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≠勇者  作者: 単参院 涼
9/24

#8 パウルマン商会


 煉紅郎、シャルル、ラシュナートの三人は奴隷商の店までの道程をラシュナートの案内で入り組んだ路地裏を進んでいる。


(確かにこの路地裏は入り組んだ造りになってるから土地勘の無い者が入ると迷って変な所に出ちまうな)

「あとどれ位で着く?」

「ん?其処の角を曲がって少ししたら見えてくるはずだ」

「はず?」

「コレが正しかったらな」

「・・・お前の読み間違いは?」

「ん?俺が読み間違える?暗号ならそうかも知れないが、これは唯の説明文だ。読み書きが出来る者なら間違いようが無いよ・・・・・・どうやら意地悪したのは文字地図を渡した事だけの様だね」


 ラシュナートの目の前に目的地である奴隷商の店『パウルマン商会』である。

 店と言ってもその佇まいは大きな洋館そのものであった。

 パウルマン商会は歴史は長く、家畜に愛玩動物、競技用や農耕用の動物、そして奴隷と取り扱う商品の種類は多岐にわたる為、農民から貴族にまで人気のある店だ。通常、動物や奴隷を一緒に扱うという事は無い、その理由は奴隷と動物は商品を手に入れてから販売するまでの日数と手間の掛かり方が違い奴隷の方が断然手間と時間が掛かる。文字の読み書きや礼節、健康など色々教え管理してようやく売り物として出せる。家畜や愛玩動物などの手間は健康管理だけで済む為、奴隷商より動物商の方が多いが、動物の方が健康管理が難しい事も相まって長続きする事無く店を畳む商人が毎年何人も出ている。

 パウルマン商店は本館と別館があり、別館が家畜などの動物を扱い、本館が奴隷を扱う。別館は表の通りに店を構えているが本館は入り組んだ裏路地の先に構えている。


「ココか?」

「ああ、そうだろ猫」

「ニャ!?そうですニャご主人様」

「そうか、んじゃ、入って見るか」

「はいニャ」


 三人がパウルマン商会の前まで来ると屈強そうな男が二人、門前に立っていて煉紅郎達を門前で押し止めた。


「ココは一見お断りだ。誰の紹介・・・其処の子猫族、もしかしてお前、ひと月位前に城の連中に買われたヤツか?」

「そうニャ!シャルはココに居たニャ」

「そうか、で、何の様だ?」

「実は・・・・・・」


 煉紅郎は門番の二人にバルボドッサとの奴隷の譲渡の一件を伝え、書類と書簡を見せると門番の一人が店の中に入って暫くすると数人の男を連れて戻ってきた。


「話は聞きました。私、パウルマン商会で番頭を任されております。ズザグと申します。此方は手代の者で御座います。では、詳しいお話は此方で」


 そう、男は自己紹介を済ませると三人を促しつつ館の中を案内する。館に入って少しすると応接室に出た。番頭のズザグは三人をソファに座らすと対面の椅子に座り、手代の一人を走らせるとゆっくりと煉紅郎に視線を向けた。


「それでは、奴隷の譲渡にあたり、首輪の紋章の書き換えを行ないます。此方の羊皮紙にレンクロウ様の紋章をお描きください」


 ズザグはそう言うと一枚の羊皮紙と羽ペンと墨壷をテーブルの上に並べた。その羊皮紙には真ん中に丸い円が描かれている。


「それはどんなものでも?」

「ええ、どのような形でも構いません。羊皮紙の丸枠の中に収めていただければ」

「ふむ・・・」


 煉紅郎は、羊皮紙を手に暫く思案したと思ったら羽ペンと手にスラスラと何かを描き始めた。

 シャルルとラシュナート、それにズザグやその場に居る手代達が、煉紅郎がどんな紋章を描くのかその一挙手一投足に注目している。

 暫くして描き終わったようで煉紅郎は羊皮紙をズザグの方に差し出した。羊皮紙には牡丹の上に豹と鷹と蛇が絡み合うように描かれていた。


「これは・・・どういう意味が?」

「意味?そんな大層なものは無いよ。ただ、他の奴が描かない様なものにしたかったんでね。そんな風になった。ダメか?」

「いえ、駄目では御座いませんが、この様な複雑な紋章は初めてで御座いまして少々お時間を頂いてもよろしいですか?」

「どれ位必要なんだ?」

「そうですね。小一時間ほどあれば」

「じゃあ、頼むよ」

「畏まりました。では、シャルルさん。此方へ」

「はいニャ」


 シャルルはズザグと煉紅郎達から少し離れた所で紋章の書き換えをし始めた。入れ違いで使用人の女性が盆に飲み物を乗せてやって来た。


「どうぞ」

「ん、ありがとう」

「いえ・・・」


 そう言うと侍女は俯きながら部屋を出て行ってしまった。


「ん?変な事でもしたかな?」

「したよ」

「何をしたんだ?ラスト」

「ラスト?」

「そう、ラシュナートって一々呼ぶのがめんどくさい。だから、ラシュナートを短縮してラスト。分かった?」

「理解はした。納得は出来んが」

「要は馴れだ。じきに慣れるよ。で、さっきの話・・・」

「あぁ、侍女や使用人の仕事に感謝を示すのは稀だ。それにそれをするのは雇い主だけだからな。突然、初対面のそれも異性に感謝されれば慣れない事で驚く上に少し心がときめくらしい」

「らしい?」

「いくら俺でも侍女の真似事はしても侍女そのものになった事は無いからな」

「ふ~ん、なるほど、そいつは悪い事をしたな」

「別に良いんじゃないか。潤いはどんな生活にも必要だからな」

「確かに・・・」


 そんな風に二人が談笑しているとゆっくりと部屋の扉が開き、そこからでっぷりと太り、王室の人間とは違うが絢爛な衣服を身に着けている。年の頃は四十を過ぎた所と見受けられた。その男が煉紅郎達の下にやって来た。


「これはこれは・・・」

「旦那様、この様な場所にどうなされました」

「どうもこうも、いやいや、それよりも・・・レンクロウ・マダラメ様。私、パウルマン商会の会頭を勤めさせて頂いております。パウルマンで御座います。以後お見知りおきを」

「これはご丁寧な挨拶いたみいります。どうして俺の名前を?」

「手代から渡されましたバルボドッサ様からの書簡に貴方様の事が書かれておりましたので、シャルルさんはお気に召しましたか?」

「あぁ、はい。でも、なんで・・・」

「奴隷の譲渡は稀なのですよ。それにあったとしても貴族や商人達の間で借金の形に行なわれる程度で今回の様な事は本当に稀でして、私も今日まで数える程度しか我が商会で行なっておりません。それ程に王族に信頼され、シャルルさんを頼り頼られているようですね」

「そうなのかねぇ?」

「そうですよ。でなければ態々バルボドッサ様が貴方に彼女を譲る訳が御座いません。あの方はとても聡明な方ですから・・・ズザグ、紋章は終わりそうかい?」

「すいません。旦那様、もう少しお時間を下さい」

「解りました。レンクロウ様、折角ですから獣舎の方を見てみませんか?」

「獣舎?」

「はい、私どもパウルマン商会は奴隷の他にも家畜や農耕馬なども扱っております。殆どは別館の方の獣舎に居りますが、稀少なモノや売約済みで奴隷と一緒の受け取りのモノは、この本館の獣舎に居りますので・・・」

「ふーん、じゃあ見てみようかな。ラストは・・・いいか」

「んが?」


 煉紅郎の視線の先にはいつの間にか使用人が持ってきた菓子を口一杯に頬張っているラシュナートの姿があった。

 初めて出会った時と今とのギャップというか違いに煉紅郎は心の中で、実は双子でどっかのタイミングで入れ替わったんじゃないか?っと思っていた。


「いやいい喋るな。ココに居ろ。シャルル、少し見て回ってくる」

「はいニャ!」

「動かないで」

「はいニャ~、ごめんなさいだニャ~行ってらっしゃいませニャ~」


 元気に返事をするシャルルだったが、紋章を書き込んでいるズザグに怒られ、謝罪しつつ元の姿勢に戻り、視線だけは煉紅郎に向けて返事を続けた。きっとパウルマン商会に入ってから殆ど煉紅郎の側には寄れず話も出来ず、ただただジッと首輪の紋章の書き換えを待っているだけで、不意の声かけに驚いたのだろう。

 パウルマンもそんな三人?のやり取りを微笑みながらウンウンと一人ごちていた。


「では、行きましょうか」

「あぁ」


 パウルマン先導のもとパウルマン商会本館獣舎に向かった。


「なぁ、パウルマンさん」

「私の事は呼び捨てで構いませんよ。勇者様」

「やっぱり俺の事、知ってたのか・・・」

「えぇ、バルボドッサ様からの書簡に書かれておりました。しかし、流石に番頭達が居る中で勇者様と言うのは憚れると思いレンクロウ様とお呼びいたしました。もしそれが御気に障ったのであれば謹んで処罰を請けます。なので、店には事が及ばぬ様お願いいたします」

「そんな事一々気になんか障るかよ。それにレンクロウで構わないよ。勇者って呼ばれるのはやっぱり慣れないんでね」

「かしこまりました。レンクロウ様・・・着きました。此方が我が商会の獣舎で御座います」


 二人の前には大きめの鉄製の扉が鎮座していた。鉄扉は頑丈な錠前で施錠されていて獣舎の中が『貴重』もしくは『危険』な動物が居るのだろう。二人が鉄扉の潜り獣舎の中に入ると其処には煉紅郎にとってこの世界で何度目かの初めての景色があった。


 獣舎の中は、綺麗にされており左右に柵で囲われて様々な動物や魔物がいた。一匹は眠たそうに欠伸をし、一匹はだらしなく寝そべって、一匹は入ってきた見たことの無い人間に警戒の眼差しを向けてなど、一匹一匹が思い思いの姿勢で過ごしている。

 それはもう様々な生き物がココには居た。稲妻模様の子虎や人間の大人ほど大きい豚、異様に腕の長い熊、頭に三本の角を生やした馬など本当に様々な生物がいた。

 煉紅郎とパウルマンの二人は獣舎の中を見て回った。煉紅郎はその多種多様な生物一匹一匹パウルマンに色々質問し一つ一つ感心していた。パウルマンもそんな煉紅郎の反応に気を良くしたか饒舌に獣舎の生物の解説を続けた。そんな二人にゆっくりと獣舎の奥から煉紅郎達の下に近づいて来る影が・・・それは、赤と白と黒の斑模様の毛並みが綺麗なオセロットであった。しかし、その体躯は煉紅郎の知っているオセロットとは倍以上大きく2mは軽く超えている。


「こいつは・・・オセロットか?」

「ほう、レンクロウ様の居た世界ではこの子はオセロットというのですね。ポルモルでのこの子の呼び名は《カルヴァルヴァ》、カルヴァルヴァの「ブルーム」がこの子の名前です」


 自分の名前が呼ばれた事が分かった様でブルームはパウルマンに身体を擦り付け、撫でろと言わんばかりに頭を差し出している。時たま煉紅郎に見せる視線はまるで自分の主人に害が無いか品定めしている様にも見え、煉紅郎はそんなブルームの忠義心に関心した。


(初めて見る人間に警戒してるのもあるが、主人に害が及ばないように俺とパウルマンさんの間に入って距離を取らせてる)

「似た動物は居るには居るが、そんなに大きくは無かったな精々大きくてその子の半分って所だ。それに模様も違う」

「では、どうしてオセロットと?」

「顔が似ていたんだ。見た事のあるオセロットに・・・それにしても凶暴そうな奴もいるのに案外大人しいんだな?」

「それはこの子、ブルームのおかげですよ。この子はこの獣舎の長でして、獣舎の動物達はブルームに畏怖して暴れたり騒いだりはしないんですよ。その時はこの子が全力で捩じ伏せます」

「この獣舎の中に序列が存在するのか・・・確かに必要と言われれば必要か」

「まぁ、そんな事は中々起こりませんけど・・・おや?」

「ん?」


 煉紅郎の真後ろの柵からプゴプゴと鳴きながら鼻を柵の間から出して煉紅郎にくっ付け様くっ付け様としている眼をキラキラと輝かせた大きい豚がいた。


「豚、で良いんだよな?こいつは」

「はい、この子は『大山豚おおやまぶた』と言う種類の豚で、大人の大山豚は騎乗する事も可能ですが、気性が荒く好戦的な性質たちなものですので騎乗するなら普通の者なら馬を選びますね。山岳や山林などに生息していて豚人族オーク鬼人族オーガなどが好んで乗っていると聞いております」

「それにしては、暴れたりはしていないんだな。やっぱりそのブルームのおかげか?」

「そうですね。それもありますが、大山豚は雄と雌で気性の荒さに多少の差がありまして、雌の方が少し大人しいですね。それに繁殖期に入った雌は他種族の雄でも気に入った雄からは中々離れませんよ。」

「こいつは・・・」

「雌ですね。この子と番だった雄は先に売れてしまいまして」

「・・・番で売らなかったのか?」

「いえ、初めは番での購入を勧めたのですが、雄のみの購入を強く希望されまして、やむなく雄のみの販売いたしました。その頃からこの子は良く塞ぎがちに・・・でもこんな元気な姿、レンクロウ様が来るまで見たことがありません」

「・・・」

「レンクロウ様、どうされました?」

「・・・俺にこいつを売ろうとしてるのか?」

「そんな滅相も御座いません。唯、こんな元気に人に関心を示すのは初めてな事でして、はい」


 そんな話をしているとブルームが獣舎の鉄扉に顔を向けるとゆっくりと鉄扉が開き、ズザグに連れられシャルルとラシュナートが入ってきた。


「ご主人様!」


 そう言ってシャルルが煉紅郎の胸というか腹に抱き付いた。グフッという声が煉紅郎の口から漏れ聞こえた気もしたが、煉紅郎がシャルルの頭を撫でているのを見て周りに居た三人は流石に聞かなかった事にした。

 シャルルが気持ち良さそうに撫でられているの我慢できなかったものが居た。そいつはプゴプゴ鳴きながらコレでもかと柵の間から鼻を出しまるで自分のモノを取らないでと言わんばかりの行動だ。シャルルもコレに気がつき、ジーっと大山豚を見つめ大山豚も負けじとシャルルを見つめ、しばしの間、見つめ合いが続いたが突然、シャルルが大山豚の方に走り出し、そのまま柵を越え大山豚の顔に飛び乗った。


「そうですかニャそうですかニャ。貴方もご主人様が好きなんですニャ!シャルもご主人様が大好きなんですニャ!」

「「「「・・・・・・」」」」


 あまりに突然の事で煉紅郎も含めその場に居た誰もが言葉を失っていたが、流石に煉紅郎は自分の事を好きだ大好きだと高らかに叫ばれいち早く静かにしたい気持ちで刺激させない様にゆっくりと語りかけを試みる。


「・・・おい、シャルル」

「んニャ!?ご主人様!この豚さんもシャルと同じでご主人様の事が好きなんだニャ!」

「お前、その豚と喋れるのか?」

「シャルはそんな事出来ないニャ。でも、豚さんと眼を合わせたら何だか気持ちが通じ合った気がしたニャ」


 確かに気性が荒く好戦的な性質の大山豚が他種族である子猫族のシャルルが顔に乗っても荒れる事無くそれどころか自分の事を理解してくれる者が現れて喜んでいるようにも見て取れた。


(ふむ、シャルルの魔法かと思ったが「本当に心が通じた」っと言った所か?しかし、なんか嫌な予感が・・・)

「そうですかそうですか。レンクロウ様」

(ほら来た)

「ん?パウルマンさんどうしました?」

「シャルルさんもこの大山豚の事が気に入ったようですし、大山豚自身もレンクロウ様の事が気に入っているようですし・・・ご購入のお考えは?」


 待っていましたとばかりにパウルマンが煉紅郎へ大山豚を進める。それはシャルルと大山豚の一連の行動と煉紅郎とシャルルの関係を加味して、尚且つパウルマン自身が商品となるモノが幸福に過せる様にとの考えでもあった。それは彼自身の心構えとして商会の番頭や手代達に心に留めておく様に言っている事でもあった。


「いかがいたしますか?」

「うーん・・・」


 煉紅郎が如何したものか考えに耽っていると・・・


「ご主人様!」


 シャルルのハッキリとした声が獣舎の中に響いた。



次話は来週火曜日正午頃になります。

誤字脱字とう御座いましたら御一報ください。

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