トリュートとポロッコ
古の時代から魔術で豊かな自然に恵まれた王国を発展させてきた人々は、魔術に代わる新たな力を手にした。機械文明の誕生である。魔術は禁忌の力とされ、王国の魔術師も追放された。時を経て、人々が魔術の存在を記憶の彼方へと忘却した頃、音楽の都で一人の子供が誕生した。その子はトリュートと名付けられた。
朝靄の中で森の命が息づき、静かに騒めき始める。
生い茂る木々の狭間から差し込む陽光煌めく森の小道を、息を弾ませながら駆けて行く小さな影。
木立で囀る小鳥たちに明るく元気に声をかける。
「おはよう!小鳥さんたち。今日もいい声だね!」
栗毛の髪にちょこんと紅いフェルト生地の帽子を載せて、仕立ての良い紺色の上着に桜色のシャツ、帽子と同じ色の紅い蝶ネクタイ。
革製のカバンは大きすぎて身体が半分隠れている。
森の中には白壁と煉瓦造りの家々が散在している。小道の脇の家の前で花に水をやっていた中年の太った女性が、少年を見て笑顔で声をかけてきた。
「おはよう、トリュート。これから音楽学校かい?」
「おはよう、リュカおばさん。そうだよ。今日は街からお城の音楽隊が模範演奏に来る日なんだ。楽しみで仕方ないよ。」
「そりゃあ良かったね。ジュリも来月のお祭りであんたたち音楽学校の生徒の演奏を楽しみにしてるから、音楽隊の人たちにしっかり教えてもらっておくれよ。」
「わかったよ。ジュリによろしくね。」
「気を付けて行くんだよ。」
リュカおばさんに元気に手を振って、トリュートは軽やかな足取りで駆け出した。
森の小道を暫く走ると、行く手に小さな泉が見えてきた。透明度の高い綺麗な湧き水で、村の人々からは聖なる泉と呼ばれている。
「少し咽喉が渇いたな。泉で水を飲もう。」
トリュートは泉に向かい、咽喉を潤すことにした。聖なる泉の綺麗な水は、身体の毒素を浄化して病を癒し、声も綺麗になると言われている。
「あれ?あれは何だろう?」
トリュートが目を向けた先には、何か小さな物体が動いていた。
ゆっくりと近づくと、それは淡く光る不思議な色をした生き物の様だった。
かなり衰弱している様子で、弱弱しい息遣いで呼吸しているのが見て取れる。
「君、大丈夫かい?」
その生き物にトリュートは心配そうに語りかけた。
そっと優しく手を触れて撫でる。
「Po...Lo...Koo...」
生き物がトリュートに答える様にか細い鳴き声を挙げた。その声音はまるで楽器の音の様で、心の底に響いて来る様な、不思議な音だ。
「ポロッコ?・・君、ポロッコって言うのかい?」
トリュートの掌に伝わる生き物の鼓動が小さくなっていく。
「君、随分弱ってるんだね。今、泉の水を飲ませてあげる。」
トリュートは小さな生き物を大事そうに両手に載せて、泉に連れて行く。
泉の澄んだ水に生き物の口を近づけると、生き物は弱弱しく水を舐め始めた。
暫く水を飲むと少し落ち着いて来た様子で、生き物の小さな身体が温もりと鼓動を取り戻して行く様に感じられた。
どうやら、生き物は眠りについた様だ。
「寝ちゃったのかい?どうしよう。置いていくわけにもいかないし。・・・そうだ!ちょっと狭いけど、このカバンに入っててよ。」
トリュートは、ポロッコと名付けた生き物をカバンに入れると、再び森を駆け出した。
「音楽学校に遅れちゃう!大変だ。ミヒャエル先生に怒られる。」
ミヒャエル先生は厳格な指導で有名だ。授業に遅刻するなどもってのほか。
大目玉を喰い、反省のために楽器庫の整理と掃除をやらされるかもしれない。
大慌てで駆けて行くトリュート。




