第24話 過密空間
焼けた大地を進み続けること数日。
初手の事件による教訓から、大気の状態や周辺環境への警戒を強め、交代で不寝番を務めながらの行軍を続け、至る現在。
夜勤明けという扱いで長めの昼寝を貰った僕は、履帯の振動を揺りかごとして、夢すら見ないで寝台に転がっていたように思う。
安眠とは得難い物。これで目覚めが爽やかであれば完璧だったのだろうが。
残念なことに、セットした覚えのない目覚まし時計は、身体の浮き上がるような衝撃によって、僕を眠りの世界から引っ張り出した。
否、実際に体は浮いていたらしい。
「ふにっ」
顔に当たるフワフワした何か。同時に頭上から妙な声が落ちてきた。
「む……随分と荒い運転だな。なんだこれ」
寝ぼけ眼に映った長い何かに、ぼんやりした意識のまま触れてみれば、それは暖かく柔らかで、ほんのりと陽に照らされたような香りも漂ってくる。
まるでぬいぐるみのような感触に、サラリサラリと指を滑らせていれば、次第に顔を埋めてしまいたくなる衝動に駆られ。
「んぁ……っ!? ちょ、お、おにーさぁん、そんな風に撫でたらダメですってばぁ! せ、背筋がぞわぞわして、なんだから身体がムズムズしますよぉ」
力の抜けたような声と、ビビビと魚が跳ねるような動きに、僕は慌てて手を離した。
「むぉっ……あぁすまない。ファティの尻尾だったのか。道理で枕より触り心地がいい訳だ」
解放された途端、ファティマは長い尻尾を体の前に抱え込み、どこか慌てたように毛並みを舐める。
その姿を横目に体を起こせば、金色の半眼にジトリと睨まれてしまった。
「もー、尻尾は大事なんですからね。乱暴に触ったら噛みますよ」
「勘弁してくれ、わざとじゃないんだ。というか、大切ならば何故その尻尾を僕の枕元に?」
「……ぐ、偶然入っちゃってただけです」
今度は視線が宙を泳ぐ。なんというか、裏表のないファティマにしては珍しい反応に思えてならない。
尻尾は大事。常々そう豪語する彼女が、たとえ偶然であろうとも、何らかの形で触れられる可能性の高い他人の寝床に、それも枕元に横たわらせておくだろうか。
「そういうものかい?」
と、首を傾げた途端、爛と輝く金色の瞳が鼻先の触れ合いそうな距離まで迫ってくる。
「そういうものなんです」
「近い近い。わかったから、今日は圧が凄いな」
胸の高鳴りは微かな甘い香りによるものか、本能的な危機感によるものか。僕は多分後者だと思う。
おかげで軽くのけぞりながら、どうどうと手を前に出した。
『オイ、休憩組。お前らいつまで遊んでやがる。前見ろ前』
呆れたような無線音声に、ようやく金色の圧力が退いていく。
ただ、その頬には何故だかほんのりと、朱が差しているように見えた。多分、僕の見間違いだろうとは思うが。
頭を軽く振って寝ぼけた思考を払いのけ、上着を羽織りながら、今は外の確認が先だと切り替える。
ファティマの後ろに続いて車両後部から外へ出れば、そこでは既に、シューニャが双眼鏡を覗き込み、ダマルとアポロニアが車上から遠くを眺めているところだった。
「シューニャ、状況は」
「あれ」
彼女が差し出してくれた双眼鏡を受け取れば、ポンチョから伸びた小さな手がピッと真正面を指さす。
尤も、望遠など必要がないくらい、それは地形の向こうに聳えていたが。
「座標のズレはほぼ無し、か。間違いなくビンゴだろうね」
黒く波打つ大地の上。歪な形のくすんだ外壁で、天まで覆いつくしたような建造物。それは今において神代と呼ばれる過去、環境や外敵から人々を守る盾として、重要な施設や都市のために作られた物だ。
環境遮断天蓋。首都をも守った技術の傘がある以上、自分たちの目指す先、古代文明の終わりを見たテクニカという施設は間違いなくここにある。
ただ、現代に生まれた者達にとっては、奇妙奇天烈に思えたらしい。機銃座に腰かけるアポロニアは、何度もごしごしと目を擦っていた。
「あの、なんかとんでもなくデカい建物に見えるんスけど、自分の目がおかしいんスかね?」
「今更何言ってやがる。爺さんから貰った構造図でも、都市1つ分くらいのサイズがあっただろ」
「いや、自分そんなの見てないっていうか、見せられたってわかんないッスよ」
ブーと膨れる犬娘に、だろうなぁ、と僕は小さく苦笑しつつ、双眼鏡を覗き込む。
「天蓋には破損個所が目立つが、それでもここまで地上構造物が形を留めているとは」
「王都の傍にあった倉庫も、綺麗に残ってましたけど」
「ああいう小さい遺跡なら、少ないけれど報告事例がある。けれど、こんな大規模なものは聞いたこともない」
「そんだけ膨大な金と最先端技術を惜しげなくつぎ込んだ施設だった、ってこったろうよ。結局の所、内紛で滅んでたんじゃ世話ねぇが」
ガーデンの建造が中止された理由がよくわかる。政治家、資産家、企業のトップ、軍幹部、そして様々な権威を持つ研究者たち。社会の上澄みとも言うべき者達は、国家の枠組みを超えたプロジェクトを賞賛し、こぞって投資したに違いない。その多くは、人類文明を存続させるという理念よりも、後に得られるであろう己の利益を考えて。
結果として、国家を存続させるためのガーデンプロジェクトは凍結され、テクニカが人類最後の城となったのだろう。
だが、人の心は理想だけで結束できるものではなく、利益だけで安定させることもできはしない。縁に綻びがあればなおの事。
「大切な人を奪われた恨みと言うのは、それだけ恐ろしい物だということだよ。教授やメヌリスさんが最後のスイッチを押した気持ちが、僕にはよくわかる」
あの日見た灰色の景色を、消毒液と香の混ざった死の臭いを、美しすぎるまま冷たくなったストリの姿を思い出せば、未だに体は酷く強張る。
仮に同じ選択を迫られたとすれば、自分も間違いなく、共和国諸共文明を滅ぼす方を選んだだろう。ストリがそれを望まなかったとしても、恨みの炎というのは理想や利益だけで踏み消せるほど弱くない。
「ご主人……」
自分は余程険しい顔をしていたのだろう。どこか不安そうな表情で見上げてくるアポロニアに、いかんいかんと首を振り、大きく息を吐いて、引きずり込まれそうになる憎悪を切り捨てた。
「けれど、それももう昔の話だ。文明の最後を見届けたであろう建物も、今の僕たちにとっては資材の山でしかない」
「ま、あん中にゃ往年の亡霊が住み着いてるかもしれねぇけどな。偵察はどうする?」
「レーダーやセンサー類に反応は?」
「ノイズが酷過ぎて使い物にならねぇよ。金属粉が舞ってるのも影響してんのかねぇ?」
カラリと骨を鳴らし、骸骨は肩を竦める。
元々不調の多い機器類だ。最初からそこまで当てにしていた訳ではないが、全く動作しないのなら完全に吹っ切れる。
「頼れるのは目耳だけ、ということか。行ってみるしかないな」
「鼻はダメですか?」
ちょん、と自分の鼻先を指さすファティマ。彼女としては真面目なのだろうが、普段通りの飄然とした顔がなんだかとぼけたように見えて、僕はハハハと笑った。
「鼻も頼りにしてるよ。ダマル、施設のデータを」
自分が踵を返せば、全員揃って玉匣の中へと戻り、車両後部のモニター前に集合しなおす。
最後にやってきたダマルが、携帯端末をタッチペンを滑らせる。
「最初の目標は調査拠点の確保だ。上部第1から第3層までを貫く兵器用格納庫を制圧、地上A区画コントロールセンターの権限を奪ってエリアをこちらの制御下に置く」
モニター上へと浮かび上がる、ピラミッド状に作られた環境遮断天蓋と、内側に走る多層構造の基礎。その内数か所がピックアップして拡大され、それぞれがダマルの言った通りに動いていく。
何とも懐かしいブリーフィングの光景だと思った。ここまで完全な施設内データを残しておいてくれたことを、リッゲンバッハ教授には感謝しなければならないだろう。
ダマルは進む矢印を追いかけ、その行きついた先をタッチペンで指し示す。
「コントロールセンターの位置は格納庫の奥だ。翡翠と玉匣が格納庫でドンパチやってる間に 俺と猫でここへ侵入。システムを掌握すれば作戦の第一段階は完了だ。質問は?」
恐ろし気な髑髏が全体を見回す。対してシューニャは特にないと首を振り、ファティマは何処から理解を放棄したのかくるくると耳を掻き、おずおずと手を挙げたのは唯一アポロニアだけだった。
「えーと……要するに、自分とシューニャは、ご主人と一緒に暴れ回っとけばいいってことッスか?」
「それだけ分かってれば十分だ。あくまで、敵が出てきた場合、だけどね」
座席を鳴らして立ち上がる。
作戦自体は至極単純。言い方を変えれば、行き当たりばったりなものだ。アポロニアくらいの理解があれば、それで十分。
他に誰からも質問が上がらないことを確認し、ダマルもパチンとタッチペンを鳴らした。
「可能性は全部が五分だ。もし蓋開けた中身が墓場みてぇな状況なら、俺たち的にゃ大当たりだぜ」
■
環境遮断天蓋の役割は、その名の通り。あらゆる過酷な環境変化に耐え、内部の人命財産を保護するために作られており、その中には兵器による攻撃も含まれる。
一般的な構成は、電磁被膜によるエネルギー防壁と、急速自己修復性装甲材による物理防壁の二段構え。これを正面から突破するには、大火力を1エリアに集中し、防御と再生の能力を飽和させねばならず、当然のことながら、マキナ1機に装甲車1両の火力でどうこうできる物ではない。
だが、長い時間と早くに受けたであろう爪痕は、その堅牢な防御に大きな穴をあけていた。
『翡翠より玉匣。防壁を越えた。ここまでに動体反応は検出されず』
破損した天蓋の隙間をそっと覗き込み、静かに足を踏み入れる。
奥からの攻撃はなく、簡易的なバリケード等も見当たらない。なんとすれば、瓦礫も散乱したまま放置されている始末。
『無人機の警戒網はどうだ?』
『音も臭いもしないッスよ』
近距離スキャンを走らせても、それらしき痕跡すら現れない。
長い年月の中、稼働している無人機が完全に居なくなったのか。あるいはこのエリアが静かなだけか。どちらにしても、やるべきことは変わらない。
『移動を続ける。後に続け』
瓦礫を避け、前後左右の死角を警戒しながら、ゆっくりと進んでいく。
すると程なく、後ろからガラガラと履帯の鳴る音が追ってきた。
『おぉー、建物の中に建物が生えてますよ』
『外から見えてたのは、町の土台みたいなもんだったんスねぇ』
『ここまで巨大な物を人が……何のために?』
彼女らが見上げた先は、吹き抜けの向こうに見えた建造物だろう。それらは長年の沈黙を守ったまま、遠い天井から差し込む光に照らされて、黒にあるいは灰色に輝いていた。
『環境遮断天蓋の内部を最大限利用するための、多層式過密プラットフォームって奴さ』
『ここまで無骨な感じじゃなかったが、ショコウノミヤコにも使われていたよ。まぁ、向こうは綺麗サッパリなくなってたけどね』
『ごめん、全然想像できない』
珍しく諦めたようなシューニャの言葉に、僕は小さく苦笑し、ダマルはカタカタと顎を鳴らす。
『せっかく実物があるんだ。古代文明の遺産をしっかり目に焼き付けとけ』
『シューニャなんてまだマシッスよ。自分なんて、何かすんごいデカい、って以外の感想がでてこないッスもん』
『同感です』
正直に言えば、僕もほとんど感想としては変わらない。雑学的に様々な知識を持つダマルならまだしも、自分は建築技術なんて完全に専門外なのだから。
密集した建物の間を進む途中も、車上に顔を出す現代人たちは興味深げにキョロキョロしていた。古代文明の片鱗を見せられたと思えば、それだけでも十分価値があるように思えてくるから不思議だ。
加えて、これだけ巨大な構造が残っていれば、僕としても希望が持てるというもの。
『隔壁を視認。記号、EH-S1A。状態は解放中』
『よし。マップデータとの齟齬が無けりゃ、その先に貨物用の斜行エレベーターが見えるはずだ』
言われるがまま、壁に背中を預けた僕は、そっと隔壁の向こう側を覗き込む。
そこに見えたのは広大な吹き抜けの空間と、中心から斜めに伸びる巨大な円柱。
プラットフォームと天蓋を支えるために作られたそれは、上部にいくつものレールが設けられており、急傾斜に張り付くような恰好で、安全柵に囲まれただけの簡易な昇降デッキが停止していた。
その内、僕は地表階に停止している1基へと近付き、真っ暗なタッチパネルに翡翠のマニピュレータを触れさせる。
間を置かずヘッドユニットに表示されたのは、信号未検出の文字。
『インジケータは消灯、動力は通っていそうにないが』
流石に800年物の施設である。密閉された空間かつ、抗劣化装置が稼働しているのならばいざ知らず、環境遮断天蓋まで損傷しているとなると、やはり機械類はほぼ死んでいると見てよさそうだ。
しかし、ダマルの意見は僕と違うらしい。カカッ、と馬鹿にしたように顎を叩いた。
『見た目に誤魔化されんなよ。システムアクセス開始、復旧用予備電力系統確認――』
後を追ってきた玉匣が、翡翠と同じ昇降デッキの上に乗り入れた途端、今まで化石のように静まり返っていたエレベーターの四方で、赤いランプが明滅し始める。
何かと手回しが早い骸骨のことである。また僕の知らない間に、リッゲンバッハ教授から色々なコードを貰ってきていたのだろう。程なくして、ヘッドユニット上のインジケータが効き接続中へと変わり。
『ッ! ご主人! 上ッス!』
反射的にバックステップを踏んでから、呼吸1回に満たない後。頭上から注いだのは赤い閃光だった。
分厚いデッキは耐熱対エネルギーコーティングがなされているのだろう。貫通こそされなかったものの、その熱量を受け止めた衝撃を故障と断じてか、あるいは動作部を損傷したのか、操作盤は緊急停止状態を告げる警告ランプを光らせる。
否、むしろこの状況なら、動かなくて幸い、と言うべきか。
――見た目には派手な歓迎だが、やる気のない攻撃だな。
レティクルを攻撃予想地点に合わせ、モニター上でズームをかける。
そこには、先ほど降ってきた光と同じ色を、筒の中心に薄く漂わせた砲台が、こちらを威嚇するかのように睨みを利かせていた。
実際威嚇だったのだろう。わざと絞られた砲火力に、当てる気のない位置への射撃。
暴走の有無にかかわらず、どちらも無人機の成せることではない。挙句、砲台の向こうにマキナが現れれば、もはや推測ではなく確信だった。
『あー、侵入者へ通告する。直ちに武器を捨てて投降しなさい。悪いようにはしないって約束するからさ』




