第四話:疑惑の月光
かつて屈辱とともにくぐった王宮の門を、今は聖騎士ヴィンセントを従えてくぐる。
謁見の間には、王と名だたる貴族たちが、救世主の再臨を待つかのように居並んでいた。
「勇者アステリオよ。よくぞ参った」
王の言葉も、今の俺には半分も頭に入ってこない。思考を占めているのは、これからの惨劇と、自分という存在の矛盾だけだった。
ヴィンセントが、周囲に見えないよう俺の背中を小突く。
「……おい、ちゃんと聞いているのか?」
「あ……ああ、大丈夫だ」
「アステリオよ。まずは北の山に出現したグリフォンと、魔族の軍勢を蹴散らしてまいれ」
「はっ」
王の長々とした演説が終わった後、別室で派手な歓迎会が催された。
「アステリオよ、過去は水に流そう。これからは王国の誇りとして尽くしてくれ」
「身に余るお言葉です」
俺は、ヴィンセントに事前に叩き込まれた定型文を、機械的に繰り返した。
かつて俺を無能と嘲笑い、ケーキを切らせて喜んでいた貴族どもが、途端に尻尾を振って擦り寄ってくる。こいつらへの感情をとうに捨て去っていて正解だった。そうでなければ、その醜い身体をスポンジのように切り分けているところだ。
唯一、ガルガンチュアだけは会場の端で俺を睨みつけている。それでいい。そうでなくては張り合いがない。
ヴィンセントが酒の入ったグラスを二つ持ち、俺のもとへ歩み寄ってきた。
一つを俺に渡し、カツンと小気味よい音を立ててグラスを重ねる。
「勇者アステリオに」
「聖騎士ヴィンセントに」
お互い、中身を一気に飲み干した。
「……いつもの毒水(安酒)とは、味が違うな」
「当たり前だ」
ヴィンセントが、悪戯っぽく笑った。
ようやく喧騒から解放されたのは、日付が変わる頃だった。
冷たい夜風に当たりながら、一人で家路につく。重い革靴の音が石畳に響く中、背後から聞き覚えのある声が突き刺さった。
「アステリオ!! ……あんた、どうするつもりなの?」
振り返ると、そこにはイザベラが立っていた。
いつもなら手放さないはずの魔導カメラも持たず、華やかなドレス姿のまま、射抜くような鋭い視線を俺に向けている。
その目を見て、俺は直感した。
この女は、気づいている。
俺が魔王軍を操る「ヴェイル」であることも、ノインの正体も、そして俺がこの国に仕掛けようとしている復讐の全容も。
「空気の読めないインフルエンサー」という仮面の下に隠されていた、真実を見抜く魔道士としての瞳が、俺の逃げ道を塞いでいた。




