わたしの父が興したハルパ商会は、今この国で一番勢いのある商会だと言われている。
貴族向け商品を主に取り扱っているため、父は跡継ぎであるわたしに貴族家へ輿入れすることを求めた。
少し援助が必要なヒース男爵家との結婚はお互い利のあるわかりやすい政略結婚、だったはずなんだけど。
「とりあえず、損切りは早いうちに」
「……お前はそれでいいのか?」
「え、なんで」
「男爵夫人になるために相当努力を重ねていただろう」
確かに苦労した。下町訛りのあった言葉を、無意識下でも貴族のように発音しなければいけない。なんど舌を引っこ抜いて入れ替えたいと思ったことか。
姿勢一つとったって、背中に一本の棒を通したように美しく保つのは難しい。気を抜くとすぐに背が丸まってしまう。
それらを知っている父の目に、珍しく気遣いの光がある。だが、しかし。
「不良債権、いらなくない?」
台無しにされたのは業腹だけど、身につけたものは明確にわたしの武器になっている。ならば、いらなくなったものはさっさと片付けるに越したことはない。
「……そうだな。書類はいつまでに書ける?」
「今日中に」
早くしないとグレッグ様は浮かれてても、ヒース男爵はうやむやにしてくる可能性がある。
公衆の面前で浮気宣言してしまうような、頭のネジが外れた男と結婚するなんてもう考えられない。
わたしはすぐさま男爵家との婚約成立時の契約書を取り出して、破棄のための書類を書き始めた。
※
翌早朝、父に内容を確認してもらい、朝一番に届くよう使者を立てた。
ヒース男爵家への融資の中止とこれまでかかった金額の清算、グレッグ様の不貞による婚約破棄になるので、その慰謝料。
リスト化すると、男爵家への融資はそれなりの額になった。貴族位を得るための投資としては妥当な額。だけど、少しずつ男爵の中でハードルが下がったのか、気軽に融資額の追加をお願いされたな。
もちろん、融資する価値のないお願いは笑顔で突っぱねた。
「……ミシェリー、手紙が届いている」
「あ、ありがとうございま……あ」
定期的に届く、返信を求めない手紙。わたしは手紙を受け取ると縁を指でなぞった。整った字で書かれたわたしの名前。中身はいつも気遣いに満ちていた。このタイミングで届いたことに頬が緩む。
「手紙を出すのか?」
「いや、返信自体は毎回してるし」
父はわたしの顔をじっと見た。何かを探っているかのよう。
「まあ、今回は返信書くの、少し遅くなるかも」
手紙は楽しい気持ちだけをこめたい。今返事を書くと、字が荒れそうで怖い。相手はそんな些細なことから、わたしの感情を読み取ってしまうかもしれない。
「そうか」
わたしの言葉に満足したのか、父はわたしの頭をがさつに撫でた。髪の毛が崩れると文句を言うと、今度は背中をぽんと叩かれた。
「金にならんことは早く片付けよう」
「それは、そう」
男爵家への手紙を送ってから数時間後、今度はわたしの友人たちに向けて手紙を出す。
昨日の醜聞はきっともう広がっているはずだ。あんなに人がいるところでやらかしてくれたのは逆に良かったのかもしれない。証言を集めるのに苦労しなくて済む。
手紙を出し終えると、ヒース男爵からの返事を託された使者が帰ってきた。
今回の件は寝耳に水で、とりあえず息子に事情を聞くまで待って欲しい、そんな内容だ。
グレッグはどうやら屋敷へ帰っていないらしい。修羅場か。修羅場すぎて帰れなかったのか?
それはそれでざまぁみろと思う。そして、期限を切り、それ以降は慰謝料を増額する旨を認めた手紙をもう一度使者に届けさせた。




