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悠久の機甲歩兵・夜光  作者: 竹氏
噂のアメクメーネ
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第25話 予期せぬ緊張

 どこかぼんやりした女の声に合わせ、ノイズの中でいくつも輝く光点。

 それらは頭上の開口部だけでなく、何処に隠れていたのかエレベーターホールの入口からも人影が現れる。


『ファティ、耳鼻は?』


『音も臭いもしませんでした。こいつら、隠れることに慣れてます』


『後ろを塞いだということは、逃がすつもりはないらしい』


『焼けた大地には人が住めないって話が、嘘っぱちだったってことだけは、よーくわかったッス』


 いつも以上に強張った口調のシューニャと、わざとらしくため息をつくアポロニア。

 緊張は当然だろう。キメラリアの耳鼻を掻い潜るだけならいざ知らず、システムスキャンにも引っかからないとなれば、隠密に慣れている、というだけでは説明がつかない。

 加えて、大型砲台にマキナ、小火器を携えた散兵部隊まで同伴と来た。連中の出自はともかくとして、知識的な優位は期待しない方がよさそうだ。


『言葉が通じているようでなにより。その上で、どーすればお互いの為になるかって考えて貰えると、ウチらは楽でいいんだけど』


 女の声は、こちらが周囲を観察していることを、恐れて立ち止まっていると判断したらしい。

 数も火力も優勢である上、包囲まで形成しているのだから、その気持ちはわからなくもないが。


『カッ、この程度で大上段から勝ち誇りやがって。気に入らねぇぜ』


『同感だよ。とはいえ、話せる口があるならスマートに行きたいところだ』


 一方的な奇襲殲滅を実行できる状況でありながら、敢えて対話の余地を残したということは、向こうにも何か意図がある。

 戦闘を望まない理由。あるいは、平和的解決を求めねばならない状況か。

 どちらにせよ、こちらにとっては都合がいい。僕は突撃銃の銃口をゆっくりと下げてから、未だ光を宿す砲台を見上げた。


『我々に交戦の意思はない。だが、武装解除要求を受け入れるつもりもない』


『自信ありありだね。もしかして、まきなを見せれば万人が恐れる、とか思ってる文明人?』


 そう言うのいいから、とでも言い出しそうな気怠げな声。状況から言えば、挑発と取るべきなのだろうが、そういったわざとらしい棘はあまり感じなかったように思う。

 そんなことよりも、また1つが確信に変わった方が、玉匣の中に動揺を生んでいた。


『あ、あいつ今、まきなって言ったッスよ』


『連中にも何かしらのブレインが居るってことか。あるいは、本気で文明の残り香か……』


 後者であるなら、どんな形であれ対話の席を設けられたことを、僥倖と言う他にない。それも古代製テクニカのような技術者集団の残党であれば、自分たちの抱える諸問題全てを、ひとくくりに解決してしまえる可能性だって秘めている。

 故に僕は、更に言葉を緩めて応対する。


『敵対する理由が存在しないだけだ。こちらの目的はあくまで遺跡の調査、および必要としている古代遺物の獲得にあり、無益な戦闘は望んでいない』


『要求は聞いてないよ。命乞いなら受け入れてあげるってだけ。虚勢を張るにしても、言葉は選んだ方がいいと思うけど?』


 試されている、と本気で感じた。

 女の声は武器をちらつかせつつも、それはあくまで対等以上に話をするための手段に過ぎない。状況によっては武力解決も辞さないのだろうが、それ以上にこちらへ興味があるようだ。

 内にある目的がなんであれ、現状見ている光景はお互い様、と言ったところか。


『逆に問いたい。あなた方は何者だ? こちらの行く手を遮ろうとする目的は?』


 軽くヘッドユニットを振ってみせれば、一瞬空気がピリついた。

 否、どこにでも血の気が多い者は居るのだろう。ガコンと音を立て、1機の重機モドキが上層階の縁からこちらへ銃口を向けてくる。


『質問しているのはこちらだスカベンジャー。僅かばかり神代の知識に触れた程度で、まさか我々と対等に会話できるとでも?』


『どう受け取るかはそちら次第だ。それで、ミスジェーン・ドゥ? 既にこちらの札は出し切った。最後のボールをどうするかは、あなたが決めるといい』


 オーディエンスに興味はないと一蹴すれば、血の気の多い奴は低い声で、貴様、と唸りはしたものの、隣から何を言われたのか、その場をグッと堪えて見せる。

 印象の通り、女の声はこの集団を指揮する存在であるらしい。彼女は何を天秤に乗せているのか沈黙を守り、同時に周りの連中も、下される指示を待ちわびているようだった。

 可能性の芽。この先に起こりえる問題に、今与えられている情報だけで対処するとなれば。


『ダマル』


『上に機関砲装備のオートターレットが3基、小口径の機銃座が6基と機種不明のマキナ及び人型兵器が併せて6機。後方にも同様のポンコツが4機と、強化装備の歩兵が数人。荷電粒子臼砲の再チャージを確認、完了までカウント10』


 骸骨は既に指折り数えていたのだろう。無線を暗号通信に切り替え、短く相棒の名を呼んだ途端、水の流れるようにツラツラと把握した状況を伝えてくれる。

 全く見た目以上に恐ろしい骸骨だ。彼が向こう側に居れば、僕に勝ち目はなかったかもしれないくらいに。


『カウント3で行動する。戦端が開かれたら、玉匣は全力でエレベーターホールから後退。アポロはマキナを牽制しつつ、ファティが強化装備兵を制圧。絶対に動きを止めるな。とにかく走り回れ』


『ん』


『上押さえられてんのに余裕ッスねぇ』


『おにーさんですから』


 皆の声を聞きつつ、心の中で指を折る。

 ここまで女の声は沈黙を守ってきた。だからこそ、このまま黙っているならばよし。そうでなければ。


『面白い言い方だね。ウチにも立場ってのがあってさ。面倒臭い話だけど、ここで引き下がったら示しもつかないし、じゃあそゆことだか――えっ?』


 躊躇い。

 それはほんの僅かな時間だったかもしれない。ただ確実に、荷電粒子臼砲のトリガを握り込む指は固まっていた。

 女の声が何を考えたのか。こちらには知る由もない。その中、強いて自分に言えることがあるとするならば、戦場の死神は異様に足が速いという事くらいだろう。

 腹の奥を突くような爆音が轟いたのは、瞬きをする間もない程度の後だった。


『てッ、敵襲ーッ!』


 巻き上がる火炎に、誰かが叫ぶ。

 赤く染まったのはエレベーターホールの入口通路。こちらを包囲する形で、不明機が展開していた場所である。熱と衝撃の抜けたその場所には、煙を上げるスクラップくらいしか見当たらなかったが。


『バカな!? ここは壁の中だぞ! 監視の連中は何をしていたんだ!?』


『全体、距離を取りつつ反撃! お前らも、下層の応援に回って!』


 頭上はにわかに騒がしくなり、同時に重々しい動きで降下してくる謎の機体たち。ガラクタを組み合わせたような恰好は、マキナというより重機に近い。


 ――まるでゲリラだな。


 反政府組織やテロ組織、過激派、犯罪者集団。言い換え方は何通りも存在する。

 そういう連中は警察組織や正規軍との交戦に備え、マキナを運用することもあった。とはいえ、如何に民間向けであろうとも、マキナを部隊規模で揃えようとすると、当然かなりのコストが必要となる。

 金のないそういった連中は、往々にして汎用作業向け重機を戦力化していた。それこそ一般的な車輌から、パワートレースと呼ばれる外骨格式人型重機に至るまで。

 この連中が使っているのは、後者のモデルに似ている。無理矢理な装甲を施し、かつ作業用マニピュレータをマキナ用の火気に対応させた形は、まさしくそのものと言っていい。

 そんな変わり種を身に纏った彼らは、着地と同時に左右へと展開しながら入口通路へ向かっていく。

 動きから察するに、角から覗き込むようにして、通路奥の状況を確認するつもりだったのだろう。

 ただ、彼らが壁際まで辿り着くより早く、その無理矢理増設された装甲の上を、まるで舐めるように火花が駆け抜けた。


『うわああああ!?』


『後退、後退! えれべぇたぁの窪みに隠れろ!』


 まるで蜘蛛の子を散らすようだった。予想外に早い敵の接近に、パワートレース達は転げるようにして、デッキのないエレベーターシャフトの窪みへ飛び込んでいく。

 隠れられるだけでも、まだ彼らはマシだろう。というのも。


『なんだなんだ、いきなりド派手に始めやがって! どういう状況だよ!?』


『ど、どっか隠れる場所ないんスか!? 巻き込まれたら、たまったもんじゃないッスよ!』


『広間ですからね。なんにもありません』


 デッキの端まで後退した玉匣の中は、かなり混乱している様子だった。唯一救いがあったとすれば、通路からの射線がちょうど切れる角度に居られたことくらい。

 それこそ、動かなければやり過ごせるのでは、と思えなくもないのだが。


『状況が読めない。キョウイチ、どうする?』


『静観、と言いたいところだが、そうも行かないようだ』


 短距離センサーが捉えた何者かの動きに、警告音がヘッドユニットの中で鳴り響く。

 まばらな応射をものともせず、床へ火花を散らしながら滑るように突っ込んでくる機体。そいつが何者であるかは、翡翠のシステムが教えてくれた。


『げぇっ、青金じゃねぇか!?』


『はぁ!? またこの間の連中ッスかぁ!?』


 見えただけで3機。装備はアドオングレネード付きの突撃銃と小型シールド。

 前衛であろうそいつらは、入口通路を保持することもせず、目につくターゲットに片端から銃撃を加えていく。

 残念なことにそのターゲット判定は、友軍かそれ以外でしかなかったらしい。身を晒しているこちらに、青金は容赦なく銃口を向けた。


『まぁ、ですよね』


『言ってる場合かボケぇ! 迎撃、防御戦闘!』


 玉匣のチェーンガンと翡翠の突撃銃が同時に火を噴き、また青金の放った弾丸が翡翠や玉匣の装甲にドラムロールをかき鳴らした。


『この場所で防戦は不利だ! エントランスを強行突破する! 玉匣、翡翠に続け!』


『ん!』


 履帯がギャリギャリと床を鳴らし、玉匣は敵の後方にある入口通路目掛けて走り出す。それを先導して僕は翡翠を跳ばせば、青金はグレネード弾を放ったらしい。背後で派手な爆発が起こっていた。


『お、おい、貴様ら! 止まれ! 止まらんかぁ!』


 だみ声が頭上から叫んでいたが、そんなもの気にしてはいられない。彼らとて、自分たちに構っている余裕はないはずだ。

 こちらの退避行動を察してか、青金の1機が後退して出入口の前に立ち塞がる。

 が、突撃銃を向けられた程度で、今更止まってやる気などない。


『どけぇぇぇぇッ!』


 気迫一声。展開した左腕のハーモニックブレードを構え、ジャンプブースターの推力に任せて、僕はそいつ目掛けて突っ込んだ。

 胸部装甲の上を、いくらか銃弾が嘗めたように思う。貫通はなかったが、被弾警報は嫌程鳴り響いた。

 一方、僕の突き出した左腕は青金の頭部を捉えており、センサーが集中するアイユニットを貫いて、勢いのまま敵機を壁に叩きつけていた。

 沈むようなエーテル機関の鳴き声は、マキナの断末魔でもある。乱暴なやり方にはなったが、少なくとも道は開けた。


『おにーさん!』


『走れ走れ! 通路を抜けるんだ!』

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