第六十八話 南部方面司令部の変化
ダンジョン警戒任務に就いていたユリウス隊の野営地へ、夜になって一人の伝令兵が駆け込んできた。
「隊長! 本部から伝令です!」
「どうした?」
ユリウスが立ち上がる。
「リバーナ攻略は失敗したとの報告です」
その言葉に、周囲の隊員たちも一斉に顔を上げた。
「そうか」
ユリウスは短く答えたが、伝令兵の報告はそれで終わらなかった。
「攻略部隊は撤退。指揮官ほか、高級幕僚の多数が戦死とのことです」
「なに!」
さすがにユリウスも声を上げた。
「あの本部精鋭部隊が……」
「ダンジョン警戒任務を解き、すぐに南部方面本部へ戻るようにとのことです」
「わかった」
伝令兵が離れていくと、隊員の一人が悔しそうに口を開いた。
「我々も参加していれば、ここまでの被害は防げたかもしれないのに。司令部は何を考えているんでしょうか?」
「そのへんにしておけ」
ユリウスは静かに制した。
「命令に従うだけだ」
隊員はまだ言いたそうだったが、それ以上は口にしなかった。
*
帰還の準備を始める前に、ユリウスには一つだけやっておきたいことがあった。
簡易机へ向かい、紙を広げる。
宛名は――賢者リース。
ユリウスは、今回のダンジョン探索で確認したことを一つずつ書き記していった。
未踏破地帯。
そこに並んでいた、大量の魔族の石像。
そして、そのすべての胸に刺さっていた剣。
筆を進めながら、ユリウスの脳裏にはリバーナで以前見かけた石像の姿が浮かんでいた。
あの石像には、剣がなかった。
今回のダンジョン探索で、未踏破地帯に大量の魔族の石像を確認しました。
その石像には、いずれも胸に剣が刺さっていました。
一方、リバーナ陥落以前に町で確認した石像には、剣がありませんでした。
この違いに何らかの意味があるのではないかと考えています。
賢者様のご意見をお聞きしたく、ご連絡いたしました。
最後まで書き終えると、ユリウスは手紙を封じた。
*
夜明け前。
ユリウスは封をした手紙を伝令兵へ渡した。
「これを、賢者リース様へ届けてくれ」
「はっ!」
「できるだけ早く頼む」
「承知しました」
野営地では、すでに撤収作業が進んでいた。
「撤収準備完了です!」
「よし。南部方面本部へ戻る」
隊員たちが荷物をまとめ、隊列を整える。
出発前、一人が何気なく言った。
「新しい指揮官って、どんな人なんでしょうね」
「少なくとも、前より話を聞いてくれる人だといいけどな」
別の隊員がそう返した。
ユリウスは何も言わず、朝焼けの街道へ馬を進めた。
*
南部方面本部へ戻ると、そこには敗戦の空気が色濃く残っていた。
負傷者が運ばれ、壊れた武具が積まれ、兵士たちが慌ただしく行き交っている。
「だいぶ手ひどくやられたみたいですね。空気が重いです」
「そうだな」
ユリウスが周囲を見回していると、見覚えのある男を見つけた。
「ガレスさん」
声をかける。
「生きてたんですね」
「おお。戻ってきたのか」
ガレスが振り返った。
「散々だったよ」
「無事でよかったです」
「お前がいたら、こんなことにはならなかったかもな」
ガレスがそう言うと、ユリウスは苦笑した。
「それは、どうでしょう? そんな力はありませんよ」
「いや。ここの部隊でまともに戦えるのは、お前のとこぐらいだと思うぜ」
「また怒られますよ」
そう言ったところへ、伝令がやって来た。
「ユリウス隊長」
「はい?」
「新司令官がお呼びです」
ガレスが笑う。
「ほら。さっそく呼ばれたぞ」
「何の話でしょうね」
「さあな」
そこでガレスの表情が少しだけ真面目になった。
「でも、前の連中とは少し違うみたいだぞ」
「そうなんですか?」
「少なくとも、人の話は聞く」
「それなら十分です」
ユリウスは司令部へ向かった。
*
司令官室へ入ると、新しい南部方面指揮官が机の向こうに座っていた。
「君がユリウス君か」
「はい」
新司令官は手元に置かれた何枚もの報告書へ目を落とした。
「君の今までの報告書は読ませてもらった。非常に冷静で的確な報告書だ」
「ありがとうございます」
「少し話を聞かせてもらえるかね?」
「はい」
新司令官は一枚の資料を手に取った。
「まずは、ナハル防衛戦の話を聞かせてくれ」
「はい」
「夜中に魔王軍のナハル攻略が始まった」
「はい」
「近くで任務中だった君の部隊は急行し、明け方にはナハルに入った」
「はい」
「そこで死霊侯デロスと遭遇。衛兵部隊と協力してこれを討ち取った」
「はい。ですが、その時は報告書にも書いたはずですが、召喚者のパーティと協力して、何とか倒せたというところです」
「ほう」
新司令官が興味を示した。
「召喚者のパーティ?」
「はい」
「西の最前線でもない地帯にいるような召喚者が、そんなに役に立つのか?」
「はい。彼らは独自に魔王討伐の情報を集めている、非常に優秀なパーティだと思いました」
新司令官は少し考えてから尋ねた。
「その召喚者たちは今どこにいる?」
「賢者リースのもとで情報を聞き、南の大陸に渡ると言っていました」
「南の大陸へ?」
「魔王の弱点は、太陽の力なのかもしれないということです」
「なるほどな」
新司令官が頷く。
「賢者リースを頼るとは、なかなか良い判断ができるパーティなのだな」
「それだけではありません」
ユリウスは続けた。
「元アーリアン王国武術師範のバサルス様が、武闘家の訓練をしたとのことです」
「ほう、バサルスの名前は聞いたことがある」
新司令官の顔に、少し驚きが浮かぶ。
「アーリアン最強の武闘家と言われていたな。まだ生きてたのか」
「今は引退されているようです」
「後継者を育てたということか」
実際には、かなり厳しくしごいただけなのだが、ユリウスはそこまでは知らない。
「また、ミルムでは聖堂に伝わる『天使の笛』というアーティファクトも、パーティの女性僧侶に託されたとのことです」
「すごいな」
新司令官が感心したように言った。
「何者なんだ、そいつらは」
「もしかすると、この魔王との戦いに重要な役割を果たすのかもしれませんね」
「そうかもしれんな」
新司令官は南大陸の地図へ視線を移した。
「その者たちの行方を、追う者を南へ派遣してもよいかもな」
「南へ、ですか?」
「ああ。少なくとも、何を見つけるのか知っておく価値はある」
*
「つぎは、リバーナ陥落の時の話を聞かせてくれ」
「レバレスのダンジョンの調査に向かう途中で、魔王軍の侵攻に遭遇しました。そのまま防衛戦の指揮をとりました」
「ふむ。なぜレバレスへ?」
「デロスが『デへロスのダンジョンは我が居城』と言っていましたので、他のダンジョンはどうなのだろうと思いまして」
「なるほど。それで近くのレバレスのダンジョンに向かったと」
「はい」
新司令官は少しだけ笑った。
「君は優秀だが、独断専行が過ぎるとの評価は、その辺からなのかもな」
「申し訳ありません」
「謝らなくていい。そういう人材は貴重だ」
ユリウスは少し意外そうに新司令官を見た。
「城壁上で防衛中に、突然、街の中心部から敵が現れて、市長が降伏したのだな」
「はい」
「これはどういうことだ?」
「わかりません。ただ、最近調査したダンジョンでの出来事から、推測はできます」
「ほう」
*
「今回、レバレスのダンジョンを調査した際、未踏破地帯を発見しました」
「未踏破地帯?」
「はい」
ユリウスは、そこで見たものを順に説明した。
「そこには、大量の魔族の石像がありました」
「魔族の石像?」
「そして、すべての石像の胸には剣が刺さっていました」
「剣が?」
「はい」
ユリウスは一度言葉を切った。
「リバーナで見かけた石像には、剣がありませんでした」
新司令官が黙って聞いている。
「もし、あの剣に何か意味があるのだとすれば……」
そこまで聞いた新司令官が、状況を整理するように言った。
「石像は、封印されていた魔族そのものなのでは? ということか」
「その可能性はあると思います」
新司令官の表情が険しくなった。
「これは、深刻な事態かもしれん」
机の上の地図と、各地のダンジョン資料へ視線を落とす。
「引き続き調査を頼む」
「はい」
「私は本部へ報告書を出す」
*
「賢者リース様のところへ、一度行ってみようと思うのですが?」
ユリウスが尋ねた。
「ふむ、そうだな」
新司令官は少し考える。
「賢者様の知見を、可能なら一度ここまで来てもらえないか。頼んでみてくれるか?」
「はい」
ユリウスが退室すると、新司令官はしばらく資料を眺めたあと、従者へ声をかけた。
「エドガーを呼べ」
「はっ!」
*
ほどなくして、情報将校エドガー・ロウが司令官室へ入ってきた。
三十代後半。細身で、いかにも実務に強そうな几帳面な男だった。
「お呼びでしょうか」
「エドガー。少し頼みたいことがある」
新司令官は一束の資料を差し出した。
「この者たちの足取りを追え」
エドガーが資料を受け取る。
「南の大陸で彼らが何をしてきたのか。そして今、何をしているのか。逐一報告せよ」
「はっ!」
司令官室を出たあと、エドガーは廊下を歩きながら資料をめくった。
召喚者一行。
南大陸へ渡航。
魔王討伐に関する情報収集中。
「……なんだ、この任務は?」
さらにページをめくる。
「左遷か?」
一拍置く。
「俺、何かしたか?」
*
エドガーはすぐに部下二人へ声をかけた。
「おい。南の大陸へ向かうぞ」
「南の大陸ですか?」
「南に魔王軍はいませんよ?」
「知らん。命令だ」
「はっ!」
エドガーは資料を見せた。
「こいつらの足取りを追え、とのことだ」
「重要人物なんですね?」
「どうだろうな?」
エドガーは首を傾げる。
「俺もいまいち、よくわからん任務だ」
資料を確認しながら続ける。
「資料には、ナハルから南の大陸へ向かったらしい」
「では、まずナハルですか?」
「ああ。ナハルへ向かうぞ」
「そこから足取りを追うんですね」
「そういうことだ」
三人は南部方面本部を出発した。
この時点では、エドガーの表情にもまだ余裕があった。
*
一方、司令官室を退出したユリウスは、ガレスの部隊がいる場所へ向かった。
ガレスは負傷者の様子を見ながら、装備の点検をしていた。
「ガレスさん」
「おう。終わったか?」
「はい。少し話をしたいんですが」
「いいぞ」
二人は人の少ない場所へ移動した。
「で?」
ガレスが先に尋ねる。
「新しい司令官はどうだった?」
「……話は、聞いてくれる人でした」
「俺も呼ばれたが、かなり切れる人だなと思ったよ」
「確かに。今までの司令本部とは、雰囲気が変わりそうです」
「そうだな」
二人は、まだ敗戦の空気が残る司令部を見た。
少し間を置いて、ユリウスが尋ねる。
「リバーナ奪還作戦の時の話を、聞いてもいいですか?」
ガレスの表情が少し曇った。
「……ああ」
*
「最初から、どうも楽勝できるだろう、みたいな雰囲気で、やばいなとは思ってたんだ」
ガレスは当時を思い出すように話し始めた。
「城壁には、魔族とリザードマン。それに人間の兵も少数だがいた」
「人間の兵?」
「ああ。魔族に無理やり戦わせられたのか、魔族についたのかはわからん」
「そうですか」
「西では、魔王軍にも普通に人間の部隊もいるからな」
「話には聞いたことがありますが」
ユリウスは少し考えた。
「我々は誰のために戦っているのか、少し悩みますね」
「まあ、そうだな」
ガレスも短く頷いた。
「それで、攻城兵器が城に突入するぞって時に」
そこで声が少し低くなる。
「迂回した魔族の騎兵に奇襲を受けて、司令部は壊滅」
ガレスは自分の部隊のことも続けた。
「俺の部隊もいたが、守り切れなかった」
「なるほど」
*
「敗因は何だと思いますか?」
ユリウスが尋ねる。
ガレスは少し考えたあと、答えた。
「魔物討伐と同じに考えていたんだろうな」
一拍置く。
「作戦の立案から失敗だ」
ユリウスは黙って続きを待った。
「この南部方面司令部に必要なのは、魔物討伐を指揮する人間ではなく」
ガレスは静かに続けた。
「魔王軍と戦った経験のある参謀が必要だ」
「なるほど」
「まあ、俺がいくら考えたところで、どうにもならんがな」
ガレスはそう言って肩をすくめた。
「そうですね。任務を遂行するだけです」
ユリウスも頷く。
するとガレスが話題を変えた。
「ところで、次はどこに向かうんだ?」
「賢者リース様のところへ」
「そうか」
ガレスは少し笑った。
「気をつけてな」
一拍置く。
「戻ったら一杯やろう」
ユリウスも笑った。
「はい!」




