第十話:断罪の夜、慟哭の月
「アステリオ! 一体どういうことだ。まさか……お前、俺たちを騙していたのか!」
ヴィンセントの叫びが狭い陣幕に反響し、彼は震える手で剣の柄を握りしめた。その瞳には親友への信頼が崩れ去っていく絶望と、燃え盛るような怒りが混在している。
俺は何も言えず、ただ立ち尽くした。どんな弁明も、今の俺には許されない無意味な贅言に思えた。
リリスは、そんな俺たちの修羅場を、まるで遠い世界の出来事のように冷めた目で見つめ、淡々と続けた。
「ノイン様が、山頂でお待ちです」
その言葉が、火に油を注ぐ。ヴィンセントは今度はリリスにその矛先を向け、今にも泣き出しそうな声を張り上げた。
「待て……一体どういうことだ。リリス、君なんだろう!? あの酒場でのことも、農村でのことも……。全部、僕を騙していたのか! 答えてくれ!」
ヴィンセントの悲痛な訴えに、リリスの仮面がわずかに動いた。その瞳が、一瞬だけ揺らぎ、曇ったように見えた。だが、彼女はすぐに唇を噛み締め、以前よりも増して硬く冷たい表情で言い放った。
「……私は魔族の女です。人間と交わることなど、ありえません。すべては軍事上の策略に過ぎませんわ」
突き放すようなその言葉に、ヴィンセントは力なくよろめいた。リリスは彼から視線を逸らし、再び俺の方を向く。
「ヴェイル様……。ノイン様は、貴方がいなくなってから……変わってしまわれました」
リリスは静かに、そして重々しく話し始めた。
俺が絶界宮を去った後の、地獄のような日々のことを。
「貴方が去ったあの日、ノイン様は三日三晩泣き続けました。そして……四日目の朝、泣くのをやめたノイン様は、まるで感情をどこかに捨ててきたかのように冷酷な魔王へと変貌されたのです。食らい、殺し、奪う。貴方が命じた『勇者を殺せ』という言葉だけを糧に、今のノイン様は動いています」
リリスの言葉が、一言ごとに毒となって俺の胸に回る。
「……現在、山頂で待ち構えているのは、貴方の知るノイン様ではありません。あれは、貴方が作り上げ、そして見捨てた『絶望の魔王』そのものです。グリル様も、もはや暴走を止めることはできません。……ヴェイル様。貴方が始めた物語です。貴方が、終わらせてください」
陣幕を揺らす夜風が、急に冷たさを増した気がした。
ヴィンセントの憎悪の視線。リリスの悲痛な告発。
俺は、自分が生み出した怪物の影に、じわじわと飲み込まれていくのを感じていた。




