#9 輩が突然やって来た
「ご主人様!」
シャルルは真剣な眼差しを煉紅郎に向けているが、大山豚の顔に引っ付いたままの姿では流石に格好がついてはいない・・・
「ご主人様!」
「シャルル・・・」
「はいニャ!」
「話を聞いてやるから其処から降りてこっちに来い」
「わかりましたニャ。ご主人様・・・この豚さんを買って欲しいニャ」
「なんで?」
「豚さん、シャルと一緒でご主人様の事が大好きなんだニャ。シャル、お城でご主人様の事が嫌いだって言ってる人を沢山見たし聞いたニャ・・・そんニャの・・・自分の周りが皆、自分の事が嫌いだニャんて・・・そんニャの・・・そんニャの・・・余りにも辛すぎるニャ!!」
シャルルは目に涙を溜めながら煉紅郎に語りかけていると次第に感情が高まってしまったのか、目に溜まった涙が流れ落ちていた。
「・・・はぁ、パウルマンさん。幾らこの豚」
「ご主人様!」
「レンクロウ良いのか?」
「まぁ、しゃーないだろ。俺の事が心配で言ってる事だし無下には出来んしな」
「・・・ご、ご主人様」
(っつーか、もしココで断ったらきっとこの後永遠この事を引き出して来る気がするんだよな~何と無く)
「気にすんな。で、幾らなんだい?パウルマンさん」
「そうですね~大山豚は乗用の動物扱いなので・・・15万ハルですかね」
「レンクロウ、そんなに貰ってたか?」
「う~ん、バル爺が渡す時に幾らか色をつけたって言っていたが・・・」
煉紅郎は近くにあった。木箱の上に懐から出した布袋を逆さまにし中身を木箱にぶちまけた。
「ひい、ふう、みい・・・っと。銀貨八枚と大銅貨が九枚か・・・足らんな」
「だな。本当に無いのか?ちょっと貸して・・・ん?ん~?」
「どうした?」
「いや・・・何か、袋の底が・・・やっぱり」
ラシュナートが布袋を裏返すと底の所に丁度、硬貨一枚分の大きさの布が二重に縫われていた。それを手際良く懐から出したナイフで糸を切ると一枚の金貨が零れ落ちた。
「・・・・・・」
「あらまぁ」
「・・・あったな・・・」
「金貨ニャ・・・」
「・・・・・・」
足元に転がってきた金貨をただただ黙って見つめる煉紅郎。
「・・・・・・」
「煉紅郎?」
「ご主人様」
「・・・あの爺、後で見てろよ・・・」
「ご主人様、ちょっと怖いニャ」
「レンクロウ様、金貨が有ったようで御座いますが・・・御購入されますか?」
「あ、ああぁ、じゃあ、コレ(金貨)で頼む」
「畏まりました。おい、15万を金貨一枚での支払いだ。おつりを」
「はい、畏まりました。」
「ズザグ、タグの準備を」
「はい!旦那様」
パウルマンは手代に煉紅郎から受け取った金貨を手渡し、釣り銭を持って来る様に言いつけ、番頭のズザグには大山豚に着けるタグの準備をさせ、満足気な顔でパウルマンは煉紅郎達の方に顔を向ける。
煉紅郎達はというと、シャルルがラシュナートから布袋を引ったくり、木箱の上に置いてあった硬貨をせっせと集めて袋の中に仕舞っている。煉紅郎とラシュナートは、大山豚が自分が買われる事を理解したのかプゴプゴ鳴いてドンドンっと柵にぶつかるほど暴れて五月蠅かったので二人で何とか宥めていた。
「レンクロウ様。この度は大山豚の御購入、真に有り難う御座います。購入の際のお釣りと紋章タグはもう少々お待ちください」
「紋章タグ?パウルマンさんそれは?」
「はい、紋章タグは家畜や首輪の着ける事の出来ない猛獣や魔獣の耳に着けてる。奴隷の首輪のピアス版っと言った所ですかね」
「ふ~ん」
(なるほど・・・奴隷と同じ様に猛獣や魔獣も購入者の所有物で他人がみだりに傷つけないようにするって訳か。ん?でもそれじゃあ・・・)
「だけど、パウルマンさん。それじゃあ、猛獣が暴れた時は・・・」
「はい、他者を傷つけた場合は、怪我の度合いにより処分対象になります。それは奴隷も同じなのでお気をつけください」
「なるほど」
「ご主人様!」
「ん?どうした?シャルル」
「お金集めておきましたニャ」
「あぁ、ありがとう」
「ニャ~そんな事無いですニャ~」
煉紅郎に感謝され蕩けた様になっている。これからの生活の中で彼女がどうなってしまうのか不安ではあるが今は思わないのが華なのだろう。
その後、手代の持ってきた釣り銭の入った袋が煉紅郎の持っている布袋よりもずっしりと重く大きな布袋に煉紅郎自身、驚きつつも今後、持ち歩くのに若干の面倒臭さを感じざるを得ないでいた。
そして、ズザグの持ってきた紋章タグを大山豚の耳に取り付けて、これで一連の帰結となったが、別の問題が出て来た。この煉紅郎とほぼ同じ大きさの大山豚の寝床である。
しかしそれは、歴史の長いパウルマン商会である。似た様な事例は以前にもあったらしく、五日の間ならば無料で獣舎に置いてくれる事になり、ついでに数件ばかり大山豚を置けるほどの厩舎を貸してくれる宿屋を教えてくれた。
大山豚は、寂しそうに煉紅郎やシャルル達に視線や鳴き声を向けたが数日で出れると認識したのか暴れる事無く獣舎に留まった。
獣舎から玄関までの道すがらパウルマンから少し警告される。
「レンクロウ様。付かぬ事をお聞きしますが、レンクロウ様、今は武器に何をお使いに?」
「いや、何も使っていないが、どうしてそんな事を聞くんで?」
「さっき手代から報告があったのですが、どうやら柄の悪い連中が当店の近くに身を潜めている様でして、店に押入ってこない所を見ると目的はどうやら私どもではなくレンクロウ様達のようですので護衛の使う物で申し訳ないのですが、片手剣が御座いますのでそれをお持ちになってください」
「良いのか?」
「はい、当店でお買い物をされて外に出たら強盗に襲われ命を落としたとなっては、私ども恥ずかしくて表を歩けません。例えそれが知らなかったとしてもです!」
そう言いながらパウルマンは手代が持ってきた片手剣をスッと煉紅郎に差し出し、煉紅郎は少し震えた手でそれを確りと掴み、一呼吸置いてパウルマンを見た。
「・・・じゃあ、有り難く借りて・・・」
「差し上げますよ。店に置いてあるのは新人の護衛に持たせるような安物なので、レンクロウ様でしたら、直ぐにでも新しく業物と呼ばれる品を手に入れますよ。きっと」
「そうか。では有り難く」
煉紅郎は深々と頭を下げるが・・・
「そっ、そんな、頭をお上げください。そんな、私なんかに頭を下げないでください」
パウルマンは慌てたように煉紅郎の頭を上げさせた。
「親切にされたら感謝するのが普通だ。ココがそうじゃなくても俺に取っちゃそれが普通だ。だから、パウルマンさん、あんたに感謝する」
「うーむ。分かりました。本当にお気をつけください」
「心遣い感謝する」
そう言うと煉紅郎達は、手代が開けた商会の扉を潜り外に出た。其処には来た時と同じ様に門番が二人立っていた。
「あんた等、何をしたんだ?其処の路地の角からじぃーっと見られてて気味が悪いぞ」
「うーん。される謂れは無いと思うが、奴らにはやる意味があるんだろう」
「気をつけろよ。俺達が確認出来たのは三人だけだが、どうやらまだ何人か隠れているようだ」
「すまない。感謝する」
「気にするな。仕事だ」
「あぁ・・・」
煉紅郎はそう言うと手にしていた片手剣を腰に下げ、ラシュナートの先導の下、大通りまでの道程を歩き始めた。シャルルは、門番の二人にペコリと頭を下げ、少しパウルマン商会を見上げると急いで煉紅郎達の後を追った。
大通りへの道程の途中、少し日の陰る場所に差し掛かると五人の男が前方の道を塞ぐ様に姿を現した。煉紅郎達の退路を断つ様に後方にも三人の男が姿を現した。
煉紅郎はシャルルをそっとラシュナートの側に寄せ、一人前方の男達に向かい立った。
煉紅郎の前にリーダー格らしき男が出て来た。薄汚れた革鎧を着込んでいる所を見るとどうやらゴロツキのようだ。いや、ゴロツキと言うより冒険者崩れや野盗という言葉の方が合っている様にも思える。周りに居る男達も一様に似た様な格好をしている。
「なぁ、兄ちゃん。良い服着てんじゃねぇか。怪我したくなかったら金と女を置いてとっと失せな」
「うーん。別に金は構わないがこいつ等は見逃してはくれないか?」
「ふん!馬鹿かおめぇは、勘違いすんなよ。俺達は恵んでくれとお願いしてるんじゃねぇ。有り金全部とその女と奴隷の雌猫を置いていけと命令してんだよ!」
「・・・・・・」
煉紅郎が黙り込んだ事がどうやら男達にはリーダー格の男の脅しが効き、恐怖で縮こまっている様に見えたらしく、彼らのシャルルやラシュナートの見る目が好色な目つきに変わってゆく、彼らの頭の中にはこれから彼女達を陵辱しようかと言う考えでいっぱいだったが、煉紅郎が発した言葉にそんな思いは消え去った。
「幾ら薄汚くて臭い男が大挙して現れ、金をくれと懇願されても笑顔で対処しよう。しかし、自分を勘違いした馬鹿な男に凄まれても鐚銭一文くれてやる気にはならん」
「なんだと!貴様!」
「ふざけてんじゃねぇぞ!」
「ぶっ殺してやる!!」
「殺すなら早くやれ。出来ないなら吠えるな三下」
「てっめぇ!」
そう叫びながら周囲に居た男の一人が煉紅郎に殴りかかった。が、煉紅郎は男の腕を掴み手を捻るといとも簡単に男が跳び回転して地面に背中を強かに打ちくぐもった声を漏らした。その光景を見ていた男達は何が起こったのか理解できなかった。自分より細身の男が仲間の男を簡単にいなしたのだ。目の前に居る男から早く逃げろと警報が全身を駆け巡り逃げようとするが、それをリーダー格の男が其れを良しとしなかった。
「てめぇらどういうつもりだ!仲間がやられておめおめと引き下がるって言うのか!ああぁ!」
「でっでもよぉドルトンさん」
「でももへちまもあるかぁ!奴を殺せ!そしたら奴の金で良い思いをさせてやる!分かったか!」
ドルトン(リーダーの格の男)の一喝で覚悟を決めたのか男達が各々の得物を繰り出した。得物はブロードソード、ダガー、メイスなどであった。彼自身はロングソードを手にしている。
それを見た煉紅郎はチラリと後ろにいる二人に視線を流し、ラシュナートと視線が合うとそのまま正面に視線を戻し、腰に下げていた片手剣を後方の二人の元に流すように投げシャルルが其れを拾い上げた。
「貴様!何のつもりだ!」
「いらんから、必要な者に渡しただけだが何か?」
「ほう、貴様は素手で俺達を倒すと言うんだな!」
「まぁ、そうだな」
「・・・やれ!」
雄叫びに似た声を発しながら迫ってくる男達を見ても煉紅郎は冷静でいれた。それは、煉紅郎自身が自分に授けられた『神からの加護』を瞬間記憶と勘違いしていたと自覚しつつある為でもあったが、もう一つは自分でも自覚できていない怒りからであった。
煉紅郎は迫ってきたダガーを手にした男の突きを避け、腕を掴み、男の足を踏んで逃げなくして開いた方の手で掌底を顎に当て上に振り抜いた。そして続けざまに身を低くした姿勢のまま迫る男の前に出て片腕で振るわれる前のメイスを止めて無力化し、そのまま水月に重い肘打ちの一撃を見舞った。片手剣の男は上手く煉紅郎の後ろに回り込み一撃で仕留め様と手にした得物を売り下ろそうとするが、その手前で煉紅郎がほぼ背中を向けたまま体当たりをかまし、男の意識と身体を突き飛ばした。
瞬く間に前方に居た自分以外の男達が倒れ伏した事に驚きを隠せないでいたドルトンは女を人質にする事を考え後方の三人に目を向けるが、其処には既にラシュナートの手にした片手剣によって切り伏せられた仲間の姿があった。シャルルはラシュナートの側で興奮したように目を見開き片手剣の鞘をギュッと抱きしめていた。
見方が一人もいなくなって気が動転しながらもゆっくりと自身を落ち着かせ視線を煉紅郎に戻すと煉紅郎はただ黙って一人佇んでいた。まるで彼の準備が整うのを待っていたかのように・・・
「なんなんだ!貴様!」
「なんなんだと言われても何処にでも居る普通の人間だよ。ただ此処に到るまでの経緯が特殊なだけ」
「ふざけるな!」
「で、如何する?」
「くっ、くそがぁぁあ!」
雄叫びをあげながらロングソードを手にドルトンが剣道で云う所の|火の構え(上段の構え)で煉紅郎に迫った。
火の構えとは剣を頭上に振り上げた構えの事をさす。非常に攻撃的な構えである。極端な言い方をすれば振り上げた剣を相手に迫り振り下ろすだけで良いのである。しかし、この構えにはデメリットも存在する。それは、多人数を相手取る場合に隙が多い事だ。剣を頭上に振り上げる事で両腕の肘が死角を作り出してしまい左右からの攻撃に対応できない事である。
しかし、現在のドルトンにはそんな事は関係なく、ただ目の前の実力の分からない男を出来るだけ早く始末したい。それだけが彼の頭の中を支配していた。だが、突然目の前に現れた煉紅郎の顔が現れたと思ったら、もの凄いスピードで迫って来て、次の瞬間にはグシャっという生々しい音と顔の中心が焼ける様な痛みが走り、激痛に悶えながら地面に転がっていた。
「嫌な感触が・・・」
煉紅郎は、転がるドルトンを横目で見ながらおでこを摩っていた。すると、猫メイドが剣の鞘をラシュナートに放り投げそそくさと煉紅郎のもとにやって来て心配そうな顔をしている。
「大丈夫ですかニャ。ご主人様、何処か怪我でも・・・」
「ん?いや、怪我はしてないよ。ただ、おでこに嫌な感触が残って気持ち悪かっただけだよ」
「そりゃあ、相手の鼻をでこで砕けばそうなるに決まってる」
「うーん。それには気がいかなかった。で・・・」
片手剣を鞘に収めつつそんな事を言いながらラシュナートが側に近づくと煉紅郎は彼女の方を見て話し始めたかと思ったら少し間を置いて周囲に倒れている男達を眺め、話を」続けた。
「どうするんだ?こいつら」
「どうする?このまま捨て置けば良いだろ。金と女が目当て強盗をするような輩だ。野垂れ死のうと俺の知った事じゃない」
「そういうもんかねぇ・・・」
「そこの突き当りを右に行けば大通りだ。警邏で回ってる騎士団に報告するもしないも其処で決めたら良い、何よりココに居ると仲間が来る可能性があるから拙い」
「たしかに」
「早く行きますニャ!ご主人様!」
シャルルに手を引かれ煉紅郎は路地を大通りに向けて足を進める。ラシュナートはそんな二人を眺めながら渡し損ねた片手剣を手に先ほど後にしたパウルマン商会の方を見つめながら思う。
(パウルマン・・・この国でも五本の指に入る豪商の一人。奴が寄越したブロードソード・・・確かに鞘と柄は安い拵えの物だ。だが、剣身は業物とまではいかないが中々の上物だ。これが新人護衛の持つ物なのか?しかもそれをアイツにロハでやった・・・それほど資金が潤沢だと示したいのか、それとも何かしらの意図があるのか。・・・)
猫のメイドと自身を打ち破った勇者の後を追い路地を歩き始める。
(・・・気をつければ良いか。まぁ、奴の意図が露見したとして、それが遅いか早いか、はたまた俺自身がアイツの側に居るかどうか・・・その時が来れば自ずと自分から動くか)
先行した二人を追い、ラシュナートは走り出した。その姿を真上から西に傾きだした太陽が薄暗い路地ごと彼女達を後ろから照らした。
次話は来週火曜日正午頃になります。
誤字脱字とう御座いましたら御一報ください。




