第二十一話:断絶の門、嵐の前触れ
「断絶の門」。かつて魔軍の侵攻を食い止めるため、時の王が心血を注いで建設した関所だ。切り立った断崖に挟まれたその場所は、文字通り難攻不落の要塞として王国を守り続けてきた。
俺はその門の手前にある小さな村に宿をとり、一階の酒場で旅の疲れを癒していた。
運ばれてきた粗末な食事とビールを口にしながら、これからの算段を立てる。あの断崖を隠密に登り切るのは、骨が折れる。かといって正面から正々堂々と通るには、顔を知られているリスクという一抹の不安があった。
そんなことを考えていた時、店の奥で「ドンッ」と激しい衝撃音が響いた。
「なめんじゃねえぞ!」
若い男の叫び声。見れば、屈強な五人の男たちが一人の旅人を取り囲んでいる。
隣の席の客が小声でこぼすのが聞こえた。
「またオルガの野郎だ。ああやって旅人に難癖をつけては金を巻き上げてやがる……」
話によれば、中央に座る一際大柄な男がオルガという名のリーダーで、この辺りでは有名なごろつきらしい。抵抗すれば容赦なく暴力を振るうという。
余計な騒ぎは避けたかったが、目の前で一方的に蹂躙される旅人を放っておくほど、俺の心は枯れ果ててはいない。
俺は静かに席を立ち、男たちの背後へと歩み寄った。
「やめておけ、あんたも痛い目にあうぞ!」
隣の客が慌てて止める声を背に、俺はオルガの肩に手を置いた。
「なんだてめぇ、お前も痛い目を見たいのか?」
手下の一人が、狂犬のような目付きで凄んでくる。思わず、口元にフッと笑みがこぼれた。かつて数多の魔将を従えていた身からすれば、あまりに微笑ましい虚勢だ。
「何を笑ってやがる」
今度はオルガ本人が立ち上がり、俺を見下ろした。
「まあ……なんだ。その辺にしとかないか? 俺も手荒なことはしたくないんだ」
「お前、なめてんのか!」
真っ赤になった手下が殴りかかってくる。俺はその拳を最小限の動きでいなし、そのまま勢いを利用して地面に叩きつけた。
それを見た残りの男たちが一斉に襲いかかるが、結果は同じだ。俺はあえて剣を抜かず、流れるような動作で次々と床に転がしていく。
最後の一人となったオルガの目が、獣のように光った。
「なかなかやるようだが、相手が悪かったな!」
雄叫びを上げ、岩のような巨体が俺に飛びかかってくる。
***
数分後。俺は倒れた椅子を起こし、再び腰を下ろした。
せっかくの料理が冷めてしまったではないか。
俺の横では、オルガと手下たちが顔を腫らし、借りてきた猫のように正座していた。
俺は彼らを一瞥し、静かに告げる。
「壊した備品の弁償と、今まで騙した旅人への返金。俺がゲシュタールから戻ってきた時に、そのすべてを終わらせておけ。いいな?」
「は、はい……必ず!」
五人は額を床に擦り付け、逃げるように店を飛び出していった。
酒場は拍手喝采の大騒ぎとなったが、目立ちたくない俺はいそいそと食事を切り上げ、自分の部屋へと戻った。
夜遅く、部屋のドアを叩く微かな音が聞こえる。
警戒しながら扉を開けると、そこには昼間、オルガに絡まれていたあの若い男が立っていた。




