第十一話:虚飾の双子、地獄の兄(ゼノス)
「お前は……誰だ?」
「初めまして。私はゼノス。弟がお世話になっています」
そいつは不気味な笑みを浮かべたまま、慇懃に一礼した。
ノインと同じ顔をしているはずなのに、その瞳には凍りつくような冷徹さと、底知れない悪意が渦巻いている。
「弟? 何を言っているんだ」
「はははは! 言葉通りの意味ですよ。ノインは私の弟ですから」
どういうことだ。親父の話では、先代魔王を討った際、一つの光がどこかへ消えていったという話だった。あの時、逃げ延びた魔王の種はノイン一人ではなかったというのか。兄が存在するなど、想像すらしていなかった。
「こいつはあなたのおかげで、随分と腑抜けてしまったようですね。魔王の種ともあろう者が、人間に、それも勇者に育てられているなんて。どんなおとぎ話よりも滑稽だ」
涼しい顔で侮蔑を吐くゼノスを前に、俺は指一本動かすことができなかった。威圧感ではない。得体の知れない「闇の深さ」に、本能が警鐘を鳴らしているのだ。額から汗が伝い、喉が焼けるように乾く。
「ノイン様ー! ヴェイル様ー!」
回廊の向こうから、聞き慣れた声が響く。心配したグリルとリリスが、俺たちを探しに来たのだろう。
「おや、邪魔が入りましたね。今日はこの辺で失礼することにしましょう。……では、ごきげんよう。『お父さん』」
皮肉めいた言葉を残し、ゼノスは陽炎のように、跡形もなく消え失せた。
***
全身を嫌な汗が伝い、心臓の鼓動が耳元でうるさく鳴り響く。
「そうだ……ノインは!?」
俺は駆けつけてきたグリルやリリスと合流し、半ばパニックになりながら城中を探し回った。
「ノインの部屋は探したのか!?」
俺の問いに、二人は顔を見合わせ、怪訝そうな表情を浮かべた。
「……いえ、先ほどお休みになったばかりですので、まだですが」
俺は弾かれたようにノインの部屋へ飛び込んだ。
そこには、シーツにくるまり、穏やかな寝息を立てているノインの姿があった。どこにも異常はない。先ほどのゼノスが、まるで悪い夢だったかのように。
「……ふぅっ」
俺はベッドの横の椅子にどかっと座り込み、深く、長い溜息をついた。
手足の震えが止まらない。
ノインの兄、ゼノス。そして、彼が宿していたあの「破壊神の紋章」。
平和だと思っていた日常の足元には、いつの間にか巨大な奈落が開いていた。俺は眠る息子の小さな手を見つめながら、これから訪れるであろう嵐の予感に、ただ奥歯を噛み締めるしかなかった。




