第二十七話:英雄の凋落、絶望の告白
呼吸さえ忘れるほどの衝撃だった。
世界で一番尊敬していた伝説の勇者。俺が理想とし、目指し続けた父親が、そこにはいた。しかし、その足元には、彼が守るべきはずだった弱き者たちの骸が転がっている。
俺の心は激しく矛盾していた。「あれは父さんじゃない」と否定したい自分と、「もし父さんが、かつての英雄としての心を見失っていたら」という絶望が、同時に押し寄せる。
「親父……なぜ、二人を殺したんだ」
喉から絞り出した言葉は、震えていた。心のどこかで、俺は父の口から「守ろうとしたが間に合わなかった」という悲痛な弁解を期待していたのかもしれない。だが、父は無造作に背後の死体を一瞥し、再び俺へと冷徹な視線を向けた。
「あれか」
その声には、かつての温かみなど微塵もなかった。深い闇の底から響くような、無機質で冷たい響き。それは俺が激闘の中で対峙したゼノスの冷酷さと、恐ろしいほどに重なった。
「アステリオ。人間とはなぜにこれほどまでに愚かで、弱い生き物なのだろうな」
信じたくない現実を突きつけられ、俺はたまらず父の胸ぐらに掴みかかった。
「俺は、なぜ二人を殺したのかと聞いているんだ!」
だが、父はびくりともしない。むしろ、困った子供を見るような憐れみの目で眉をひそめただけだった。
「弱く、愚かだからだ」
父の手が、静かに俺の腕を払いのける。その所作には、かつての勇者が振るった洗練された剣技の残滓があった。
「人間は、どれほど守ろうと手を尽くしても、自らの手で必ずそれを壊す。作り、壊し、また作り、壊す。その無限の繰り返しだ。そして……驚くほど脆い」
父は夜風に吹かれながら、どこか遠い場所を見つめるような瞳で語り続けた。
「アステリオ。父さんは、人間の愚かさに絶望したのだ」
胸が締め付けられる。父の口から語られる言葉の数々が、ゼノスの思想と共鳴している。なぜだ。なぜ、世界を救った英雄が、ゼノスと同じ「破滅」を望んでいるんだ。
「それほどまでに壊したいのなら、いっそ壊してやろう。世界を無にしてやろう。そう思ったのだ」
「親父……何を言ってるんだ! あんたは、俺たちに強さを、生きる希望を教えてくれたはずじゃないか!」
「アステリオ……これが最後の警告だ」
父の全身から、空気を凍らせるほどの凄まじい覇気が爆発した。それは単なる力ではない。かつてこの世界を救った勇者が持つ、あらゆる概念を粉砕するほどの威圧だ。
俺の体は防ぐ間もなく弾き飛ばされ、硬い岩肌に叩きつけられた。背中に走る激痛よりも、心の傷の方が深い。
視界が明滅する中、朦朧とする意識の中で見た父の顔は――やはり、俺を憐れむように、しかしどこか満足げに笑っていた。
(……そんな、顔を……するな……)
俺の意識は、深い闇の中へと沈んでいった。




