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運命代行魔法少女は終の雨を創生する。  作者: 翡翠しおん
運命代行魔法少女は、転生輪廻を逆行する。
14/25

運命の再回転

 踏みつけた落ち葉が、靴底で悲鳴を上げているような細やかな音。

 吹き付ける風は流石に寒くなってきた。そろそろコートを着てもいい時期かもしれないな。

 冬は何だか、どことなく寂しい気持ちになる。


「ウィン、どしたのどしたの。お腹空いたんなら、折角だから焼き芋食べて帰る?」


「誰もお腹空いたなんて言ってないわよ」


 半眼で睨むと、秋色に似合わない桃色の長い髪をひらりと風に揺らしてイースが屈託なく笑っていた。

 その笑顔の中身は真っ黒だろうけど。


「イースが食べたいだけでしょ」


「嫌だな、私は可憐なる天使様だよ。物理的栄養補給を必要としないもんだよ、ウィン。忘れるとは、老いるには早いんじゃない?」


「とかいって! この間もママにシトラスシフォンせびってたじゃない!」


 思わず言い返す。イースは基本的に自由奔放、悪く言えば我儘だ。天使のくせに、悪魔のような気まぐれ。

 イースなら天使という一般社会的イメージを瞬く間に破壊できると思う。

 初見では分からないだろうけど、数分共に時間を過ごせば確実にイースが天使ではないことを悟れるはずだ。

 ほとんど生まれてこのかた一緒に育ってきた私が思うんだから、間違いない。

 ひゅう、と冷たい風が足元から冷えを助長する。身震いを一つして、私は歩調を速めた。


「帰るわよ、イース。遅くなったらまた、柊が騒ぎ出すからね」


「えー、焼き芋はいいのー?」


 やっぱりあんたが食べたいだけじゃないの。


◇◇◇


 生きるってことは、当たり前のようで当たり前じゃない。生きていることを許可されているから、生きているんだ。

 私は嫌ってほどそれを理解している。いや、理解させられている、かな。

 でなければ、私はここに存在できないんだもの。


 ウィンディ・ウィスプ、十七歳。十七年という月日を過ごすために払った代価はそれこそ命を賭けていた。


 そしてこれからも、私が私で居続けるために、死ぬまで……私が存在を諦めるまで、代価は払い続けなければいけないんだ。

 どんなに苦しかろうが。

 どんなに残酷だろうが。

 どんなに嫌いだろうが。

 運命は本来神様が決めてくれるものなのに、私には運命がない。

 自分の運命を嘆くことも喜ぶことも、私にはできやしない。ただただ、存在し続けるためだけに、足掻き続ける。

 いつか、こんな無残な運命から解放される日は来るんだろうか。

 消える以外に。

 死ぬ以外に。

 神様。

 

――私の存在は、何のためにあるのだろう。


◇◇◇


 白い世界。もやもやと、遠くまで見通すことができない深い靄が覆う世界。

 だけど湿っぽさを感じることはない。それどころか、五官が全て鈍ってしまったような、奇妙な浮遊感がある場所。

 ここが、神様のいる場所だった。


「珍しいね、神様。ここに呼び出すなんて」


「やあウィンディ。今日も元気そうだね」


 気さくな返答をした神様は、靄で顔が見えるか見えないかギリギリだけど、長く真っ白なあごひげを撫でながら、笑っていた。

 身長は優に四、五メートルを超える神様。

 とてもうっかりで、でもそのうっかりのお陰で私は存在できるのだから文句は言えない。


「仕事の話なら、いつも通り俺に連絡をくれるので十分だろう」


 ぶすっとした表情で、神様へいってのけたのは柊だった。

綺麗な銀髪のツインテール。赤いジャケットに黒のブラウスに濃紫色のフリルスカート。

 イースと並んでも遜色ないほどに整った顔立ちの女装癖男子死神は、今日も口調と服装が釣り合ってない。

 いわゆる男の娘には、柊は該当しないだろうな。

 柊は私に優しいというか、面倒を見ているという自覚が強すぎるせいか、こと仕事になるとシビアだ。

 イースは柊より後方に控えて、笑うのを抑えているようだけども。

 有難いけど、たまに過保護なんじゃないかなって思う。


「ふふ、優しい死神さんだね。誰に似たのかな」


「な……」


 巨大すぎる神様の影から、すっと姿を現したのは黒髪の少女だった。私と同じか、ちょっと年上のような感覚があるけど、どうなんだろう。

 大人びた空気感が年齢の印象を拡散させてしまっていた。


「なんで貴方がここに居るんですッ?!」


「柊?」


 珍しく声を荒げた柊。見れば、驚愕の表情を浮かべた柊がいる。

 冷静さが売りな柊にしては意外過ぎるほど。それになにより、知り合い、なの?


「元気そうだね、柊くん」


「エルミナ様」


「様じゃなくていいのに」


 にっこりと笑顔を向ける少女。エルミナ、っていうのか。

肩に毛先がつく程度の髪を白い靄に揺らしながら、エルミナが歩み寄ってきた。

 ぴたりと私の前で足を止める。


「はじめまして。貴方が代行魔法少女さん?」


 軽く首を傾けてこそばゆい呼び方で問いかけられる。我ながら寒い存在名称だと思う……。

 否定できないのが痛いところだけど。引き攣った笑顔を辛うじて浮かべながら、私はひとつ頷く。


「う、ん。まぁ……。一応名前、名乗っとくけど。ウィンディよ」


「ウィンディちゃんかぁ。私はエルミナだよ。よろしくね」


 無垢な笑顔を向けるエルミナは、何だか邪気感じられない。

何はなくとも、『普通の人じゃない』のは確かだ。

 神様の領域に当たり前のように存在するなんて、まず有り得ない。


「不思議だーって顔だね。でもまぁ、この世界構造の方が割と珍しいんだけどね」


「エルミナ様、どうしてここに居るんですか」


 強い口調で問い質す柊に、エルミナは苦笑いを浮かべた。それにしても、柊が敬語を使うような相手なんだな。

 あまり偉い立場にいるようには見えないけど。社長令嬢みたいな存在かな。

 柊は死神だから、世俗的な事には惑わされないようなタイプだと思ってたんだけど。


「柊の知り合いなの?」


「うーん、知り合いっていうか、何だろう。説明するのは難しいかもだね、柊くん」


「気軽に会話を出来る間柄ではないのは、確かです」


「そう? 私はみんなとたくさんお話しできた方が嬉しいけどな」


 無邪気な笑顔で返答したエルミナに、柊が苦い顔をする。良くわからないけど、ホントに凄い立場の人なんだろう。

 柊の頑なさが何だかそう思わせてきた。


 イースをちらりと見やってみると、興味なさげに今日のネイルの状態を確認していた。

 流石イース。


「ウィンディ、今回の仕事は、こちらのエルミナさんの代行なんだよ」


「あ、そうなんだ」


「冗談でしょう!」


 ぎょっとした声を上げた柊に、私は首を傾げた。驚くほどの事じゃないと思うんだよね。

 私が存在を続けるためにはどうしたって必要な事なんだもの。

 運命を持たない私は、代わりに誰かの人生の一時を請け負う。要は、その人の運命を少しだけ演じることで、私の運命へと昇華する。

 捨て去りたい時間を代わりに私が担う事で、自分の時間を手にしてるってことだ。


「あんたもあんただ。同等程度の存在ならいざ知らず、上層の方の運命を代行させるなんて、馬鹿げたことを!」


 神様にもひるまず睨みを寄越す柊は流石だった。逆に神様の方が顔を強張らせてしまっていた。柊の剣幕に震えあがってしまう神様はちょっと情けない。


「落ち着きなさいよ、柊。誰だって私はいいよ。どうせしなきゃいけない事なんだからさ」


 これは本当だ。そろそろストック分が尽きそうなんだから、いい加減仕事はしなきゃいけない。選ぶ余裕だってあんまりない。

 何か訳ありなのは察するけど、それで私の運命が尽きたら何の意味もないんだから。

 それでも何故か、柊は頑なに首を振る。いつもなら渋い顔をして了承する柊が、だ。


「駄目だ。エルミナ様の運命はウィンディには重すぎる。代行していいレベルのものじゃない」


「そんな事ないよ。兄様たちもいるし、ウィンディちゃんに面倒な話が行かないように、兄様たちに先に話してあるから」


「もしもの可能性は否定できません。エルミナ様は、自分の立場をもう少し理解してください」


「そう、言われてもなぁ」


 困ったような笑顔を浮かべるエルミナ。柊の思う事とエルミナの見ている世界はきっと微妙に違うんだ。

 でもエルミナの申し出は私としては有難いんだし、ちょっと柊には黙っててもらいたい。

 少しきつい言い方だけど、ちゃんと言いたいことは言っとこう。


「仕事をするのは、柊じゃないでしょ。私がいいんだからいいじゃない」


「ウィンディが良くても、世界が許さない問題なんだ。代行なんて軽々しくやっていいものじゃないんだよ」


 強く断言した柊に、流石の私もイラッとした。


「何それ」


「言葉通りだ。エルミナ様の背負った運命は、誰かが簡単に引き受けたりして良いもんじゃない」


「じゃあ私は大人しく消えろってこと?」


「そんな事は言ってない」


「言ってるよ。私のストック、もうほとんどないこと柊が一番知ってるでしょ。命の期限が見えるんだもん。次がいつか、保証なんてないんだよ? 今までだって、結構無理言って神様にお願いしてきた時もあるんだよ。最近じゃ難しくなってきてるの、柊だって知ってるじゃない」


「それは」


 言い淀んだ柊に、何だか私は無性に悔しくなる。悲しくなる。


「柊は、私の魂を守ってくれるんだって言ったじゃない。一杯生きろって、言ってくれてるじゃない。なのに何なのそれ」


 目頭が熱くなってきた。柊の表情に、申し訳なさが過ぎる。でも、承服できないって顔で。

 柊の優先順位が分からない。

いつも一番に考えてくれてたはずだったのに、それはきっと私の勘違いだったんだ。それが悔しい。自惚れが恥ずかしい。

 ふと、私を後ろから抱き締めた腕。ぎゅっと私の肩を抱き締めた温もりは、イースだった。


「だいじょーぶだよ、ウィン。琴はね、ちょっと今パニクってるだけ。ウィンの事、心配してくれてるだけだよ」


「でも」


「琴も、事情は事情でなーんとなく分かるけど、もっと自分と私とウィンを信じてくれなきゃ」


 柊は口を引き結んで、複雑な表情を浮かべていた。その心の中は、全然見えない。


「……私の運命なんて、大したことないんだよ、柊くん」


「エルミナ様……」


 そっと口を開いたエルミナの手が私へ伸びた。優しく私の頭を撫でながら、エルミナは微笑む。


「確かにね、大変な役割は与えられてるかもしれないけど、私一人で背負ってるわけじゃないもの。……それに、私一人でやってたことを三人で請け負てくれるならもっと負担は軽減されるでしょ。だから、大丈夫だよ」


「……ですが」


「柊くんは、誉れ高きセイヴァーの一人なんだから、自分を信じなきゃ。じゃないと、救える命も救えなくなっちゃうよ?」


 くすっと笑って、エルミナは柊に視線を投げた。柊にとって、それは決定打というか、もう反論できる経路がなくなったみたいだった。

 苦渋の表情で、柊は頷く。飲み込む。


「そう言う事で、よろしくねウィンディちゃん。改めて、お願いするね」


 すっと手を離し、エルミナは半歩下がると、膝を折って、一礼する。


「私の運命。ドーヴァの一族が末娘、エルミナ・ドーヴァの運命をよろしくお願いします」


 後々知る。

エルミナの運命は、本当に私なんか……というより、むしろ誰もが背負っていい運命ではなかったと。

 それでもこの時の私は、ほっとした。

 これでまた、私の運命は繋げるんだと。

 まだ、パパとママの自慢の娘で居続けられるんだと。


「さぁ、じゃあ少し説明がてら一緒に行こうか、ウィンディちゃん。『世界のカタチ』を教えてあげるね!」


 屈託なく笑って、エルミナは手を差し出した。

 私も手を伸ばす。仕事を受諾する。


「よろしく、エルミナ」


 交わした握手が、契約の証だ。

 さぁ、今回の運命はどんな形かしらね?

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